獅子丸
「いったいでござるなぁ~~………。」
自身の腕に出来上がった惨い傷を、服の裾をちぎった布で覆い、簡易的な治療を施す。
「はぁ。にしてもここはどこでござるか。」
きょろきょろと辺りを見回す暁。青い光が地面の隙間から光り輝いて照らされる広い空間。下の方には大量の兵器と魔道兵が配置されている。
「本拠地でござるか?殲滅についつい夢中になってしまったゆえ……殆ど記憶が。」
頭を抱える暁。胡座をかいて一生懸命に悩みを続けるが、普段悩むことが少ない暁にとって、悩むことは相当難しい。
「ワン!!」
「んお獅子丸。あまり大声を出さぬよう。」
暁が悩んでいると、胡座の中心に小さな白い毛並みの犬が出現した。
これは何かと言うと、十二支幻獣『戌』の副産物である。
倒した対象に祝福が訪れるとされているが、今回の祝福は子犬だったようだ。しかしこの子犬、暁は獅子丸と名付けたこの犬は、なんと、『戌』になることが出来るのである。
つまり、暁の命令で何時でも子犬から『戌』の姿へ変貌して戦うことが可能なのだ。実質的に言えば、強者に従う負け犬と言えるだろうか。
「ワン!!」
「む。静かにしよと言ったでござるよ。」
暁が獅子丸を持ち上げるともう一度しっかりと伝えるが、獅子丸は暁の頬を舐め続けるだけで話が通じない様子だ。犬は飼い主に似ると聞くが、天真爛漫さは確かに暁譲りなのだろうか。
「ぬお?」
「ワウ?」
と、暁が後ろを振り返った。その行動に獅子丸は首を傾げた。瞬間、暁が獅子丸をひょいと上に投げ飛ばした。獅子丸はさほど驚かず、受け身の姿勢へと変化した。
暁は獅子丸を投げ飛ばすと立ち上がり、両手を大きく広げてどっしりと構えた。
「う!!」
そして、吹き飛んできた華奢な体をしっかりとキャッチした。
「ふぅ。危のうござった。」
「ううぅ……」
暁は華奢な体をゆっくりと地面に下ろすとため息をつき、上から落ちてくる獅子丸を受け止めた。
「あ、ありがとう、ございます……」
「例には及ばないでござるよ。」
受け止められた金髪の少年、ライトは苦笑いをしながら立ち上がる。華奢な体のそこらじゅうに切り傷が出来上がり、両手の甲冑には血が染みている。
「何があったでござるか?」
「その、ちょっとてこずってて……あ、でも結界を抜けられたので良かったです。」
「む?」
「暁さん。ここから出ますよ。暁さんなら、僕の足にもついてこれますよね?」
ライトが駆け出そうとする。暁は首を傾げたが、直ぐにライトが飛んできた方向を見てその言葉の意味を理解した。
「む。」
「あれー?女の子じゃん。」
「お?あれって四大剣将じゃね?」
剣を背負ったヴィレスと小さな少年がゆっくりと歩いてきた。暁は目を細め、少し悩んでから頷くと、獅子丸を頭に乗せて刀を引き抜いた。
「暁さん?」
「ここは敵陣地の本拠地でござるな?」
「え?まぁ、そうですけど………」
「ふむ。ならば、これは好都合というもの。ちょうど獅子丸の戦いも見たかったのでござるよ。」
「?、どうするんですか?」
戸惑うライトに、暁は二っと笑って、
「せっかく敵陣地にいるのでござる。出来るだけ荒らして行くでござるよ!!」
「あぁ、ちょっと!?」
ライトの制止の声も聞かず、暁は飛び上がってヴィレスと少年の真ん前に派手に刀を叩きつけて噴煙を上げる。
「なっ、舐めんなよ!!」
ヴィレスが剣を振るうと煙が晴れる。そこに暁の姿はない。あるのは1つの球体。手のひらサイズのそれは、一定のリズムを刻む音を立てながら赤く光っている。
「わぁ。小型核爆弾だ。」
「あ?」
「ものすごーく、放射線が出るよ。早くスーツ来なよ。僕はバクテリアを放つからさ。」
「おま!!もっと早く言え!!」
ヴィレスは腕を親指で強く捩って押し込んだ。すると左腕を中心に透明な薄いスーツが展開され、ヴィレスをあっという間に包み込んだ。
少年は両手を広げて何かをブツブツと呟くと、両手の平の真ん中に穴が開き、プシューと音を立てて何かを放出し始めた。それから爆弾を持ち上げて抱え込み、背中を天井に小さなドームを形状した。
瞬間、爆弾が強い光を放ち、轟音を立てて爆発した。ドームの中では光がたちこめ、ヴィレスはその場から距離をとる。
「おい!!『0-0-2』!!後どのくらいかかる!?」
『ざっと2分って所かな。それまで待っててよ。処理が大変なんだ。』
「あの女、何してくれてんだ全く。」
ヴィレスは剣を取りだし、暁を探そうと辺りを見回す。すると大きな音ともに後ろから強い熱を感じ振り返ると、大量の魔道兵達を設置してあった場所から火柱がたちこんでいた。
「なっ!?あんにゃろーやりやがったな!!」
ヴィレスが飛び出した。遠い距離を一瞬で飛び越え、良く見える場所に乗って見ると、ヴィレスは唖然とした。
「なんだと………!?」
稼働していない魔道兵達の破片がそこら中に飛び散り、見張りの魔道兵も一網打尽。それを成したのは暁ではなく、暴れ回る2頭犬だった。
「いけー!!獅子丸ー!!」
「ッッッーーー!!!!」
