夢
「起きて!!」
「ぐおっ!?」
強烈な衝撃を顔面に受け、快斗は目を覚ました。目の前には赤い手をひらひらと揺らしているベリランダと、手首から血を流している高谷がいた。
「やっと起きたね。」
「あ、っべぇ、俺寝てた?」
「気絶してた。なんであんなところで気絶してんの?」
「それの文句を言ったところで何も変わらねぇぞベリー。」
「ふん。でもなんか、あの女の人が来てくれて助かったわ。」
快斗はベリランダが振り向いた方向に視線を向ける。そこには暴走するヴァイスを簡単にいなしているネガがいた。
「なんだかよく分からないけど、あの人マジ強いの。」
「見たらわかるってか、そもそも俺はあいつと知り合いだからな………」
この世界に来る前に、快斗が初めて仲間になった破壊神ネガ。その実力がどの程度のものなのかは知らなかったが、やはり破壊神と呼ばれるだけあって、名前に恥じぬ実力のようだ。
快斗とベリランダが苦戦したヴァイスを、虫を払うかのように吹き飛ばしている。
「あいつはネガに任せよう。高谷の血でここらにいる全員を起こすぞ。」
「まぁそうね。やることっていうかそれぐらいしかすることないし。」
「そう言うと思って、既に作ってあるよ。配布用の俺の血をね。」
「優秀。」
高谷は50本近い数の試験管を快斗に渡した。久々に開いた『アンデッドホール』の中にそれを投げ入れた。ベリランダも同じような収納魔術をつかい、何本もの血の入った試験管を入れた。
「俺はあっちの方を回る。快斗はあっちの方へ行ってくれ。」
「いいけど、それはなんか意味があんのか?」
「うん………あっちでヒバリさんが苦戦してるみたいだ。」
「そういうことか。」
「途中に原野も寝てると思う。原野も連れて行って。」
「あぁ。分かった。原野と分担する。」
「ベリランダさんは俺といっしょにあっちを。」
「………分かったわ。」
高谷はベリランダを引き連れ、快斗とは逆の方向へ駆けていった。ベリランダは駆け出す前に快斗に一瞥をくれたが、その表情は少し不安げに見えた。
「とりま、原野探して数を増やすか。」
ヴァイスのヘイトが自分に向かぬように、隠れながらこっそりと走り出した。
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「………あ、れ……?」
気がつくとそこは、前に何度も見た光景だった。
汚い騒音が鳴り響き、人工物の光が当たりを照らし、うるさい蝉が鳴き続け、そこらかしこに、同年代と思われる学生達が、光るパネルを覗き込んで爆笑していた。
「なんで、私………。」
そんな見慣れた景色のど真ん中で1人、原野を制服を着て立っていた。ここは、原野が通っていた中学校の帰り道。毎日使っていた通学路だ。
「ここは、私、戻ってきたの?」
原野は唐突すぎるその展開に、頭を抑えて悩んでいる。動かなかった片腕は正常に動くし、破れたであろう鼓膜だって再生して、脳だっていつも通りに動いている。
なのに、やはり胸にぽっかりと何かが足りないような気がしてならない。何かしなければならない気がしてならない。焦りが、不安が、どっと原野を包み込んだ。
「あ、れ……待って……。」
どんどんと、脳に焼き付いていたはずの何かが消えてゆく。
「待って、待ってよ………。」
それが何か思い出す前に、消え去ってしまう前に、原野は思い出そうと彼女なりに頭を回した。だがしかし、原野の手は、その何かに届かなかった。
「は………」
彼女の心に空いた穴の中身。それを全て忘れてしまった原野は、言葉にできない恐怖を感じて座り込んだ。
「何が、なんだか、分からないよ………」
今まで何かをしていたのかは分からるのに、それがなんだったのか分からない。今まで誰が好きだったのに、それが誰だか思い出せない。
不安に押しつぶされそうで、原野は道行く人に見つめられたまま地面に座り込んでいた。
「あら、こんな時間に女の子が1人?」
「………ふぇ?」
そんな時、真上から優しげな女の人の声が聞こえた。見上げると、その女の人は、原野とは別の制服を着ていた。
女の人が纏う大人の雰囲気からして、高校生なのだと分かった。
「あ、えっと……」
「ん?」
長く綺麗な黒髪に、整った顔立ち、形のいい眉を持ち、スタイルのいい体に反して表情は少し幼げだった。
「どうしたの?」
「いえ、その、なんでもないです。」
「あ、その顔の跡、さては泣いていたでしょう?」
「ふぇ?あ、跡ついてますか?」
