勝負はここから
「く………どうすれば………よいでござるか……!!」
「ち………これは、面倒だ!!」
叩いても切っても潰そうとしても、全くダメージを負わない羅刹に、世界最強の2人は悪態を着く。
暁は反撃を何発か食らってしまい、頬から血が流れている。ヴィオラは遠距離から何度も何度も剣を突き刺そうとしているのだが、全く効果を感じなくてうんざりしてきている。
「……………。」
流石におかしい耐久力にヴィオラは考える。攻撃ではない羅刹の撃破方法を。その隣で暁も精一杯羅刹の倒し方を考えていた。
「…………っ。うむ。そうだな。」
と、暁を一目見たヴィオラは指を鳴らして小さく呟いた。その行動に暁が首を傾げる。
「何か妙案を?」
「………あぁ。貴様の父からヒントを得た。」
「………父上から?」
「あぁ。」
ヴィオラは剣を4本作りだした。その見た目は今までのように適当な剣の形ではなく、真っ白で神秘的な剣が、全く同じ形で12本作りだされた。刀身には黒い文字で『mourir』と書かれている。
そして最後に腰の鞘にさしてあった剣、デュランダルを引き抜いた。金色の光が当たりを照らし、俯いていた羅刹もその光で顔を上げた。
「よく聞けよ少女剣士。これから余らが行う所業に最低限必要な時間は、1分だ。」
「なるほど。承知!!」
2人は羅刹の視界から逃れようと瓦礫の奥へと消えていった。
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羅刹は静かに瓦礫の上に座っていた。あぐらをかき、太い腕を組んで、目を閉じて岩のごとく動かない。
なんの音も出ないこの空間に、さっきまでのような騒々しかった状況に早く戻らないかと期待している。
羅刹の出現の余波で建物という建物を破壊されたこの国に、果たして生存者はいるのだろうか。羅刹はそんなつまらない思考を何度も繰り返して、今もずっと羅刹を狙っている2つの殺気に期待する。
羅刹は人に期待しやすい鬼なのだ。その期待に答えられたのは、今までで1人しか居なかったが。
「しっ!!」
微かな足音と短い息の音に、羅刹はそちらへ拳を突き出した。案の定躱されて、太い腕の上に小さくて華奢な少女が飛び乗った。
「ふっ!!」
赤い髪の暁は、炎を纏う折れた刀を羅刹の目に叩きつけた。当然、そんな攻撃では眼球にすら傷をつけることは出来ない。かつての仲間の中ではタンクの役目を担っていた羅刹は、自分はこの世界の誰よりも防御が硬い存在だと自負している。実際そうなのではないかと思うほどに、規格外に硬い。
炎で視界が淡く光る間、羅刹は暁の少し上から飛んでくる刃の存在に気づいている。鋭く、それでいてあまり勢いの強くない剣。それを羅刹は頭で弾いた。弾かれた剣は地面に突き刺さった。
羅刹は見る。その地面に突き刺さった剣が、ヴィオラが出現させたあの白く輝く剣だと確認した。やはり、なんらかの対策を思いついたのだと羅刹は確信する。出現させた本数は4本。羅刹はまだ3本余裕があると見た。
羅刹は更に暁を狙う。今度は殴るのではなく、長い鉤爪を突き出して暁を狙う。
暁はそれを身を翻して躱し、背後から羅刹に斬撃を叩き込む。バチバチと火花が散る。その感触で雷をたたきつけられているのだとわかった。
腕を振るい、暁をつき飛ばそうとする。常人から頭が簡単に吹き飛ぶ威力だ。暁は刀でその攻撃をガードする。
「ふ………!!」
暁の後ろから援護射撃のようにヴィオラが剣を放つ。その数10本。暁を吹き飛ばしたあと、羅刹が腕を振るうだけで剣を全て弾き飛ばす。
何本かは折れたが折れなかった2本の剣が、宙を舞って地面に突き刺さる。
「死ね。」
「ほぉ!!」
