歯車
「?反応が全て消えた?」
自身の役目を終えて休憩していたヴィクティムが首を傾げた。弄っていたのはタッチパネル。そこに映っていたのは赤い斑点だ。
その赤い斑点は魔道兵のことを表していたのだが、戦場の方が光ったと同時に、その赤い斑点全てが消え去った。
「やっぱり、あれは攻撃だったようだね……まぁ、本命はそっちじゃないけどね。壊してくれて、むしろラッキーだ。」
ヴィクティムは不格好に音を出す歪な機会を蹴り飛ばす。
「この世界の人間は強い!!僕らの想定を遥かに超えた!!それもこれも、あの方の体のおかげなのかなぁ!!」
歪な笑顔で不可思議な動きをするヴィクティム。消えた魔道兵を惜しいとも思わない。
「活きがいいのはいいけれど、早く死んでくれないとなぁ。」
強く歯をかみ締めて、ヴィクティムは少し不安げに呟く。
「大丈夫かなぁ。最後の最後でってのは本当に勘弁なんだけど………なっ!!」
独り言を言い終えると同時に、真後ろから突き出された刃を左から拳で叩いて軌道をそらし、真上から振り下ろされる刃は前に飛び出して躱した。
「すばしっこいですね!!」
「慌てず冷静に!!彼は危険です!!」
「へぇ………。」
ヴィクティムは刃を振るった2人を見て面白そうに笑う。そこに居たのは銀と金の槍を持つ女性が2人。ルーネスとルージュだ。
「よくもなのような不細工な仮面をつけてくださいましたね!!」
「不細工?結構似合ってたのに。なんかああいう人よくいない?舞踏会とかで。」
「否定はしません。」
「ルージュ!?」
「ですがやはり狡いです。あまり褒められた方法ではありません。」
ルージュは銀色槍を構える。1歩強く踏み出し、『桃色結晶』がヴィクティムを取り囲む。
『桃色結晶』はあまり頑丈ではなく、ヴィクティムなら簡単に粉砕できるが、ヴィクティムはそれをしない。
何故ならこの『桃色結晶』は壊される読みのものだからだ。壊されるとなんらかのギミックが発生するのだろう。ヴィクティムの能力があったとしても、多少はダメージを負いそうだ。
「面倒臭いから逃げようかな。」
ヴィクティムは足に力を入れて地面を破壊。崩れた地面とともに下の階へと降りていった。全力で2人から逃げるつもりである。なんせ、ヴァイスからはそろそろ出るだろうが、まだ命令は出ていない。
ところが下の階の地面を見た時、ヴィクティムは嘆息した。
「うわ。」
穴を開けて落ちゆく所には、鋭く尖った『緑結晶』がヴィクティムを待ち構えていた。だがこの程度、ヴィクティムにとっては造作もないことだ。
体を捻り、尖った『緑結晶』の合間をすり抜けて引っ付かみ逆さまのまま上を見上げた。
「どうだい。俺の身体能力は。」
「素晴らしいです。ですが甘い。」
ルーネスの言葉にヴィクティムが首を傾げた。と、『緑結晶』に触れている両手に違和感を感じた。
手を見てみると、しゅわしゅわと音を立てながら手の皮膚が剥がれ落ちて爛れていた。その後もその現象は止まることなく、じわじわと痛みが増してくる。
「よっと。」
ヴィクティムは『緑結晶』を手放し、その場から飛び退く。しかし『緑結晶』から手を離しても、手の皮膚はどんどん剥がれ落ちてゆく。
「これは……」
「『塩酸』です。久しぶりに人に使いました。」
どこからともなくルーネスが持ってくる塩酸。『緑結晶』には塩酸がたっぷりと付けられていた。ちなみに濃度は37パーセント、らしい。
「『塩酸』ですか?聞いたことないですね。一体どこから?」
「かなり前ですけど、『怒羅』に変わったお客様がいらしたことがありましてね。その方が教えて置いて言ってくださったのですが、正直使い所もなくて……あと8個も瓶が残っているのです。」
「あんな危険な液体、私は溶岩と毒しか知りませんでした。」
「快斗様がいうには、『塩酸』も毒の一種だそうです。」
ルーネスは顎に指を当てて話し続ける。
「ですがあれはまだ優しい毒らしいです。」
「あれがですか。」
「もっと危険なものは、水酸化ナトリウム水溶液、だそうです。」
「すい、さん、え………?」
「なんでも、水分が蒸発した際に、塩酸に含まれる塩化水素は気体なので皮膚から離れますが、水酸化ナトリウムは個体なので、水分が無くなれば無くなるほどに濃度が高くなり威力も増すとか。」
「は、はぁ……。姉上は博識ですね。」
「全て快斗様の知識です。」
この世界の住人が知っても特に意味もない事だが、塩酸を怖がるルーネスを見て面白くなった快斗がペラペラと話したことだ。何故かルーネスはそれを完璧に覚えていた。
