憤慨
「ルァア!!!!」
高谷の拳がアテンに躱されて地面に空撃ちする。爆ぜたように地面が抉れて破片が飛び散った。
「遅いな。」
「どっちが。」
太陽神が攻撃を躱して体を逸らした方向の空間から、鋭い拳撃が脳天に叩きつけられた。
「ぐっ!?」
アテンの脳天を殴ったのは、何も無い虚空から飛び出した白い拳だった。
原野の『死者の怨念』の固有能力を、高谷は完全に引き継いでいた。変形する『心剣』は鞭のようにしなり、アテンの心臓部や首を狙って動く。
変形速度もその強靭さも、アテンと対等にやり合えるレベルにまで達していた。アテンは一人の人間がすがりついて追いかけてくるこの状況が楽しくて仕方がなかった。
「『終わりなき陽炎』」
「ウザ。」
アテンが指先に集めた極小の炎を高谷に向けて投げつける。それを身を翻して躱して、高谷はその場から飛び退いた。瞬間、2人を取り囲むように白色の炎が円状に展開された。
「ふ……」
振り返りもせず、高谷は『死者の怨念』で後ろにいた仲間達をアテンの攻撃範囲から投げ出した。
そしてそのまま、高谷も飛んで円状の炎の外へと飛び出した。しかし不思議なことに、真下で燃え盛る白炎は、高谷の真下を執拗に追いかけて来た。
「く……」
それがわかった途端、高谷目掛けて白炎が火柱のなって勢いよく迫ってきた。空気さえ燃える炎に、堪らず高谷は空気を蹴り飛ばしてその場から去る。
「はぁぁあ!!」
そのままアテンに強い蹴りを入れる。アテンはそれを両腕をクロスさせてガードしたが、アテンの体を突きぬけ余った力は地面へと送られる。
アテンのたっている地面の後ろが抉れて砕け散った。
「ふん。」
アテンは高谷の足を掴むと、勢いよくぶん回して地面に思いっきりたたきつけた。地面が割れ、轟音と共に陥没する。
「かは………」
痛みに苦渋の声を吐き出す高谷。アテンは容赦なくその行為を二、三回行った。
「調子に乗るな!!」
が、さすがに高谷も学んだのか、地面に手を着いて軸とし、掴まれている足でアテンの顎を打ちあげた。余りの威力に衝撃波が舞う。
「おぉぉぉおお!!!!」
逆さのまま、高谷は何度も何度も拳を叩き込み、アテンを吹き飛ばす。その飛んだ方向に先回りして蹴りで上へ打ち上げ、アテンの足を掴んで先程自分がやられた時よりも強い威力で地面にたたきつけた。陥没していた地面が砕けて爆発した。
「やるではないか。」
「うるさい。」
追撃とばかりに高谷はアテンの顔面を踏み潰そうと足を突き出すが、アテンは直ぐにその場を離れたので攻撃は当たらず、地面が更に壊れた。
「ち………」
「ふん!!」
背後に回り込まれたのを感知して高谷は『心剣』を盾にするが、威力の強いアテンの打撃に踏みとどまることが出来ず、岩や地面を貫通しながら吹き飛んだ。
「まだだ。」
吹き飛んだ先に回り込まれた。先程、高谷がアテンにやったように、アテンも高谷を蹴り飛ばして地面に叩きつける。
喉元を抑え、身動きを封じ、右手には灼熱の白炎を用意した。
「じっくりと焼かれるがいい。」
白炎はゆっくりと十字架を形取り、それが高谷の心臓部に吸い込まれるように落ちてくる。
この状態の高谷は『不死』ではない。心臓を貫かれたらおしまいなのだ。抵抗しないわけが無い。
「死ね。」
『心剣』がしなり、刃が蛇のようにアテンの首を狙う。
「『烈火断裂』」
が、それを察知していたアテンはそう呟いて、見えないほど薄い白炎を操って、高谷の両手首を切り落とした。高すぎる温度の刃のせいで、切断部分が焼けて血が蒸発。流血はなかった。が、
「が、ぁぁぁあああ!!!!」
高谷は今までにないくらい苦しそうに叫んだ。何度も言うが彼は今『不死』ではない。『不死』の能力は、単に死ななくなるだけではなく、痛みを極限までに減少させる効果もあった。
それが無くなった今、彼は本当にそのままの痛みを受け止めている。
「く、そぉぉぉ………!!」
再生はするが速度が遅い。痛みも壮絶で視界が赤く染る。『心剣』に意識を集中させることさえままならず、高谷は心臓に突き刺されようとしている白炎の十字架を見ていることしか出来ない。
仮にこれが高谷しかいないのなら、そうだった。
「どりゃぁぁああ!!!!」
光の速度で迫った閃光が、アテンの右手をはじき飛ばした。思わぬ邪魔に、アテンが一瞬高谷から意識を逸らした。
「ナイス。」
その瞬間、落ちていた『心剣』を『死者の怨念』が拾い上げ、高谷の実腕と同等の威力の斬撃をアテンの右脇腹に放った。
「なるほど。」
アテンはそれを白炎の十字架で難なく防いだが、威力が強く押し切られてその場から少しだけ吹き飛んだ。
「高谷さん!!」
ぐったりとした高谷を拾い上げ、閃光となっていた人物、ライトがメシルの元へと戻る。
「ほら、これを飲め!!」
メシルは自身の懐から取り出した1つの試験管を高谷の口に突っ込んだ。中に入っているのは『不死』だったときの高谷の血。たとえ出した本人でも、その血を飲めば傷は完全に修復される。
「助かった。ナイス、ライト。」
「はい!!」
「メシルさんも、な。」
「おうよ。」
2人に礼を言い、修復した両手首をくるくると回してから立ち上がる。『心剣』を手元に呼び寄せ、アテンと再度対峙する。
