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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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立ち上がるヒバリ

「ライトは、無事なのか?」

「多分。今高谷君が応戦してて………きっと、長くは持たないだろうけど………」


サリエルは薄く微笑んで話すヒバリに少々戸惑いながらも、サリエルは問に対してきちんと返していく。


「それは、勝てそうなものなのか?」

「どうだろう。分かんないですけど………」

「………天野が居れば、変わったのかもな。」

「え、えっと………」


ヒバリにとって避けたいであろう話題を、何故かヒバリは自分から口にした。サリエルはその行動の意図がわからずに困惑する。ヒバリは薄く笑いながら、ボサボサの髪をかきあげる。と、その手を見てサリエルが目を見開いた。


「ヒバリさんその手首………」

「あぁ、傷だらけだな。」


惨い傷口から流れ出たであろう血が乾燥して固まり、ヒバリの両手首は真っ赤に染っていた。手にはめていた手錠を無視して引っ張り続けた結果、肌が裂けたのだろうとヒバリは言う。


「懺悔した結果だ。まぁこんな傷、天野の惨状に比べれば小さなものだ。」

「あ………」

「もうどうしたって償えないんだ。私は、剣を振るうことが怖くなった。」


悲しげなことを、ヒバリは嘲笑気味に話す。誰でもない、自分を蔑みながらサリエルにつらつらと後悔を語る。


「皆が不安になって、女王もあんなに悲しんで無理をさせて、それでも彼女はそれを見せずに女王としての責務を全うして、高谷殿は親友が二人いなくなっても皆のために戦い続けている。サリエル殿も、同じだ。」

「それは………」

「弟でさえ戦いに出向いているのに………私は、私は………」


膝に顔を埋めて嘆く。誰もいない牢屋の中で、ずっと1人でこうしていたのだろう。その姿も、今のみすぼらしい服装ではむしろ似合っているようにも見えた。


かつてサリエルが見た、猛々しい『剣聖』の面影はなかった。


悩み続けて、償うにも相手がおらず、謝っても意味が無い。だから傷つけられるのは自分だけで、誰かに相談する資格もない。


律儀で気高い『剣聖』だからこそ、周りを気にして自分を追い込んだ。


動かないヒバリを見て、サリエルはそんなことを考えていた。悲しそうに表情を歪め、膝の上に静かに座っているキューを抱きしめてヒバリを哀れんだ。


「もう、行ってくれていいぞ。サリエル殿。私だけに時間を割いてはいけない。話を聞いてくれただけで………満足だ。」


ヒバリは顔を上げてそんなことを言い、最後に初めて、寂しそうな表情で呟いた。サリエルはその言葉を聞いて、名残惜しつつも立ち上がろうとした。


その時にふと、1つの疑問が浮かんだ。


何の変哲もないその疑問だが、何故かそれがとても重要なものに思えて、サリエルはヒバリを見下ろして問うた。


「ヒバリさん、あなたは私達に何をして欲しいんですか?」

「…………何?」


その言葉に、ヒバリは眉を顰めた。その態度に、今までとは違う雰囲気を感じて、サリエルはヒバリに詰め寄った。


「あなたはずっと後悔ばかり口にして、自分を傷つけて………それを私達に見せてどうしたいんですか?」

「………どうも思っていない。私は私ができる精一杯で、天野に謝罪したい一心で、ここにいるんだ。」

「その方法が分からなくてここにこもっているんでしょう?」

「違う。私は……私に出来ることはこれだけなんだ。」

「これだけって………!!」


サリエルはヒバリの弱気な言葉を聞いて、何故だか腹が立ってきた。言い合いはヒートアップしていく。


「でも結局償えてないでしょう?出来ないってわかってるなら別の方法を試したいいじゃない。」

「私ができることの範囲がこれだけで………他に方法なんて検討もつかない。」

「あなただけでやって分からないなら、あなた以外にも聞けばいいじゃない。」

「今の私に、皆を頼る資格なんて………」

「資格とか、そういうの関係ないじゃない!!」


サリエルが牢屋の鉄格子を蹴り飛ばす。ガンと大きな音が響き渡り、その暴挙にヒバリが驚く。


「あなたにはまだ出来ることがあるでしょ?快斗君と原野ちゃんがいなくなった分、あなたが皆を剣で支えるの。」

「原因の私が、支えるだなんて……」

「その2人を死なせてしまった分、あなたが敵を薙ぎ倒してよ!!」

「ッ………」


鉄格子によりかかり、地面にへたりこんで俯いたサリエルが小さく言う。


「私だって………あなたと同じぐらい悩んでる。2人のいない分、高谷君を支えようとか、力で皆を守ろうとか………でも、私は1人分しか補えないの。」

「…………。」


高谷のそばにいて、原野のように彼を支えても、彼はやはりいつも通りの調子ではない。怒って、狂って、泣いて、凹んで、結局頼るのはサリエルではなく『原野』という力だった。