砕けた剣の破片で視界がチラつく中で、右から1本の白い剣と左から氷塊が挟み撃ちするように放たれた。顔面を両方から穿たれるが、ダメージを受けることは無いので羅刹は近距離から攻撃を放った暁を狙う。弾かれた剣は地面に突き刺さった。
「少女剣士!!」
「あいわかった!!」
暁が『時空陣』を発動。羅刹の攻撃を避け、そのすぐ上に瞬間移動する。そのままかかとを落とし、暁を攻撃しようと体勢を前のめりにした羅刹を地面に押さえつけようとした。
しかし羅刹の筋力は半端なものでは無い。例えつま先立ちで地面とほぼ水平になるまで体が倒れてもたち直せるくらいの筋力がある。
暁のかかとを打ち返すことぐらい容易い。
ぐるんと体を翻し、暁のかかとを右手で受け流して左拳で顔面を狙う。それは予想していたのか、暁は顔の前に腕をクロスさせてガードする。羅刹はそこに容赦なく拳をぶち込んだ。
内臓まではいかずとも、クロスした時に上にしていた左手の骨は腕の中でひしゃげたようだ。
「んく…………!!」
痛みに震え、しかし未だ闘志を燃やし尽くすことはなく、暁は羅刹を睨みつける。羅刹は殺気の篭もる瞳に期待を寄せて、その視線を睨み返した。
その瞬間、背後から凄まじい光が放たれた。
「?」
ここで羅刹が初めて感情を表に表した。不思議そうに首を傾げて後ろを振り返ると、ヴィオラがデュランダルを持って羅刹を見つめていた。というよりかは、見下していた。
「さて、少女剣士よ。前置きはここまでだ。」
「理解してこざるよ。」
「ふむ。………さぁ、始めよう。」
羅刹はその会話に耳を傾けることはせず、周りを見渡した。何かを用意していなければこんな自信満々な会話をするわけがないからだ。
勝ち筋が見えたか、はたまたそう見せ掛けているのか。
「羅刹。貴様の能力、当てて見せよう。」
投げかけられた言葉に羅刹が振り返る。ヴィオラはデュランダルを地面に突き立てると、羅刹を指さして大声で言った。
「貴様の能力は、ずばり、『無敵』。自身を向けられた全ての攻撃を無効化する。」
その言葉に羅刹が小さく顎を引いた。その動きを肯定と受け取ったヴィオラは口元を釣りあげた。
「できれば間違いであって欲しかったがな。やるぞ!!少女剣士!!歯を食いしばれ!!」
「承知!!」
羅刹はここで初めて、自分の周りに用意されたものに気がついた。
放たれた剣の中に、妙に派手な物が混じっていた。あの白く輝く剣だ。あの剣だけは、羅刹の攻撃でも折れることは無かった。見渡せば4本の剣が、羅刹を中心にヴィオラを含めて五角形を描いていることに気がついた。
しかし羅刹はそれに危機感を覚えなかった。羅刹はヴィオラが白い剣を4本出現させたのを見た。しかし周りに刺さっていた剣のうち2本は普通の剣だったのだ。
もしこれがなにかの秘術であったとしても、わざわざ見せつけるほどの剣を使わないというのはどうも筋が合わないような気がしたのだ。
そんな曖昧な考えが、羅刹を危機に貶める。
「余は『剣王』。剣ならなんだってできる。そう例えば、剣と剣を入れ替える、なんてこともな。」
ヴィオラが指を鳴らすと、地面に突き刺さっていた普通の剣は、一瞬であの白い剣へと姿を変えた。姿を変えたと言うよりかは、剣が入れ替わったというのが正しいか。
「ッ。」
それを見た瞬間に、羅刹はこれはまずいとヴィオラに攻撃を仕掛ける。拳を最大限の威力と速度で放った。ヴィオラはそれを避けようともせず、デュランダルを地面に突き立てて目を閉じる。
「ふ………!!」
羅刹の拳は、ヴィオラの眼前で止まった。
「ここから1分。押さえつけられるな?」
「当たり前、で、ござるよ!!」
羅刹の拳を受け止めた、真っ黒髪の少女は、意気揚々と言ってのけた。
羅刹を見上げてくる瞳は黒色。それは、全ての色が混合した果てにたどり着く最後の色。
「『全能陣』。」
ここからの1分間で、勝負が決まる。