モーダー・アングルド・ヴィオラ
「着いた~~~~~~~~~~~!!!!」
「あ、あんまり大声出さないで……」
石が積み重なっている高い壁が見える長い道。その中央に立って大声で叫ぶのは原野だ。
その後ろでへこたれているのは、馬車から上半身だけをだらりと出した高谷だ。
「あ、ご、ごめん……」
「いや、大丈夫だよ……」
「それ絶対大丈夫じゃないよね!?」
馬車の旅に飽きた原野は、ライトに変わって馬の操作を受け持った。速度を増し、近道の凸凹道をチョイスした。
馬と原野は楽しげだったし、ライトは外を走っていたため変わりなかったが、あまり馬車慣れしていないヴィクティムは気分が悪くなり、酔いやすいタイプの高谷は何度か腹の中身をぶちまけた。
「うぅ………あ………」
「大丈夫!?」
「ごめん、また吐きそう………」
「あぁぁああ!!ラ、ライト君!!運ぶの手伝って!!」
「は、はい!!」
へなへなになった高谷をライトが背負い、それを原野が後ろから支える。
「僕にはないんですか~~気遣いってもんは。」
「うるさぁい!!あなたはそこら辺で吐いてて!!」
運び出される高谷を見て、馬車から頭を出して同じ対応にするように望んだが、原野にぴしゃりと切り捨てられた。
高谷はそのままゆっくりと近くの草むらに空になった腹の中身を絞り出して苦しんだ。気分が晴れるまで一通り吐き出した後、水で口をすすいで完全復活を成した。
「はぁ………ありがとう、ごめんね。」
「全然大丈夫!!こっちこそ飛ばしすぎてごめんね?」
原野にとって酔うという感覚がどのようなものか分からないが、苦しみに強い高谷がこうなっているのだから相当なものだろうと理解した。
「もう馬車は懲り懲りだな。馬車っていうか、原野が運転する馬車だけど。」
「ご、ごめん………」
「まぁもう過ぎたことだし。ここからは歩いていこうか。あとヴィクティムさんは拾っとかないとね。」
その後馬車の中で寝転がっていたヴィクティムを叩き起こし、馬車をゆっくりと引っ張りながら歩いて向かった。
反り立つ壁の前には何人かの兵士のように見える人々が、壁を通ろうとする馬車や客の持ち物などを検査しているようだ。
「一応、僕らはルーネスさんが既に交渉してくださっているので、この馬車を持っていてばすんなり通れるはずです。」
ライトの言う通り、扉の前に着くと、兵士達は馬車を見て誰だか理解したようで、いくつかの質問と馬車の中を確認した上で、馬車を預けておく場所と地図を渡された。
「皇帝にお会いすると伺っておりますが………」
「?はい。そうですが。」
「その、殺し合いとか平気で行う方ですので、会話の際には細心の注意を怠らぬよう……」
「分かりました。」
鉄兜から垣間見えた兵士の顔は通常の人間と全く同じ見た目だったが、地図を渡された時に見えた腕に緑色の鱗があり、話す時にちらりと見えた犬歯は快斗のように鋭かった。
「やっぱり竜人なんだなぁ。」
「あれは鱗?なんか邪魔そうだね。」
「最初からついてたらそうでもないんじゃないかな?」
そんな会話をしながら、一行は馬車の預け先に馬車を預け、リンを背負ってその場を出た。
「馬はあちらが世話してくれるみたいですね。」
「意外とVIP対応。」
「まぁ、ルーネス女王が直接手紙で交渉してくれたらしいですからねぇ。」
「ルーネスさん、色んなところで気が利くなぁ。」
何から何まで手配してくれるルーネスに感謝しつつ、5人は地図を頼りに、と言っても頼りにしなくとも辿り着くのが容易な城に向かう。
道行く人々は竜人がほとんどで、あまりほかの種族はいない。竜人は青と緑の2つの色を持っており、青色の竜人には翼が生えている。
「皇帝も竜なのかな?」
「どうだろうね。でも空飛ぶって話だし、竜なんじゃないかな。」
「翼は生えていないって聞いたことありますけど………」
「見た目は人間らしいです。」
「ふーん。」
ヴィクティムが皇帝が描かれた絵を見せる。描いてあるのは黒髪ロングの美女。赤い瞳に、頭の上には王冠が乗っている。肩には柔らかそうなモフモフの毛皮のようなものがかけられている。
「うわぁ………」