ならばと力量で補おうにも、既にサリエルでは太刀打ちできないところまで敵が強くなってしまっていた。


存在意義を考えて、やっと月に残った力を引き抜くという結論に至った。


こんなに貧弱な天使がまだ奮い立とうとしているのに、輝いていた『剣聖』はいつまでも凹んだまま。それが気に食わなかった。


「あなたなら補える。高谷君の穴を。そしてその穴を埋めつくして、力で抑えて乗り越えて、皆を救って………それで謝ればいいの。」

「……………。」

「資格がないなら取ればいい。作ればいい。私は………」


サリエルは涙で潤んだ瞳で真っ直ぐヒバリを見つめ、決意に満ちた表情で宣言する。



「私は、高谷君のそばに居るために、その『資格ちから』をとるために、月に行く。」



サリエルは立ち上がる。キューを肩に乗せ、出口に体を向ける。


「ヒバリさんがどうするかはヒバリさんの自由だよ。でも、私は思う。」


ヒバリに鋭い視線を向け、静かに怒気を孕んだ声色で言った。


「あなたは力があるんだから、ちゃんと使うべきところに使って欲しい。」

「ッ…………。」

「それじゃ。また。」


そう言ってサリエルは駆けていった。軽い足音が響き、それすらも聞こえなくなった後に、ヒバリはため息をついた。


償いは、傷つくことだとばかり思っていた。


失敗をしたなら、それ以上の成功で償えばいい。


サリエルにそう怒られた。


思えば、誰かに本気で叱られたのは初めてだったかもしれない。ヒバリは少し荒くなった息を整えて、目を閉じる。


意識を、闇に落としていく。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「私は、天野快斗に酷いことをした。」

『存じているよ。僕は君が無理したあの日から、ずっと君を見ていたからね。』


暗い正気に包まれた、浅い水のはった広い空間。上空には巨大な月のような惑星が光り、そして目の前には黒く丸い塊がある。瘴気の源はここだ。


ここはヒバリの精神世界。普段は清らかな水がはった透明で美しい場所だったのだが、『魔神因子』が入ってからは少しずつ濁り始め、今では足が浸かる水は墨汁を無造作に入れられたかのように汚く淀んでいる。


「私が彼にあんなことをしたのは……どちらのせいだ?」

『僕は君のせいだと思うけどなぁ。僕は忠告したよ。危ないよって。でも聞かなかったのは君だ。そのせいで暴走して彼を殺してしまったんだろ?』

「なら、私はどうすべきだと思う。」

『なんども言ってるよ?それは君が決めることだってね。』


『魔神因子』は軽い口調でそういいながら、ヒバリの言葉を聞き流す。


「私が、もっとお前を制御出来れば、ああはならなかった。」

『そうだね。』

「どうすればいい?私はどうすれば、お前の力を我がものにできるんだ。」

『う〜ん………』


『魔神因子』はヒバリの問いかけに真剣に悩んでいた。口調はこんなんだが、実際は親身に考えてくれたりもするようだ。


『残念だけど、それに答えはないよ。』

「答えはない、か。」

『死なない少年は感情で。天野快斗はそもそもの適性力で。君の弟は違う因子だけど決意で我がものにしている。』

「あぁ………」

『彼らはそれぞれ、因子よりも遥かに大きな、自分の持っているもので因子を抑え込むんだ。』

「自分の、持っているもの………?」


ヒバリは顎に手を当てて悩む。生まれてこの方、剣の道しか進んでこなかったため、即座にそれが思いつかなかった。


ライトのような可愛げもなく、快斗のような勇気もなく、高谷のような優しさも持っているとは到底思えない。


思いつくのはそう、『剣』だけだ。


誰よりも速く、強く、鋭く剣を振るいたいと願っていた。


たった一つ。今まで信じて疑わなかったものはたった一つだけ。


『答えは出たんじゃないかな?』


因子は優しげにそう言った。ヒバリは頷く。見失っていたものを見つけ出した。


迷いも悩みも沢山残っているが、ヒバリは今、自分のいる場所と出来ることをはっきりと理解した。


『ゼロから始める準備は出来たかい?』


因子は問う。弱々しかった今までとは違い、本気の表情になったヒバリに。そして、ヒバリは因子からの問に首を横に振った。


「違う。私が今いるのはゼロじゃない。マイナスにいるんだ。」


ヒバリは強く笑って言う。


「私はこれからゼロに戻る。ゼロに戻って、もう一度、底辺の人間に戻るんだ。そして………天野快斗と皆に謝罪をする。」

『へぇ〜。』


因子は面白いものを見たような声を上げた。


『まぁ、僕としてはどうだっていいんだけど、君はちゃんと強いものを見つけたらしい。』

「あぁ。」

『僕の溶けだしたものを、ちゃんと元の位置に戻せるくらいの強いもので、僕を制御するんだね。』


因子は軽くそう言ったってきり、ヒバリに対して話さなくなった。黒い球体は触れても何も反応しない。


「………よし。」


ヒバリは腰の鞘に刺していた風龍剣を地面に突き刺した。ヒバリが何よりも信頼しているもので、中の汚れを吸い取って綺麗にする。


モヤモヤとした瘴気を纏っていた因子が、次第に綺麗な球体へと変化していく。


「天野やライトも、こんな感覚だったんだろうか。」


今まで悩んでいたことがうそのように消え去り、内側から浄化されていくような感覚に、ヒバリがそんなことを呟いた。


快斗に関しては決意も何も無かったが、他のふたりはそれなりの覚悟を持って因子を受け入れた。ヒバリにはそれがあまりにも足りなかったようだ。


だがそれはたった今満たされた。ヒバリは初めて、本気で人間を辞める決意をした。黒い魔力を受け入れ、完全体となったヒバリは、もう弱々しく凹んではいなかった。


猛々しくも美しい、『剣聖』へと戻ったのだ。


いや違うかもしれない。戻ったとは言い難い。言うなればこれは進化である。今はもうただの『剣聖』ではない。


そう、彼女は、


「私は、『剣聖』、悪魔ヒバリ・シン・エレストだ。」


そういった途端、精神世界がゆっくりと崩れて、ヒバリの意識は現実世界へと戻って行った。

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