天罰
誰もが迫る巨大光線を打ち消そうと死ぬ気で魔力を練っている時、一人の少女はその光線を眺めてため息をついた。
「ほんとに規格外よね。私達の敵。」
その少女、ベリランダはすぐ横で寝こけている暁を呆れた表情で横に寝かせてやり、光線を眺め続ける。ふと首元に違和感を感じた。そこに触れると、今まで忘れていたことを思い出した。
嫌な記憶だ。一生誰にも言いたくない。でも誰かに吐き出して発散したい。相談したいのにできない焦れったさ。それは彼女が心から許せる人がいないからだ。
今はただ謝りたい。死んだフーリエに。そして会って、いつもみたいに過ごしたかった。でももう、無理だから。
「はぁ…………」
首から伝わってくる違和感に従い、ベリランダは浮かび上がる。行く前に暁に一瞥をくれた。明るくて素直で真っ直ぐな暁の性格を、一瞬羨ましく思った。
飛翔していくと、焦った様子のリアンが駆け寄ってきた。その後ろではエリメアが拳に魔力を集中させている。
「ベリランダ!!協力してくれ!!」
「…………えぇ。」
首に触れて、その違和感に反するように答える。すると、違和感が痛みへと変わり、息苦しさがむせ返る吐き気へと変化する。
目の前のリアンはもうベリランダの答えを聞いて協力してくれると思っている。各地に指示を出し、魔術をどのタイミングで放つかなどを説明している。
「ベリランダ。『トリプルリフレクト』を頼む。あれができるのは君だけだ。僕は聖剣を使う。」
「そうね。分かったわ。」
聖剣を構えるリアン。もう光線はすぐ側まで迫ってきている。リアン達はやる気だ。
「もういいか!!リアン!!」
エリメアが叫ぶ。それを合図に皆が魔術を行使する。リアンも聖剣を振り下ろす。
「『グランドリスタ』。」
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「魔術!!魔術!!」
「あーっとえーっと………お前氷撃て!!俺が炎撃つから!!」
「いやそれは威力半減するって……何度言ったらわかるんだよ!!」
「やばいやばい皆撃ち始めた!!」
「もうこうなりゃやけくそだよ!!」
「うぅ……んー、えぇい!!」
「適当!!」
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「ヒナ。これを使ってみて。」
「これは………なんですか?」
「スナイパー。超遠距離用の武器だよ。ヒナに合いそう。」
「確かにマッチしてる感じします。ですがこれでは威力が……」
「魔力を流せば上手くいくよ。私も全力出すから、ヒナもその武器で本気出して?その武器は今のヒナの能力を底上げしてくれるきっかけになると思うから。」
「はぁ……きっかけ?」
「ここを乗り越えて、生きる。そうでしょう?」
「………そうですね!!」
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「高谷君。」
「ん?」
「あれだけで、良かったの?」
「いいんじゃないかな。みんなが死んでも俺のせいじゃないからな。」
「そんな酷いこと言わない。」
「まぁ、きっと大丈夫だ。何があってもね。」
「そうだね。」
高谷が放った『崩御の炎』がゆっくりと光線に向かっていく。威力は中の上。あまり高火力ではない。だがそれでいいと2人は思った。だってきっと大丈夫だから。これは、約束された勝利なのだから。
「原野。」
「………うん。」
胡座をかいた高谷に呼ばれて原野は振り返る。高谷は俯いて下を向いていたが、ゆっくりと顔を上げて微笑んだ。そして、ゆっくりと口を動かす。
その口から放たれた言葉は…………
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「ああああああああぁぁぁ!!!!」
「行けるか!!ライト!!」
「はい!!」
「猛れ猛れ猛れ!!吠えろよライト!!」
青緑色の雷。光でできた虎が再び出現。ライトが拳を突き出すと虎が駆け出し、光線へと向かう。
これを主力とし、どうにか光線を止めたい。
それを成し遂げるには…………
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「ベリランダ。君の力が必要なんだよ。」
