『怨念』
「………ヴァイス。」
『なんだ。』
「もう、使っていい?」
『ッ!?待て!!何を考えている!!』
「クソ魂が逃げ出したんだ!!そっちに向かっているのがわかった。」
『諸共吹き飛ばす気か!?』
「あの方の体なら無事なはずだ!!」
『だとしても損傷が激しいままに……』
「そんなものは後でどうとでもなるだろ!!」
ルージュとルーネスの猛攻から逃げ惑い、ヴィクティムはイラついた口調で無線の先のヴァイスに叫ぶ。ヴァイスは必死に止めようとしているが、ヴィクティムは完全にやる寸前まで来ている。
『始末しろ!!その程度の人間2人に……』
「装置を盾にされてるんだ!!手が出せない!!」
『クソが……こっちもこっちで面倒なんだよ……!!』
ヴァイスの口調も次第に強くなり、2人のイラつきはピークに達しそうになる。
「12の世界を旅して……あいつらに勝たなきゃ僕らの顔が立たない!!あの方が報われない!!」
『最後の最後で想定外だ。まさかこんなに高火力だとは俺も思ってはいなかった。だが………』
一泊の沈黙を置いて、
『諦める訳には行かないだろ?』
「………分かってるよ。」
『必ず殺す。殺してみせる。意志を次ぐと、あの方にそう誓った。お前もそうだ。』
「あぁ。」
『絶対立ち止まるなよヴィクティム。あの方を一刻も早く救い出して………あの魂を、』
『天野快斗を殺す』
無線を通じて一致団結する2人。ヴァイスの声に一喝され、ヴィクティムは立ち上がり振り返る。瓦礫だらけの汚い廊下。その先にヴィクティムの作り出した最高傑作がある。
『征け。ヴィクティム。装置は………もう使って構わない。まだ魔道兵はストックがあるからな。』
「………分かった。」
『切るぞ』
ぶつりという音を最後に、無線はとだえた。ヴィクティムは無線を放り捨て、本気モードへと突入。能力を惜しげも無く発動し、ルージュとルーネスがいる場所へと特攻するつもりだ。
「見てろ人間。我らが『神殺し』。その邪魔をした罰は大きい。」
軽い口調でヴィクティムを罵った天野快斗の表情を思い出して憤慨しながら、廊下を踏みしめてその場所へと歩んで行った。
「捻り、潰す。」
それが快斗の思惑通りだということも知らずに。
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「さて、少女よ。俺は急用が出来た。ここを離れる。」
「逃げる、の!!」
「まぁ、そうだな。」
「ッ…………」
『0-0-1』がヒバリと激しく戦闘をしているそのすぐ傍で、なんとかヴァイスを足止めをしていた原野はそう告げられた。
「ど、どこに行くの……」
「ここじゃ無いどこかだ。」
曖昧な答えしか返さないヴァイス。考えていることがあまり理解できない彼の思惑は分からない。ただ、さっきの無線の会話を聞くに、何かの仕掛けを発動させるのかもしれない。
「あぁ。無線の会話を聞いてたお前は居ては行けないな。」
「ッ………」
「お前は『怨念』を扱えるようだからな。これをつけてもらう。」
ヴァイスは懐から真っ黒なバンダナを取り出した。何かはわからなかったが、原野は本能が体にそれに対する拒否反応が出ているのを感じた。
原野はそれに捕まらずに逃げ出し、皆に警告を出す必要がある。魔道兵が一掃されて気が抜けているこの一瞬。その間を突かれれば崩壊してしまうのは目に見えている。
「伝えてなにか変わるのかな………」
刹那だが、原野は自分より実力のあるヒバリやリーヌなどに敵が何かをしようとしていると伝える意味を考えてしまった。それは、怪我人の自分が何故ここまで必死にならなければいけないのかという原点への疑問を含んでいる。
しかし原野は頭を振り、すぐに見失いかけた目的を思い出した。
皆の役に立つ。この戦争に勝つ。そのために今、全力を出しているのではないか。
「伝えるの!!やれるかじゃなくてやるの!!」
地面に叫び声をぶつけ、跳ね返ってくる声に一喝される。全身を怨念で包み込み、一時的に身体能力を大幅に上昇させる。その間、原野の魂は少しずつ蝕まれるが、関係ないと原野はその考えを捨てる。
「逃げる気か。」
「逃げます。」
「さっきとは真逆だな。」
「あなたの気が真逆になったからです。」
ヴァイスはバンダナを握りしめて原野を睨みつける。薄い殺気が含まれたその視線に怯んではしまったが、原野も負けじとヴァイスを睨み返す。
「俺はお前が欲しい。」
「私はあなたが嫌い。」
原野はヴァイスにそう言った。瞬間、原野の内側から怒りが込み上げる。今まで溜まっていた何かが溢れ出して怒りへと還元され、原野に怒声をあげさせる。
「そんなに快斗君が欲しいなら……神を殺したいなら!!あなた達だけでいけばいいでしょ!!」
「無理だ。人間じゃ『神界』にはいけない。」
「快斗君に普通に頼めばいいでしょ!!」
「あの魂じゃダメだ。耐えられない。すぐに壊れてしまう。せっかく体を魔神様が隠されたのだ。その意志を無碍にする訳には……」
「その!!魔神は!!快斗君がいいから!!快斗君をその体に入れたんじゃないの!!」
「ッ……そんなことは……」
ヴァイスの瞳が一瞬曇る。どうやら頭の隅ではその可能性も考えていたらしい。だがそれは、自分が積み上げてきたものとは違う方向へ進んでいるから、否定したいのかもしれない。
「絶対にあげない。快斗君の体は!!」
「あの方の体を………あの薄汚い魂の体と称すな!!」
イラつきがピークに達したのか、ヴァイスは本気で原野を睨み始めた。殺気も増し始め、原野は推し潰れそうになったが、それを跳ね返す強い『怨念』があった。
「ッ、これは………」
「………あなたが、今まで殺してきた人達の……魔道兵達に閉じ込められてきた人達の『怨み』!!」
原野の体に染み込んで静かな怒りを原野と共にヴァイスに向ける強い『怨念』。『怨念』は魔道兵という体を破壊したライト達ではなく、自身を惨めな鋼鉄の体に閉じ込めたヴァイスを恨んでいる。
原野の体を受信機とし、戦場中の大量の怨念がヴァイスに怒りを向ける。その殺気は膨れ上がり、遂にはヴァイスの殺気をも超える巨大さとなった。
だが、ヴァイスは怖がりも驚きもせずに、
「ふ………」
「………?」
「ハハハハハハハハ!!!!」
ヴァイスは腹を抱えて笑い声をあげる。さっきまでの冷静さもどこにもない。戦場に大きく響き渡る笑い声は歪なものだ。一頻り笑ったヴァイスは、絶句している原野にこう言った。
「俺にとって、恨まれるということはな、光栄なことなんだよ。『神殺し』はそれで成り立っている。俺も、その恨みのおかげで強くなれるんだよ。」
靴のつま先で地面を叩き、楽しげに笑うヴァイスに原野は寒気がした。原野に向けられた視線が、殺気ではない別の何かに変わったからだ。
そして今思う。この人間はきちんと狂っていると。
ゴクリと唾を飲み込み、自分が今から成し遂げようとしている事が想像以上に大変なことに気がつく原野。
だが今は『怨念』の力があり、ここで立ち止まって皆が傷つくのなら自分が傷つくほうがマシと考えて目の前の敵を見据える。
原野は今から、全力でヴァイスから逃走する。