スナイパー
「これ、凄いフィットする感じです。」
「この銃?」
ヒナがスコープのついた巨大な銃を瓦礫から抜き出してそういった。それは銃口が大きく、それ自体が長い銃だった。
快斗の世界では、スナイパーライフルと呼ばれるその銃を構えて、ヒナはマッチ度を確かめている。
元々弓矢というエイム勝負な武器を使っていたため、銃はヒナにとっては使いやすいのかもしれない。
「えい、えい、えい。」
「あんまり振り回さないの。」
面白くてスコープを覗いたまま方向を変えるヒナに、サリエルが笑いながら注意する。同時にサリエルはヒナの可能性を考えていた。
「ヒナ、それってどこまで見えるの?」
「ここから戦場全部は見渡せます。」
「へぇ、そんなに高性能なんだ。この銃。」
サリエルがヒナから借りたスナイパーのスコープを覗いてみる。遠くに見えたものが近くに見え、人1人の行動がよく捉えられた。
2度目の魔道兵の出現で、兵士達は混乱しつつも上手く対処している。行動パターンが同じ魔道兵を倒すのはもうそう難しくない。
「『猛り絶て』!!『沈め暗く』!!『吠えろ龍のように』!!」
魔道兵を殲滅する兵士達の後ろから、大量のバフを全員にかけるリーヌ。喉が壊れてしまわないかと心配になるほどの大声で皆を鼓舞し、魔道兵には行動を阻止するデバフを付与している。
「あんな場所も見えるんだ……でも、戦場中は見渡せなくない?」
「え?そうですか?」
スコープを覗いてそういったサリエルに、ヒナが首を傾げてスナイパーを貰う。
「リーヌさんまでしか見えなくない?」
「リーヌさんですか?」
ヒナはスコープを覗かずにリーヌのいる方向を見て、
「リーヌさんなら、スコープを覗かなくても見えるじゃないですか。」
「…………え?」
サリエルはヒナの言った言葉の意味が一瞬理解出来なかった。なぜなら今サリエル達がいる場所からリーヌまでの距離は5キロ以上あるのだ。
このスナイパーのスコープは超遠距離型だったからサリエルはなんとかリーヌを捉えたというのに、ヒナはそのスコープさえも覗かずにリーヌを見ているという。
「見えてるの?」
「え?見えないんですか?」
素で聞き返してくるヒナ。ヒナからすればそれが普通なのだろうか。素で言うということは、そういうことなのかもしれない。
「見えないよ普通は。」
「そうなんですねぇ。半分『耳長族』だからでしょうかね。」
「純血の耳長族もそこまで視力良くないよ……。」
おそらくは突然変異的ななにかなのだろう。魔人と『耳長族』のハーフなら有り得なくもないが……
「能力関係なしでこれ?凄すぎ………」
「生まれた時からこの視力なんですが、皆はこの世界を知らないんですね。」
「なにそれすごく気になる言い方。」
「いいことだらけって訳でもないんですよ。見たくないものが見えちゃったりしますから。」
「例えば?」
「暗闇でちょっと大きな虫が見えます。」
「最悪。」
視力が極度によぎても、いい事だらけではないようだ。
「とりあえず、この武器は気に入ったので持っていこうと思います。多分弓より使いやすいですし、魔力でも弾が作り出せるみたいなので。」
「まるで私達が使うように作られたみたいだね。魔道兵は魔力を使えないのに………」
不思議に思うサリエルが首を傾げて疑問符をうかべる。ヒナはスナイパーを弄り回して、弓を入れていた場所にスナイパーを押し込んだ。
「ヒナは『スナイパー』を手に入れた。」
そんなことを呟いて、魔道兵らでスナイパーの練習をし始めたのだった。
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邪気と狂気のオーラがヴァイスを包み込み、吐き気がするほどの嫌悪感を伴うが、ヴァイスはそれをなんとか耐えた。
目の前の快斗は平気なようだが、ベリランダにはそうでも無いようで、お腹を抑えて苦しげに呻いている。
戦場中に広がった殺気。強すぎる憧れと尊敬、そして憎悪と恨みが混ざりあって、なんとも歪な殺気へと変貌してしまっている。
それが最も気持ちが悪い。
「大丈夫か?」
「当たり前よ………何年、魔術師やってると思ってるの。」
ベリランダは手をかそうとした快斗の手を振り払い、自身の力で立ち上がった。
「心配しなくとも、私なら大丈夫よ。」
「心強いな。」
ベリランダは空中に浮かぶと、指を鳴らす。するとそこら中に炎の塊が出現し、ぐるりとヴァイスを囲む。
「俺を殺すつもりか。」
「えぇ。そうよ。」
手をぐっと握りしめると、炎の塊はいっせいにヴァイスを中心にひきつけられた。爆炎と爆炎が爆発しあってさらに大きな爆発を生み出した。
「燃えて死んで。あなたには生きる価値はないわ。」
「雑魚がしゃしゃるな鬱陶しい。」
凝縮された高温空間の中を、ヴァイスが悠々と歩いてくる。邪気と狂気をコントロールし、コートのように纏わせて魔術から身を守る。
「めんど。悪魔、魔術は効かないと思って。」
「はいよ。」
快斗は草薙剣を構えて飛び出した。ヴァイスは短剣を召喚して快斗の斬撃を同じ力で打消した。反動、しかしそれは2人にとっては微細なもの。
「『天野快斗』、貴様は俺についてこれない。」
「それは、どうだろうな?」
その言葉を境に、2人の殺気は一段と強くなり、地面が抉れるほどの力で駆け回る。ベリランダは魔術で自身を強化しているからその動きを捉えることは出来るが、体がどうも追いつきそうにない。
修行で体力も速力も筋力もついた快斗は、ブレイクダンスの要領を取り入れた独自の動きでヴァイスの攻撃を躱す。足や腕から指先までの力が半端じゃないヴァイスは、指1本で自身の体を2回転ほどさせて快斗に予想外の方向から攻撃を仕掛ける。
規格外と規格外が、それこそ世界最高峰の魔術師でさえ追いつけない程の速度で戦場を駆け回る。
「でも、それも今だけ。」
ベリランダは腰まで伸びた髪を1つに纏める。
「本気出すわ。世界最高峰魔術師、舐めないでよね。」
フーリエの恨みもあるベリランダは、不敵に笑ってヴァイスに仇討ちを誓う。やっと普段の彼女に戻ったようだ。
そして始まる。氾濫が。災害が。大混乱が。
天変地異。天地開闢。世界最高峰魔術師が、ついに本気を出した。