「ち、調子にのんなよガキィ!!」
「ありゃりゃ、相当やられたなぁ。」
怒って足踏みするヴィレスの横に、ヴィクティムが苦笑いしなら降り立った。暴れ回る犬の上には暁が乗っかって楽しそうに指示を出している。
「あれは僕が作った『十二支幻獣』だなぁ……。」
「こんな所で仕返しに会うとはな。」
「飼い犬に手を噛まれるってこういうことを言うのかな。」
ヴィクティムはそう笑ったあと、静かな声音で言う。
「まぁあの程度壊されたってまだまだストックはあるからいいけど……」
「ムカつくな……。」
ヴィレスとヴィクティムは顔を見合わせて頷いた。ヴィクティムが手首に着けた機器を少しばかりいじると、何処からかそこら中の壁が開き、砲弾のようなものが飛び出した。
「放てぇ!!」
ヴィクティムの叫びを合図に、砲弾が一斉にレーザーを発射する。
「む?獅子丸。」
暁が獅子丸の大きな耳に言うと、獅子丸は姿勢を低く保ち、レーザーが体に当たる寸前で魔力を解放する。
「行くでござるよ!!秘技!!『大輪流し』!!」
「ッッ!!」
暁の元気な声に合わせて獅子丸が横に一回転。するとレーザーは体に直撃せずに、獅子丸の回転に合わせてレーザーの軌道が90度変更され、獅子丸に攻撃するどころかあちこちの壁に激突して爆発してしまった。
「うわぁ……」
あまりの暴れっぷりに、ライトは少し引いていた。と、1つの大きな殺気を感じて振り返った。その時には視界全部が拳で埋まっていた。
「邪魔だ!!」
ライトを殴り飛ばし、怒りまくったヴァイスが拳を握りしめて大声を出す。
「転送装置!!」
「あぅ、了解!!」
一喝されたヴィクティムが一瞬怯み、直ぐに手首に着けた機器をいじり始める。高い天井からふじつぼのような巨大な機械が姿を現し、徐々に回転を始める。
「なんでござる?」
暁が不思議そうに上を見上げた瞬間、暁の足場が消えた。獅子丸が変身を解いたようだ。
地面に落ちる寸前で暁が獅子丸をキャッチし、叩きつけられる勢いをどうにか殺して立ち上がる。
「お疲れでござる獅子丸。いい暴れっぷりだったでござるよ!!」
「ワン!!」
暁が獅子丸を持ち上げて嬉しそうに笑う。と、殺気を感知して暁の表情が変わる。横を向くと、ヴィレスが何かを投げつけた様だ。
「消える前に、これでも食らっとけクソ野郎!!仕返しだ!!」
投げたのは暁が先程仕掛けた小型核爆弾と同じものだ。既に起動スイッチが押されており、暁がキャッチするころには爆発するだろう。だが暁は避けようとしない。
横から走ってくる気配に気がついているから。
「ふっ!!」
ライトは核爆弾を掴むと、猛烈なスピードでヴァイス達3人の真後ろに回りこみ、ヴァイスの耳元で囁いた。
「仕返しです。」
「く………!!」
ヴァイスは悔しげに表情を歪め、置いていかれた核爆弾を掴んで地面に押し付けてドームを形成。爆破を押さえ込んだ。
そうこうしているうちに天井の機械は作動し、青い光を放って暁と獅子丸に浴びせる。
「暁さん!!」
「息子殿!!」
跳んでくるライトをまた暁が受け止め、その瞬間に視界全体が光に包まれた。
「く………」
眩しさにヴィレス達は目を閉じ、光が消えた時にはその場に暁達や、破壊された魔道兵の残骸もない。
「ち………何体破壊された?」
「ざっと2000体かなぁ。まぁでも大丈夫。この程度、すぐにでも量産できるさ。幸い、そこまで需要のない雑魚兵ばかりだったからね。」
「クソ………調子乗っちまったぜ。」
「ふん、まぁいい。」
ヴァイスは処理した爆弾の残骸を踏みつぶすと、決意の籠った表情で2人に言った。
「必ず全員殺す。その決意が、先程固まった。」
「右に同じく。」
「同じだ。」
3人の決意は更に固まった。これがどう傾くのかは分からないが、取り敢えず、3人の、この世界の住人に対する殺意が増したのは確かだった。
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「むぅ?」
「ワゥ?」
「えっと……」
エレスト王国が見える高い崖の上に、2人と1匹は倒れていた。
「何が起こったでござる?」
「多分、僕達を転送させる能力か何かを使ったんでしょう。あれはきっと軍隊を地上へ送るための転送装置だったんだと思います。その軍隊は、既に暁さんが壊しましたけど。」
ライトは後ろを振り返る。そこにはガラクタとなった大量の魔道兵の残骸が落ちている。それらも一緒に転送させられたようだ。
「ふーむ。なるほど。じゃあ、とにかく、息子殿。」
「はい。」
「どこへ行けばいいのでござるか。」
「『竜の都』です。着いてきてください。着いてこれますよね?」
「余裕でござるよ。」
ライトが走り出した。音速を超える速度のライトの横に、しばらくして頭に獅子丸を乗せた暁が並んだ。
「久々の疾走も、悪くないでござるなぁ!!」
「そうかも、ですね!!」
走ることが好きな2人は、そのまま一直線に『竜の都』まで、いつの間にか競走まで始めながら走っていった。