「なんか、絵に描いたようなドSみたいな………てか、絵に描いてあるのか。」
「これみてドSって……高谷君見慣れてるね。」
「好きなアニメにこういう人がいてね。王戦の候……」
「着いたよぉ!!」
「え?話繋げたのに無視すんの?」
石造りのピラミッドのような大きな宮殿。何人かの竜人が高谷達を見て中に招き入れた。
「長旅でお疲れでしょう。」
「途中までは全然平気だったんだけどね。」
「う………ごめんなさい。」
慣れた様子で一行を引き連れる竜人が振り向いて話しかけた。高谷は原野を横目に苦笑いしながら答えた。
原野は申し訳なさそうに俯くと同時に安堵していた。軽口を叩くほどに高谷が穏やかになっているということにだ。
あの夜、と言ってもこの表現を何度も使いすぎてどの夜か分からないが、原野が高谷に詰め寄られた夜、あの時の殺気は本物だ。
何がしたいのかは、未来を見た原野なら分かるし、理由だって本気を出せばわかるだろう。
だがそれをしないのは、原野自身がそれをしたくないからだ。それは単にその未来を覗くのが怖いから。
原野の能力は、高谷だけの未来を見た。およそ1年後の、だ。それは、原野自身がその未来に生きていようがいまいが未来は必ず訪れる。
未来は変えられるとほざく輩がいるが、努力したって変えられるものでは無いと、原野は知っている。知っている、というのは誤りか。なら、知っていると言わず、そう確信すると言おうか。
何故だろうか。原野も分からない事だが、きっと何か理由があるはずだ。何か理由が、理由が、理由が、理由理由理由理由理由理由……
「あれ?」
「?大丈夫ですか?」
頭を抱えて考え込んでいた原野。いつの間にか何を考えているのか忘れてしまった。忽然と思考が脳内から消え去った。その事実に呆けていると、高谷達全員が止まっていることに気がついた。
「ご、ごめん。なんでも、ないよ。」
「………気をつけなよ?」
「うん。ありがと。」
高谷が気をかけて原野に言う。原野は頷いて歩き始めた。一行は再び進み始める。
やがて、幾千もの階段をのぼり、皇帝がいるとされている部屋の前に辿り着いた。
「こちらです。くれぐれもお気をつけください。」
「そ、そんなに危険なの?」
「我国の皇帝は、それはそれは短気であり好奇心旺盛です。初めてご覧になるものには躊躇なく手を出し、ましてや『不死』の能力を持つ貴方様には大層興味があるそうで。」
「へぇ……気をつけるよ。」
「では。」
竜人はそう言い残すと、そそくさと高谷達の前から逃げるように戻って行った。
「じゃあ、開けるね。」
「…………。」
「…………。」
「?みなさんどうしました?」
原野が石でできた巨大な扉を押そうとした時、ライトと高谷は無言で扉を見つめていた。訝しんだヴィクティムが声をかける。
「なんでもない。いいよ。開けても。ね?ライト。」
「ええ。問題ないです。」
「?うん。分かった。」
2人の不思議な態度に首を傾げながらも、原野は思いのほか軽い岩扉を勢いよく開けた。
扉を開けた先には広い空間が垣間見えた。『垣間見えた』。
「ふ……。」
「しッ!!」
原野の見えない速度で後ろの2人が地面を蹴飛ばして前に回り込み、飛んできた何かを弾き飛ばした。
「え?え?」
「あ。危ない。」
理解が追いつかずに混乱している原野を、横にいたヴィクティムが乱暴に押した。
何かと原野が怒りの籠った視線をヴィクティムに向けると、カキンと金属音が響き、地面に2本の剣が突き刺さっていることに気がついた。
その片方は、たった今まで原野が立っていた場所に刺さっていた。
「受け止めないか。『不死』の騎士よ。」
「………。」
「その目つき、嫌いではないぞ。」
女性の声に高谷が視線をあげると、石でできた玉座に寄りかかって座る王冠を振り回している女が1人。
「よく来たぞ。余は暇だった。どれ、お前の力を見せてみよ。『不死』よ!!」
「ッ!!」
「え?ちょっ!!」
自己紹介も何も無く強引に話を進める女性。その正体は『竜の都』の皇帝。
モーダー・アングルド・ヴィオラ。
この世界で最強の座を欲しいままにする傲慢な女。その何もかもが、高谷の予想通りだった。