皆の悲しみ☆#1
この世界の歴史の中で最大の戦争は、一夜にして幕を閉じることとなった。
濃すぎる戦闘の数々。極大魔術の連発。世界を超越した数人の戦士。きっと誰もが忘れることの無い夜となっただろう。
大半の人々は戦争の集結に歓喜し、宴でも開こうとでも考えているのかもしれない。それが実現できるのはまだまだ先だが。
そして少数の、1部の人々は歓喜なんて頭の中に少しも存在していなかった。その少数の人々とは誰か。あぁ、もう予想できるているだろうか。
そう、天野快斗を知る人物達だ。
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「…………は?」
ヴァイスが破壊され、『ヒト』が破壊され、大半の魔道兵が殲滅された静かな戦場で、高谷は遠くに見える人物を見て絶句する。
崩れた外壁の小さな穴から、ゆっくりと歩んでくる人物が見える。長い黒髪を揺らし、その髪で自身の顔を無意識に隠しながら進んでくる人物はヒバリだった。
だが高谷が注目しているのはヒバリではない。ヒバリの、その背中におぶられている人物だ。天野快斗だ。
大量の血にまみれた彼を見て、高谷は反射的に駆け出していた。目の前に寝ていた怪我人を他の医療人に丸投げして。
「快斗!!」
見ただけで、只事じゃないと、高谷は察した。
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「………何?」
歩むヒバリを見て、ネガは少し意外そうに首を傾げた。たった今ヴァイスを殺し、今から向かおうかと考えていた矢先、なんの前兆もなく快斗の瀕死の体を背負っているヒバリを見たのだ。
破壊神のネガにだって、分からないことは多くある。こうなるとは思っていなかった。
「どういう、ことだ?」
やや不思議に思いながらも、ネガは自然といつも通り堂々とその方向へ歩んでいった。
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「え?」
「?どうしたの?」
人3倍くらい目がいいヒナは割と遠い安全地帯から戦場を眺めていた。ヴァイスがネガに破壊され、戦況は完全にヒナ達の勝利へと傾ききったと思った矢先、外壁から現れたヒバリを見て、ヒナは呆気に取られてしまった。
隣のサリエルが、そんなヒナを見て不思議に思う。ヒナは少し手を震わし、そしてバッと立ち上がって振り返る。
「飛んでくださいサリエルさん!!本当の本当に、緊急事態です!! 」
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「…………ふむ。」
天空からやっと地上におりたヴィオラは、悲しみに満ちた雰囲気を撒き散らすヒバリを見て顎を抑えた。
そうなった経緯も気になるし、ヒバリの表情にも面白みを感じている。ヴィオラはそういう考えの持ち主だ。
だが、ヒバリがどうするのかが気になってしょうがない。
「面白い。興が乗るぞ悪魔よ。」
既に瀕死の状態の快斗に期待したのは、彼女だけだった。
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「…………え?」
「…………あれは、」
全身を傷だらけにして、それでも何とか戦っていたライトと零亡。痛みを押し殺して、戦争がほぼ終結したこの時、やっとのことで姉のヒバリに会いに行けると思った瞬間だった。
外壁から歩んでくる、今までに見た事のないほどに絶望した様子のヒバリを見た。
「姉さん!!!!」
誰よりも速く、誰よりもこの世界で大好きな人の為に駆け抜ける。
そんな顔しないでと、語りかけたくて、地面をえぐる勢いで走り出す。だがその5秒にも満たないその瞬間に、ライトは大いに迷ったのだ。
背中に瀕死の快斗を背負ったヒバリに、なんて声をかけるべきか、分からなかったのだ。
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「なんということでござるか!!」
言葉を発するより前に、遠くに見える瀕死の快斗を心配して走り出す暁。先程まで魅入っていたネガの戦闘のこと、全身の痛み、肩に乗る獅子丸を連れて、暁はなによりも今は快斗を優先した。
根は優しいのだ。この暁という少女は。
「待ってるでござる!!絶対に死なせないでござる!!」
歯を食いしばり、待ちきれないとばかりに本気で駆ける。命を燃やす勢いで、快斗を目指す。
「拙者は………貴殿が死んでしまっては!!」
誰よりも悲壮感を漂わせているヒバリの次に快斗を心底心配してのは、暁だった。
