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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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傾き始める世界

「ぐぁ……っ……。」


長い足に小さな顎が真下から打ち上げられた。受けたリンの耐久力が高くて分かりにくいが、その蹴りの威力は大岩を砕け散らせるほどのものだ。


鈍い音が響き、リンの硬い顎にヒビがはいる。邪気でガードしていたというのに、それを打ち破るほどの威力で顎を勝ち割られた。


そしてそれを為したのは、暴走状態のヒバリだ。風龍剣さえも闇で染まって黒剣となっている。


リンはその蹴りを食らっても少し呻くだけで、無言で反撃を初め、暴走状態で話すことを忘れたヒバリも剣を振るう。


互いが暴走状態の終始無言の戦いが始まる。1発1発、防がれ躱されるたびに、その波動が地面を空気を揺らす。今現在、この世界でここより殺気が蔓延している場所はないだろう。


ヒバリは『蓄積剣』すら使うことを忘れて、目の前のリンを、風龍剣で斬ると言うよりかは砕くような勢いで攻撃していく。


邪気が少しづつ剥がされ、ヒバリがその邪気を吸収する。闇が深まり、攻撃力が増していく。


それに気づいたリンは一旦距離を取り、地面を蹴ってヒバリを撹乱する。目の前に現れては消え、背後からの攻撃と見せかけて石の投擲。本能で出来上がる罠は、その度合いもリンに合わせて大きくなる。


地面が引き剥がされ、壁のようにせり上がった。それを裏から破壊し、粉々になった地面に紛れて姿をくらまし、遂にはそれすらも全てただのフェイクにして、リンはヒバリの足元を大斧でうがつ。


崩れた地面に足を取られ、ヒバリはなされるがままに地面に倒れた。倒れる速度よりも速く振るわれた大斧の刃が、ヒバリの顔面に迫る。


リンは、ほぼ地面と平行になって浮かんでいる状態のヒバリには、この攻撃の対処が出来ないと考えた。崩れた地面の破片がヒバリの着地地点に上手い具合に散りばめられ、すぐにも立ち上がれない。


チェックメイト。そう思った。しかし違った。


走馬灯のようにゆっくりと落ちてくる刃。それは『刃界』に入り込んだから遅く見えるわけではない。既にリンがフェイントを始めた時点で『刃界』には入り込んでいるのだ。


つまりこれは、『刃界』の中での高速の戦いなのだ。


そして今、ヒバリは絶体絶命の危機にある。立ち上がる方法も、弾く方法も思いつかない。どこに力を入れればいいのか分からない。


リンの腕力で振り下ろされた刃は、確実にヒバリの頭を砕くだろう。為す術なく、ヒバリは血を吹き出して命を落とすことになる。


それが、その事実が、無性に腹立たしくて仕方がない。


「胸糞が悪い。」


そう小さく呟かれた、ヒバリから初めて零れた怒りの愚痴。


怒りの矛先は、今自分を無惨に殺そうとしている少女、リンだ。

不運な事に、いや、幸運ともいえるが、とにかく不運な事に、リンが狙われてしまっまたのだ。


誰の断りもなく、ヒバリはリンを殺すことを決めた。


「…………?」


リンにヒバリの呟きが聞こえた瞬間、リンの視界は砂埃で真っ暗になっていた。次に鳩尾と顔面に大きなヒビが入っていることに気がついた。


警戒していたリンは邪気をふんだんに使って全身にまとっていたというのに、それを纏めて潰された。そしてそれを為したのもやはり、ヒバリだった。


ヒバリは振り下ろされてくる大斧よりも早く踵で地面を穿ち、その反動を利用してリンの鳩尾と顔面を殴ったのだ。あまりに速く強い打撃に、リンの脳に搭載された情報収集管理プログラムも落ち着けなかった。


なんせ、音を越す速度のリンの大斧よりも速く地面から立ち上がれるであろう実力を持つ人間は、ヴィオラと暁だけという情報しか無かったからだ。故に、リンは混乱し、次の攻撃に反応しきれなかった。


最早生け捕りという目的を見失い、空気が切り裂かれる音さえも出ないほど精密に狙いを定めた斬撃がリンの脳天を狙う。


リンの左腕からブーストが放たれ、その勢いで上手く刃を受け止めて流したが、代償に左腕が吹き飛んだ。痛覚がある訳では無いが、片腕を無くした喪失感は人間のそれに似ていた。


