暁の過去編#1
「くぅ………!!」
羅刹が繰り出す拳撃を剣で必死に受け止めるヴィオラ。破壊威力が高い拳は、ヴィオラの生み出す剣を簡単に砕いてしまう。
「は………ッ!!」
迫りつつある羅刹の脇の方に見える暁は、岩によりかかって意識を失ったまま起き上がらない。出血量や傷の大きさからするに、死にはしないだろうが、瀕死にはなってしまったようだ。
「クソ………斬嵜暁!!」
ヴィオラは声を上げる。暁はその声に反応することなく、気絶したまま動くことは無かった。ヴィオラは歯を食いしばり、羅刹を睨みつける。
「ここは………余だけで戦う他ないな……!!暁よ、父の仇は余がとるぞ!!」
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今から10年ほど前、この時、暁はまだ4歳だった。
「せぇやぁ!!」
幼い頃から剣術を習うのは斬嵜家の常識で、十四代目を継ぐ暁も、例外ではなかった。
暁は剣術を習うのは嫌いではなかった。それは暁が誰よりも好きだった、十三代目当主、父親の斬嵜灰が相手をしてくれていたからだ。
あの悲劇が怒る1日前も、いつも通り稽古をつけてもらっていた。
「んなぁぁぁああ!!!!」
いくらかの重りをつけられた竹刀で、4歳児とは思えない動きで灰に鋭い斬撃を放つ。
「いい動きだが、真っ直ぐすぎだな!!」
しかし灰も斬嵜家当主。手加減することはなく、斬撃を軽々と躱して暁の小さな体に竹刀をたたきつけた。
「うぐぅ!!」
「某は容赦せぬぞ!!」
暁は竹刀の打撃で体が曲がり、空中で無防備な姿になる。それを灰は見逃さず、トドメの斬撃を暁の首元狙って放ってきた。
「………しし。」
しかし、それは暁の狙い通りの動きだった。
「ほいっ!!」
「ッ!?ぬぁにぃ!?」
暁は空中で体にひねって竹刀を掴み、そこを軸に暁は天高く飛び上がった。何度も何度も回転しながら竹刀を振り上げた。
灰はすぐさま暁の方に視線を向ける。何もかもが暁の予想通りの動きだった。
「ぐっ!?」
灰は暁を見て目を細めた。暁が天高く飛び上がったのは理由がある。それは、太陽を背景にしたかったからだ。魔術は使用不可のこの勝負。使えるものは全て使う。
小さな体の暁は、太陽を背景にしても太陽からはみ出なかった。
「御覚悟ー!!!!」
「ぐぁああ!!!!」
暁が竹刀を振り下ろす。この攻撃こそ、この勝負の中で最も容赦がなかった。
「ふぅ……拙者の勝利でござる!!」
「く……我が娘よ……どうしてお前はこんなにも逞しく育ったのだ……。」
倒れた灰を椅子にして、暁は上機嫌で鼻歌を歌っていた。
実は、これは日常的に見る光景なのだ。暁は4歳児にして、十三代目の当主の剣さばきを超えていたのだ。
将来は斬嵜家の中では一番の当主であった、1代目にも匹敵するのではと噂されるほど、暁の力量は凄まじいものだった。
そして、灰が負けるのも、斬撃家の中ではそこまで不思議だと思われることもなかった。
何故なら、十三代目斬嵜灰は、今までの当主のなかでも最弱と名高い人物だったからだ。
「はぁ………どうしたものか。」
「どうなされたのですか?」
「どうなされた父上!!」
「む、流音、来ておったのか。」
稽古の後、悩んでいる灰の元に、流音と流音に抱きついて甘えている暁がやってきた。
このとき流音は12歳。暁の世話役だった。
「我が愛娘、暁よ。」
「なんでござろう?」
「お前は既に某よりも強い。ならば、そろそろ時が来たと思うのだ。」
「時、でござるか?」
「………灰様、まさか暁様をもう試練に?彼女はまだ4歳ですが……。」
「うむ……しかしなぁ、今当主の某は、当主内最弱故、斬嵜家の顔を保つためには強力な力がいる。暁はまさに、某が下げた株を上げてくれる少女になるだろう。」
「灰様は、決して弱くなど………」
「はっはっは。良い良い。某は慰めなどいらぬ。某の役目は、暁を最高の当主へと育てあげることだ。衰えた木から落ちた葉は、やがて若い芽の肥料となる。そういうことなのだ。」
「はぁ………。」
気前のいい灰はそう言って暁を抱き上げる。暁は嫌がりもせず、年相応な笑い声で父との遊戯を楽しんでいる。流音は頭を抑えて、大きなため息をついた。
「いつになされるのですか?」
「そうだなぁ………どうだ暁よ。お前はもっともっと強くなりたいと思うか?」
「強く?強くなりたいでござる!!弱い父上を余裕で守れるくらいの力で欲しいでござるよ!!」