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そうして全員が集まった時、ヒバリは快斗を反射的に高谷に受け渡した。
「駄目だ………駄目だよ快斗!!死なないでくれよ!!」
躊躇いもなく、高谷は自身の右腕を空へ掲げる。その意思を汲んだ暁がすぐさま高谷の右手を斬り飛ばし、血を流させる。腕の痛みなんて関係ないとばかりに、高谷は快斗の大きすぎる傷口に自身の血を流し込んだ。
快斗の肉体が反応し、蒸気を発しながら快斗の体が修復されていく。しかし快斗の表情から万全に回復したとは思えず、高谷は再生してしまった自身の右腕を再び掲げて暁に斬らせる。
その様子を呆然と見つめながら、ヒバリは少しずつ重くなってくる体を支えきれずにいた。
快斗ほどでは無いが、ヒバリだって神の境地へと降り立った悪魔だ。体になんの負担もないはずがない。それでも倒れていいとは思えなかった。
目の前で、自分のために倒れた人がいるのだ。倒れるなんてこと、出来なかった。
しかしいつまでも耐えられるはずもなく、ヒバリの体をゆっくりと前に傾き始める。
「姉さん!!」
それを予期していたライトが優しくヒバリの体を支える。背中を摩り、ゆっくりと地面に座らせて抱き締める。
「大丈夫だよ姉さん。」
何が何だか分からないライトは、ヒバリを優しく抱き締めて慰める。きっと快斗がこんな状態になって混乱しているのだろうと、そう思って。
そして、決してこれはヒバリのせいでは無いのだろうと、そう自分に言い聞かせながら。
しかしそれは、ヒバリの言葉によって打ち砕かれる。
「ライト………私は………罪を、犯した………」
「…………姉さん………」
「天野を………この手で………」
「姉さん………!!」
「私が…………斬ってしまったんだ………」
「喋らないでよ!!姉さん!!」
ヒバリの顔を胸に抱いて、ライトは皆からヒバリを隠すようにする。
「………なんとなく分かっていたよ……姉さんが、やっちゃったんだって………」
「…………私は、」
「それは、姉さんが本気で快斗さんを斬った訳じゃないんでしょ……?」
「…………。」
「姉さん………。」
「…………。」
「姉さん………!!」
「………私は………!!」
ヒバリに願うようにライトは地面に突っ伏した。その瞳から涙が流れているのだってヒバリは分かっている。でもヒバリは、ライトが求めている答えを口にすることが出来なかった。
嘘をつくのは嫌いだから。
「快斗!!快斗!!動け!!動いてよ!!」
快斗の心臓部を何度も叩く高谷。体の傷を修復したのに起きない快斗に心臓マッサージを施すが、快斗が起きる気配はない。どうしたって、快斗を起こす手段がないのは一目瞭然だった。
「起きないか。此奴は。」
その様子を無感情な言葉で言い表したのはネガだ。逆鱗に触れそうなその言葉を、誰も止める気力は無かった。
「………こんな、こんなところで!!」
高谷は快斗の右脇腹を綺麗に切り裂き、腕を滑り込ませて快斗の心臓を直接握る。握っては離し、握っては離しを繰り返し、心臓から無理矢理血を送り出す。
血の量は完全に足りているし、きっとまだ希望はあると、高谷は足掻く。
快斗の血に塗れても、高谷はそれを辞めることは無かった。暁は止めようとしたが、鬼気迫る高谷の横顔に言葉を発することが出来ない。
だが、その行為を止めることができる人物がいた。それは、ヴィオラだ。
「やめておけ『不死』の騎士よ。」
「何故……快斗を生きさせる!!」
「意味の無いことをするな。そやつは既に死んでいる。」
「ッ!!そんなわけ………!!」
「余が嘘をついていると?」
ヴィオラが高谷を蹴り飛ばし、無理矢理快斗から引き剥がす。自身の持っていた高谷の血を快斗にかけ、高谷が開けた傷口を閉じる。
「どの口で余の存在を穢す。貴様にその資格はない。」
「そんなことはどうでもいい。………そこをどけ。」
「余に指図するか、『不死』。」
「どけよ……快斗を助ける!!」
「死人にいつまでも固執するな。無理に起こそうとすれば、それこそその悪魔の死の冒涜であろう?」
「うるさい!!」
高谷はヴィオラを突き飛ばし、快斗の口に自身が引き裂いた手首の傷口からの血を流し込む。
「起きろ!!起きろ快斗!!」
体を揺さぶる。心のどこかで分かっている結果を認めたくない高谷は、必死に奇跡に縋る。
それも無意味と知っているヴィオラはため息をついた。彼女には見えなかったのだ。あったはずの、快斗の魂が、彼の体のどこにも。
涙を流し、誰を恨むでもなく、ただただ快斗のために尽くす高谷。その姿はあまりに悲惨で、そして無様に見えた。
「起きろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」