脳がバグを起こし、目の前の敵を分析することも出来ない。分析する前に、既に答えが出てしまったからだ。


リンは、この『0-0-1』は、ヒバリ・シン・エレストには勝てない。


「っ………。」


振るった大斧を、ヒバリの左アッパーで打ち砕かれる。鋼鉄よりも固いその斧は、細かくばらばらに散らばった。リンは持ち手だけになったとしてもその斧を武器として振るう。


大斧以外にも、武器の使い方のデータは頭の中に叩き込んでいる。様々な戦いのデータの中から1つを選出して活用できるのがリンの強みなのだ。


だが目の前の敵、ヒバリはどのデータの戦い方を利用しても全て剛力で潰してしまうだろう。現にもう大斧の持ち手も半分ほどの長さになっていて使い物にならなかった。


「うぁ………!!」


突き出した右拳。それを難なく交わしたヒバリが、その腕を右膝と右肘で挟んで潰した。ひしゃげな腕は中の導線が砕かれ、リンの意思に反応せずにぶらんと皮1枚で繋がっていた。


そして腕に皮で繋がることも許されず、いつの間にか風龍剣によって右腕も改めて切り飛ばされた。


「理解不能。理解不能。圧倒的実力測定不能。彼の者に勝利できる可能性が存在しません。」


リンは既に自我がない状態だ。だから自分よりも自身が属する陣営の勝利のために動く。


「安全リミッター解除。自爆の準備を開始します。」


両腕を失っても尚、リンはヒバリに出来るだけダメージを与えようとした。


だがたとえそれが成功したとしても、仲間がほとんど生き残っていない戦場では意味もなく、そしてそれを確認するほどの機能も、『邪神因子』を受け入れた反動で消え去った。


魔力の核を破壊し、流れ出した濃い魔力を自爆用に用意されていた球に全て込める。青く光るそれに魂すらも詰め込んで、リンは人生最大の攻撃をヒバリに仕掛けようと地面を蹴った。


「対象を爆破します。」


リンの視界にはロックオンされたヒバリが写っている。その画面に映るヒバリの表情は、どこかつまらなそうなものだった。


『0-0-1』の状態では感情がないはずのリンだが、今この時だけはなぜだか悔しさをかみ締めた。


そこには少なからず、死が近い事を理解したことによって覚醒したのかもしれないリンの1面も混ざっていたのかもしれない。


何も攻撃を仕掛けて来ないヒバリ。リンはフェイントもかけずに真っ直ぐにヒバリに突っ込んでいく。『刃界』を駆け抜け、高音すぎるブーストによって空気を焦がしながら走る。


その速度はまさに光であった。本の一瞬だけ、光の速度になったリン。作られた皮膚も完全に焼け落ちた。核が輝きだし、魔力が膨れ上がって、遂にリンの生命は爆発に変わる。


もう何度目か分からない走馬灯。その瞬間だけは、『0-0-1』ではなくリンになった。


「しに、たく、ないよぉ……」


年相応の泣き声でなくリン。そんな幼子でも、死の気配にはきちんと気づいて泣いてしまっていた。見えるのは狭くなった視界にチラつく快斗の顔。物心着いて初めて『優しさ』を教えてくれた人。


リンは絶対に忘れまいと、その顔をもう残っていない魂に刻み込む。そしてリンは、泣きじゃくりつつも最後は笑おうと、ギクシャクした笑顔で呟いた。




「……………さよなら。」




ここでリンは失われる。


その原因は、明らかだ。自爆によって、ヒバリを爆破し、あろう事か、その近くで兵士達を起こしていた快斗まで巻き込んだ。


1番好きで大切な人を、リンは死に追いやった。彼女は稀代の大悪人として、この世界に名を残すだろう。


……………否。それはリンの走馬灯に写った最悪の世界。現実はそうでは無い。


「『風神』」


リンが爆発する直後、ヒバリは誰にも聞こえない声でそう呟いた。


時が止まる。ヒバリは神の境地へと降り立ち、黒き風に吹かれる。


涼しげに感じるその風に、ヒバリは風龍剣を押し出される感覚があった。だからヒバリは何も考えずに、その風に従って風龍剣を振り抜いた。


その風を、小さく呟きながら。



「『天の快楽と、一斗の絶望。』」



リンが斜めにさっくりと、今までの耐久力が嘘のように簡単に切り落とされた。爆発しようとしていた核さえも真っ二つに切り裂き、その余った魔力は黒き風が連れ去っていった。


世界が正常に動き出す。リンの死体が地面に転がり落ちて、ヒバリは神の境地から元の世界に戻る。


「……………。」


ヒバリはその死体になんの感情も抱かず、風龍剣を鞘に収めようとしたその時、


「ヒバ、リ………?」


背後からかけられた声に、ヒバリが振り返ると、そこには目を見開いて驚いている快斗が立っていた。その視線はヒバリから足元に転がっているリンの死体を見た。


何も知らない快斗は、その場を見てこう思うだろう。


何故、リンがヒバリに殺されたのだろう?と。

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