報告
崩壊が始まって1日で、世界は『反逆者』に支配された。女、子供は皆殺し。屈強な男や力のある冒険者などは労働者とされた。
完全なる支配地は、エレスト王国。そこを中心に、フレジークラド王国、鬼人の国、セシンドグロス王国が落ちた。
世界中に散らばっていた元メサイア、基い『侵略者』は逃げ惑う人々を助けだし、空を飛びまわる戦闘機に見つからないように、ある一点の場所に向かっていた。
それは、竜の都。5つある国の中で唯一『反逆者』達を退けた国。
そこには既に四大剣将、『勇者』とその仲間、高谷と原野とヒナ。零亡もいた。各国の強者達が集い、この国ただ1つだけは、一夜にして支配された世界の中での安寧の土地となっていた。
「『侵略者』の情報共有能力は優秀じゃな。」
「名が変わっただけで、実質メサイアと何ら変わりはせん。元からこんなものだろう。」
「でも尊敬する先はだいぶ違うんじゃないかな。ね?ヒナくん。」
「そうかもしれないですね………」
「ですが、それでも上場とはいえない状況ですわね……」
「そうだね。」
「はぁ………本当最悪。」
竜の都の城の中、応接間の中で、零亡、ヴィオラ、ベリランダ、リーヌ、ヒナ、セルティアと高谷が話をしていた。全員それぞれの国からすぐに来られたのは、各国に極秘で作られたワープゾーンがあったからだ。
フレジークラド王国は森の中に。セシンドグロス王国は洞窟の奥。鬼人の国は海の沖。竜の都は空の上。そしてエレスト王国はベリランダだ。ただ零亡は海の沖に行く暇がなく、仕方なく走ってきたが。
「………。」
会話はベリランダの発言を最後に途絶えてしまった。全員起こったことに絶望したり苛立ったり悔しがったりしている。高谷はどうにか話を始めようと顔を上げたが、ここにいる誰もが渋い顔でいたため話せないでいた。
そんな中、この状況を見かねたリーヌが困った顔をしながら口を開いた。
「取り敢えず、それぞれ起こったことを報告し合おうか。」
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それからは皆重々しく口を開き、知っていることを話し始めた。
最初は零亡。
「先ず、皆が気になっていることは、暁不在のことであろう?」
全員がその言葉に頷いた。
「彼奴は未だ敵陣じゃ。父の形見がどうたらこうたらと言っておったな。まぁ彼奴なら死ぬことはなかろう。なんせ……」
「余と同等の力を持った者だからな。」
ヴィオラが足と腕を組んでそう呟いた。零亡は頷くと話を続ける。
「被害者は比較的少ないほうじゃ。だが武士は大半が殺され捕らえられた。捕虜は暁が助け出すかもしれんが……敵が使っている未知の武器に暁が人々を守りながらここまで連れてくるのは無理だろう。」
「余と違って奴は数のタイプではないからな。」
「そうじゃ。そして、流音のやつが彼奴らの手に下った。」
「え?流音さんが?」
「下ったと言っても、自ら望んでではないだろう。何やら不思議な玉のような物を額に押し込まれておったな。」
零亡のその言葉に何人かピクついた。
「妾からは以上じゃな。」
零亡はそう言うと座っているソファの背もたれに寄りかかって疲れたようにため息をついた。次にリーヌが手を挙げて話し始めた。
「じゃあ、次は僕だね。ヒナくんも、あのことは話してね。」
「は、はい。」
リーヌは優しく微笑み、話を進める。
「僕らが襲われたのは真夜中だったよ。耳長族はそもそも戦闘向きな種族じゃないし、彼らの急襲には耐えられなかったな。悲しいけど、ほとんどの戦闘員は死んでしまった。上級冒険者の先導と『侵略者』達が居なかったら僕も死んでいたかもしれない。」
リーヌは自傷気味に笑っている。少々謙遜し過ぎだとヒナは思ったが、それ以外の面子はその言葉を信じて疑わなかった。
「その後に、ヒナくん達が僕らの隠れていた場所に逃げてきたのさ。最近危ぶまれていた熊魔獣も連れてきてくれたしね。ね?」
「は、はい!!そう、です………」
ヒナは強く頷いたが、言葉が続くに連れてその力は弱まって言った。高谷は少し躊躇した後、意を決して問いを口にした。