「魔法じゃないのか……じゃあ、私の能力も意味ないか。」
痛みが続く両手を諦め、ヴィクティムは耳にはめた無線でヴァイスに連絡を取ろうとする。
が、ノイズが聞こえるばかりで繋がりはしなかった。一瞬だけ繋がったが、金属音が聞こえただけでなにも分からなかった。考えるにきっとヴァイスも戦闘中なのかもしれない。魔道兵が全て消されたのだから、焦って飛び出してしまったのかもしれない。
「まぁでも、大丈夫。」
ヴィクティムは焦りはせず、無線を切ってルーネスとルージュを見上げる。
「君らは、どうやってここに?片方は牢に入れて、片方は傀儡になってたはずだけど。」
「姉妹の愛です。」
「本当に?」
「嘘です。騎士様の愛です。」
「?」
「姉上は黙っていてください。」
おどけ続ける、本人は本気なのだが、会話がしないのでルージュがルーネスを押しのけて前に出た。
「ある人物に助けていただきました。」
「誰?それは。怨念系が使える人だよね?」
「えぇ、そうです。」
「ふーん。」
「では、次は私が質問しても?」
「どうぞ。」
ルージュは銀色槍を地面に突き刺し、質問する姿勢を見せる。ヴィクティムはそれを感じ取ったのかは分からないが、攻撃をしてくる様子もなく素直に了承した。
「あの魔法陣はどなたが?」
「?」
「国と国を繋ぐワープゲートです。本来なら、エレストには存在していないはずです。」
「んー………」
ヴィクティムは一瞬迷ったが、今ここで言った所であまり変化はないと考えたヴィクティムは口を開いた。
「この国の魔術師の女の子?が、殺さないでって言ってさ。何するのって言ったらワープゲートを作ってくれたのさ。」
「そうですか。その者の名を伺っても?」
「聞いてどうする?」
ヴィクティムが面白そうに聞き返すと、ルージュは返答に詰まった。だが、後ろでわなわなと震えているルーネスを見て嘆息したあとに、凛とした声で言った。
「あなた方を倒した後、罰します。」
「へぇ………」
ヴィクティムは子どものような顔で2人を見上げて問に答える。
「……………。」
その答えを聞いて、ルージュは背後でルーネスの雰囲気が沈むのを感じた。自身も同じ心境。そうなってしまう気持ちは大いに分かる。
しかし、ルージュとルーネスの目的は達成された。
「だ、そうです。快斗さん。」
「ナイス。」
ルージュはなるべく得意げな表情で、瓦礫に向かってそう告げた。首を傾げたヴィクティム。その首に、一太刀の刃が振るわれた。
「おっと!?」
驚いたヴィクティムは瞬時に体を逸らして刃を躱し、その場から飛び退いた。
「今のよく見えたな。流石は、エレストを堕としただけあるな。」
「ッ!!あなたは!!」
紫色に輝く草薙剣を肩に乗せ、元気に微笑む快斗を見て、ヴィクティムは目を見開いた。
永遠を彷徨う彼がずっと探し求めていたその体を見て、ヴィクティムは涙する。
「ようやく、あなたの、体に………辿り着いた……。そして、」
ヴィクティムは染みでた涙を裾で拭い、手を顔から話した途端に雰囲気が変わる。おちゃらけた雰囲気がぐんと暗くなり、ヴィクティムの眼光が鋭く光る。その表情は誰が見ても憤慨している表情だった。
「出たな……クソ魂が!!」
「ひでぇいいようだなぁ。」
「今すぐ出ていけ。お前などは必要ない!!」
「いや、出方知らねぇよ。」
「なら、俺が、僕が、私が、吾輩が!!引きずり出してやるよォ!!」
ヴィクティムは地面に魔法陣を出現させ、その中から1本の平凡な剣を取りだした。その剣の切っ先を快斗に向け、その瞬間に見えないほどの速度で快斗に迫った。
が、快斗は怖気付くことなく、笑って立ち向かっていく。
「お前は既に、チェックメイトをかけられている状態だぜ?」
突き出された刃を草薙剣で受け流し、空を切る斬撃を背に宣言する。それはもう、高らかと。
「お前は死ぬ。俺の好きな国を堕としたことを後悔させてやる。」
「ッ……。」
ヴィクティムの動きが一瞬止まった。快斗から発せられる凄まじい怒気に体が竦んだのだ。だがすぐに動き出す。快斗も同じだ。
「キレたもの同士、仲良くしような?」
「黙れ腐れ魂が!!」
ヴィクティムは周りが見えなくなるほど全力で快斗を切り刻もうと本気でかかってくる。
快斗も今回は本気で憤慨しているために、いつもより斬撃が重く鋭い。
と、周りには見えているだろう。しかし実は彼の意識は別の方に向けられていて……