我慢
快斗がここに来てから数秒後、『0-0-1』は腕をヒバリに切り落とされた。
「うぐ………」
切り落とされた瞬間、足の裏から噴射した火炎弾がヒバリの剣を穿つ。何とか受け止めたが、手首が少し狂ってしまった。
剣士にとって、戦場で手を再起不能にされるのは致命的な負傷だが、片腕を失い、大斧を上手く持ち上げられない『0-0-1』に比べれば浅い傷だ。
勝敗は既に決まっている。腕を切り落とした瞬間から、ヒバリの勝負はほぼ確定だ。
「…………。」
切られた腕の断面からは血、に似た赤い液体が流れ落ち、痛がる様子はさながら本当に痛覚があるかのようだ。
いや、あるのかもしれない。そんなプログラムを仕込まれて、実際に痛みを感じているのかもしれない。だが今はどうでも良いこと。
流血の中に見える、スパークを放つ金属や導線。それが、『0-0-1』、リンが人間でないという証拠だった。
「ん……う………んん………」
リンが呻き声を上げながら切られた腕の断面を押え、ゆっくりと立ち上がる。大斧を杖のようにつき、仮面のような金属の裏から鋭い眼光をヒバリに飛ばした。
「言葉が理解できるのなら聞いて欲しい。もう辞めないか。痛みがあるならなおのこと辛いだろう。これ以上続けても意味もない。」
ヒバリはそう述べて、リンを降伏させようとする。リンは俯き、数秒動くことは無かった。が、急に膝を曲げて地面に跪き、そのまま大斧の刃に自身の顔面を叩きつけた。
金属音がして、リンの顔から仮面が割れて落ちた。パラパラと崩れた仮面の下から現れた顔面は、酷いものだった。
「…………。」
左目を中心に、顔の左半分がほぼ剥き出しになっていて、目玉の部分には小型カメラが、それ以外は銀の金属でおおわれている。
「………ねぇ、」
「ッ………。」
リンはもう一度立ち上がると、ヒバリに語りかけるように弱々しく口を開いた。
「お兄ちゃんは………どこ………?」
「お前の兄か?私は知らぬが……」
「違うの……快斗、お兄……ちゃん……。」
「…………。」
その言葉でヒバリは剣を握る力を強めた。警戒心が増した。それを聞き出してどうするのか。遠くから聞いていたが、ヴァイスらの目的は『天野快斗』の殺害。場所を知らせて何かよからぬ事をするのかもしれない。
「早く……教えて……じゃないと………ダメ……」
「それを聞いてどうする?」
「殺してもらう……快斗お兄ちゃんに……」
「?」
リンの言っていることの意味がよくわからなかったヒバリは首を傾げた。目的がわからなかったし、そもそもそれをなす意味がわからなかった。
「私ではダメなのか。」
「ダメ……お兄ちゃんが、いい……」
殺されるのなら快斗がいいと望んでいるらしい。それは分かったが、次になぜ今になってそれを言い出したのかが気になった。しかしその答えはすぐに出た。
ヒバリの視線はリンの足元に移動する。そこに散らばっている仮面の残骸は、エレジアやゼルギアを縛っていたものと同じように見えた。
腕が取れたことによる刺激で自我が目覚め、仮面を破壊したということだろうか。
「早く……」
「………何故そこまで急ぐのだ。」
辛そうに言うリンに、警戒をとかずに質問を続けるヒバリ。リンは吐血のような仕草をしたあと、少し微笑んで答えた。
「私……多分………みんなの敵になる………本当の敵になるの………その前に………快斗お兄ちゃんに………殺して欲しいの………お願い……」
痛いげな表情のリン。本気でそう願っているようだが、ヒバリは快斗の居場所をきちんと知らない。
と、ヒバリは一瞬、背筋が凍りつくような寒気を感じた。
剣を取り、振り返ったが、そこには誰もいない。かわりに、
「負けかけているのか、『0-0-1』。」
「ッ!!」
リンの首根っこを持って、ヴァイスがリンに話しかけていた。ヒバリはすぐに剣を構え、その切っ先をヴァイスに向ける。
「ち………計画が台無しだ……アイツらも……天使どもも……どいつもこいつも役立たずが………。お前も、かなりの魂を注いでやったんだがな。」
ヴァイスがリンをさらに持ち上げ、懐から何かを取りだした。
「ッ!!」
それを見た瞬間に、ヒバリは天敵を見つけた兎のように逆だった。懐から取り出されたのは、『邪神因子』。それをゆっくりと、ヴァイスはリンの腹に押し込んでいく。
「殺せ。何もかも壊すんだ。『0-0-1』。」
「や、だ………」
「お前の意見は聞いていない。」
