SKYFIELD
今日という日は非常に大変な日である。
修行から戻ったと思えば休む間もなく戦闘やら疾走やらで、流石の快斗もため息を禁じ得ない。
こんな彼でも限界はある。魔力の翼をはためかせ、なのに上空を飛ぶのではなく地面を蹴りながら滑空するという行為を何度も繰り返している。こっちのほうが早いのだ。
向かう先は『竜の都』。史上最大の危機が訪れていることを知って快斗はかけている。くすねた無線でルージュとヴィクティムの会話は全部聞いたし、エレストを出る前に想像以上にマズイ物が作られていることを知った。
なので今こうして全力疾走しているのだ。
途中に何度も魔物に出会うが、快斗は極力戦闘を避けて攻撃を躱し、『竜の都』目指して突っ走る。
と、快斗は頭の片隅に感じとっていた気配が薄くなっていくことに気がついた。すぐさま無線のスイッチを入れ、ルージュと繋げた。
「悪ぃ。そろそろ分身の維持がムズい。もう消えた?」
『えぇ。たった今消えまして、ヴィクティムとやらは憤慨しています。あなたの体がご所望のようで。』
「最悪だな。」
快斗は走る事を辞めずに唾を飲み込み、真面目なトーンで問う。
「今からどうする気だ?」
『姉上とキュー様と私で、どうにか時間稼ぎを。』
「その後は?」
『極力逃げます。』
「それでいい。」
ルージュがきちんとした真面目キャラで良かった。快斗はそう思って無線を切る。今は自分の出来ることを最大限成し遂げる時間。大抵の主人公なら仲間に託す場面だろうか。
快斗は取り敢えず方向があっているかだけを確認しつつ、息をするのも忘れて疾走する。
「ったくよぉ。そもそもあいつが裏切らなきゃ、こんなに苦労はしてないんだけどな。」
脳内にある少女を思い浮かべ、そのウザったらしい顔面を想像で殴り飛ばした。快斗にしては珍しく本気で憤慨している。
だがその反面、仕方がないと切り捨てる気持ちもある。死が怖いのは当たり前だし、それをしようとせずに、誇りだ何だと抜かして死ぬよりかは人間らしいと快斗は思う。
快斗は人間が好きだし嫌いだ。嫌な部分は面白いし、でも不快だ。だが快斗の性格故に、快斗は快斗を認めてくれる人々としかつるまない。
だからずっと幸福だし、それはいつまでも続いていく強い絆となる。特定だけの人間が、人間を好きになる理由。
それ以外は大嫌いだ。人間なんて快斗は大っ嫌いだ。
でも助けようとしてしまうし、好いてしまうし、好いて欲しいと願ってしまう。今も、そこまで親しくない少女のために全力を注いで走っている。
「俺善人すぎん?」
人間とは本能的に自分を守るが、結果的にそれは他人を助けることに繋がると、快斗は考えている。自分が死んでしまったら元も子もないことになる。
当たり前のように助けるし、普通にそのことに対して見返りを心のどこかで求めている。無意識に。無自覚に。無造作に。
だから、快斗は駆けているのかもしれない。本人にその気がなくとも、いつか自分に役立つものと信じて。
この固い意思も、助けようと自らを犠牲とする性格も、親しい人々に死んで欲しくないと願い続けるのも、全部が全部、快斗が人間では無いから出来ているのかもしれない。
いつも考え事は他人事。自分は後回しだ。そもそも快斗には、後回しにするような悩みがないからだ。
振り返らない、周りに無自覚に見返りをさせてしまう助け方。実に卑怯で且つ名案なのである。
必ず助けると誓えば誓うほど、駆ける速度も上がっていく。なんでこうも必死になっているのか。心配事はそれだけだったのだろうか。
「よく分からねぇ。」
快斗は頭を搔く。
「まぁ、………いっか。どうでも。」
草薙剣を握りしめ、快斗は風の速度で『竜の都』に走り続けた。
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「当たらねぇよ!!」
「ちょこまかと。」
剣の雨が地面をえぐり、一人の男がその雨の中を超高速で駆け抜けている。剣を捌き、弾き、躱し、壊し、砕く。そうする度にヴィレスの能力値は上がっていく。
「はぁあ!!」
ヴィレスが地面を強く蹴り飛ばし、剣の隙間を不思議な動きで走り抜け、ヴィオラに赤剣を振るった。それを2本の剣でガードし、その後ろからデュランダルを突き出した。
魔力を超凝縮されて作り上げられたデュランダルの刃は、そこらの剣とは一味違う。生身はもちろん、格の高い剣でさえ簡単にへし折ることが出来る。
そしてなんと言っても特徴はその形状で、虫のクワガタのような2本の刃が、赤剣をすり抜けてヴィレスの両肩を貫いた。
「ぐ!!」
「はぁあ!!」
ヴィオラはデュランダルを掴んだまま横に回転した。デュランダルの刃がヴィレスの両肩の肉を抉りだし、痛みに動けないヴィレスの背後からはドリルのように回転している剣達が迫ってきている。
「くそが………ッ!!」
ヴィレスはデュランダルを蹴り飛ばし、肩から刃を外して背後の剣を砕いて距離をとる。
肩がジンジンと痛むが、大した傷ではない。すぐに再生する。そう考えて、ヴィレスは両肩の傷をそこまで深くは考えない。
「本気で来ているのではなかったか?」
「その程度かっていいてぇのか?」
「そうだ。」
「ならいいさ。」
ヴィレスがそう呟いて俯く。するとどす黒い魔力が彼をつつみ、高密度の魔力で出来上がった黒い霧が彼を覆った。
ヴィオラは警戒心を強め、デュランダルを地面に突き刺してヴィレスを睨みつける。
「ここじゃ戦いにくい。だから空に行こう。」
霧の中からそんな台詞が聞こえ、そしてすぐに霧は晴れた。
霧の中からでてきたヴィレスの背中には、黒い魔力で出来上がった翼があった。
「悪魔の血と細胞が中に入っててなぁ。適性があるのは俺だけだったよ。」
ヴィレスは翼をはためかせ、空中へと浮かんでいく。ヴィオラも警戒しつつ、デュランダルを握りしめて浮かんでいく。
そのまま浮かび上がり続け、2人は雲を超える。夕日が沈み始めた空は橙色に染まっており、そのすぐ下で殺気をぶつけ合う2人は異物のように見えた。
「地面戦で勝てねぇなら空で殺る。」
「ほう。良いのか?凡愚。余は元々、宙に浮かび闘うのが戦闘スタイルだ。」
剣が出現する。ヴィオラはやっと存分に力をふるえると歓喜している。ヴィレスも同じように笑みを浮かべた。赤剣と青剣を構えて目を閉じる。
瞬間、ヴィレスの雰囲気と気配がガラッと変わる。目つきは鋭く殺人鬼を思わせるイカれた表情。しかし振りまかれる殺気の濃さは本物で、ヴィオラを本気で打ち倒そうとしているようだった。
「残念だ。」
ヴィオラはそう言うと、デュランダルを構えて高らかに宣言した。いつもよりも強く、自信たっぷりに大声で。
「貴様に、余は殺せない。」