去り際
一旦『龍の都』に帰ってきた高谷達は、会議室にて『鬼人の国』へ出発するかどうかの審議を行っていた。
「もう、ここで迎え撃つのが1番楽だと思うけど……」
「先手を取るに越したことはない。出来ればどうにか仕掛けを作りたいところだが………」
「取ってこれたって言ってもそこまで資源があるわけじゃないから、大きな仕掛けは作れないなぁ。」
「だからといって、そのまま受け止めるのも少し不安じゃな……」
ライトと暁だけの情報では、少々心もとない。2人が見てきたのは雑魚兵ばかりだ。分かっているのは戦車や戦闘機、何人か捕らえられて操られている人々。そして、リンだ。
大まかなそんな情報しか分からない。どんな仕掛けを使ってくるのか予想するのが難しいのだ。なんせ、この世界の大抵の人々が、見たことも無い物体が攻撃を仕掛けてくるのだから。
初見で対応できる人はそういない。
「もう相手が来るまで2日ぐらいしかありません。防壁もあるし、戦力もまぁまぁある。ここは、自信を持って立ち向かうべきだと、僕は考えています。」
リアンがそう言う。ヴィオラと零亡は腑に落ちない表情で、リーヌやライト、暁はそれに頷いた。
高谷はというと、どちらかというと1つ寝首をかきたい気分だ。好き勝手やってくれた相手には少し仕返しをしたい。
「ふ…………」
「?」
そんなことを考え、高谷は小さく微笑んだ。隣にいた原野だけがそれに気づいた。高谷は原野の視線に目を合わせたが、原野も柔らかく微笑むだけだ。
認めてくれているような気がして、高谷は嬉しげに頬を赤らめた。
「惚気けるなよ『不死』の騎士。」
「あ、ご、ごめんなさい。」
ヴィオラが不機嫌そうに高谷を叱る。高谷は頭を掻いて謝った。
そんな高谷を、リアンとリーヌが微笑ましく思って見ている。
「高谷殿、何か考えがあるのか?」
「………いや、特にないです。」
零亡は一応高谷に尋ねるが、高谷はあくまで何も無いと主張する。零亡は少し疑念を抱くが、隣で納得したように黙っている原野を見て探るべきではないと判断した。
「じゃあ、迎え撃つってことでいいのかな?」
リーヌがそう告げて手を叩くと、ヴィオラ以外は素直に頷いた。
それから全員の視線がヴィオラに向けられ、ヴィオラは居心地悪そうに身を捩ったあと、ため息をついて頷いた。
「分かった。余は寛大だ。ここは若者の思考に乗る。だが、それでこの国が滅べば、人間らが恨むのは余らだ。責任は取れ。」
「よし。それじゃあ、今からしっかり準備してね。」
「明日の朝10時に、高谷君の血を配ります。1人3本です。皇帝様は要らないかもしれませんが。」
リアンがそう言ってまたもやヴィオラに話を振ると、ヴィオラは鬱陶しいとばかりに眉をひそめ、リアンにジト目を向けた。
「いじらしくなったな。『勇者』よ。」
「お陰様で。」
どうやら2人には共通の過去が存在するようだ。だが、今はその話を聞いている場合でもないだろう。そう思ったのは全員で、空気を読めない暁が立ち上がって扉を開ける。
「ではまた明日。今日のところはさらばでござる!!」
ビシッと頭に手を添えてから、ドタドタと足音を立てて暁は駆けていった。大きなベッドに飛び乗るのがとても楽しみなようだ。
以前はそれで隣の部屋のライトが寝不足になった。
「それでは皆さんまた明日。」
「それじゃ。」
「失礼します。」
ライトが扉を開け、それに続いて高谷と原野も扉の外を出ていく。今日の審議はこれで終わりだ。皆ぞろぞろと帰っていく。
何故か殆どの人がその足取りは軽く速い。皆廊下で走りはしないが、早歩きをして追い越し追い越されるということを繰り返す。その理由を知っている高谷と原野は笑いあった。
大半が求めているものは、高谷が原野に頼んで作ってもらった、『カレー』だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おい。こんなに便利なものがあるなんて聞いてねぇぞ。」
「極秘といえば極秘のワープゾーンだからな。」
