愉快な4人
『酉』が高谷と戦闘をしている時、ヒナとサリエルは徒歩で山道を歩いていた。
「も~~疲れましたサリエルさぁん………」
「え、、この程度で……?」
「素で驚くのやめてくれませんか!!」
大きな木の根元に寄りかかって弱音を吐くヒナに、サリエルは白い目を向ける。
現在、2人はフレジークラド王国へ向かっている。その通り道は実に過酷で、王国は大森林に覆われており、強力な魔物も多い。
ここに来るまで20体以上の魔物を惨殺して来ている。それなりに価値のある素材をいくつか手に入れて、換金しに行けば金貨2枚ほどは稼げそうだ。
そして、その魔物達の約7割はサリエルが倒したもので、ヒナは少ない体力を何とか絞り出してやっとここまで辿り着いたのである。
「いやもうほんとに死にそうなんです………」
「そんなんじゃ死なないって。ほらもっと頑張ろ?まだ3分の1ぐらいしか森を進んでないんだから。」
「命が3つあってやっと通れますね……」
根の上で上がる息を抑えようとできるだけ動かないようにしているヒナは死んだ魚のような目をしている。
サリエルは呆れて大きなため息をついて、
「体力をここでつけないと修行も何も無いでしょ。」
「流石に、最初っからハード過ぎませんかね……」
「快斗君だったら八割。高谷君なら七割。ライト君ならもう抜けてるよ。」
「あの3人半端ないですね………」
疲れが何とか取れたヒナはゆっくりと立ち上がり、背負っている弓をとって歩き出す。
「これくらい簡単に通り抜けないと、彼らには及びませんね。」
「そうそう、頑張ろう!!」
前向きになったヒナの姿勢を見て、サリエルは手を叩いて背中を押す。
だが、そんな2人を、何故だか魔物達は積極的に狙うようだ。
「グルルル………」
ヒナがもたれる木の根の裏から、巨大な猪が顔をのぞかせた。ぎっしりと並ぶ歯を見せて垂らしたヨダレが、ヒナの真横に滴り落ちた。
「さ、サリエルさぁん……」
「今言ったたこと、忘れちゃったの?私は今回は助けないよ。」
「ええぇ………それじゃあ私今度こそ………」
猪は蹄を振り上げた。それが振り下ろされると同時に、ヒナは泣きそうな顔で叫んだ。
「死んじゃうじゃないですかーー!!!!」
濃い死の気配を感じて、ヒナは死力を尽くしてその場から飛び去った。瞬間、ヒナが今までいた場所に勢いよく蹄が突き刺さるように落ちてきた。
「ひぃー!!」
「はぁ……なんだってこうも魔物に狙われるのかしら………弱そうだから?」
「聞こえてますからねー!!!!」
逃げながら泣き叫ぶヒナを、猪は容赦なく殺意を撒き散らしながら追いかけている。
「『次元の矢』!!『次元の矢』ォ!!」
ヒナは我武者羅に矢を放ちまくっているように見えるが、矢はきちんと猪を捉え、あらぬ方向に放たれた矢はねじ曲がった次元によって起動を変えて猪に突き刺さる。
しかし猪の毛皮は分厚く、ヒナの打つ力では矢はダメージを与えることは出来ない。
「これは、無理みたいだね………」
「サリエルさぁ~~ん!!!!」
「はぁ……しょうがないなぁ………。」
そう呆れながら、サリエルが『天の鎖』を呼び寄せようとした瞬間、
「「『炎玉』!!」」
「「『氷玉』!!」」
「ん?」
猪の背中に4つの魔術がぶつかった。しかし、半々で対極魔術なため、その威力は半減以下。ヒナの攻撃よりもダメージが少なくなってしまった。
「ちょ、火炎魔術打つんじゃないの!!」
「えぇー!!だってノヴァが氷打つって言ったからァ!!」
「えぇ!?俺のせい!?」
「んな事言ってる場合か!!女の子が襲われてるんだから、俺らが男魅せて助けねぇと!!」
魔術が放たれた方向から4人の人間の声が聞こえた。
「グルルル………」
「え?ヤバくない!?なんかこっち向いてんだけど!?」
「ヤバー!!………なんで猪なのにグルルルって鳴くんだよあいつ!!」
