終わりへと
「アァッ!!」
まるで刃が突き出されるかのように鋭い拳撃。ルーネスは全力でその拳を躱した。今ではそれがやっとなのだ。
『強き者に制裁を』。ヴィクティムの固有能力はそういうものだ。一定範囲内にある魔力を含むものから最大で50パーセントの力を奪うことが出来る。
そう簡単には攻めてこられまいと少し高を括っていたところもあるが、それでもかなり警戒して、背後にある巨大装置を守っていたのだ。
扉を『緑結晶』で固め、開けにくいようにもしていた。しかし唐突に『緑結晶』にヒビが入ったかと思えば、急に扉が蹴破られてヴィクティムが乗り込んできた。
ルージュが巨大装置の1番柔らかい部分に刃を突き立てて動きを封じようとしたが、ヴィクティムは固有能力により2人から力を奪い、先にルージュを突き飛ばして装置を陣取った。
流れるように進んだ出来事だった。完全に上を取られた気分だ。
一瞬で形勢逆転だ。機転が効いたという訳では無いだろうが、それでも地力の差で押し負けてしまっている。
「くっ!!」
ヴィクティムの回し蹴りが金色槍のガードにぶつかる。ステータス現象に加えてヴィクティムの本気の蹴りはガード越しでもルーネスにだいぶ大きなダメージを負わせた。
「『桃色結晶の刃』!!」
攻め続けるヴィクティムに『桃色結晶』の刃が何本も叩きつけられる。が、それらは生成されてからヴィクティムの体に当てるまでにほとんど崩壊してしまう。
ヴィクティムの体にあたる頃にはボロボロの結晶片が無造作にたたきつけられるだけ。ダメージは全くない。それは、ヴィクティムの固有能力が魔術にも有効だからだ。
2人は現在ヴィクティムを止める手段がなく、どうしようもないと言った状況である。
「どうするのじゃルーネスよ!!」
「いえ、大丈夫です。」
金色槍からリドルの声が響く。あまりに実力の差がありすぎてリドルが焦りだした。だが想定内だ。作戦に上手く乗じてくれたと喜んでいる場合でもないが、少なくとも作戦の通りには進んでいる。
あとは快斗とルーネスとルージュとキューの頑張り次第。時間稼ぎが出来れば、2人としては上々なのだ。
だが、正直ここまでヴィクティムが本気でつっかかってくるとは思っていなかった。一撃一撃に確実な殺気が含まれており、目を合わせるだけで寒気がするほどに鋭い眼光が、2人を悠然と見下ろしている。
恐怖でしかないが、ルーネスはとっくにそんなものは経験済み。今更怖気付くこともない。ルージュもそうだ。
「姉上……。」
「ルージュ。死ぬと思ったらすぐに逃げてくださいね。」
「分かっています。」
2人は金と銀のそれぞれの槍を構える。魔力を纏った2つの槍は光を放ち、輝きが部屋を埋め尽くす。ヴィクティムは忌々しそうに目を細めて2人の方へつかつかと歩いていく。絶対的な自信があるということだ。
もう捕まえる気もなく、ヴィクティムは純粋な殺意をもって2人を殺しに来ている。
でもこちらは違う。遊び半分だ。
「キュー様!!」
「キュイ!!」
ルーネスの合図で、瓦礫の影からキューが高速で飛び出した。地面をジグザグに駆け回り、ヴィクティムの背後を位置どった。
小さなキューに何ができる、とヴィクティムはキューを無視してルーネスに駆けていく。拳を固め、低い姿勢で急所を狙う。さっきまでおどけていた人間とはまるで別人のようだ。
「死ねぇ!!」
「お断りです!!」
その拳を真上から金色槍で叩き落として『緑結晶』で一瞬固定する。すぐにボロボロに朽ち果てる『緑結晶』。だがそれでも十分だ。
「キュイ!!」
「あ?」
キューがヴィクティムの目の前に飛び上がり、その顔面を蹴り飛ばした。『剛力』が発動しているため、快斗が手を抜いて殴るのと同じくらいの力でヴィクティムは顔面を蹴られた。
「この、チビ兎………」
だがそれで終わりではない。キューのすぐ側に穴が出現する。何かと思えば、その穴から1つの真っ黒なものが飛び出した。
ヴィクティムの目の前まで来たそれは、快斗が事前にキューの『異空間』に放った『ヘルズファイア』だった。
「くそ………!!」
小さく爆破し獄炎が渦巻いてヴィクティムを囲う。魔力よりも『怨力』が多く含まれた『ヘルズファイア』は、ヴィクティムの能力では弱体化ができない。
「離れますよ!!」
ルーネスの声に2人と1匹は炎から距離をとる。背後には装置があり、形成をまた元に戻す。
「く………あ………」
炎が晴れて、その中から服が破けまくったヴィクティムが傷だらけで出てきた。『怨力』がヴィクティムの肌を引っ掻くようにダメージを与えたようだ。
「はぁぁ………。」
ヴィクティムはそんなボロボロになった自身の手を見てため息をついた。
ゆっくりとルーネス達に視線を向ける。殺意も何もない無気力な視線。何もかもが面倒になったような、投げやりなその視線に警戒していたルーネス達。