聖剣が振り抜かれる前に静かに響いた言葉。耳が痛くて、申し訳なくてベリランダは死にそうだった。期待してくれる人々。皆ベリランダの多彩な魔術の才能に期待している。
それが時に、心を打ち砕くほどの負担になるとも知らずに。
「リアン。」
「ん?」
ベリランダは『瞬間移動』で飛ぶ瞬間に、一言告げた。
「ごめん。」
「え?」
戦場の誰もが、魔術が3倍に増大する未来を予想していた。しかし現実は違う。
「『分身』。」
3人に増えたベリランダが飛び回る。そして遂に訪れた光線に魔術をかけた。
「『トリプルリフレクト』。」
反射して上へ。リアン達の攻撃が光線の軌道から外れたため空を切る。
「『トリプルリフレクト』。」
光線はさらに軌道を変えてリアン達の真上に。
「待ってくれベリランダ………。何をして………。」
絶望して跪くリアン。その脳内には先程呟かれた言葉がずっと連呼されている。
『ごめん。』
何を意味していたのか。何がしたくてそうしているのか。リアンには全く理解できなかった。理解できなかったから、絶望しているのだ。ただ、1つ気がかりなことがあるといえば、
ベリランダの首に、見たことの無い首輪が着いていたような気がした。
「止めろベリランダァ!!」
「………ごめんなさい。」
ベリランダは泣きながら、最後の魔術をかけた。
「『トリプルリフレクト』」
3倍、3倍、3倍。つまりは27倍。27倍の光線が真上から突き落とされた。
リアン含め、この戦場にいるほとんどの人間が絶句していた。死を覚悟していた。生を、諦めた。
「ごめんなさい。」
行きたいと懇願して敵の仲間になっていた自分が嫌だった。
「ごめんなさい。」
今まで一緒に暮らしてきた仲間を簡単に殺そうとする自分が嫌だった。
「ごめんなさい!!」
生かそうとして死んで行ったフーリエに申し訳なかった。
「あぁ、もう、どっだっていいわ。……死にたいわ。」
現実逃避だってする暇もないのだ。直ぐに皆死んでしまうから。もう、どこにも、彼女を受け入れてくれる人は居なくなるから。
「……ごめん……なさい………。」
ベリランダは最後まで、謝り続けていた。
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絶望で満たされた戦場。上から落ちてくる死の気配と恐怖。
そんな中、悠々と皆の間を歩いてくる人物がいる。
地面にへたり混んだリアンの肩を叩き、泣いていたエリメアに笑いかけ、驚くライトに得意げに微笑み、皆の反応が面白くてまた笑う。
そんな、笑顔にまみれた少年が、今そこにいた。
「お疲れ様、だな。」
少年、天野快斗は、草薙剣で光線を撫でるようにゆっくりと撫で切った。光線が止まり、優しい風が吹き抜けて、世界の時間が一瞬止まったかのように思えた。
極太な光線はゆっくりと消えてゆき、やがて視界が晴れ、星が浮かぶ夜空が見えた。光線の勢いで雲が全て吹き飛ばされたようだ。
「なん、で……?」
ベリランダは光線の消えた理由が分からなかった。だから脳内でその理由を模索していた。と、そんな時にピシッと不思議な音が聞こえた。
「え………?」
外そうとしても外せず、呪いのようにベリランダを縛っていた首輪に亀裂が入り、ついには砕け散ってしまった。
これは、快斗が1日に1度だけ使用可能な『真剣』の効果だ。どんな攻撃でも、1度だけノーダメージで打ち消すことが出来る。
そして、効果はそれだけでなく、もう1つ存在する。たとえそれが異界の住民であっても、この『真剣』は異なる世界の理念をねじまげて、この世界の真理を突きつける。
つまりは、他の世界観の世界で、全く同じ攻撃がぶつかっても反動がかえらないという世界であっても、この世界の理念を押し付けるために、効くのだ。
だから、この『怨念砲』を放つことに関与した者や物は、故障不可避。あれだけの威力の光線なのだ。打ち消した反動は相当なものだろう。
快斗には返ってこない巨大な反動。人間でなくとも耐えられるかどうか。
少なくとも、快斗が思っている以上の効果は発揮してくれるだろう。そう信じて、快斗は爪を噛んで呟いた。
「さぁ、悪魔の天罰を喰らえ。」