失敗の始まり
彼がいた世界は、絶望の一言だった。
「あ、………あ、………」
この世界には、悪魔の隠れ家、通称『悪間』がある。悪魔の生き残り達が至る場所に異空間を作り出し、そこに街を作ったりして暮らしているのだ。
そして今、天使達に発見されてしまった『悪間』の中では、殲滅戦が行われていた。
逃げ惑う悪魔達には対抗手段がなく、為す術なく天使に殺されていく。
そんな中、ゴミ捨て場の少し大きな箱の中に隠れて泣いている少年がいた。
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少年に名はない。この世界にきてから、1度も名前を呼ばれたこともないし、きっとそもそも名前なんて誰もつけてくれていないだろう。
彼は人間だった。この異空間で生まれた悪魔ではなかった。彼の故郷は、地球だった。わ
大飢饉が訪れ、寂れてしまった過去の日本。死体で埋め尽くされた門の前で泣きじゃくっていた彼は、いつの間にか餓死してしまっていたようだ。
そしていつの間にか、この異空間へと転生していた。しかし見た目はそのままで記憶もはっきりしていた。なんの能力を持たず、唯一できることは盗むこと。少年は、この異空間の食べられそうなものを盗んでは食べてを繰り返していた。
そんな時、彼をとっ捕まえて説教し始めた奴がいた。
そいつは果物を売る店の店長だった。大きな体を持つ屈強な大男だった。彼は少年をとっ捕まえてきちんと叱り、事情を聞いた。
悪魔の彼からして、転生も転移も珍しいものではなかったため、仕方ないと少年の面倒を見てくれた。
地球と酷似した常識を持つ彼は、それをきちんと少年に教えこみ、いつしか店を一緒に切り盛りするようになった。
少年は初めて生きている気がして嬉しかった。金を稼ぎ、来たる彼の誕生日に何かを渡そうと考えていた矢先だ。
天使が、来た。
あっという間にこの異空間は日で包まれた。真っ白な炎は、少なからず戦力を持っていた兵士達を焼き払い、人質をとったり素直に殺したり、悪魔達を殲滅していった。
「逃げな。少年。お前にはまだ未来がある、と思う。だから逃げな。まだ死にたかねぇだろ?」
少年は拒否した。それはあんたも同じなのではないかと問いただした。大男は頷き、「死にたくねぇさ」と続けた。
「ただ、俺も昔は産んでくれた母ちゃんがいたんだよ。でも、母ちゃんは天使に殺されちまった。何も悪いことしてねぇのに殺されちまったんだぜ?だから、俺は天使を恨んでんだよ。1発でも殴ってやらなきゃ気がすまねぇ。」
だったら俺もついて行くと少年は大男にしがみつく。彼は笑って少年を引き剥がし、頭を撫でた。
「おめぇは優しいなぁ。俺みたいに強い男に育てよ。じゃあな。」
大男は少年を突き放し、炎の中へと駆けていった。悪魔殺しのプロで、しかも装備を着ている天使と、タンクトップで包帯を巻いている程度の大男では、力量は歴然。拳を当てられるかということさえ不安だった。
少年は逃げた。大男の言うことを聞かないで追うことは、失礼であると感じたからだ。少年はゴミ捨て場に置いてあった、適度な大きさの箱の中に閉じこもった。隙間からは逃げ惑う悪魔達と、それに容赦なく刃を振り下ろす天使が見えた。
残酷で残虐で、グロすぎて吐きそうになった。でも少年は箱から出られなかった。怖かったし、足も動かそうとしても動かなかった。
店によく来る常連さんや、すれ違ったことのある人。挨拶してた害を認知した友達から、知らない大人まで、沢山の人が殺されているのを見た。
怒りで我を失いかけたし、でも非力なのをわかっていたから、大男の言うことを守るしか無かった。
そうして3時間。少年は箱の中で息を殺して外を見ていた。箱の隙間からは悪魔達の血が流れ込み、喉が渇いた少年はそれを舐めて喉の渇きを癒した。
その味が染み付いて嫌になって、でも何故か我慢できなくて舐め続けた。
そしていつの間にか、外は静かになっていた。少年は箱の扉を開けて外を見た。
「あ、………あ、…………」
案の定、外は酷い有様だった。町は焼け落ち、人の気配はなく、そこらじゅう血と死体だらけ。あの日見た、転生する前の景色がフラッシュバックした。
見知った顔の死体もあり、顔が分からなくなるほどに潰された死体もあった。大男の死体は、見つけることが出来なかった。多分、火で焼かれて消えてしまったのでろう。
少年に悲しみはなかった。あったのは、理不尽に対する怒り。何も言葉を発しずに、静かに虐殺を繰り返したあの天使達に対する怒りだ。
そして少年は不思議に思う。いつの間にか天使がいなくなっていたからだ。
と、後ろから足音が聞こえた。少年はすぐに振り返った。
「お前、生き残りか?」
色の違う両目が印象的な少年だった。髪は白くてオールバック。赤と青の瞳は綺麗でいつまでも見ていられそうだった。
そして、その手には首だけになった天使が握られていた。
「お前、名前は?」
「………名前なんて、ないよ………」
「ふむ、そうか。」
白髪と少年は立ち上がると少し考え、ビシッと少年を指さしてこういった。
「じゃあ、お前の名前はヴィレスだ。さっき助けたガキと似た名前にしよう。」
「それが……俺の名前……?」
少年、ヴィレスと名付けられた彼は、白髪の少年を見上げた。
「適当だけどな。ないよりはマシだ。………なぁ、ヴィレス。」
「?」
「お前、怒ってるだろ。」
見透かされたことを言われ、ヴィレスは反論できなかった。白髪の少年はやっぱりなと呟いて、手を差し伸べた。
「なぁ、ヴィレス。」
「なに………?」
「復讐しねぇか?」
「へ?」
「あのクソ天使どもを動かしてるやつを殺す。」
「天使達を動かしているやつって………神様、でしょ?」
「そうだ。あいつらを皆殺しにする。それが俺の生きる目的だ。」
「………あなたは、何者?」
「俺か?俺は………」
少年は顎に手を当てて少し考えたが、頭を振ってから微笑んで言った。
「俺はルシファー。『神殺し』の悪魔だ。」
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「ヴィレス。」
「あ?」
「仲間を裏切ることはするなよ。」
「しねぇよ。」
「ヴァイスとヴィクティムと仲良くな。」
「当たり前じゃねぇか。ルシファー様も入れて、なかよしこよしだろ?」
「それはいいことだな。だが………ヴィレス。」
「あ?」
「………俺が居なくなっても、仲良くするんだぞ。」
「は?何言って………」
「お前は全力であの2人と走っていればいい。お前が仲間よりも先に死ぬのはいいが、仲間はできるだけ自分より早く死なせるな。これは命令だ。」
「………わーったよ。」
「よし。なら、いい。」
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ルシファーはヴィレスに様々なことを教えた。ヴィレスはそれをすぐに覚え、そして沢山の仲間がいる彼に憧れいった。
だから、彼の言ったことは全て守り、彼を愛し、彼を慕っていた。
それは、ルシファーが死んだあとも変わらなかった。
「絶対生き返らせるぞ………どんな手を使ってでも。」
ヴィレスは決断した。
「約束を、守りながら!!」
彼の失敗は、ここから始まった。