穴を開けよう
うにゃー!!
「なぁ、ヒバリ。」
「なんだ。」
「今から『真剣』を使えるだけ俺に叩き込んでくれないか。」
「?分かった。」
草薙剣を構えた快斗に、ヒバリが『真剣』を放つため向き合って目を閉じる。そして数秒だったあとカッと目を開くと、ヒバリの背後から大量の斬撃が放たれた。彼女自身は剣を奮ってなどいないのに、斬撃が次から次へと放たれ、それら全ての威力は、確実にヒバリの斬撃そのものだった。
「う………くぅぅうう!!」
重たい斬撃を受け止め始めた快斗。一撃一撃の威力が高いため、目が回りそうなほど疲れる受け役だが、それでも確かめたいことがある快斗は斬撃を受け止め続ける。
そしてそのまま2分ほどが過ぎたあたりで急に斬撃が止まった。疲れた快斗が地面に大の字に倒れた。
「ああぁぁ………疲れた………」
「何故だ?斬撃が、出ない?」
斬撃が出なくなったことにヒバリが不思議がって何度も試しているが、いっこうに『真剣』が発動することは無い。
「一体何故……」
「おし。ヒバリ。今1回素振りをしてみろ。」
「素振りか?分かった。」
剣を構え、ヒバリは頭の上から足元まで綺麗な一直線の素振りを披露して見せた。
「ん。それから俺にもっかい『真剣』使ってみろよ。」
ヒバリは疑問符も浮かべず、快斗の言う通りに『真剣』を発動してみせる。すると、1度だけ、剣を振るわずに斬撃が草薙剣に直撃し、それ以降、斬撃が出なくなった。
「はぁ………はぁ………これで分かっただろ?ヒバリ。」
「………あぁ。この斬撃は、躱された回数分出せるものだと思っていたが………」
「間違っちゃいねぇが、少しズレてる。正しくは……」
快斗はヒバリを指さして、
「剣を振るった回数分、斬撃がストックされる、『蓄積剣』だ。
だっせぇ、名前。」
そう言って剣を指さす。ヒバリはその言葉に頷き、風龍剣を握りしめた。
「やっと理解したぞ。この『真剣』の能力を。」
「はぁ………やっとか。」
喜ぶヒバリとは裏腹に、快斗は疲れたとばかりにしゃがみこんでしまった。
「これで、魔力以外で壁を破壊する力が生まれたな。」
「あぁ。そうだな。今から死ぬほど素振りを繰り返して、重たい斬撃を作ってくれよ。」
「あぁ。そのつもりだ。」
拳をぶつけ合う。快斗としては不本意だが、この1ヶ月間の中で1種の友情のようなものが芽生えたようだ。ヒバリは今完全に快斗を仲間として認知している。守り守られる立場であると、そう思っている。
1度はゆるぎかけた関係。元に戻るどころかそれ以上になってくれて良かった。快斗はそう思った。
「さて、何発ためよう?」
「そうだな……。」
ヒバリの問に快斗は考え込む。ヒバリの本気の斬撃1発で壁に傷がつき、100発入れてようやく穴が空く。そのことを考えれば、人間が通れる、それも背の高いヒバリが通れるほどの穴を開けるのならば、
「とりま、3万回だな。」
「ほう……少ないな。」
「うえ?多いなとか言われると思ったんだが……」
「剣に目覚めて1年は1日4万回は素振りをしていた。食も睡眠も忘れるほどに熱中していたなぁ。」
懐かしげに呟くヒバリに対して、快斗は心の底から引いていた。計算上、1日に4万回だと2秒に1度剣を降るっていることになる。しかもヒバリが剣に目覚めたのはまだ幼い頃だ。
「腕大根みてぇになるぞ。」
「『剣聖』のおかげで剣を振る速度は速くてな。」
「どんくらい?」
「2秒に3回。」
「計算上の3倍!?」
幼い少女が2秒に3回剣を振るっている光景など想像できない。
「これがヒバリ・シン・エレストかぁ。」
「どうした急に。」
フルネームで呼び、睨めつける快斗に困り顔で言うヒバリ。その顔がどうにも可愛くて、快斗は目を逸らしてしまう。
「美人ってのはいいよな。」
「?そうだな。」
「お前はイケメンをどう思う?」
「イケメンとは?ライトのことか?」
「あれはイケメンじゃなくて童顔っていうんだよ。イケメンって言ったらそうだな……リアンとかかな。」
「あぁ。なるほど。」
ヒバリはリアンのことを思い浮かべているのか、顎を抑えて空を見上げている。それからフッと笑うと、
「確かに。あいつは良く女性に話しかけられる。」
「だろうな。イケメンで『勇者』とか、何回人生リセマラしたんだよ。クソ、俺もやりてぇな。」
叶うはずもない願望を口にして、快斗は悔しがるように地面を転がり回る。
「さて、天野。」
「んあ?」
「私は素振りを始めるが、その間にお前は何をする。」
「………そうだな。」
快斗は一瞬悩むと、パチッと指を鳴らして、
「お前が集中できるように、俺が取っておきのボカロ曲を……」
「歌うなよ。」
「マジでやる気出る曲なんだって!!『ブ○○ノ○○ス』っていう歌なんだけどさ!!」
「要らん。」
「おいおいボカロ曲舐めんなよ。たまに機械音だからとかなんとか言いやがるやつがいるけどな。機械音だからこそ現れる魅力がだな……」
「その『ぼかろ曲』についての説明はもう死ぬほど聞いた。それに対するお前の愛も知っている。これで十分か?真面目にやってくれるか。」
ヒバリは呆れたように言うが、そこに前のような怒気は含まれていない。一時の戯れだと分かってくれているようだ。そうなれば快斗も今度はふざける訳にも行かない。
