雄叫び
「ふぅ………」
遂に戦争のその日。相手にはこちらが戦争を仕掛けられるのを気がついていると知っているのだろうか。不確定要素が多すぎる今回の戦争、原野は不安でならない。
高谷がまた無理をする。自分はその傍らにいてやることも出来ず、それに『愛してる』とは言ったものの、かなり一方的な告白だったから、あちらがどう思っているかさえも分からない。
まだ死なれたくないし、死にたくもない。原野は後方で怪我人の手当の手伝いだ。だから戦いも見れない。音が聞こえる程度なのだろう。
既に皆前線にて待機している。原野は今日は早めに起きて高谷に会いに行こうとしていたのだが、原野が起きる前に高谷の方が早く起きていて、追いつけなかった。
これが別れでなければいい。そう願う。きっと上手くいくと、原野は信じている。
「お願いだから……」
それでも、原野は、
「無理、しないで……」
不安でしょうがなかった。
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「無理しないでね。」
剣があちらこちらに突き刺さった荒野の戦場。向こうの砂漠の近くにはカゲロウが見える。敵が来る方向だとしたらあちら側であるだろうと予想されていた。
高谷は地面に刺さっている剣の1本を拝借して作業をしていた。
血液の瓶詰めだ。少しでも多くの回復薬を作り上げようと、今日は起きてからもう100本以上も作っている。
ライトとベリランダに頼み、出来上がった瓶は2人によって前線の兵士達全員に行き渡った。もともと3本ほど持っていた兵士達は、要らないと断る者もいたが、大抵は多いに越したことはないとすんなりと受け取った。
そんな頑張る高谷の横で、車椅子にて眺めていたリーヌが微笑んでそう言った。高谷は頷いてから、再生してしまった手首に再び切り傷を入れる。
「無理しないでって言ってるのに………」
リーヌは苦笑いでそう言うと、車椅子を動かしてどこかへ行ってしまう。高谷はバケツに溜まっていく血を見ながら、揺れる影を見つけて失笑する。
「情けねぇ……」
バケツに溜まった血を殴りつける。爆発したように血が舞い散り、手首も再生した。地面に染み込んだ血は生命力を分け与え、硬い岩盤だったそこに1つの紅い花が咲いた。
彼岸花のように花びらが細く繊細で、しかし明らかに見たことの無い花だ。名もない新たな生命。その美しい花を踏み潰して、高谷はため息をついた。
脳内に浮かぶのは、笑顔で駆ける、転生前の自分。能天気だったその顔面をぶん殴りたくなる。だが想像を殴ることは高谷には出来ない。
残酷な世界で、ヘラヘラとしていた。そんなことはもう絶対にない。
踏み潰された花が、高谷の激情に共鳴するように燃え上がる。赤黒い炎を噴出しながら、その花は永遠に燃え尽きることの無い万年炎へと変化する。
だがこの時はまだ、風に煽られる程度で消えてしまうほど、炎は小さかった。
「高谷さーん!!そろそろ行きますよー!!」
「………分かったー。すぐ行くよ!!」
呼びに来たヒナにそう答え、高谷は戦場に向かって歩み始めた。
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「ねぇ、もう始まるって!!」
「マジ?やべぇやべぇ。」
「超不安!!」
「まだ死にたくないよぉ。」
既に配置についた兵士達。その中に騒ぎ立てる4人の冒険者がいた。カリム達だ。
インは杖を握りしめ、ノヴァはダガーを両手に持ち、トリックは自身の筋肉を未だ鍛えている。
その一番後ろで震えているカリム。3人はそのカリムを見て爆笑した。
「ちょ、後ろで、ハハハハハハ!!」
「そこで……何してんだよ!!」
「ちゃんと構えろって!!カリム!!」
「ちょっと待って、あのさ俺さ。」
「何?」
「トイレ行っていい?」
「今更!?」
妙にモジモジしているかと思えば、激しい戦闘を既に行っていたようだ。尿意との。
「さっき行く時間あったろ!?」
「いや、行ったんだけど、配置に着いた瞬間に、急にまた尿意に襲われて……」
「いやもう、戦闘中にするしかないんじゃない?」
「そうそう、戦闘中下半身裸で……」
「変態じゃねぇか!!嫌だよ!!」
「いいじゃん。あの、魔道兵も引いて隙ができるかもしれないし………」
「出来るわけねぇってか、俺の覚悟に対して見返りが少なすぎるだろっ!!」
結局、カリムは急いでトイレに走っていき、敵が見え始めた頃にようやく帰ってきたのだった。
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敵陣が見えた。各地で、皆覚悟を決めた。
「ねぇえ?ユリメル。」
「何?」
「死なないでね。」
「………出来ればね。」
「…………あれ?俺の分は?」
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猫耳を揺らす。
「さて、来よったか。」
「母さん………」
「案ずるな。お前に負けるといえど、妾の足の速さは健在よ。魔道兵如き、バチの1本で粉砕できる。」
「でも………」
「ライト。お前は私に構わず、本気の拳を叩き込め。若いものは、年寄りを楽させるのじゃ。」
「母さんはまだ若くて可愛いよ。」
「………お前と言うやつはっ!!」
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剣を握る。拳を握る。息を呑む。
「さて、久々に本気を出そうか。」
「おうリアン!!任せときな!!」
「ベリランダも、よろしくね。」
「分かったわ。それと、エリメア。うるさいわ。」
「こんくらいがちょうどいいだろ!!」
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腕を組み、剣を作る。
「さぁ、全面戦争だ。………ポンコツ共。余が出向いてやる。」
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弓を引く。
「うぅ………緊張する………。」
「出来るだけ落ち着いてヒナさん。焦らないでいい。」
「そう言われると余計に………」
「うーん……難しいね……」
「リーヌさんはなんでそんなに落ち着いてられるんですかっ。」
「緊張するのが面倒でね。」
「感情まで面倒くささで割り切った!?」
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新たな剣を握りしめる。血を流す。
「勝つから見ていて。………???。」
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祈る。祈る。祈る。
「高谷君………」
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駆ける駆ける駆ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!」
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同じく駆ける。
「どういうことなんだ!!」
「説明はあとだ!!私についてこい!!魔力の大量の反応がある!!」
「く………不覚だった……!!」
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燃える燃える燃えさかる。
「全面戦争でござるよ!!いざ、どんと来い!!でござる!!」
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叫ぶ叫ぶ叫ぶ。
「『聖なる神の光よ、恐れを知らぬ彼の者達へ、祝福の輝を授けたまえ』!!」
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この世界にある歴史書の中で、この戦争は最も大きく掲載されることになるだろう。どうなるかって?この世界の住人は皆こう思っている。
『大量の害を前に、悪魔の仲間が世界を救う』と。