「ヒナ、サリエルはどこにいるの?」
「ッ………サリエルさんは………」
ヒナがその問いを聞いた瞬間涙目になったのが高谷には分かった。それだけで少なくともサリエルが無事ではないと理解出来た。だが高谷は問いを撤回しない。ヒナ自身の口から聞きたいと思ったからだ。
ヒナは唇を強くかみ締めながら話し始めた。
「サリエルさんは、その、知らずに国に入ってしまった私達を庇って、戦闘機が沢山あるところで1人で……戻ってくるって言ってたのに……」
最後には耐えかねたのか、涙の雫が頬を伝った。相当な後悔の念を抱いていると見えた。高谷は励まそうとしたが、ヒナはブルブルと頭を振ると拳を強く握って、
「いや、絶対戻ってきます。私は……いつまでも……」
「………さて、フレジーからは以上じゃな。次は……」
「では、余が話そう。」
今度はヴィオラに視線が集中する。ヴィオラはベリランダに視線を向けて、
「魔女娘。ヴィクティムという男を知っているか。」
「あー。あの大臣君。そういえば姿が見えないけど………」
「うむ。彼奴は敵だ。娘の顔面を蹴り飛ばしてどこかに消えた。」
「………やっぱりね。」
ベリランダはさほど驚く様子もない。
「前に、彼が耳に何か光るものを入れて、誰もいない虚空に話しかけてたの。魔力は感じられなかったし、魔道具でもなんでもないだろうに、一体何をしていたのかな。で、一応監視役つけてたけど、1日で消息不明。流石にヤベベすぎて監視はやめっぴ。」
「もっと……早く言ってくれれば………」
高谷はベリランダの話を聞いて項垂れた。それもそうだ。話に出てくるヴィクティムが使っている『魔道具』の正体は、現代の地球でよく使われるワイヤレスイヤホンだ。
もっと早くに快斗か高谷に伝えていれば、状況は大きく変わったかもしれなかったが、それは結果論なので考えるのをやめた。
「原野さんが気絶してるのはそのせいですか?」
「あぁ。奴め、女の顔に傷をつけるなどと………」
「その後、ヴィクティムがリンを『0-0-1』と呼んで連れていった。」
「『0-0-1』?なんですかそれ。」
「…………。」
高谷は気まずそうに頬をかいたあと、重たい雰囲気で口を開いた。
「リンは……敵が作った魔道兵だった。記憶を消されて、人間だと思い込まされていたみたい。すごく強い子だと思ってたけどさ。つまりはそういう事だったんだね。」
「え………それ、本当なんですか……?」
「うん。実際、リンの胸から飛び出したチェーンソーで斬られたからね。リン自身怯えていたみたいだけど、多分、かなり強いよ。リンが本当の力を取り戻したとしたら。」
その言葉を最後に沈黙が訪れた。その静寂を破るように、セルティアが我武者羅になって話し始める。
「次は私ですわね。……現状、セシンドグロス王国は壊滅状態ですわ。3人の剣士、私と、ゼルギアとエレジア。そのうちの2人が敵に下りました。鬼人の国の流音さん同様、額に何か球体のようなものを押し込まれていました。流石に対抗のしょうがないため、民衆は救えるだけこの国に連れてきましたが、それでも人口の半分……いえ、3分の2は………死亡して、しまいましたわ。」
セルティアが拳を握りしめて涙を膝の上に落とす。自身の無力さを痛感し、そして呆れて失望して、途切れることの無い自惚れの自分に対する恨みと怒り。
行きどころを失った真っ赤な怒りは、透明で冷たい涙となって瞳から滴り落ちる。どれほど自分を責めても変わらない現実。歯痒さも悔しさも全部が全部、彼女自身を無意識に責めたてる材料になってしまうのだろう。
それでもきっちりと報告を果たしたセルティアを思ってリーヌが背中を摩り応接間の外に連れていった。リーヌは車椅子のようなものに乗ってセルティアの手を引いて行った。
「じゃ、最後は私ね。」
ベリランダは窓の外を眺めながら不機嫌そうに話を始めた。