が、次の瞬間、その視界が逆さまになっていた。
遅れて激痛が背中に響き渡り、絞り出された呻き声を上げてしまった。
「何、が………」
見ると、さっきまで自分達がいた場所にはヴィクティムが立っており、装置を弄り始めていた。
もう既に準備を終えているようで、操作も直ぐに終わりそうだ。
「ッ!!」
ルーネスは立ち上がり槍を投げつけようとした。が、肝心の槍がなかった。
「ここじゃ!!」
「は……!!」
リドルの声に上を見上げると、金色槍と銀色槍が天井にめり込んでいた。重力だけではとても降りれそうもない。
「う、うぅ………」
後ろには腹を抑えたルージュが呻いており、キューは気絶してピクリとも動かない。ルーネスは金色槍と銀色槍を天井から抜き取り、ルージュの傍に銀色槍を置いて駆け出す。
「ッ………はぁあ!!」
ルーネスが金色槍の刃をヴィクティムの脳天に振り下ろした。
が、不思議なことが起こった。
「?」
刃を振るう所までは何ともなかったが、ヴィクティムにその刃が近づくほどにその速度が落ちてゆく。ルーネスの時間だけが遅くなったかのように空中に浮いたまま、思考だけが並行して行われる。
「時間というものは軟弱さ。僕の能力で簡単にねじ曲げられる。」
ヴィクティムは淡々と言葉を並べ、空中に留まったままのルーネスの腹部に鋭い拳撃を放った。もろに食らった一撃が身体中に響きわたり、苦しさが込み上げる。
それからヴィクティムがルーネスから離れると、徐々にルーネスの体が動き始め、遂には殴られて吹き飛ぶように瓦礫へ突っ込んだ。
「俺に近づけば近づくほどに時間がねじ曲げられて、遅くなる。」
小さく呟いたその言葉。1文の割に、その内容は随分と重要なものだった。
つまりは今現在のヴィクティムの体は無敵なのだ。近づくほどに体が動かなくなり、遂には完全にその体が止まってしまう。時間の中でしか動けない存在ならば、呪いでも使わない限りヴィクティムは殺せない。
しなし呪いも弱体化の対象となり威力がだいぶ落ちるため、ヴィクティムを殺せる可能性も低い。
「座標……。実力最大。……100パーセントのエネルギーを消費。」
装置が作動し始め、轟音が響くと同時になにやら危機感を煽られる感覚があった。何かが、蠢いた。
「な、これ、は………」
奥底から吹き出るようにどす黒い何かを感じた。吐き気がして、目眩がして、気分は最悪。何かがルーネス達の体に悪影響を及ぼしているようだ。
「ルージュ、キュー様。」
「はい。姉上……。」
「キュ、キュイ………。」
ルーネスはルージュとキューを呼び寄せ、ヴィクティムを止めようと槍を持った。が、ヴィクティムは振り返ると2人と1匹に手のひらを向ける。
すると、ヴィクティムに近づいた時と同じように体が重くなり、時間が遅くなる。動くことが出来ず、思考だけが正常に進み始める。
「そこで、見てろよ。この僕が!!お前らの仲間全員を!!消す瞬間をさぁ!!」
「ッ………!!」
地面が揺れる。浮かんだエレスト王国が震え始め、巨大音声のアナウンスの聞こえる方から4本の足のようなものが出現した。
それらは内側におり曲がり、その先端からエネルギーを放出して凝縮する。青い光が輝きだし、どんどん膨れ上がるそのエネルギーの向く先には、『竜の都』がある。
「滅亡のときだ!!この世界も終わるんだよ!!悪く思うな!!」
指紋認証。ID。顔認証。身体認証。血液認証。沢山の関門を抜けていく。それだけ重要なものだということだ。彼らにとっては。
エネルギーの源は『怨念』。それを凝縮した『怨念砲』。魔力よりも複雑で威力が高く、持続性が高いため対処が非常に困難だ。
最終兵器とも言えるそれをフルに稼働させ、狙いを定める。矛先は『竜の都』。魔道兵がいなくなった、静かな戦場に、超危機が迫る。
「『怨念砲』。準備は万端だ。2人は気づいて………うん。そう、大丈夫だ。あの方の御加護がある。」
最後、放つ瞬間は胸に手を当てて深呼吸をしていた。その姿はどこにでもいる普通の青年。なにがこれほどまでに彼を突き動かすのか。じっと見ているルーネスには分からないが、それでも許せない敵であることは確かだ。
どれだけ綺麗な信仰心を持っていても、どれだけ強い意志を持っていても、敵は敵なのだ。ルーネスは大人しく、天罰が下るのを待つことにした。
「さらば。」
「さらば。」
ルーネスが小さく呟いた言葉と、ヴィクティムが呟いた言葉が被った。思うところは違えど考えているのは同じだということだろうか。
ヴィクティムは手のひらの形が描かれた画面にそっと手を置いた。
すると、凄まじい振動とともに、『怨念砲』が放たれた。
放たれる極大光線の音は、人々の悲鳴だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ッ………なんだ。」