「うーむ、なかなかどうして複雑な気持ちにしてくれる!!だが分かった。暁にはそれ相応の覚悟があるのだな!!」
「あるでござる!!」
気分が向上した灰は暁を抱き上げて高らかに宣言する。
「では明日!!お前は斬嵜家に伝わる奥義!!『真剣』を手に入れる試練に挑むのだ!!」
「承知!!」
「あの、ちょっと、それではいくらなんでも………」
話の内容をきちんと理解していないであろう暁を心配して、流音が灰を止めようとするが、こうなってしまっては止められない。灰は流音に「心配無用!!」と言って笑う。
「暁なら越えられる!!某はそう信じているぞ!!」
「拙者なら越えられるでござるよ!!」
「はぁぁ、もぉぉおお。」
実力はあっても頭が弱くては意味が無い。流音は頭を抑えて、深すぎるため息をついて2人を見ていた。
そんな時、3人がいる部屋の襖が静かにあけられた。
「灰様……」
「む。どうした。」
「例の件でお話が………」
「ふむ。では流音よ。某は仕事に参る。暁を頼んだぞ。」
「はい。仰せのままに。」
「父上!!危険が迫ったのなら、拙者が助けに行くでござるよ!!」
「それは父としてはあまり宜しくないことであるなぁ!!」
豪快に笑い飛ばして、灰は従者とともに部屋を出ていった。いくら馬鹿で弱くとも、彼も列記とした斬嵜家当主。『鬼人の国』唯一の有名武士一族として、実力がなくとも民を守らなければならない。
国のため、斬嵜家のため、そして愛娘のため、灰は弱いながらも懸命に足掻いていた。
「流音、流音。」
「どうなさいました?」
「父上の『真剣』はなんなのでござるか?」
「あぁそういえば、暁様にはまだお話しておりませんでしたね。」
流音は暁の問に、少し嬉しそうに笑って答えた。
「灰様の『真剣』の能力は封印。名を、『封印剣』と。そう呼ばれておられるようですよ。」
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その夜、暁は明日が楽しみで眠りにつくことが出来なかった。『真剣』の存在は既に知っていて、今までの当主達の勇士が描かれた巻物も何度も何度も読んだものだった。
それくらい、暁は『真剣』に憧れていた。自分は一体どんな能力を手にするのか。それが楽しみで仕方がなかった。
1代目と2代目の当主は、試練を一日で終えたという。暁の目標は、1代目と2代目だった。
試練から笑顔で帰って、父に褒められて、ご馳走を食べて………そんな子供じみた望みを思い浮かべて、暁は布団の中でずっと笑っていた。
きっと明日は華やかな日になる。そう思っていた。
その希望が、静かな夜に響いた誰かの悲鳴によって掻き消された。
「きゃぁぁぁあああああ!!!!」
「ッ!?」
暁は飛び起きて、すぐさま護身用の短刀を持って部屋を飛び出す。悲鳴が聞こえた方へ駆け出し、暗闇でも正確に柱を避けながら進んでいく。
中庭に出ると、少し焦げ臭い匂いがした。どこかで何かが燃えている。火事なのだろうかと一瞬思ったが、この騒がしさからするともっと大きな何かだと暁は察知して進む足を止めなかった。
そして勢いよく家から飛び出し、外の景色を見た暁は絶句した。
沢山の屋台が並んでいた商店街の方を中心に、何かが爆発したかのように地面がえぐれていたのだ。そのまわりに散らばった瓦礫が燃え盛り、沢山の人々が下敷きになってしまっているようだ。
しかし、こういった事の対処は、この国の武士達は得意なのである。住民の避難や救出は、武士達に任せていいだろうと判断した。
それよりも暁が気になっているのは、えぐれた地面の中心辺りで妙な存在感を醸し出している魔力の反応の方だった。
「暁様!!」
「流音!!」
魔力の反応がある先に向かおうとした暁の元に、流音が駆け寄ってきた。
「流音!!あっちに何か不可思議な魔力の反応が!!」
「ええ存じております!!たった今灰様が応戦しておられます!!」
「ッ!!父上が!?」
「はい!!暁様は避難させるようにと仰せられました!!ですので避難を!!」
「拙者が避難!?それは出来ぬ相談でござる流音!!拙者は父上を置いてけぼりには出来ないでござる!!」
「ッ、暁様!!」
暁は逃げ惑う人々の間を小さい体を駆使して駆け抜ける。流音は人混みに押され、どんどん距離が離れていく。
「暁様ッ!!」
「すまぬ流音!!拙者、父上を助けに行くでござる!!」
空を黒く覆い尽くす煙の間に、暁は飛び込んで行った。見えなくなる暁の姿を追い求め、流音は手を伸ばしたままだった。