1度目の
崩れ落ちて内装がボロボロのセシンドグロスの城内で、ヒバリは風龍剣を握りしめ、1人魔道兵を殲滅していた。
既に城内の殆どの魔道兵は屍と化し、吹き荒れるヒバリの風によってそこら中に吹き飛んでいく。
ヒバリが振るう太刀筋とは別に、見えない斬撃が大量の魔道兵を薙ぎ払い、纏われる風が重火器を斬り裂き、時々放たれる体術で弾丸が弾かれる。
今や銃弾でさえ目視できるヒバリ。城内を彷徨く魔道兵など屁でもない。というより、この国内において、今のヒバリを止めるほどの戦力を持ったものはいない。
鉱石が取れると言っても、狙っている国から最も離れているこの国は、そう警備を強めている訳ではなかった。敵の援軍が来ないことを見るに、完全にこの国は見捨てられているのだろう。
だが戦力とは別に、エレジアとゼルギアの2人は、ヒバリでもどうにも出来ない。捕獲し動きを封じておくのが一番いいのだろうが、ヒバリは拘束術を持ち合わせていない。
ライトなら電撃で痺れされることも可能だったし、快斗なら『魔技』で縛れるし、高谷なら血液でどうにでも出来ただろう。
ヒバリは案外無能なようだ。出来ることは剣技のみ。風を操れると言っても、あまり実用的ではない。斬撃の鋭さを突き詰めすぎた結果、こうなってしまったようだ。
出来ることと、出来ないこと。どちらを伸ばすべきだろうか。
現代の異常なまでの学力執着心を持った学校ではよく、『成績を伸ばすなら出来ることより、出来ないことを出来るようにした方が楽だ』と言う。
実際間違ってはいないだろう。だが少なくとも、出来ないことだからこそ伸ばすのが難しい。やりたくないことをやるのは相当ストレスだ。
ヒバリは甘かったのかもしれない。自分の好きな物にばかり縋って、中々に上達して強くなった気でいた。上には上がいるというように、ヒバリの努力を超えた実力者だって死ぬほどいる。
これは努力と呼べただろうか。好きなことをすることは、努力に入るのだろうか。
ヒバリは、その答えを、『YES』と答える。
努力とは嫌なことをやり続けることではなく、自分の好きなことを突き詰めるもの、だとヒバリは思っている。
以前、快斗の現代日本社会の話を聞いた時は、ヒバリはとても驚いた。嫌なことを、当たり前のように押し付けられ、挙句それに耐えきれず自ら命を絶つ者もいる。
これほど成果を出しにくい世界があるのかと驚愕して、その後に自信を恥じる。全くもって甘く育ってきたと後悔した。
だかやり方は曲げない。今更引き返すなんて格好悪い。ヒバリは好きなものを、好きなだけ追求する。どんな難題だって好きなことで乗り切る。それが出来るやつが、一番強い。
だからこそ、ヒバリは剣を選んだ。どんな事があっても、彼女は剣を取り、構え続けるだろう。それが続くかどうかは別として、彼女はとにかく剣が好きな戦乙女だ。
何が言いたいのかと言うと、要するに、
「『大風塵連破豪快』!!」
出来るものを、もっと出来るようにしろということだ。
「はぁああああ!!!!」
剣先から放たれる竜巻。凄まじい吸引力を持ったそれは地面に叩きつけられ、地面を転がすように動かされる。その先には魔道兵達が行進しており、一瞬にして打ち上げられ、粉々に砕かれた。
豪風が瓦礫を飛ばし、積み上げ、山を作り上げる。瓦礫と屍でできる山を。
「ッ!!」
と、ヒバリの足元から鋭さを持った岩が幾つも突き出された。バク転を繰り返して躱し、見上げた。
高く突き出された岩の刃の上には、エレジアが立っていた。月を背景に、大剣を担ぐ彼女はさながら殺人鬼だ。
ひしひしと感じられる殺気に身震いした。人間にここまで殺意をぶつけられたのは初めてだったからだ。
そして笑う。初めて、四大剣将と、本気で戦えるのだ。
