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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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出発and脱出

天気の悪いくらい日の朝、用意された兵士達は雨に晒されたまま進行方向へと体を向け、出発の合図を今か今かと待っている。


その中には高谷も混ざっており、皆と同じように進行方向を真っ直ぐ見据えて合図を待っていた。


と、それまで静かだった兵士達にどよめきが起こった。その方向を見ると、少し高めの建物の上にヴィオラとリーヌがいた。


ヴィオラは綺麗に隊列を組んでいる兵士達を眺めると、少し間を置いてから口を開いた。


「これより、フレジークラド王国奪還計画を開始する。今、隊列を組んで待っていたのは素晴らしいが、向かう途中では隊列など気にせず、自分が出せる最大の速度で駆け抜けろ。休憩は5回。やるべき事は資源の調達のみだ。だが休日可能だと思われる住民は救出しろ。出来るだけ多く素早くな。報酬は後で考える。…………死ぬなよ。」


ヴィオラの言葉に誰も雄叫びを上げたりはしない。この皇帝はそれを今まで一切許さなかったからだ。だが皆拳を強く握り締め、渇望に笑みがこぼれているのがよく見えた。


それが、兵士達がヴィオラに送る一瞬の『雄叫び』であり、彼女もそれを理解しているため、兵士達の様子を見て満足気に頷くと、その場をリーヌに託した。


「頼んだぞ。」

「分かってるよ。」


リーヌは車椅子に装着された鞘から細い剣を抜き取って掲げて、勢いはないにしても覇気のある声で叫んだ。


「『風のように、爽やかに』!!」


剣に光が一瞬チラついたと思うと、兵士達全員に青い光が点る。身体中に涼し気な魔力が流れ込み、筋肉が反応して力が上がる。


リーヌはヴィオラに地面まで降ろしてもらうと、車椅子のまま進行方向へ向き、また大声で叫ぶ。


「進撃!!」


それを合図に兵士達が一斉に走り始める。悪天候の中を、軽い鎧を着た大人が走る光景は異様なものだ。


「ふ……!!」


高谷も合図に反応し、全力を尽くして走り始める。高谷に体力の限界というものは無いため、速度を落とすことなく、いつの間にか最前線を走っていた。


「マラソン大会みたいだな……!!」


雨で霞む視界を掻き分けるように走り続け、後ろからついてくる仲間から距離を話さず、前方を確認する。そんなことを5時間続け、休憩を挟んで進み続けた。


「頑張ってるみたいだね。高谷君。」

「はい。まぁ………。」


最後の休憩時、リーヌはびしょ濡れの髪をかきあげて爽やかに高谷を尋ねた。高谷とは違いリーヌは足ではなく車椅子で移動している。魔力を流せば車輪が回転する仕組みになっているため、比較的楽なのだ。


「バフ、かけて頂いてありがとうございます。」

「いやいや、僕これしか出来ないから。」


てへへと笑う彼だが、この大移動に関して、かなり貢献はしているのだ。


彼がかけてくれたバフのおかげで足は早くなり、体力減少の速度は遅くなり、代わりに体力回復の速度は上昇している。高谷にはあまり関係はないが、他の人間からしたら願ったり叶ったりだ。


「はぁ、雨でびしょびしょだ。」

「なんで徒歩なんですかね。馬車でもいいと思うけれど。」

「馬車だとあっちに着いた時の隠密行動に支障が出ちゃうかもだから。馬がいつまでも静かだとは限らないし、結局馬も休憩が必要だから、人間が走った方が速いのさ。これは時間勝負だからね。」


額を滴る水滴を忌まわしげに拭って、リーヌは苦笑いした。高谷は「なるほど」と納得すると、水筒の水を全て飲みきってからリーヌに1つの試験管を投げ渡す。


リーヌは車椅子から今日に手を伸ばして試験管をキャッチし、高谷に問う。


「これは?」

「俺の血です。何かあったら、それを飲んだらどんな傷でも回復します。」

「そっか。ありがとう。まぁ、僕が前線に出ることはないと思うけど………いざとなれば、ね。」


リーヌは少し寂しげに、高谷の血の入った試験管を眺めてから目を閉じ、それから頭を勢いよく振って笑うと、振り返って他の兵士達に呼びかける。


「よし。休憩は終わりだよ!!さぁ、走ろう!!目的地はすぐそこだ!!」


兵士達はその声を聞くと待ってましたとばかりに一斉に立ち上がり、音もなく走り始める。高谷もゆっくり立ち上がると、水浸しの地面を思い切り蹴って走り始めた。


やがて、灰色の視界の奥、水平線の上に巨大な木が見えた。フレジークラド王国の見参だ。上空を確認するが何もおらず、木々の隙間に何かが隠れている様子もない。


だが、自然に囲まれたフレジークラド王国。突破の1番の難関は、道を塞ぐ自然の脅威と魔物達だ。


だが今ここにいるのはベテランの兵士達。辿り着くまでに幾人かは減るかもしれないが、それでも得られるものの方が圧倒的に多い。


狙うは金属や食料。出来れば武器と住人も奪い取りたい。


最悪の状況を常に考え、それにならぬよう、されどなった時の対処法もきちんと考えながら挑みにかかる必要がある。


高谷は視線を共に走る仲間達に巡らせる。皆疲れた様子はなく、確かな殺意と戦意が宿っている。そんな仲間達を見ると、高谷もつられて殺る気になってくる。


「よし。やってやる……!!」


そう呟きながら、高谷は誰よりも速くフレジークラド王国まで駆け抜けていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