雷が鳴り響く雲の中で戦闘中のヴィオラが振り返る。嫌な感覚が、大きな嫌な感覚が迫ってくる。
「ふ……。」
剣を回転させて風を発生させ、雲を一時的に退ける。円形に空いた穴から見えたものに、ヴィオラは驚愕する。
今まで見た事もないような巨大な光線が、『竜の都』に迫ってきているのだ。
「始まったみてぇだなぁ!!」
「く…………」
そんなヴィオラにヴィレスが不意打ちをしてきた。デュランダルで受けきったが、ここからヴィオラは動けそうもない。
「世界は終わりさ。戦えるやつはみんなあそこにいるからなぁ!!『怨念』に焦がされて死ね!!」
ヴィレスがそんな言葉を叫ぶ。その言葉にヴィオラは珍しく本気で焦っていた。
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「………来たな。」
「?」
「済まないが、お前らは終わったようだ。俺たちはまだ助かるけどな。」
肩で息をする原野に、ヴァイスはそう告げた。その言葉の意味が一瞬理解出来なかったが、すぐさまその真意に気がついた。
遥か遠くから、この戦場以上に沢山の『怨念』が迫ってきている。
「これが………あなた達の、やり方?」
「殺せればなんでもいい。『怨念』と『魂』は別物だからな。俺らが欲しいものは『魂』。『怨念』は武器として使う。そう、お前と同じだ。」
「ッ………」
指摘されて言葉につまる原野。
「大事なものの為に敵を殲滅する。こっちもそっちも同じことをしているだけだ。…………許せ。人間。」
そう言って、ヴァイスはその場から姿を消した。残ったのは、『怨念』を纏って魂が傷ついた原野のみ。
「なに………それ………」
絶望に暮れて、原野はそう呟いた。
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様々に、皆慌てていた。
「もう一度放てるかライト!!」
「が、頑張るよ!!」
「僕もこれは本気を出さないとね。」
「みんな、『頑張れ』!!」
「出来ることをしますわよ!!出来るだけ強い魔術を放つのです!!」
「ねぇ待って!!ガチでやばいと思うんだけど!!」
「ちょ、魔術魔術!!」
「これはもう、終わりかもね~。」
零亡とライト、リアンにリーヌ、セルティアが、魔術で打ち消そうと全力を持って魔力を練る。兵士達もダメもとで魔術を行使しようとしている。その後ろではカリム達が怯えてうずくまっている。
「な、なんですか……あれ。」
「…………あんなものまで。」
上空に浮かんでいるサリエルとヒナは、その光線を見て絶望した。どう考えたって、ここにいる皆が本気で魔術を行使しても、あの光線を打ち消せない。
この国を飲み込めるほどに大きな光線なのだ。無理に決まっている。だがそれでも、
「何もしないで死ぬのは嫌です!!」
「………そう、だよね!!」
サリエル達もリアン達に参加しに地面へと降りていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
そんな中。光線に背を向けて走る1人の少年がいた。城壁を超え、縋るように駆け回るその少年は、地面に蹲る原野を見つけて駆け寄った。
「原野!!」
「………高谷君?」
弱々しく起き上がった原野に寄り添うように座る高谷。原野は目じりに溜まった涙を拭って高谷を見る。
「分かるよね。今起きてること。」
「うん………みんな、頑張ってるの?」
「そうだね。」
「高谷君は?」
「最後は原野といたいなってさ。」
「え?」
原野が高谷の意外な答えにその顔を見てしまった。空を見上げて笑う楽しそうな表情。その晴れやかな笑顔に、原野は安心する。
(あぁ。高谷君は………諦めていないんだ。)
そんなことを思って、原野は高谷に寄りかかる。『怨念』の負担が体を蝕みすぎた。もう動くことも出来ない。
「高谷君………。」
「ん?」
「………君は生き残るよ。何があっても。」
「そうだね。絶対に生き残るさ。」
「「神になるまでは。」」
2人で言い合って笑った。絶望に満たされた戦場に咲く一輪の花。それは直ぐに掻き消えて、光に飲まれて言ってしまうのだろうか。
「断じて否。私は諦めることはしない。お前も、私も、あいも、な。」
刃を振るい合うヒバリと『0-0-1』。この状況下でもこの2人だけは戦闘をやめていなかった。
自身は捨て駒と思っている『0-0-1』。だから死は怖くない。
助かると信じているヒバリ。だから死を考えない。
壊れない。壊させない。殺させない。皆を守るそのためにあるのが騎士だ。だからヒバリは、その騎士を信じる。
騎士がこれを、故意的に発動させたものだと。
「そうだろ?」
ヒバリは空を見上げて高らかに叫ぶ。
「天野快斗ォ!!!!!!」