天野快斗
「あ………?おい、原野……原野?」
庇われたと理解した快斗。しかしその結果がこうなると混乱もする。大量の血と臓腑を零してしまった原野に寄り添い、その瞳を覗いた。
魂が籠っていない虚空の瞳。どこも見ていないそれを見て、快斗の中の黒い何かが炸裂した。
「……………ヒバリ。」
快斗はゆっくりと立ち上がり、悲しそうな表情でヒバリを見た。縋るような、何も分からないようにヒバリに寄りかかり、快斗は絶望した。
この短期間に、親しかった関係の2人を失った。流石の快斗も、怒らずにはいられなかった。
「お前の、せいだよ………」
そう言って、快斗は地面に突っ伏した。
『お前の、せいだよ………』
違う声が、以前にも聞いた声が、自分の中から自分を責めたてる。憎悪に塗れたどす黒い声。黒い魔力が快斗の右半身を包み込み、しかし快斗は自我を失わない。
快斗の中から憎悪を表したその者は、快斗を飲み込もうとはしなかったからだ。ただ優しく快斗を叱責し、立ち上がらせようとした。
その原動力を、快斗が持つ快斗に対する深い怨みとして。
蹲り、吹き飛ばされた足の痛みが未だ引かない快斗に、ヒバリは容赦なく風龍剣を振るう。
「なぁ……」
刃が当たる瞬間、快斗は誰かにそう問いかけ、自分の中で完結した答えを大声で叫んだ。
「お前のせいだよ!!!!天野快斗ォ!!!!!!』
快斗と快斗の中にいる誰かの声が重なった。怒りと憎しみが心を焦がし、闇が増大する。風龍剣を弾き返し、快斗は一瞬だけ本当の本気を出した。
左脚が真っ黒な闇の金属で出来上がり、以前の足でさえも出せないような脚力を発揮し、快斗はその瞬間に時間すら追いつけないであろう速度で地面を蹴った。
世界の法則を無視し、重力、時間、光。この一瞬だけ全てを超越する。
それが出来るのはヒバリも同じだ。すぐさまヒバリは風龍剣を掲げ、小さく一言唱える。
「『天の快楽と、一斗の絶望』。」
時が止まる。周りのものは何者も動くことは出来ない。神の境地に吹く黒い風はヒバリを守り、残酷にも的確に敵を殺す方向へヒバリを導いていく。
確実に当たる攻撃。絶対回避不能。何故なら時が止まっているからだ。普通の人間なら、ここで命は出るところだった。
しかし今の快斗は違う。この瞬間だけは、本気で怒り恨んでいるこの瞬間だけは、快斗はヒバリの更に上、『刃界』を超え、時を超え、黒い風さえも太刀打ちできない。
快斗はこの戦場で最も早く動くことが出来ていたヒバリを超越し、今ではヒバリの速度が遅すぎて止まって見える。
周りは今までいた景色とは異なり、真っ暗な空間に幾つかの惑星と青い瘴気が見えた。
恐ろしくも不可解で美しい。そんな場所に、快斗はずっといたいとは思えない。汚いと、そう思ったからだ。
上下右左全ての感覚が狂わせられそうなその空間をズカズカと歩み、ヒバリの目の前に立つ。
『払え』
誰かの声が聞こえた。快斗は頷くと、ヒバリが纏っている黒い風を右手で払った。散り散りに散っていく黒風。ヒバリは剥き出しになっても気づくことが出来ない。
『突きさせ』
快斗は闇におおわれた右手をヒバリの心臓部に深々と突き刺した。
しかし突っ込んだ場所は心臓ではない。魂だ。原野が命を懸けて繋げれくれた魂までの道。その奥で、ヒバリにこびりついている黒い魔力を、快斗は引っ掴んだ。
『引き剥がせ』
あまりにもしつこくヒバリの魂に執着する『魔神因子』。それを直に掴んで引っ張った。抵抗すると思われた『魔神因子』は、案外簡単にヒバリの魂から引き剥がされた。
それが何故なのかは分からなかった。だが、快斗は『魔神因子』が、快斗自身に、いや、快斗の中にいる誰かに従っているように思えた。
時は壊れ、再構築される。ヒバリと快斗を除く、世界の時間は正常に戻り、当人らはその出来事すら起こっていないように感じているはずだ。