ヴァイスはリンを放り投げた。まるでゴミをポイ捨てするかのように。リンはしばらくころがって動かなくなってしまった。しかし、ヴァイスはそれで満足したようで、その場からいつの間にかいなくなっていた。
「………大丈夫か?」
ヒバリは構えをとかずに、横たわるリンに問うた。リンは首を重そうに曲げて、ヒバリに笑いかけた。
「大丈夫。だけど………」
その笑顔が一瞬でものすごく悲しく、暗く、恐ろしいものに変わった。
「もう、遅い。」
ヒバリは瞬時に刃を振るった。リンの細い首を確実に跳ね飛ばせるほどの威力の斬撃を放った。しかし、届くことは無い。纏われた邪気が刃を跳ね返し、続いて落ちてきた『蓄積剣』2発も打ち消されてしまった。
「ごめん………なさい………」
膨れ上がる邪気の中で、リンは悲しくそう呟いた。
「リン!!」
洞窟にいるかのように響く声が、リンの脳に響いた。邪気の所為でまともに音も聞こえない。皮一枚挟んで話しているかのような、そんな感じに聞こえた。
必死に叫ぶヒバリの声が。
「お兄、ちゃん………」
劣悪な環境で働かされていたリンを、実は敵に回る相手だったリンを、誰よりも早く助けて、名前もつけてくれて、世話もしてくれた。リンにとって大切な人に、リンは……
「助けて………!!」
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「快斗が来たみたいだね。」
巨大光線が打ち消され、残った物に感じたのは快斗の魔力だった。
「凄いね………あんなに大きな魔術を打ち消した。」
「そうだね。どれくらいの力で跳ね返したのか……それとも特殊な技を使ったのか。」
2人は『真剣』の存在を知らぬが故に、快斗が何をしたのかは見ていてわからなかった。
「あの男がいるみたいだけど……」
高谷は快斗達の目の前に現れたヴァイスの方ではなく、邪気を放って暴走するリンの方が気になっていた。
無理矢理押し込められた『邪神因子』を受け止めきれている様子がない。冷酷な考え方だが、原初に戻って考えると、狙い目はリンなのだ。
しかし、リンはそう簡単に殺したくない。せめて快斗も交えて意見を交わしたいが、そうも言ってられない。
「本当はね。私も戦えたらいいんだけど………」
焦りが伝わったのか、原野がそんなことを言い出した。高谷は原野を責めている訳では無かったのだが、彼女自身は未熟な自分に怒りが湧いていたのかもしれない。
それは今だけでなく、快斗と高谷、その他の沢山の実力者達を見てきて、そう思っている。
「私って弱いから……高谷君にも頼っちゃうし……」
「別に悪いことじゃ………」
「ううん、私がそれはダメだと思ってるの。だからね、」
原野は高谷が向いている方向、リンとは逆の方向にゆっくりと歩んでいく。その先には、ほぼ見えない速度で駆け回る快斗とヴァイスが戦闘をしていた。
「私、高谷君が言ったこと、ちゃんと守るから。」
「………君は優しいよ。俺にはもったいないぐらい、優しすぎる。」
「えへへ。ありがとう。」
情けなく微笑む原野。その笑顔に高谷は歯噛みする。原野は自信を過小評価しすぎなのだ。高谷からすれば、弱いとわかっていながら立ち向かおうとする原野は尊敬に値するのだ。
誰にでも優しくて、苦手な人にだって触れ合っている間に打ち解けてしまう。不思議と柔らかいその雰囲気に何度か救われたし、それがものすごく輝かしいものに見えたこともあった。
原野は今、2人しか知らないことを沢山知っている。本当なら、もっと色々知りたいし、知ってもらいたい。思っていることも、感じていることも。
「俺は……何があっても君を忘れない。」
「私も。」
原野がすぐにそう答えた。その言葉に込み上げる何かがあって、でも今はそれを隠した。
一途すぎて笑ってしまいそうだ。嫌なことばっかりで嫌な気分だ。最低な男だと、高谷は自分をそう思った。
「私は好きだよ。高谷君。」
「………そっか。」
高谷はどこまでをみすかすような、優しい視線の前には何も隠せないと判断して、本当の気持ちを顔に表して笑った。
頬を涙がつたる、不格好な笑顔を。
「ありがとう。」
それで十分だと感じた。原野は歩き出した。小さなその背中を今すぐ止めたくて、でもそれをしてしまったら、高谷は本当に我慢できなくなってしまう。
「だから、行かないよ。」
そう呟いて、高谷はリンの方へと駆けて行った。振り向きたい気持ちを、グッと抑えて………