「『魔技・暗澹の夢』」
快斗が右手を掲げると、少し大きめの紫色のドームが出来上がった。ヒバリがいる場所がちょうど入らない程度の大きさのドームの中に快斗は入り込む。それから何かを確認すると、もう一度外に出て、
「この中の音は外には聞こえねぇから。ヒバリは静かな素振りを楽しんでくれよ。俺はこん中に出てくる幻影と戦ってるからよ。まぁ、イメージトレーニングみてぇなもんだな。」
「そうか。」
ヒバリは快斗の話に簡潔に返事をすると剣を構えた。これ以上は会話しない方が良さそうだと感じた快斗はドームに入る。
「うし。じゃあ、やるか。」
壁から何かがゆっくりと膨れるように生み出され、それが人形を形成し、やがて快斗とそっくりな分身が出来上がった。
「ふぅ。『怨力』の消費がすげぇなこれ。でもま、いいか!!」
快斗は生み出された快斗に向かって手招きをして挑発する。目の前にいる快斗は怒るでもなく喋るでもなく、ただ真顔で頷くと、背中に背負っている鞘から草薙剣を取り出して構える。
構え方は不格好で、だからこそどこからどう動いてくるか分からない。警戒が解けない中で、快斗は思ったことを口にする。
「俺って普段こんな面倒な戦い方してたの?」
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暗い闇の中から、ゆっくりと覚醒していく自分を感じる。空気を求めて段々と水面に近づき、やっと顔を出せた。そんな気分だ。
いるのはベッドの上。見上げているのは知らない天井。全身の倦怠感を感じ、起き上がるのは少々面倒だったが、剣を生成して突き刺してくれたヴィオラや、催眠術をかけてくれたベリランダにお礼を言わなければならないと思った高谷は身体中の全ての力を起きることにつぎ込んだ。
上半身をエビのように仰け反らせ、反動で一気に起き上がり、また寝転がらないように素早くベッドから足を降ろして立ち上がる。
一瞬立ちくらみがしたが、直ぐに持ち直して歩き出せるようになった。視界がグワングワンと揺れ、砂嵐のような物が少し残ったが、それも気付かぬうちに消えるだろう。
高谷はドアに近づき、ドアノブを握って開いた。
「お。」
「あ、おはよう、ございます……。」
扉を開けると、そこにはリーヌが車椅子に座っていた。きっと寝ている高谷を呼びに来たのだろう。そう高谷は思っていたのだが、リーヌは頭を掻くと嬉しそうに口を開いた。
「起きてくれてよかったよ。高谷君。」
「え、えっと?」
「いやね。車椅子だからドアノブに手が届かなくて、まぁ横にすれば届くんだけど、ここまで正面に来て今更方向転換するのも面倒だから、起きるまで待とうと思ってさ。でも10分経っても起きないし、ドア叩いても寝言すら聞こえないから焦ってたんだよ。」
「はぁ………」
高谷は少し失望してしまった。この世界のお偉いさんや実力者は皆クセがある。ヴィオラは大雑把で強引だし、零亡は何かとライトに構いたがるし、少し拒絶されると反抗期だなんだと騒いで高谷に泣きつくし、ベリランダは頼み事には条件をつけなくてはならないし、しかもその条件が奢ることなのだ。
唯一まともなのはリーヌとリアンだと思っていたのだが………
「リーヌさんは違った……。」
「あれ?」
「面倒くさがり屋………快斗と同じページに、認定……。」
「ありゃ。今僕なんかものすごく嫌なカテゴリーに含まれちゃった?取り敢えず、夕飯だよ。血液の提供、ご苦労さん。」
リーヌはそう言うと車椅子の車輪を手で回しながら食事会場に向かっていった。高谷はため息を着くと、後ろからリーヌについて行き、車椅子の持ち手を握って推し始めた。
「お、ありがとう。」
「いえ。この位は………」
「ふふ。優しいんだね。」
「………それ、原野にも言われましたよ。」
「あー。君にゾッコンなあの子ね。」
「『愛してる』なんて言われましたけど……」
「ハハ。ラブラブじゃない。」
「いや、俺は………」
高谷は会話の中で段々と暗い表情になっていく。それを感じ取ったのか、リーヌは1つ言おうと口を開く。
「原野さん。すごく心配してたよ。」
「はぁ………」
「君今、驚かなかったね。」
「え、はい……」
「それはつまり、それされるのが当たり前だと思っている証拠だよ。」
「ッ………。」
リーヌは表情を変えない。だが、声色は少し怒った様子で、
「君を好いてくれている彼女をあまり心配させては行けない。『愛してる』と言ってくれたならなおのこと。いつだって彼女が君を好いてくれているということを当たり前だと思ってはいけない。ちゃんと、面倒くさがらずに、ありがとうって言っておきな。」
「………それをあなたが言いますか。」
「痛い所を突くね。確かに、僕が言えることでもないのかな。いや、僕だからこそ言えるのかもしれないね。」
「………経験者は語ると。」
「そうだね。」
それ以上、高谷は踏み込もうとしない。それは正解だっただろう。口調は軽くても、リーヌの表情は明らかに楽しそうではなかった。
忠告はありがたい。そうは思ったが、高谷は少し、リーヌの事が嫌いになった。