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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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誰だって

「………すぐに、手配致します。はい。こちらはどうにか………それについてはこちらで対処致しますので………そうです。ご遺族への報告も………」


大量の仕事に追われながら、ルーネスは悲しみに打ちひしがれていた。


南の天使の爆発により、数名を残して全ての兵士が確実に命を落としたという報告があったからだ。その処理も、遺族への報告も、ルーネスが悲しんでいる暇もなく終えなければならない。


天使は今もこちらに進んできているという話だった。それへの対処もある。しかもどこからかその情報が漏れてしまったようで、不安になった住民達が城に押しかけた。その騒動を収めるのだけでかなりの労力を割いた。


帰ってきた兵士達は疲労困憊で、今は家に返した。そのうちの3人はすぐに出動できると申し立ててきたが、万が一を考えてルーネスは3人を一日だけ休ませた。


現在はどうにかベリランダが住民の相手をしてくれている。実力も功績もしっかりとあるベリランダなら、住民からの人望も厚い。いてくれて良かったとルーネスは思った。


しかしベリランダ1人で向かってくる天使を倒すことが出来ないのはひと目でわかる。住民達は本当に不安を払拭されて静かになりつつあるのではなく、どうにか守ろうとしてくれているルーネス達へのせめてもの労いで静かになっているのである。


世界の全ての実力者には連絡し、何人かの戦士がエレストに集まりつつはあるが、それでもどうなるのか分からない。


世界最強の2人、ヴィオラと暁は『鬼人の国』で何者かと戦闘をしているらしい。残った四大剣将の2人はあまり強くはないし、帰ってきた兵士の1人、高谷の話を聞くに、大量の戦力をぶつけても無駄死にするだけとのことで、どうするか迷いどころなのだ。


頼りの綱でもあった『勇者』リアンとエリメアは何故か行方不明となり、今のエレストで天使に対抗出来うる兵士は、高谷、サリエル、ライト、ベリランダだけなのだ。百歩譲ってルーネスが出たとしても、高谷の話から推測するに囮にすらなれそうにもない。


1番の戦力で頼みの綱であったヒバリは精神を病んで引きこもってしまったし、ライトもそのせいで士気が下がりつつある。


本気で戦う意思があるのは、高谷とサリエルだけだった。


「はぁ………」

「師匠。お疲れ様です。」


溜息をつき、なんとか片付けた資料を纏めてルーネスが椅子にもたれ掛かる。疲労困憊の彼女に、ヒナがお茶を入れた湯のみを机に置いてルーネスに労いの言葉を送る。


「目のクマが酷いです。師匠、今日はもう休んだ方が………」

「いいえ、駄目ですヒナ。私はこの国の女王なのです。誰よりも苦労するのは当たり前、国民のために紛争するのが王の務めなのです。」

「相変わらずお堅いですね………それでも、壊れたら終わりです、師匠。」


ヒナが置いたお茶を飲み干し、未だ仕事を続けようとするルーネスの手を、ヒナが引いていく。


「ひ、ヒナ?私はまだやることが………」

「黙ってください師匠。今だけは私の言うことを聞いてください。」


何を言っても揺るがない意思を感じたルーネスは、ヒナにとやかく言うことを辞めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


城を出て右に曲がりしばらく歩くと、ひとつの小さな教会が見えてくる。そこは、メサイアがまだ健在していた時は武器倉庫のような場所だった。今では誰も使わずに、埃に埋め尽くされた場所になっているということは、ルーネスも知っていた。


こんなに厄災が続かなければ、しっかりと掃除する時間もあったろうに。そうルーネスは思っていた。


だから、ヒナに連れてきてこられた時には驚いた。小さく火が点った蝋燭が教会の入口を照らし、照らされた教会の壁や地面の汚れは、綺麗さっぱり無くなっていた。


そして、教会の入口の前、そこには小さなテーブルと、椅子が2つ並べられていた。


「ヒナ。そろそろ説明が欲しいのですが………」

「今話します。なのでちょっとそこに腰かけて目を瞑っていてくれますか?」

「?。はい。」


首を傾げたルーネスだったが、言われるがままに椅子に座り目を瞑る。何をするつもりなのか全くわからなかったが、取り敢えず従ってみようと思ったからだ。


「久しぶりですね。こうやって2人きりでいるのは。」

「そうですねぇ。師匠がちょっと遠い存在になりましたから。」

「あら。ヒナだってそうでしょう?高谷様方と戦場に赴くほどの実力者にまで育っているではないですか。」

「お世辞はやめてくださいよ師匠。私はまだまだ未熟です。お酒を入れる力も、みんなを守る力も。」


テーブルが少し揺れたのを感じた。何かがテーブルの上に置かれたようだ。


「これをこうして………はい。じゃあ師匠。目を開けてください。」


そう言われてルーネスは目を開けた。


「………ッ。」

「お誕生日おめでとうございます。師匠。」


目の前には、1本だけ蝋燭がともされた小さなケーキが1つ。その横には何故だかお酒が置いてあった。


シャインエールという、作るにはかなりの時間も労力が必要となる、割と高価なお酒なのだが、ルーネスは誰が作ったのかひと目でわかった。


「ヒナ。あなた………」

「こう見えてもちゃんとお酒作りは怠らなかったんですよ。まぁ、戦争やらなんやらで、上手く管理は出来ませんでしたが………私ができる精一杯の、1杯です。」


ヒナの作ったお酒を少し嗜み、ケーキを頬張る。甘い味と深く穏やかになれるお酒のおかげで、ルーネスは本当に久々に休憩を撮っているような気がした。


「私の誕生日を、覚えていてくださったんですね。」

「こういうことは覚えていられますから。大事なことですし、師匠自身、忘れていそうでしたから。」

「………そうですね。」


仕事に没頭しすぎて、自分の大事な日さえも忘れてしまっていた。周りに覚えてくれていた人がいて良かったものの、ルーネスは自分を少し大切にしなさすぎたようだ。


「自分のことを第一に考えたって誰も責めはしませんよ。師匠。」

「私は私の使命を果たすだけです。」

「それについては否定しません。ですが自分の身を削り続けることだけはしないでください。王の前に、師匠は1人の可憐な乙女なのですから。」

「あら。お世辞が上手くなったようですね。」


他愛のない話も、ルーネスにとって今はありがたかった。ヒナは、ルーネスが少しでも仕事を忘れられるように努めていた。ルーネスもそれに気がついていて、必死にそうしようとしている。


