奴
「『火炎陣・罰走炎』!!」
群がる真っ黒の犬魔獣。胸には一定のリズムを刻んで鼓動する心臓のような臓器が剥き出しになっている。
大きなは3mほど。大型の魔獣なため、通常なら熟練武士が2人で一体をやっとというところ。
既に何十人と殺られた。喝采を浴びて血を浴びて咆哮する自由の魔獣達は、人間を喰らえることに歓喜して戦場を駆け回る。
そんなクソ野郎共を、地面を這うように駆け抜ける炎の刃が一網打尽に切り裂いた。
散らばる肉片。その中には食われ飲み込まれた鬼人の腕や臓器がいくつも飛び出した。
その死体を見て、沢山の武士が雄叫びを上げて角を突き上げる。天に掲げられた刀は直ぐに血濡れ、誇りを汚すことなく武士達は死んでいく。
だが、それを彼女、暁が許すはずもなく、誰にも見えないほどの速度で魔獣を切り飛ばしていく。
「む………」
魔獣の肉片の隙間。青い光を纏う不思議な形の弓矢。暁はそう捉えたが、快斗達が見ればこう答えるだろう。
砲撃、と。
「『暴風陣・風鈴昇』」
髪色と瞳が緑色に変わる。地面に着いていた暁の刀が、発生した小さな風溜りによって跳ね上げられ、暁の顔ほどの大きさがある砲弾を真っ二つに斬った。
「まだ、」
続けざまに飛んでくる巨大砲弾を見事に切り刻み、暁は砲弾を放つ銃火機に飛びついた。
「ほぅ。」
「ッ………」
銃火機には馬車の車輪とはまた違う不思議な車輪が着いており、暁らに売ってきた砲弾を放つ砲撃口以外は武装していないようだ。
「?」
だが暁はここで首を傾げる。
暁が見るに、この銃火器は砲撃しか行うことが出来ず、つまり接近戦には向いていない。本来ならば味方の後方から射撃するのが定石のはずなのだ。
なら何故、最前線にこの銃火器はあるのか。
「む。」
暁の足元に1つの影が出現した。その影はゆっくりと広がっていき、暁が丸々入るほどの大きさになった。
瞬間、暁は走り出す。暁が飛び乗っていた銃火器には大きな樽が落ちて爆ぜた。それが暁を追うようにいくつも落ちてくる。
そう、銃火器は囮。本命は真上からの総攻撃。暁が見上げる先には鳥のような翼を持つ機体が大きな音を立てていくつも飛んでいる。
その腹部から放り込まれる無数の樽。きっとその中には複数の属性の魔石が入れられているのだろう。
魔石には属性が存在し、ご存知のとおり火、水、氷、岩、風、雷、光、闇と多数存在している。まだ発見されていない属性があるのではという説も。
そして、魔石は別の属性の魔石に触れると反発を起こして爆発を起こす。過去には岩盤に埋まっていた火の魔石に気づかず、氷の魔石の採掘場を崩してしまったことによって大爆発が生じ、何十人と死んでしまった事件があった。
今利用されているのは恐らくそれ、もしくは暁が知らない何かだろう。
とにかく、敵は暁がここにいる人間の中で最も強いと確信しているのだろう。
どう言った方法かはわからないが、引き寄せた魔獣と不思議な戦闘機でそこらの武士を倒し、暁を集中的に狙うつもりだろう。核を潰せば、あとは時間をかければ勝てるという目論見である。
しかし、それは大きな間違いだ。
「舐められたものよのぅ。」
真っ黒な長い髪を行儀よく結び、珍しく着物ではなく袴をきた零亡が、戦場を颯爽と駆け抜ける。未だに耳を出すのは嫌なようだ。
手に持ったバチを握りしめ、零亡は暁に叫ぶ。
「暁!!」
「女帝殿!!」
「妾がお前を打ち上げる!!来い!!」
「承知!!」
暁は足を今まで以上に早く動かして速度を上げ、敵の狙いを定めさせない。それからバチを構えた零亡に向かって飛びつく。
「歯を食いしばれ!!」
「合点!!」
零亡は魔力をバチに込めると、神速とも言えるほどの速度で、暁が乗っているバチを振り抜いた。
振り抜かれると同時に力強く力を込めた足で暁は飛び上がる。空を支配していた機体がみるみるうちに近づき、ついにはそれらを超えてさらに上空へ飛び上がった。