快斗が居ては少々邪魔ではあった。だからあの時は、わざと1人になることを選んでしまった。迷惑かけたし、面倒だっただろうか。
そんなことを考えているヒバリに、容赦なく大剣が振り下ろされた。
片手間にそれを受け流し、乗った勢いを利用して回転。長い足をエレジアの腹にぶち込んだ。吹き飛ぶエレジア。それと入れ替わるようにゼルギアが出現し、青剣を横凪に振るう。
『蓄積剣』で打ち払い、背後に回り込んで足の腱を斬り裂いた。痛みを感じることは無いのか、その後もまた攻撃をしようとして踏み込んだが、腱を切られたせいで上手くバランスを保てず、地面に崩れ落ちた。
と、思ったが、彼はその能力故に、足の自由を失ったくらいで負けはしない。
「ふ………」
空中に瞬間移動したゼルギアがヒバリの首を狙う。即座に反応したヒバリはその間に風龍剣を割り込ませて防ぎ、無理やり押し込んでから弾き返す。
「破ッ!!」
ゼルギアの足元を指さして息を入れる。地面から怒涛の如く風が巻き上がり、ゼルギアの瞬間移動でさえ抜け出せない大竜巻ができ上がる。
そして、術者本人のヒバリは首を傾げた。
「?」
その竜巻の色が真っ黒だったのだ。良く感じてみると、暗黒属性の魔力を感じられる。
その理由はきっと、『魔神因子』によるものなのだろう。他の人間より耐性が低い分、引き出すのは容易なようで、大技を使用すると自然と暗黒属性が付与されるようだ。
だが、引き出しすぎるのも良くない。自我を失いかける、ふわっとした感覚が常に感じられた。
だがヒバリは嬉しい。やっと同じ土俵に立てたのだ。ライトや快斗と、同じステージの上で、剣を振れるのだ。そして、この暗黒の力も
「いつかは、私も!!」
快斗のように使えこなせるように、そう望む。
「るぅぅああああああ!!!!」
力いっぱい剣を振るう。風はおさまる事を知らず、天高く竜巻が伸び続ける。地面に転がっていた残骸も、瓦礫も、死体も、何もかもを吸い込んで、空高くに打ち上げる。
魂を、恨みを、憎しみを、天に返せているように感じる。空を覆い隠す黒い雲も薙ぎ払い、太陽が顔を出し、セシンドグロス王国は見事に照らし出された。
絶望から、希望へ。暗黒から、光に。
「おおおおおおおおおおーーーー!!!!」
我武者羅に風を巻き上げ続け、楽しくなったヒバリは清々しい笑顔で空を見上げる。
いつしかセシンドグロス王国の地面は塵一つない綺麗な土地になっていた。風が嫌なものを全て飲み込んでくれた。
やがて竜巻はゆっくりと消えてゆき、竜巻が消え去ったところには、折れた青剣を握りしめたまま倒れて動かないゼルギアがいた。
頭に付けられていた機械は半壊し、引っ張れば簡単に崩壊してしまうほど脆い。快斗が懸念していたように、この機械は外すと脳が破壊されるのだろうか。
だが、ヒバリがゼルギアの肩を揺らすと、微かに反応があった。それから程なくして、ゼルギアが目を開ける。しばらくしきりに瞳を動かして焦点を調整し、むくりと起き上がった。
「貴様は………」
「喋れるのか。」
ゼルギアは困惑した様子でヒバリに声をかけようとしたが、ヒバリはその行動によって脳が破壊されていないと分かった。コミュニケーションを取ろうとするゼルギアを蚊帳の外に、ヒバリはしばし思案した。
すると、直ぐに落ちてくる殺気に気づき、風龍剣を握りしめてゼルギアの頭上へ飛んだ。回転しながら落ちてきたエレジアを受け止めはせず、全力を持って剣をぶつけあった。攻撃は最大の防御。快斗から教えてもらったことだ。
甲高い音から少しの間睨み合い、最終的にエレジアが押し負けた。大剣を捌かれ、隙ができた。エレジアの体に回転しながら足を何度もぶち込む。
顔面に強い蹴りをかまし、エレジアを突き飛ばす。地面を抉りながら吹き飛んでいき、大剣を地面に突き刺してなんとか勢いを殺した。