「なんだ。仲間は貴様の回復役でしかないのか。」
「あ?」
「矛がないのだ。貴様らには、俺に責めいれる矛が1本しかないのか。しかも、こんな貧弱な。」
アテンが気に食わんと大声をあげる。
「裏切り者の天使も、魔術師もいない。残っているのは雑魚ばかり。使える者もいやしない。………これが、今の人間の最大火力とでも?笑わせる。」
「お前はそういうつまらないことで笑ってられるんだな。羨ましいよ。生きててすごーく楽しそう。」
高谷が普段はあまりに言わないタイプの挑発をした。『すごーく』の部分は好きなアニメのキャラのセリフの声のトーンで言ってやるほどだった。
瞬間、真後ろにアテンが移動して、拳を振り下ろしてきた。高谷は地面にどっしりと身構え、右手を真上に突き上げる。それだけでは足りないので、『怨念』に少しばかり助けて貰った。
「楽しそう、だと?貴様らのような人間風情が……神の苦労など知る神もないと言うのに。」
「知って損するなら知らない方がマシでしょ?」
「なんだと?」
「俺は神は信用しない。神様は願っても何もしてくれない。神を選ぶくらいなら悪魔を選ぶ。悪魔は代償を支払えば何でもひきうけてくれる。俺は………そうじゃない悪魔も知っている。」
高谷の言葉は続く。
「お前らのほうが、人間よりも価値がない。上から見てばかり。感じな時には何もしてくれない。こんなふざけたゲームまでして、俺の大切な人を2人も奪って………全くもって、クソ野郎どもだよ。」
「ふん!!」
アテンの力が強まった。高まる重圧に、地面が崩れて高谷の足が沈んでいく。
「人間の事情など知らんわ!!貴様の戦友だが親友だがなんだが知らないが、人間のことだ、どうせくだらないことで日々盛りあがっていたんだろうに。こちらからすれば、人間のほうがへらへらとして楽しそうだな!!」
「…………あ?」
その時、高谷に今まで以上に火がついた。
「お前今、なんつった?」
のしかかるアテンの重圧は、高谷の力を圧倒していた。傍から見ればそれは一目瞭然だし、高谷自身もそう思っていた。
しかし本気で怒ったら周りが見えなくなるタイプの人間は、自分の身を案じることすらも忘れてしまうのだ。
「俺と、快斗が、原野が、一緒にいた日々が、その出来事がくだらないって言ってんのか?」
バキバキと音がする。高谷の右腕の骨が砕け始めたのだ。しかし、何故だか押し返す力だけは強かった。
「昔、初めて本気で俺の趣味を一緒に楽しんでくれたのが快斗だった。初めて好きになってくれた人が原野だった。お前、全部否定しやがったんだな。」
「お、ぅお?」
拳が押し上げられ始める。劇的すぎる力の差に、アテンが拍子抜けな声を出す。
「久しぶりだよ、こんなにキレたのは。俺の、大事なもの達を………あぁ、言っても分からないか。」
高谷は踏ん張っる姿勢もやめて、何気なくふりかえってこういった。
「アンチには制裁を加える派なんだ。俺は。」
「な………」
何を言っていると続けようとした口が一生開かなくなるほどの強さで、顔面に拳がたたきつけられた。アテンは驚く間もなく、地面にひっくり返され、広がった衝撃波は世界を震撼させた。
アテンの脳は衝撃に震え、視界がチカチカと光り、顔の下半分には感覚が無くなっていた。それでも意識を保てているのは、さすが神と言ったところか。
すぐさま高谷を引き剥がそうとアテンがもがこうとした時、両手をピンク色の魔力の輪っかが捕まえて動かなくなった。まるで、空間に縫い付けられたかのように。
「ぉ………?」
「お前に死ねって思ってんのは、俺だけじゃないみたいだ。」
「それはそうだ。我もこいつは気に食わん。」
そう言って悠々と歩いてくるのは、破壊神ネガだ。今まで動かずじっとしていたが、流石に耐えかねたのか率先して前に出てきた。
「見たことない顔だな。女よ。」
「気色悪い。口を開けずとも喋れるのか。」
アテンの声にネガが本当に嫌そうな顔をする。
「この程度で俺を封じ込められたと思わないことだ。」
アテンは体全体から白炎を吹き出した。まともに受けては死へまっしぐらなので、その場にいた2人はすぐさま飛び退いた。
白炎はネガのピンク色の魔力をも溶かし、破壊して立ち上がった。白炎に包まれ、再び顕現した際には、顔面に傷が修復されていた。
「さて、俺は未だ無傷だ。」
「回復しただけだろ。」
「強がってんなよ。」
回復した姿を見せつけ威張るアテンに、ネガと高谷がほぼ同時に悪態を着いた。
「元の状態に戻ったからって一緒だ。また顔面壊してやる。人間の底力なめんなよ。」
「ふん。そうか………。」
アテンは高谷の声に曖昧に答えて、翼を広げた。白い羽が舞い、天高く飛び上がる。
「それはこちらのセリフだ、人間。神を舐めるな。」
「黙れ愚鳥が。」
いつになく本気で憤慨している高谷の言葉は誰よりも鋭い。アテンはそんな高谷に反応することなく、白炎を纏って高らかに宣言する。
「本当の神というものを見せてやる。」
「あぁ。そうかよ。」
人間と神。怨念と信念。高谷は覚醒のせいで起き始めた目眩を怒りで塗りつぶして耐えながら、アテンと正面からぶつかり合う。
しかし決戦は、まだまだ始まっていなかった。