暁は刀を引いて目を閉じ、それからカッと目を開くと、髪色と瞳の色が瑠璃色に変化した。
「『氷結陣・駕氷柱』!!」
暁が刀を振り抜いた。瞬間、大量に出現した巨大氷柱が機体目掛けて高速で放たれた。
機体はそれに気づいたのか、一斉に炎が噴射されている口の向きを変えて方向転換を試みるが、躱せたのはほんの一部で大多数は氷柱に貫かれて爆発した。
大半を消せたことに喜びたいが、そんなことをしている場合ではなく、暁は空気を蹴り飛ばしてその場から位置をずらす。
すると、暁が居た場所を青い閃光が撃ち抜いた。それは残った機体から放たれたものだったが、機体自体が放った一撃ではなく、その中に乗っている人影が放ったものだった。
「やっと姿を見せたでござるな異邦人!!」
暁は『閃光陣』を発動。翼を作り出して飛び出した。次々と放たれる閃光を刀でいなし、暁は高速で飛び回る機体に辿り着いた。
「む?」
が、暁は閃光を打っていた人影の腕を切り飛ばした時の違和感に首を傾げ、人影をよく見てみると、
「貴殿は、人間ではないのでござるか?」
暁が見たそれは、切られた腕から血ではなくスパークを放ち、顔には1つのカメラが取り付けられた、人型のアンドロイドだった。
「ッ!?」
アンドロイドの心臓部、淡い光を放つそれが強い熱を放出。暁は機体を蹴って咄嗟に距離をとる。
瞬間、暁の分からない言語が聞こえ、広範囲にて大爆発を起こした。暁は腕を少し火傷し、地面にゆっくりと落ちてゆく。
「『水流陣・大飛沫』!!」
水を纏う刃を地面にたたきつけ、落下の勢いを消した暁。着地はしたが、追撃が真上から迫っているのを感じる。
刀の持ち手を咥えて、暁はバク転を繰り返してその場から離れる。地面が煙をあげるほどの高温の閃光が幾千も降り注いだ。
「ふぅ。」
「ふむ。」
短く息を吐いて敵を見据える暁の背中に、同じように敵を見据える零亡が背中でぶつかった。
彼女の手には青アザが出来ている。きっと硬い機体を破壊するために超精力をかけたのだろう。
「女帝殿。」
「心配するでない。この程度で、嘆いていては、女が廃る。なにより、」
零亡が俯いたと思うと、すぐさま巨大な魔力が生まれた。暁が振り返ってみてみると、零亡は額に立派な2本の角を生やしていた。
それから眼光を鋭く細め、片足を提げて走り出す準備をして笑った。
「こんな母親では、ライトに顔向けできん!!」
零亡が地面を蹴って走り出す。『邪神因子』のおかげでステータスが上がっている零亡を、アンドロイド達は捉えることが出来ない。
元気いっぱいに走り回る零亡を見て、暁は戦場には似合わぬ笑顔を見せた。それから今一度刀を構え直して、
「さて、貴殿の実力、得と味わうとするでござる。」
暁の背後、零亡でさえ気づかないほどの潜伏術で近づいてきた1匹の魔獣に、暁は振り返らずに語りかける。
その魔獣は、この戦場のどの魔獣よりも巨大で、最も影が薄い。武士達が見えざる敵に殺されるということがあったが、その正体はこの魔獣だろう。
「…………。」
長い牙の隙間からヨダレを垂らし、不気味なうめき声を上げて暁を見下ろす魔獣。暁は自分と渡り合えそうな敵に出会って歓喜する反面、焦燥も感じている。
「これは、かなり手こずりそうでござるな。」
ついに暁は振り向いた。視界に移るのは大きな犬の顔。それが、離れてみると3つ存在している。
現代人ならば、その魔獣をみてこういうだろう。ケルベロス、と。
「『十二支幻獣・戌』。拙者と勝負を、頼み申したい。」
「……………。」
『戌』は黙っているが、殺気が高まったのを感じた。言葉を理解したという訳では無いだろうが、暁の殺気に応えているのだろう。
辺りには感じられない静かなさっきを受けながら、暁は地面を強く蹴った。
「いざ、尋常に!!」