なのに、頭ではいまも苦労している人々のことを考えてしまう。ヒナの気遣いも虚しく、ルーネスは心の中で焦りを感じていた。


「お酒、とても美味でした。ケーキまで用意してくださって、ありがとうございました。」

「………はい。」

「私は仕事がございますので、ここらで失礼させていただきます。」


テキパキと食器を纏め、ルーネスはお辞儀をすると、その場から去ろうとする。その背中に、ヒナが叫んだ。


「師匠!!私はまだ誕生日のプレゼントを渡してません!!」


ルーネスを引っ張り、ヒナが教会の扉の前まで連れていく。ルーネスは早く終わらせようとヒナに従う。


「プレゼントまで………一体何を下さるのですか?」

「実は物ではなく、師匠には『機会』を与えます。」

「『機会』、ですか?」

「まぁ、見てくださればわかると思います。」


ヒナはそう言い、教会の扉を開ける。中は綺麗にはしてあるが明かりは点っておらず、外からの光だけでは到底中全体を見渡すことは出来なかった。


「これを持って奥まで進んでください。」


渡された蝋燭の刺さった燭台を持ち、ルーネスが扉を越えると、ヒナが後ろから声をかけた。


「ゆっくりとして言ってください。ここは閉めておきますね。」

「はい。分かりました。」


扉が閉められ、真っ暗な空間には蝋燭の光だけが残された。ルーネスはその明かりで少しずつ前に進んでいく。


なんの影響もうけていなかった教会は、地面も天井も綺麗なままだった。それを見る度に、あの、革命的な出来事を思い出す。


父親の野望をぶち壊し、エレストを救った英雄を。この世界のどの人間よりも愛した男を思い出す。


白髪の、元気で優しい少年だった。不思議な髪型だったがよく似合っていて、歌が上手くて、話が面白くて、誰よりも戦いが好きで、ルーネスと同じように、自分より他人を大事にする人だった。


今はもう居ないその人を考える度、いつの間にか会いたくて仕方が無くなった。いつもなら呼べば直ぐに来てくれるのに、今はもうどこにもいないその人に。


「快斗、様………。」


進む足が遅くなる。気持ちが昂り溢れだしそうになるのをグッと堪えて、ルーネスはゆっくりと進んでいく。


コツコツとかかとを鳴らして、ようやく一番奥に辿り着いた。そこには棺が置かれており、何故だかその周りには沢山の白い花が置かれていた。ルーネスはその中に誰かが寝かされているのを見つけた。横向きに設置されたそれを上から覗き込んでみた。


その瞬間に、我慢していたものが弾け飛んだ感覚があった。


「あ…………」


言葉にならない感情が渦巻き、ゆっくりとじわじわと溢れてゆく。悲しみと嬉しさと寂しさと喜び。感情全てが混ざりあってぐしゃぐしゃになる。


涙が零れて落ちて、何もかも忘れてただその一点だけを見つめて動けない。


そこにあったのは、『天野快斗』の死体だった。高谷が努力して、完全に体を全て修復された綺麗な状態のその死体は、今にも起き上がりそうな程だった。


しかしそれを動かない。何故なら死体だから。今一度、この人が死んだことを確認したルーネスはその場に崩れ落ちる。初めに聞いた時は絶望で泣き叫び、触れることが出来なかった快斗の肌に触れた。


ツヤツヤで綺麗な肌。熱を感じないそれを撫でて、ルーネスは泣きながら話しかける。


「快斗、様………今、世界は大変なことになっておられます。貴方様がお亡くなりになってからというもの………私は辛くて仕方がありません。」


膝が震える。本音が溢れる。死体なのに、もううんともすんとも言わないただの死体なのに、ボロボロと築き上げていたものが崩されてしまう。


「皆さん疲れていて、私も疲れていて、………もうどうしたらいいのか分からないんです………」


跪き、快斗の死体を抱いて、ルーネスは泣き続ける。


「助けてください。快斗様。あなたがいなければ私は………」


その先の言葉は出なかった。嗚咽と意味の無い泣き声で塗り潰されてしまったからだ。


悲しみに打ちひしがれ、しかしどんどん心が軽くなっていくのは何故だろう。きっとそれは、思いっきり泣いて、本音をぶちまけて、会いたい人に会えたからなのだろう。


望んでいた形と違っていても、ルーネスは快斗であっただけで心が軽くなっていった。


「快斗、様ぁ………」


その声を最後に、泣き声は聞こえなくなる。誰もいない教会の中、蝋燭の火が消えた頃には、ルーネスは深い深い眠りについていた。


快斗の死体に寄りかかり、穏やかな表情で眠るルーネス。

これがルーネスの心の闇を祓えたかは分からないが、少なくとも、ルーネスにとって、悪いものではなかっただろうと、ヒナは思っている。


「本当に、大きな存在ものになりましたね。快斗さん。」


月を見上げて呟くヒナは、ルーネスが起きて出てくるまで、きちんと協会の扉の前に座って待ち続けるのだった。

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