目を閉じて集中する。瞼の先にあるであろう茨の壁。美しい花を咲かせた棘だらけの壁。それを壁ではなく強い敵だと考える。


するとどうだろう。自然と緊張はほぐれ、代わりに湧き上がるのは確かな殺意。ぶった切ってやるという宣戦布告。喜びと楽しみ。剣と弟に全てを捧げてきた彼女、ヒバリは風龍剣を少し斜めに構えて壁に向かう。


今までの成果を、全てを乗せた一撃を、この壁、否、強敵に叩きつける。


「……………すぅ。」


息を吸うと、自然と両手が振り上げられる。もはや体は剣を振ることを本能だと勘違いするほど剣に惚れてしまっているようだ。


この空間でヒバリが出せるだけの魔力を込め、剣身が薄く緑色に輝く。脳内には走馬灯のように今まで振った剣の一撃一撃が全て蘇るように見える。


横一閃。縦一閃。斜め一閃。突き一本。視界を風龍剣が描く銀閃で受け尽くしてきた今までの日々を、そしてなにより、予想外の出会い方をしてここまで仲間として共に戦ってきた少年への思いを、その全てを剣に乗せて……………一拍。


「ッ!!!!!!」


鋭い眼光が壁を見据え、剣がこの世の何よりも鋭く速く正確に振り下ろされた。大きな的。外すことの無い的。だが、だからこそ全力をかけなければ突破は出来ない。


ヒバリは乗せられるだけの力をありったけ剣に込めて、『真剣』に込めて、幾千もの斬撃の弧を空間に描いた。


真っ直ぐ振り下ろされる風龍剣と、それとはまた違う方向から迫る斬撃。その数は優に5万を超えているだろう。


『真剣』によって一気に詰め込まれたこの斬撃達。彼らに与えられた名は、


「『無月千斬』!!!!」


壁に凄まじい衝撃が駆け抜け、強固な蔓は裂け、美しい花は散り、鋭い棘は折れる。いつは終わる生命の理を、たった今ヒバリの手で犯す感覚。…………快感。


これは殺人依存性のようなもの。1度殺せば、それ以降何度でも人を殺そうとするように、ヒバリは自分が、剣で他の生物の生を断ち切るのが好きなのかもしれないと思った。


そんな事を考えていてどのくらいだっただろう。壁には大穴が空き、外からの空気が肌に触れ、撫でられる感覚にヒバリはくすぐったくなって首を回す。


そして、ふと、空いた大穴の下のところに、唯一切れていない1本の蔦を発見した。


そしてヒバリは絶望する。


この壁は、受けた攻撃を何倍もの威力にして跳ね返す。1発で全て消せるのなら関係ないが、今は穴を1つ開けた程度。


それに気がついた時にはもう遅く、壁からはヒバリの全てを込めた一撃の何倍もの威力の斬撃が跳ね返ってきた。


上には上がいることを改めて教え込まれるようなもの。ヒバリはそれを甘んじて受け入れて、そして、後始末を仲間に託した。


弟の次に信頼のできる少年に。


「行け。」

「おうよ!!」


力が抜けて跪くヒバリを追い抜き、少年、天野快斗が紫に輝く草薙剣を構え、横一閃。ヒバリには、跳ね返ってきた斬撃と草薙剣がぶつかり合う甲高い音が聞こえた。


そして最後にもう一言。余計な事が大好きな、彼らしいふざけおどけた、しかしなんだか清々しいように聞こえる言葉が聞こえた。


「『ジ・エンド』」


快斗の『真剣』の名は、快斗によって『ジ・エンド』と名付けられた。たった今ヒバリは初めて聞いたが、彼は納得したように頷いているので、きっとこれからもこの名前で進んでいくのだろう。


「崩れろよ。クソ茨。じゃあな。」


打ち消された攻撃の反動をもろに受ける茨の壁。実際に換算すれば、ヒバリの攻撃を1とした時、跳ね返してきた攻撃の威力が2倍なら、反動も合わせて3喰らう。


つまり壁は無駄に跳ね返す力のせいで、元の3倍のダメージを負ってしまった。


炭となって崩れゆく茨達。だがすぐさま再生を初め、穴がゆっくりだが塞がり始める。その前にと快斗はヒバリの襟を掴んで引き寄せて飛び出した。


一瞬視界全てが光に支配され、それが晴れてくるとそれまで茨だらけだった世界が一気に開け、新鮮な空気が肺を駆け回る。


「ああぁぁぁあああ!!!!やっと出たーー!!!!」

「………あぁ。そうだな。」


快斗が両手を振り上げて歓喜し、ヒバリは疲労に座り込む。後ろを振り返ると、開けた大穴は既に片腕が通るかどうかというサイズの穴になってしまっていた。


ヒバリは心の底から安堵し、降りかかる疲労に動けないでいると、その膝に上に快斗が倒れてきた。またふざけているのかと思ってヒバリが言おうとすると、快斗は気絶したように深い睡眠に陥っていることに気がついた。


そしてそれを知った瞬間、ヒバリにも睡魔が襲いかかる。


だが、今は少し寝てもいいのかと、快斗を見ているとそう思えてくるヒバリは苦笑いし、今回は仕方がなく、睡魔の誘惑に従って眠りにつくことにした。


そして、2人は揃って、夢も見ないほどの深い眠りについたのだった。

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