「ふふ、ついてるわよ。くっきりと。」
女の人は原野を立ち上がらせ、顔についた涙の跡を指で拭った。
「はい。これで消えた。あんまりこんな所でいたら駄目だよ?年頃の女の子だから悩みが多いのは分かるけど………」
「すいません。ありがとうございます。」
「いいのいいの。」
「私、原野花凜っていいます。」
「あー、そうだ。私名乗ってなかったね。」
女の人は、原野の自己紹介を聞いて思い出したかのように明るく笑った。女の人は持っていた鞄を揺らして、車の光に照らされた笑顔でこういった。
「私の名前は、高谷汐莉。現役JK。よろしくね。」
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女の人、汐莉は原野とすぐに打ち解け、原野の帰り道をついてきた。
「こんなにか弱い女の子を放ってはおけないでしょ?」
「は、はぁ……」
そう言って強引についてきたのだ。
「はぁぁ………」
「?どうしたの?憂鬱そうだね。お姉さんが相談乗ろうか?」
「お願いしてもいいですか?」
「ばっちこい!!」
汐莉は豊満な胸を叩いてそういった。原野はさっき汐莉に話しかけられるまでに感じていたことを全て話した。全部曖昧なことなので、頭の悪い原野は上手く伝えきれなかったが、それでも汐莉はきちんと全ての話を聞いてくれた。
「ふーん。そうなんだ。記憶喪失ってゆーのかな?」
「わからないです………」
「まぁそうだよねー。」
汐莉は楽しげにそう呟いた。それから自分の左手首についた、やや大きめの腕時計を見た。
「あーもうこんな時間だ。そろそろ帰らないと、両親怒っちゃうんじゃない?」
「汐莉さんは大丈夫なんですか?」
「私?私はねぇ………」
汐莉はまた元気に話し出そうとしたが、それをぐっと堪えるようにして、何故か話題を変えた。
「取り敢えず、花凜ちゃんが不安になったら、私が慰めてあげるから。明日から頑張ろ?あ、でもエッチなのは無理だよ?」
「エッチなのは要らないです!!」
「ふふ。だよねー。」
汐莉は本当に楽しげだった。いつの間にか一通りの多い場所から暗い夜道に来たというのに、汐莉の明るさは変わらなかった。まるで真昼間にいるかのような、何かに照らされているような感覚だった。
(明るいなぁ汐莉さん。私もこんな人に………)
そう考えて、原野の足が止まった。
「ん?」
「あ、あぁ………」
原野が膝から崩れ落ちた。
「ッ!?大丈夫!?」
汐莉が咄嗟にその体を支えた。原野の瞳からは大量の涙が流れていた。そして強い罪悪感。先程よりも強い不安が原野の精神を犯していった。
『………で、……く……れな……か。』
誰かに言われた言葉。それが頭の中でぐるぐると回転している。
「怖いよぉ………」
「大丈夫。私がいるよ。汐莉姉さんがいるから。」
子供のように泣き出した原野を汐莉が優しく抱きしめて背中をさする。
原野は肩をなにかに掴まれた気がした。振り返ると、地面から白い腕が生えていて、それが原野を掴んでいた。しかも1本ではなかった。
10本近い腕が原野を狙っていた。
「あ、ぁぅあ………」
恐怖のあまり動けず、原野はゆっくりと迫ってくる腕を見つめたまま泣くことしか出来なかった。そして、1本の腕が原野の顔をつかもうとしたその時、
「このッ!!」
汐莉が懐から何かを取り出してその腕を切り払った。白い腕は血の出ない傷跡ができると、光とかして消え去った。汐莉は残りの腕も同じように対処し、見事全てを切り裂いた。
「ふぅ、危なかったね………」
「あ、あの、」
「お礼は、今はいいよ。」
汐莉は原野を抱いて立ち上がらせて、その手を繋いだ。
「よっぽど怖かったんだね。顔がぐしゃぐしゃだよ。」
「ご、ごめんなさ……」
「もう、怒ってないから謝らないの。」
汐莉は泣きじゃくる原野の頭を撫でて、
「いい場所があるの。一緒に来ない?」
「………いいんですか?」
「うん!!むしろ来てよ!!」
「じゃ、じゃあ、行きます。」
「おっけい!!そりゃ!!」
「わぁ!?」
汐莉は原野をおしりですくい上げるようにして倒し、背中で受け止めてそのまま原野の両足を掴みあげてがっちりとホールドした。いわゆる、おんぶをした。
「じゃあ走るよォ!!」
「えぇ?」
「掴まってて!!おりゃあ!!」
「うわぁ!!」
汐莉は女子高校生とは思えない速度で道を駆けていった。夜中のくらい道を、ひたすらに少女の2人が走っていくその姿は、なんだかとても悲しく見えた。