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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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この斬撃、なんの斬撃?

我武者羅に刃を振るうだけでは、敵には当たらない。聞こえない片耳には慣れたつもりだったが、案外そうでも無いようだ。


暗闇になれたと言っても、素早く動く小さな生物を捉え正確に刃を振るうだけの視力をヒバリを持ち合わせてはいない。


『剣聖』の能力は実はステータスアップと剣術の取得のみ。因子の能力も使いたくはない。


風を纏い、流れる空気の揺れで敵を察知することは出来るが、剣を振るう頃には既にそこに敵はいない。


「当たっておらんぞ女。」

「く………」

「ほれ、こっちだ!!」


蜘蛛は尻から飛び出させた糸をヒバリの足に引っ掛けてひっくり返す。糸を辿り、蜘蛛の位置を予想したヒバリは突きを放ったが、逆にそれが予想されていたようで、いつの間にか大量にはられた蜘蛛の糸によって抜けなくなってしまった。


「うぐっ!?」


背後に回られたのには気がついた。だが間に合わない。剣が動かない。手を離せず固まってしまった。


首根っこを噛まれ、血が流れ出す。直ぐに風を放ったが、またもや躱される。出血量は多く、ここからの戦いは時間勝負となった。


「せぇい!!」


風龍剣の内側から爆風を発せさせ、糸を吹き飛ばして剣を自由にした。


「もっと速く、速く剣を振るえ!!」


蜘蛛が近づき気がつくと同時に剣が振るわれた。今までよりも精密に鋭く、刃が蜘蛛を捉える。


が、手応えは微妙だった。何故なら斬ったのはダミーの糸の塊なのだから。


「ぐっ!?」


ふくらはぎに痛みを感じ、直ぐに風の刃を放つがやはり手応えはない。


「本体を、見極め、それでいて速く、正確に………?」


自分が今なさんとしている事の難しさに絶望したが、その程度で折れる訳には行かない。助けに来てくれた快斗は今や守られる側にいるが、ヒバリは彼を死なせる訳にはいかない。