快斗はヒバリから『魔神因子』の半分を引き剥がし、取り込んで事を終える。ヒバリを殺せない自分を情けなく思って快斗は涙を流した。
あまりに呆気なく終わったヒバリの救出は、大きすぎる犠牲を払って幕を閉じる。
『生きろ』
誰かに命じられると言うよりかは頼まれるような声。それを聞いた瞬間に、快斗は自分が今どんな状況なのかを悟る。
時を止めて攻撃するヒバリの更に上まで、怒りだけで這い上がったのだ。その代償は、少なからず想像出来る。
それは………『死』であると。
だが、快斗は死なないと確信していた。何故なら、中にいる誰かが『生きろ』と命じたならば、生きる算段があるということ。この場で快斗が予想できることはただ1つ。
それは、負担の分け合い。中の誰かと、快斗で半分こだ。
それならまだ生きる可能性があるということなのだろう。快斗は元に戻り始める世界でため息をつく。
もう半分『魔神因子』を失っているとは気づいていないヒバリは、まだ剣を振り下ろしている。時が動き出すにつれて、それの速度も距離もどんどん縮まっていく。
いつもなら容易に、それこそそこらの子供だって避けられそうな単直なその斬撃を、体が既に動かない快斗は避けることが出来ない。
心臓が爆ぜ、内臓はひっくりかえり、快斗の魂が大きく削れる。『断罪』が刻み込んだ傷の刻印すらも巻き込んで、快斗は体でも魂でも瀕死へと追いやられた。
そして迫る風龍剣を前に、快斗は笑った。
首だけを傾け、首チョッパを回避。できるのはそれが限界だった。
時が、動き出す。
「げぼっ…………」
銀閃が快斗の左肩から心臓まで落ちて止まった。深々と抉られたその部位は血を噴水の如く吹き上げ、それでも尚快斗は笑っていた。
目の前で目を見開いて動かなくなったヒバリが、何故かとても面白かったからだ。
「あま、の………?」
状況が呑み込めないヒバリ。しかし快斗に深々と突き刺さった風龍剣と、それをにぎりしめる自分の手、地面で静かすぎる眠りについた原野を見て全てを理解する。
「あ…………」
いつも冷静なヒバリの表情が崩れる。とんでもないことを仕出かしてしまった、と。
「へ………そんな顔すんなよ………」
「あ………あ………」
「お前は………悪く、ねぇ………」
快斗はもう長くない命をすべて掛けてヒバリを励まそうとする。しかし左の肺はヒバリに斬られて使い物にならないし、気管には血がこびりついて声すら上手く出せない。眠くもなってきたところで、快斗はヒバリに伝えたい全ての思いを一言で託すことにした。
「お前が無事で、良かったよ………、ヒバリ。」
「ッ!?!?!?」
何かに心の臓を突かれたかのような衝撃が、ヒバリを襲う。快斗の言葉が、不思議なことに強く心に突き刺さって刻まれる。ヒバリは俯いて下を向いていた顔を生きそいであげる。
「天野、私は………」
「眠いわ……ヒバリ。」
「待ってくれ!!私は……私はお前に!!」
「悪ぃ………ここまで………………………ダ。」
「は…………。」
一気に全身の力が抜けて、地面にぐしゃっと落ちた快斗。ヒバリはそれと同時に膝から地面に崩れ落ちた。血で染った快斗の体。涙さえも流れない瞳でそれを見つめ、ヒバリはそっと優しくそれを抱き上げた。
「私は…………」
感情は、堕ちなかった。闇に包まれることも、怒りで我を忘れることもなかった。あるのは、多大なる後悔。
「私は…………!!」
縋るように声を絞り出すヒバリ。動かず、どんどん温度が下がっていく体に向かって、問いかける。ヒバリは初めて人前で涙を流した。
「私は………どうすれば、いい……?」
誰もいない世界に閉じ込められたかのような、そんな感覚だった。
名:天野快斗 種族:悪魔 状態:不明
生命力:測定不能 魔力:測定不能 腕力:測定不能 脚力:測定不能
獄値:測定不能