メシルを背負っている快斗が、ワープゾーンとやらがある場所に案内するフレイムに後ろから悪態つく。彼はそれを諸共せずに受け流してズカズカと進んでいく。
広い肩幅。大きな背中。逞しい肉体。自分よりも遥かに強そうなのに、自分の方が強いという現実。時に現実とは姿形では判断できない問題を出してくるようだ。
「そこまではあとどのくらい?」
「深さで言えば、約30階分下にあるはずだ。」
「このペースで行くとあとどのくらい?」
「1時間か。」
「おぉ………俺、ドントクライ。」
泣くなと自分に語り掛ける快斗。背中に背負われたメシルは気持ち良さそうに寝息を立てて寝こけている。そんな姿に腹が立つが、負傷者であるためやむを得ない。
健全者が負傷者を助けるのは、当たり前のことなのだろう。世間一般でいえば。
「ここ一気に飛び降りちゃ駄目か?」
「背中のメシルになんらダメージを負わせることなくこの高さを跳べるとでも?」
「出来るくね?」
「四大剣将の侍でも無理だぞ。」
「じゃあ無理だな。」
規格外といえばこのお方、暁が出来ないとなれば、当然快斗にも出来まい。獄値は以前の2倍近くあるとはいえ、それでも本気になった暁には足元にも及ばないだろう。
「ま、俺は別に1番上から見下ろしたい訳じゃねぇからな。」
そんなことをぶつくさ言いながら約1時間。
ようやく地面に描かれた巨大魔法陣が姿を現した。目のいい快斗は暗闇でも見えていたが、フレイムが近づくと魔法陣が反応して青く光り出す。
「着いたぞ悪魔。」
「あぁ。これでどの国にも行けるんだな?」
「そうだ。」
魔法陣を足でつついて快斗は物珍しそうに魔法陣を見つめている。特別魔法陣に何かがある訳ではなく、なんとなくボーッとしてしまった。
最近多いが、考え事をする時は決まってどこか虚空を見つめたままだ。なにかしら考えがあると誤解させてしまうことが多いため、快斗はこの悪い癖を払拭する。
「これって連続で使えるのか?」
「そうでなければ設置はせん。元々、これは国に厄災が降りかかった時に、住民を外部に避難させるために作られたものだ。」
「今その厄災さんが降り注いでいる訳だが………」
「………そうだな。」
快斗は魔道兵に込められていた少量の弱い怨念を思い出して、少し不思議に思う。快斗以外に、怨念などという不純なものを扱えることができる人間がいるなんて考えにくい。
もしかしたらそれは人間ではないのかもしれない。動物や植物、精霊や神など、この世界にはなんだっている。
ただ最も可能性が高いのは、相手が悪魔であるということ。
この騒動が始まってから、快斗の実力をはあがりつつある。成長するのは分かってはいたが、流石にその速度が早すぎたため、快斗は不思議に思っている。
悪魔同士には何かしらの繋がりがあるのかもしれない。だがそれを快斗は知りえない。教えられたことしか出来ないのが快斗だからだ。
「………ほんとにどの国にも行けるんだな?」
「魔法陣を破壊されない限りは、だな。」
快斗が再度フレイムに問う。フレイムは何度聞かれても、同じように冷静に答える。それに満足して、快斗はメシルをフレイムに預けた。
「?貴様何を……」
「そいつを頼む。あんたが言うように、良い奴だからさ。死なせるなよ。」
「待て。どこに行くつもりだ。そのワープゾーンを使って!!」
メシルを受け取ったフレイムが手を伸ばして快斗を引っ張りだそうとする。快斗は普段のおちゃらけた態度を捨て、真面目に切り出した。
「先に『龍の都』まで行っててくれ。ヒバリのことも伝えてな?俺は少し寄り道してくから。」
快斗は魔法陣の中央に立ち、行きたい場所を想像して魔力を流した。
魔法陣はそれに答えるように青い光を増していき、やがて光がおさまる頃には、快斗の姿はなくなっていた。急に疾走した快斗に、フレイムも頭を抱えた。
「この護衛2人は………我の何を護衛していると言うんだ。」
フレイムはそう陰口を言いながらも、メシルを肩にしょってゆっくりと『龍の都』へと向かったのだった。