「エレスト王国は終わったわ。女王は下っちゃったし、民衆も皆殺し。連れてこられたのは人口の約4分の1。戻ったら集中砲火で死だし、そもそもあれだけの人数を連れてこられただけでも最善だった。エレスト王国が浮かんだ島なのは知っているわね?あの下から敵が溢れるように出てきたわ。それからゾロゾロと色んな奴らが来て……兵士も対応しきれなかったし、急すぎてパニクってたし、もう最悪。」
おどけた様子で言うベリランダだが、雰囲気から怒りが伝わってくる。悲しみよりも強い怒り。セルティアとはまた違った、本当の感情。
「本当………最悪。」
涙は、流していない。ただ、唇から血が滴っていた。噛む力が強すぎた。それが何に対しての行動なのか、高谷は何となくわかった気がした。
「ベリランダさん。その、」
「………。」
「辛いのはわかる。俺だって同じ。守りたかったもの、守るって約束したもの、守ろうとしてくれたもの、全部を落としてしまった。自分にイラつくよ。殺したいと思う。でも、俺らはこの現状を超えなきゃ行けない。だから、お願い。何があったか、正直に言って………吐き出しちゃえ。」
高谷の言葉にベリランダは呆れたように溜息を着くと、影を見つめて卑しく笑い、
「少し強くて有名ってだけで、良くもそんなに大物面ができるよね。」
「…………。」
「私からしたら、あんたなんて無知なるクソガキ。今の言葉で、私はあんたが少し嫌いになった。」
高谷は少し下を向いたあと、頭を振ってベリランダの目を真っ直ぐと見すえた。まだ、話の続きがあると信じたから。
「ふ………でも、好きなところの方がずっと多くなった。ありがとうね。高谷君。」
微笑んだその顔が本心なのだと分かる。高谷はほっと胸をなでおろす。ベリランダは話を続けた。
「ふぅ………フーリエが死んだわ。高谷君とヒナちゃんは知らないだろうけれども、私の恩師。お姉さん的存在。なのに、あんなクソガキに殺されたの。………許せない。」
言葉にはきちんとした殺意が籠っていた。全員、その言葉に強く頷いた。
「よし。各国の様子は大抵分かった。この国よりも被害重大だということだ。」
「それって最初からわかっていた事じゃ……」
「ここを本拠地に、敵を返り討ちにする戦力と作戦を練る。」
「戦力になり得るのは、妾と魔女娘、剣王と言霊、行方不明の暁と……」
「僕らだね。」
零亡が話の途中で扉を見やると、大きな音を立てて青年が1人入り込んできた。真っ白な服装と、清廉さを感じさせる綺麗な肌と瞳。完全なる美形のその青年の後ろには拳をグリグリと押し合う女性がいた。
「『勇者』リアンとエリメア。馳せ参じました。」
「遅い。」
「すみません。人々を救うのに必死で……僕らが見つけた住民たちは全員救えました。」
「上出来じゃ。」
零亡が『勇者』リアンに笑ってそういった。リアンは謙遜するように「そんなことは……」と言っていた。
「あとは高谷さんとライトさんですよね。サリエルさんは……」
「最悪、敵の手に堕ちていると考えておこう。」
「そうね。それとあとは……」
「うん。…………快斗とヒバリさん、だね。」
重要人物はこれでそう確認が出来た。ヴィオラは目を閉じて思案し、零亡は満足気に頷いて、ベリランダはリアンを睨み、リアンは申し訳なさそうに頬をかき、ヒナは混乱して、高谷は悩んでいる。
が、高谷は場違いと分かっていながら笑みを浮かべた。そして手を叩くと、
「この世界の主人公格の快斗とヒロイン枠のヒバリさんはすぐに来る。それまでもちこたえよう。いいかな?」
「異論はない。」
「同じく。」
「右に同じく。」
「右私ですよ?」
「妾も賛成じゃな。」
「よし。じゃあ、とりあえず今日はひとまず休んで……」
そう高谷が言った瞬間、轟音と地響きが響いた。
「何事!?」
「敵襲か!!」
「はぁ………休んでる暇ないわよ!!ほら立って立って!!ヒナちゃんも!!」
「は、はい!!」
「不死の騎士よ。貴殿は空を飛べるか?」
「軽くはね。」
「よし、ならばついてくるが良い。」
ヴィオラが窓を突破って飛び出していく。高谷はその後を作り出した翼で必死に追いかけながら、また笑って、
「さぁ……どっちがクソ野郎か!!決めようじゃないか敵陣共ォ!!」
そんな不思議なことを叫んで空高く飛んでいった。