動き出す救い
「くぅ~~!!う、動けんぞぉ!!」
縄でガチガチに重岩に縛り付けられ、カタカタと震えながらやかましく叫び散らす神槍。金色に輝くその槍身からは想像できないほどに弱々しい老人の声が、地下の保管庫に響き渡る。
ここは人間が入れられる牢獄とは逆の方向に存在する地下施設。武器や国宝などの宝を保管している保管庫。
その中に無造作に投じられた金色の神槍は、持ち主と自身の子供達の身を案じて震え続ける。
「儂が、こんな所で止まっている場合ではないのだ。若いものは儂のような老いぼれよりも重宝されるべき存在。儂は若者のためにかっこよく犠牲になりたいのじゃが……こんなことでは動くことも出来んぞ!!」
延々と語られる独り言が、金属で固められた空間の中に響き渡る。そして、扉に付けられた大きな金属のぜんまいを眺める。扉を開けるには、そのぜんまいを巻かなければ開けることは出来ない。
手がない神槍、中身がリドルなのでリドルと呼ぶが、彼は自力で扉を開けることが出来ない。
故に、ぜんまいが巻かれる時を今か今かと満ちながら、睨みつけるように扉を凝視している。
開けるとしたら、リドルを保管庫にぶち込んだ襲撃者達しか居ないはずだ。次空いた時に、簡単にちぎることが出来るくらいに弱らせた縄を引きちぎって襲い返す。
リドルはそうしようと意気込んでいた。
そしてぜんまいが巻かれ始めるのは、そう遅くはなかった。
「む!!」
リドルは集中して別れ続けるぜんまいと、開くであろう扉の隙間をじっと睨む。敵が完全に扉を開け、油断したところを狙う。
思い扉がゆっくりと押され始め、そうする人間の息遣いも聞こえる。そして、逆光で人物の顔までは見えないが、人が目の前にたっているのが分かった。
「こぉこぉじゃぁぁあああ!!」
「おっと。」
そしてリドルは勢いよく飛び出した。が、回転して叩きつけようとした刃は簡単に指で挟まれて止められ、攻撃は全くの無意味、それどころか行動が出来なくなってしまった。
だが、焦る必要はなかった。何故なら、リドルを受け止めた人物が、見覚えのある少年だったからだ。
「『悪魔』、天野快斗!!」
「よぉリドル!!助けに来たぜ!!」
元気な笑顔でそう語る少年、天野快斗の見た目は、前よりも少し大きく逞しく、そして頼りがいのあるように見えた。
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見回りを任されたルーネスは、瓦礫によって狭くなった道をゆっくりと進んでいく。
気色の悪いあの男、ヴィクティムに命令されることになんの違和感なく、そして視界がないことも全く不思議に思わず、機械的に見回りをし続ける。
崩れかける壁を蹴飛ばし、落ちてくる破片を振り払い、転がっている死体を踏み潰す。非人道的な行動を繰り返す、最悪な女王と成り果てていた。
ヴィクティム達に精神を侵されたとはいえ、死んだ国民や兵士達を足蹴りにするなど外道の極み。
顔に付けられた黒いマスクを撫でて、ルーネスは体を震わせて涙を流す。押さえつけられた記憶が溢れて、体は動かせないが考える事は出来る。
声は出ない。表情を歪ませても、顔全体を包むマスクがそれを隠してしまってなにも表現出来ない。マスクの隙間から滲む涙だけが、ルーネスの感情を表していた。
歩く先の暗闇。床に染み込んだ血液。恐怖に歪んだままで死んだ兵士の死体も嫌という程踏み潰した。地獄はいつまでも続くような気がした。
手を握りしめる感覚はあるのに、実際は手は動いていない。唇を噛み切ってしまいそうなほど強く噛み締めているのに、実際にはただ唇が震える程度だ。
マスクの裏で、唯一動く瞼を閉じて、心の中で呟いた。
(お助けを………)
瞬間、闇から1本の刃が突き出され、その切っ先は ルーネスのつけているマスクだった。
声もあげずに、意図せず体が動いて躱す。
その刃を、金色に輝く神槍を見て、ルーネスは安心したように目を閉じてマスクに身を任せる。
「安心しろな。助けるから!!」
元気な愛しい少年の声を聞いたから。