集結
牢屋の目の前に、紙切れを放り投げる。中にいる人はそれに気がついたようだが取りに来ることは無い。
だがそれは予想通りだったので、なるべく顔を合わせないようにしようとしていたライトはそれでいいと踵を返す。
いつか彼女の気が変われば、そのきっかけがもしあったなら、あれがきっと役に立つと信じる。
それに賭ける。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ベリランダ様。高谷様。サリエル様。ライト様。ヒナ。ルージュ。何度も何度も申し訳ないのですが………」
「いいのいいの。これは誰のせいとかじゃなく世界の危機なんだから。」
城門の前で、エレストの最大戦力達が集められ、天使殲滅戦へと送り込まれようとしていた。
「勝てる見込みはあるのでしょうか………。」
彼らを心配そうに見つめるルーネス。すると見つめられているエレストの戦力達の横で、一人の男が胸を叩く。
「まぁなんとかなるさ!!最悪、未来ある若者の盾に、俺がなってやる!!」
そう言いきったのはセシンドグロス王国騎士団長、メシルだ。
王と共に救い出された彼はその後片足だけの騎士となり、普通なら車椅子生活のはずなのだが、彼は片足でも充分戦えるとこの場にはせ参じた。
正直一般兵よりも動けないかもしれないが………残酷な話、処理できる機会でもある。
メシルは自分がもうどうしようもなく使い物にならない戦士とわかっているからここにいるのだ。
「ふん。精々足掻けよ片足の。」
「こら。あまり酷いことを言ってはなりませんのよ。」
「…………。」
仲良く軽口を言い合うセルティアとゼルギア。その横ではエレジアが静かに腕を組んで瞑想していた。
「とりかく後ろからバフはするからね。」
「僕も。あまり使い物になるかは分からないけどねー。……ふわぁ。」
「あなたはどうしてこんな状況でも欠伸が出来るのです……。」
車椅子の上で笑うリーヌに、欠伸をして緊張感のないユリメル。それを見て呆れるルージュ。
「試練だのなんだの………一体聖神様は何を考えているんだ。」
頭を乱暴にかいて愚痴のような言葉を吐く破壊神ネガ。
これらが、今天使に当てられる最高戦力であった。
「こうしてみると、実力者って少ない気がするね。」
「本当なら………あと2人は必ず居たんだけどね。」
無くしてから実感する、ここにいない2人の存在の大きさ。自信から恐怖まで、彼らがいるのといないのでは大きく差がある。
「ネガ様がいてくれてなんとか対抗出来そうではありますが……」
「………どうだろうな。」
皆がその言葉に息を飲む中、ネガは空を見上げて他人事にように呟いた。
元々人間に肩入れするつもりはなかったネガだが、ディオレスには人間は助けるべき生き物だと教えこまれているのでそれに従っている。
そんな彼女は、ここにいる全員に、高谷が見た天使のことを説明したのだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あぁ。そいつはきっと太陽神だろうな。」
「た、太陽神、ですか……?」
エレスト王国城内にある図書館で本を読み漁っていたネガは、高谷の問いかけにそう答えたのだ。
「昔に我の親のような存在の方から聞いたことがある。聖神の配下の天使の中には、太陽神アテンという男がいる。」
「なるほど……。」
「対抗しようと言うのなら、まぁ、無理だろうな。」
「そ、そうなんですか?」
「お前ならわからん。『不死』だと聞いたからな。しかしまぁ人間とは脆いものだな。1人の悪魔が死んだ程度で城が静まり返っている。」
「なっ………」
「気持ちはわかるがな。」
人間を軽視しようとしていたネガに反論しようと高谷が口を開く前に、ネガはそう付け足した。本に視線を落としながら話していたので真面目に答えていそうには見えないが、口調からして本心だと高谷は思った。
「それで?我を尋ねたのは、太陽神の話を聞きたいからだけではないだろう?」
「まぁ………その、力をお借りしたいなぁ、と。」
「はぁ………そんなことだろうと思ったさ。」
ネガは本を閉じて机の上に置き立ち上がる。
「試練の対象に、我も含まれているのは事実だ。この世界の人間では無いのだが………ここは、『仲間』と思って目を瞑る。」
「はぁ………?」
「手を貸すと言っているんだ。我としても、人間が神にやられていくのは見ていて胸糞が悪いのでな。」
「えと、ありがとうございます!!」
こうして、ネガは天使殲滅隊に入れられたのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「まぁ、話では奴は慢心たらたらのクソ野郎とのことらしい。」
「……なんだか神様への印象がどんどん崩れていきますわね……」
移動中の馬車の中で高谷の肩に足を乗せてくつろぎながら太陽神をボロクソに言うネガを見て、セルティアは頭を抱えた。
「ちょっとネガさん。高谷君に足乗っけるの禁止。」
「此奴が良い場所に良いタイミングで良い乗せ心地の肩を持っていたのが悪い。」
「あはは………いてて。」
サリエルがネガを注意すると、ネガが屁理屈でサリエルに反論する。反論する度足に力が入って骨がきしんでいたくなるのだが、サリエルがどんどんヒートアップしていくので痛みも増していった。
しかし高谷はそんなことを感じていられるほどに心に余裕はなかった。頭の中は天使と戦うことばかり。仲間を失いたくないという気持ちが先行して焦ってしまう。
あの爆発を受けたからこそ、そう思ってしまうのだ。
誰がどう見ても、1番緊張しているのは高谷だった。
「気張るな『不死』。」
「ッ。」
「所詮は太陽神。我が親にして師であるディオレス様には遠く及ばない底辺神よ。」
足で今も肩を抉りながらネガは言う。なんとも滑稽なその姿に、高谷は少しだけ余裕が出来た。それでも、まだ足りはしないが。
「最悪、配置された周りの兵士達でどうにか押し返す。まぁ、そのような決断をさせる時点でこの世界はもう終わりだが………我がどうにかして、お前とそこの天使だけは助けてやる。男と女がいれば子供も作れると聞いたのでな。」
なんて理由で助け出そうとしているんだと、高谷はネガを暗い目で見た。珍しくネガが「な、なんだ。」と、少し怯んだ。
「そんなの、いいです。だったら俺だって死ぬまで戦う。」
「勝てなくても?」
「救えなかった分だけ仕返ししないと………」
「ふん。まぁ、それは無理であろうよ。」
ネガが高谷の話を鼻で笑ってそう言った。高谷よりも先にサリエルがネガに言葉をぶつけようとしたが、それは高谷が止めた。ネガがまた口を開いていたから。
「何故なら、我が絶対にそんな状況にはさせないからだ。」
その言葉を聞いて安心する。高谷の目を真っ直ぐみて放たれた言葉には重みがあった。その一言で、ネガが人間にどんな感情を持っているのかはすぐに分かる。
信用していいのかと不安に思っていた部分もあったが、とりあえずは信じてみようと、高谷は思った。
「それじゃあ、我は目的地まで寝る。」
「え、あの、足を………」
「動かした時は、お前の首は飛ぶぞ。まぁ、飛んでもお前は生き返ると思うが。」
「あぇぇ………」
死刑宣告をされ、高谷は太陽神のいる場所まで肩をえぐられ続ける羽目になった。少しだけ、ネガの信用度が下がったのは、言うまでもない。