だが攻撃は終わらず、ヒバリは風の刃を放ち続けながら勢いよく飛び出し、大剣でガードするエレジアに思いっきり大きな斬撃を放った。背後からは4つ斬撃が生み出された。
5倍の威力の斬撃を受け、エレジアは受け止めきれず、大剣を手から手放してしまう。
「せぇい!!」
剣を引き、バネのように勢いをつけて突き出された剣をエレジアは体を捻って躱し、地面に手で触れる。地面が陥没し、ヒバリが落ちてゆく。その上から容赦なく、尖った岩がずらりと並ぶ岩盤を叩きつける。
が、岩盤にヒビが入ったと思うと、岩盤の下から幾つもの斬撃が放たれ、砕け散った。ヒバリは頭から血を流していたが、本人は非常に楽しそうだ。
「はぁあ!!」
岩盤の巨大破片を掴みあげ、風を付与して投げ飛ばす。回転がかかり、破壊力には申し分ない。それをエレジアは拾い上げた大剣で砕いた。
その砕かれた岩の隙間から剣が突き出された。エレジアは首を傾け、そのすぐ横を剣が通り抜ける。頬に擦り傷ができた。
それで終わりではなく、剣が淡く光ると、波動のように強い風がエレジアの頬をぶった。傾き体勢を崩したエレジアの足を更にヒバリが払って完全に倒し、そのまま両肩を掴んで陥没した地面の奥底に落ちて行った。
岩が落ちる轟音に混じって、肉が固いものにぶつかる鈍い音が響き渡った。
「ふ………!!」
ヒバリは地面にエレジアを押し付けるように押さえ込み、抵抗するエレジアの頭に着いた機械を『蓄積剣』で破壊しようとする。
徐々に傷がついてゆき、その度にエレジアが激しく抵抗する。さながら、外されるのが嫌だと癇癪を起こす子どものように。
「ああぁぁあああ!!!!」
意味の無い声を張り上げるエレジア。エレジアが出現させた岩の杭がヒバリの頭を直撃する。傷口がえぐれ、痛みと出血量が増したが関係ない。
引き返すことはなく、ヒバリは斬撃で機械を破壊し続ける。
「はぁぁああああ!!!!」
「あぁぁああああ!!!!」
2人の女の叫び声がぶつかり合い、国中に響き渡っているのではないかと思うほどに、その声の大きさが増してゆく。
ヒバリの拘束から抜け出せればエレジアの勝ち。その前に機械を破壊すればヒバリの勝ちだ。だが蓄積した斬撃の数も残り少ない。だからここで破壊しておきたいのだ。
だがエレジアの力が弱まる兆候が見られない。操られているのか、本心でこうなっているのか。
どちらにせよ、どうにか隙を作らないことには斬撃を届けられない。火事場の馬鹿力のように、機械も壊されることが怖いのだろうか。
「ふ………」
またもや突き出された岩の杭を、首を傾け紙一重で躱してみせる。すると顔がエレジアに近づき、互いの息が肌に感じられる距離まで近づいた。
そして見えた。叫び散らかすエレジアとは別に、泣く寸前の、震える唇を。居てもたってもいられない。その唇を抑えてやりたくてしょうがない。
「ッ!!」
「ッ………」
ヒバリの掴む力がいっそう強まり、エレジアの息が詰まる。身を乗り出したヒバリの位置関係的に、エレジアも岩の杭を突き出すことが出来ない。
両手両足、全てが相手の両手両足と重なり合い、もはや唇を抑えてやれるのは唇しかなかった。
だからヒバリは、エレジアと唇を重ね合わせ、押し付けるように、押さえ込むように口付けをした。
ビクンとエレジアの体が跳ね、一瞬の隙が生まれた。ヒバリがそれを見逃すことは無い。
唇を重ねたまま、そっと目を閉じ、自身の頭周りほどの小さな極小の斬撃を、機械にできたヒビ割れに叩きつけた。
パリンと小さな音がして、機械が崩れ落ちる。目を開けて起き上がった時には、エレジアの頭にあった機械は全て砕け散っていた。
エレジアが起きることは無い。ただ死んでいる訳では無いようだ。気絶したようにゆっくりと眠っている。その寝顔を見て安堵すると同時に、優しく微笑んだ。
機械に隠れて見えなかった目尻には、涙が滲んでいた。