絶対未来視
砂漠地帯を抜け、邪魔くさい服を脱ぎ捨てた原野と高谷が、湖のほとりで水の中の魚を見つめていた。
「綺麗だね。」
「そうだね。」
月の灯りを仄かに反射して輝く水面を眺めて、原野が沈黙を破って高谷に話しかけた。
素っ気ないという訳では無いが、思ったより短い返しに頬を膨らませた。
「快斗だったら、『お前の方が綺麗だよ』とか言いそうだね。」
「えー、くど。」
「ハハ。くどいかそうかそうだよね。」
先程まで静かだった高谷が膝を叩いて笑った。快斗に対する『くどい』というセリフが予想以上にツボにハマったらしい。
そんな高谷を、原野は少し訝しむような視線で見つめた。
「高谷君。」
「何?」
「疲れてるの?」
「え?」
何気ない質問のつもりだったが、高谷の表情は笑みから一変、素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「そう見える?」
「え?いやその、なんか最近、高谷君病んでるように見えるから………」
「病んでるか。俺が?へぇ………」
高谷が面白そうに顎に手を当てて考え始めた。
確かに最近の高谷は言動が少しおかしいと、原野以外の人間も感じているようだ。自覚がないのか、高谷は「そうかなぁ……」と呟いている。
「ごめん、そんなこと、なかったかも。」
「………気にしなくていい。」
あまりに高谷がそのことを自覚していなかったため、原野は自分の発言が間違いだと思ってしまった。
謝罪に答える高谷の声音はいつも通りで、しかし表情は影になって見えない。
「…………。」
「…………。」
しばらく沈黙が続く。2人とも湖に視線を釘付けし、その輝きを見たい反面、互いの顔を見ないようにしている。
「♪~~♪~~♪」
「あ………その歌………」
静かな空気が嫌になったのか、高谷が鼻歌を歌い始めた。原野はそれを聞いてハッとしたように高谷に目を向けたが、それに驚いた高谷と目が合い、視線を逸らしてしまった。
「?♪~~♪~~……」
高谷は首を傾げ、しかし歌うことを辞めず、そして歌は鼻歌から歌詞のある明確な歌となった。
原野にとっては何度も聞いて飽きかけているその歌は、高谷が一番好きなボカロ曲であり、高谷は落ち着いていない時や本当に気が抜けた時しか歌わない。
一通り歌い終えてた高谷の表情は満足気な笑みだ。
「メサイアにいた時も歌ってたね。それ。」
「そう、だったかな。まぁ、一番好きな歌だからね。」
「………知ってるよ。」
「?」
「ううん、なんでもない。」
原野は笑って誤魔化した。疑問符を浮かべる高谷だが、実際きちんと全て聞こえており、その言葉の意味を本気で考えている。
「『竜の都』の皇帝ってさ。強い人なのかな。」
「え?まぁ、強いだろうね。ルーネスさんも気をつけてって言ってたし。なにしろ皇帝だしね。」
「………私は、外に居よう、かな……。」
「え?」
震えた声で言う原野に、高谷は振り返って不思議そうに首を傾げた。
「どうして?」
「あの、ね、高谷君。私ね……」
原野は思い切って話すことにした。
今、原野の能力は『死者の怨念』を操る、ということしか皆には伝わっていない。だがもう1つ、その霊力を使って応用することが出来た能力がある。なんならそちらが重点を置くべき能力であり、完全なるチート能力、
「私、『絶対未来視』が、出来るんだ。」
「ふーん………え?もっと早く言ってよそれ。」
高谷としては聞き慣れた能力だが、実際よく考えてみれば未来を見えることができ、来る災害や魔獣の襲来に対策することも可能。
そしてなにより、対戦相手の能力や動き、武術なども全てが筒抜けになるのだ。
そして、高谷にとってその能力者は、仲間に出来るだけ持ちたくない者だった。
「寝てる時しか出来ないんだけど……」
「へぇ……」
「そ、それでね。私……剣で撃ち抜かれて穴だらけの、高谷君を見たんだ……。」
「…………。」
「その後、高谷君が一瞬だけ物凄い力で皇帝を………その、高谷君のもう一個の能力で、」
「………黙れ。」
温厚な高谷にしては、珍しく棘のある言葉だった。意外な返答に、原野の肩がビクッと跳ねる。高谷は立ち上がり、原野の横に座って笑顔で質問を始める。その笑顔に、暗闇が垣間見える気がして、原野は恐怖に駆られながら目を逸らす。
「その、能力を、理解したの?」
「は、はい………」
「そっか。………その未来視は、どこまで見えるんだい?」
「ど、どこまでって………あ……」
原野が高谷の質問の行き着く先にある答えを理解し、今世紀最大の恐怖を感じた。だから、嘘をついた。
「1週間先、ぐらいまで………」
「ふーん。なら、いいや。」
「あ………」
「それ、誰にも言わないで、な?」
いつもよりも意地悪な笑顔で、高谷は人差し指で原野を強く制した。
それから高谷は震える原野の肩を優しく叩いて立ち上がる。
「もう夜遅いし、皆の所に戻ろうか。」
「うん………。」
「先、行くよ。」
一切振り返らずにそう声をかけて歩いていく高谷。原野はその背中を見て、何も言わせないという意志を感じた。
彼に強めの言葉を言われたのは初めてで、だから心に酷く傷として印象に残ってしまった。それが理由で嫌いになるという訳では無い。
ただ、見てはいけないものを見てしまったのは変わりない。興味本位で踏み込んだ高谷の未来は、原野が想像していた『幸せな未来』に似ていたのだろうか。
先程、原野は1週間前まで観ることが出来ると言ったが、実際は部分的でしかないものの1年先までは観る事ができる。
現時点から時間軸が遠ければ遠いほど、観る事ができる幅も縮まる。原野が見た1年後は一瞬、本の一瞬。
「…………。」
思い出したくない。本気で拒絶し嫌悪する景色を、原野は記憶から除外した。
「………はぁ。」
それから思った。これから先の旅で、高谷との人間関係はどうなる。気まずいのは間違いなく、他人に相談できるものでもない。
そしてあの歩む速度、あれはそう、確実に、
「嫌われちゃったかな………」
そんなことを呟きながら、原野は重々しく立ち上がって高谷の後を追い始める。
どんなに嫌われたとて、原野が高谷に一目惚れしたのに変わりはなく、その気持ちが揺らぐこともまず無いと言えよう。
故に、原野は、訪れる厄災に…………。