ヒナの奮起後
サリエルが貫いたのは魔道兵の屍だったが、そのギミックの答えはヒナが放った爆弾にあった。
あれは一見爆弾に見えて幻術効果のある粉塵を混ぜ込んでいた特殊な爆弾なのだ。何故か作り方を知っていたリーヌに教えてもらい、作っておいた特注品だ。
爆発とともに空気中に撒き散らされる粉塵は、一定の量を吸い込むことで効果を発揮する。
サリエルが吸い込んだタイミングは、湖の水を入れる時の爆撃と、『会心の矢』と『分身の矢』の時だ。
空気よりも思い粉塵は低い場所に集まる。穴に落としたのは、空気中の粉塵濃度を高くするためだ。
ただ、この粉塵は冷静な状態の人には効かない。この幻術の効果は、思い浮かべているものの見た目に大きさ形が似ているものが見えてしまうというものだ。
あの状態でサリエルが幻術にかかるかどうかは正直掛けだったが、バンダナのせいで自我を失っていたサリエルには効果てきめんだったようだ。
だが、少し気がかりなことがある。それは、あからさまにヒナが幻術範囲から飛び出すのを失敗したのにバレなかったことだ。
魔道兵の死体をパイプの外に滑らせ投げ飛ばしたあと、ヒナも重なって飛び出そうとしたのだが、パイプが意外と薄く、貫いた鎖がヒナの右手に直撃し、痛みに少々怯んでしまった。
そのせいで飛ぶのが遅れ、なんとか壁を這い上がって隠れたのだが、なぜだか気づかれなかった。
その理由は何個かあるだろうが、やはり、大きな理由はこれだろう、とひなは思う。それは、
「サリエルさんが手加減をしたということです。」
「あ、起きた?」
ヒナが目を開けると、そこにはサリエルの顔があった。髪の毛がこちらに向いているのを考えると、膝枕をされているのだろうか。
「お疲れ様。ヒナ。私を倒せるくらい強くなっちゃって。」
「あれは……リーヌさんや他の皆さんの手助けあっての事です。」
「またまたぁ。そんな謙遜しなくとも~。」
サリエルは冗談めかしてヒナを撫でる。ヒナは少し拗ねた顔で、
「でも、サリエルさん、手ぇ抜きましたよね?」
「んー?抜いてないよー。」
「絶対に抜いてますよねその口調と表情!!目が泳いでいますよ!!」
ビシッとヒナがサリエルの顔を指さす。サリエルは「あちゃー」と声を上げて白状し始めた。
「本当はね。従順なフリして少しは自我があったの。素直にかかるふりをすれば、少しは呪縛が弱くなるから。でも体を動かすまでは行かなかったの。だからせめて、鎖だけはと思ったんだよ。確かにヒナの失敗には気づいた。」
「うっ………」
「本気だったら見逃さずに、上半身と下半身を分断している所だったよ?」
「怖いこと言わないでくれます!?」
「でもね、」
慌てるヒナに、サリエルは優しく微笑みかけて、
「嬉しかったの。ヒナが私のために必死になってくれてることが。だからそれを見届けたくなったの。だから、手を抜いちゃった。ごめんね。そして…………ありがとう。」
サリエルはそう言ってまたヒナの頭を撫で始める。すると、ヒナの動きがピタリと止まった。また寝てしまったのかとサリエルは思ったが、その表情を見て違うと分かった。
「うっ、うっ、ううっ……」
ヒナは盛大に顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「うわぁぁぁああん!!!!」
「うわっと。」
ヒナはサリエルに勢いよく抱きつくと、頭をグリグリと押し付けて泣きじゃくる。
「なんてこと言ってくれるんですかっ。そんなこと言われたら泣いちゃうじゃないですかっ。頑張った甲斐があったって思っちゃうじゃないですかっ。もうっ!!」
「ふふ、はいはい。」
じたばた暴れるヒナを優しく抱きしめて頭を撫で、ヒナが泣き止むまで、ずっとずっと「ありがとう」と繰り返していた。
そして10分後。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「泣き止んだ?」
「一生分泣きました。」
赤く腫れた両目を擦り、ヒナは頭を振る。サリエルも起き上がり、翼を広げる。
「よし。本陣へ行こう。大体状況はわかってるから、ヒナ。おいで。」
「はい。行きましょう!!疲れました!!」
「はいはいお疲れ様。」
サリエルはヒナを抱え、黒く焦げた翼で羽ばたいた。瓦礫の山を声、サリエルとヒナは本陣へと帰っていく。
と、途中でヒナはあることを思い出した。
「サリエルさん待って下さい。」
「ん?何?」
「ちょっと忘れ物がありまして。」
「忘れ物?」
ヒナが指さした場所に2人は降り立った。そこは、ヒナが初めにサリエルを瓦礫の落とし穴へと誘い込んだ場所だ。
その場所の真ん中に、手紙が落ちている。水に濡れたらいけないと思って、ヒナがここに置いておいたのだ。
「これを。」
「何?これ。」
「原野さんが、サリエルさんに渡してくれと。」
「………ふーん。」
サリエルはつまらなそうにその手紙を受け取ると、「ありがとう」と言ってヒナと共にもう一度飛び上がった。
「さて、ヒナ。」
「はい?」
「ご褒美は何がいい?」
「うーんと………あ、エレストの高級スイーツ全部食べたいです!!」
「結構キツいね経済的に……まぁでも、ここまでしてくれたし、うん。分かった。約束ね。」
「言いましたね!!絶対絶対ですよ!!サリエルさんが忘れても私は忘れませんからね!!」
「はいはい。」
「地の果てまで追いかけますから!!」
「どんだけの執着心!?」
2人は久しぶりに冗談を言い合いながら、楽しく空を飛んでいた。