本当は共に戦いたかったが、


「情けないぞ私。男に縋るのか。見苦しい。私は女。女は男よりも強い。」

「女尊男卑思想か。悪くは無い。だが評価はいつでも平等であるべきだ。」

「そうだな。だがそれは平等な働きを見せた時のみ適用するものだ。」


飛びかかる蜘蛛とダミーの違いは分からない。声を発するかしないかで判断したいが、あいにく片耳は機能しない。片方の耳が聞こえないというのは重たい縛りだ。


「どうにかして判断して………ん?」


ふと、ヒバリは思った。何故本体を探す必要があるのか。糸と本体が同時に飛んでくるのなら、全てを斬り落とせば必ず一撃は当たる。


剣一本で出来ることなのだろうか。だがやらない限りは分からない。獄速で剣を振るえば間に合うかもしれない。


「意識と同時に、幾つもの斬撃を。」


背後に2つ。目の前に1つ。気配が近づいてくる。剣からの近さで言えば前から飛んでくる気配の方が斬りやすい。


風龍剣を振り上げて切り上げた。手応えは微妙。つまり糸だ。だが、いちいちそんなことを考える必要も無い。全て斬れば関係ない。


「せぇい!!」


背後の1つを斬り、もう1つも斬ろうとしたが、距離が近すぎて間に合わない。


「ふ………!!」


腕の限界を越えようと、剣の軌道を無理矢理変えて最後の気配を狙うが、やはり間に合うわけはなく、


「かはっ……。」


左脇腹を抉られた。中身が出ることは無く、血もあまりでない。その代わり、凄まじいほどの痛みが降りかかる。


「血は出させないぞ。お前に与えられるのは痛みのみだ。出血多量での死亡は認めない。」


生き地獄を味合わせたいのか、蜘蛛の攻撃は急所を狙う割に、当たれば即死という訳ではなく壮絶な痛みが降りかかるのみである。


「ち………」


痛みによって意識がかき乱される。集中しなければ暗闇で小さな生物を斬り落とすことは出来ない。


「置き去りに、痛みを、置き去りにして、」


折れかける精神をつなぎとめ、剣を真っ直ぐに構えた。その先に蜘蛛がいるかどうかは分からない、というより、居ないだろう。


剣の切っ先、それを向ける方向が定まらない。先程から何度も飛びかかってくる気配はほとんどが本体ではない糸の塊で、本体に辿り着けない。


「駄目だ、全てを同時に切り裂くしかないのか。」


魔力は纏うのが精一杯。この茨の迷路の地下でもその効果は適用されているようだ。


だがそんな事を言い訳にして負ける訳にも行かない。何とかして、本体に辿り着く方法を探し出すしかないのだ。そんな中で、ヒバリは考える。


もし、自分の能力が、ライトと逆だったら。


逆と言っても、全ての能力ではなく、属性と素早さのみだ。


もし自分にライト程の獄速を出せる能力があれば、1秒もかからずに、全てを斬り刻めるだろう。


雷を発すれば明かりが灯る。明かりがあれば少なくとも本体を判断することは出来る。


だが今の能力はどうだ。全く役に立たない。風を纏ってなんになる?弱い糸の罠を弾き飛ばす程度だ。


ヒバリは頭を振る。今までないほどに、頭痛がする程に振った。


今更嫉妬など惨めな感情に囚われている場合ではない。


「さて、女。そろそろ潮時だろう。」

「っ!?」


血が出なかった傷口から、急に血が吹き出し始めた。出血を抑えていた蜘蛛の能力が解除されたようだ。


どちらにしても時間勝負。早めに快斗が起きてくれることを祈りつつ、ヒバリは剣の切っ先を真っ直ぐに見つめて構える。


「往くぞ女。」

「ッ………!!」


後ろから、前から、真上から、左から、右から。あらゆる方向から気配が近づいてくる。


「しぃいあああ!!」


雄叫びを上げて、ヒバリは自身が今出せる最大の速度の斬撃を放つ。およそ12個ほどの気配を斬り落とした。


だがあと5つほどの気配がある。そして、その中で魔力を纏い始めた気配が一つ。それが本体だと、剣を振り終わった後に気がついた。


「はぁぁあ!!」


剣は振れない。腕が傷のせいで動かなくなり、疲労も溜まってきた。実は快斗と同様、眠気が凄まじい。


だから、ヒバリは精一杯蜘蛛を睨みつける。


そして、なんの意味もないであろう、その行為が、執念が、形となって蜘蛛を攻撃する。


「?」


蜘蛛の動きが止まる。動けない蜘蛛は首を傾げ、なにかしたのかとヒバリに問おうとした。


瞬間、視界が真ん中で真っ二つに避け、やがて凄まじい痛みとともに意識が消え去った。まるで無理やり引き剥がされたように。


蜘蛛は、体が真っ二つに斬り落とされていた。


「?」


ヒバリはそんな蜘蛛の様子を見て首を傾げた。それから自身が持つ剣を見つめる。蜘蛛の体から溢れるちと思われる液体は、剣には着いていない。


つまり、ヒバリは蜘蛛を剣で斬っていない。


なら、何が蜘蛛を斬り裂いたか。見回せば残りのダミーさえも斬られていた。地面にはダミーと本体の数と一致する、まるで斬撃を受けたかのような傷がある。


「これは………?」


何が何だか理解できないヒバリ。蜘蛛が斬れる瞬間を、彼女はよく見ていなかった。


だが、見ていたとしても理解できないだろう。今のヒバリには。


「あ………」


意識と視界がグラついた。元々暗い空間が更に暗く見える。体の限界が来たようだ。しばらくは起きれそうにない。


眠気に押し倒され、ヒバリは地面にへたれこんだ。重い瞼は開けようとしても閉じていく。


そんな時、隣に足音が聞こえた。実際に聞いたのではなく地面を通じる振動だが。


それから頭に何かが触れる感覚と、何か言葉が発せられているようだ。


ヒバリはそれが誰から発せられているものかを理解すると、安心したようにゆっくりと意識を手放した。死ぬことは無いだろう。起きた彼が手当してくれる。


彼女は夢を見るだろうか。夢は好きだが、悪夢は嫌いだ。だが、それが夢であったと気がついた時、隣に誰かがいるだけで安心ができる。


悪夢を見やすいヒバリは、その安心が、とても好きだった。

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