猪が振り返ると、声の主達はその視線に気がついて逃げようとしているようだった。猪は4人を追いかけるべく、ヒナを放って走り出した。
「おい!!誰だよあいつに魔術打とうって言ったやつ!!」
「カリムでしょって馬鹿ぁ!!」
「逃げろー!!」
猪に追われる4人のうち3人は、騒ぎ立てながら散り散りに逃げ惑う。
「ちょ、筋肉!!どうにかしてくれ!!」
「分かった分かったから、足止めしてくれって!!」
「え!?な、何がいい!?何がいい!?」
「うぇええとと、氷?」
「『氷槍』!!」
「「『氷槍』!!」」
ガタイのいい男が構えた。他の3人はバラバラに猪の足元に氷の槍を放って足止めをした。
「だ、誰ですかあの人達?」
「さぁ?でも面白いし、見ていたら?」
それを見ているヒナが首を傾げ、サリエルは面白そうに腕を組んで笑っている。
「よしよし筋肉頼むぞ!!」
「行くぜ!!『鬼人化』!!」
「おお?」
ガタイのいい男は鬼人のようで、大声で叫ぶと、その額に角が生えて魔力が膨れ上がった。
「うぉぉおおお!!!!」
「おお!!すごいなあいつ!!」
「やっちゃえぇ!!」
「いけぇええ!!」
筋肉と呼ばれるその男は、その巨大な図体をフルに活かす攻撃、『突進』を猪に繰り出した。
「グルガァ!!」
だがそれだけでは猪は倒れず、男に反撃をした。
「うわぁ!?」
「駄目じゃん!!トリックさん……!!」
「ちょ、MPが……」
「この世界にMPなんて概念ないから!!」
「なんですかアレ……」
「はぁ……恐らく初心者冒険者だろうね。助けてあげよう……」
そんな4人に溜息を着いたサリエルは『天の鎖』を呼び出し、その鎖を振るって猪の体を両断した。
「うぇ?」
「あれなんか……あの娘強くない?」
「……はい!!僕ら必要なかったね!!余計な心配だったね!!」
「ハハハマジかよ………」
腰が抜けた4人は地面にヘタリこみ、乾いた笑いを発しながらサリエルとヒナを見ている。
「大丈夫?」
「全然平気、ってか、強すぎ……」
サリエルがリーダーらしき男に手を伸ばすと、男は手を取って立ち上がる。
「えと、あの……」
「氷結魔術と火炎魔術は相対して打つならいいけど、加勢として打つと威力が半減するから気をつけてね?」
「え?そ、そうなの?」
「ほら!!やっぱ僕の言った通りじゃんか!!」
「だって大体対極の魔術って思ったより強かったりしたじゃんRPGとかで!!」
「だからこの世界にその概念ないから!!」
男と会話する女は、大声を上げて男を貶す。それに憤慨する男は子供のように言い返し、それに女が反撃する。
「えーと、助けてくれてありがとうございます。」
「あぁ、大丈夫。と言うよりも、最初は君達が助けてくれたでしょ?ね?ヒナ。」
「はい!!ありがとうございました!!」
男と女が言い合っている中、灰色の髪の男が頭を掻きながらサリエルに礼を言った。サリエルは気にせずヒナに礼を言わせると、灰色髪の男は頷いて、
「俺はノヴァ。あっちで言い争ってる男が、このパーティのリーダーのカリム。女がイン。そして……」
「あぁ、私はトリック。『筋肉』と呼ばれている。」
「へぇ。よろしくお願いします。」
ノヴァが全員の自己紹介を終える。ヒナがノヴァとトリックと握手をしていると、インがバッとヒナに視線を向け、
「ちょぉお!!ずるいよ2人共!!僕が一番最初に握手したかったのに!!」
「いや、だって言い争いしてたじゃない……」
「だってカリムがうるさいんだもん!!」
「俺のせい!?」
結局争いが絶えない4人に苦笑したサリエルは、4人に対して自己紹介を始める。
「私はサリエル。天使だよ。」
「私はヒナです!!半耳長族です!!」
「耳長族!?」
「おお!!耳長族!!」
ヒナの自己紹介が終わった途端、今度はカリムとノヴァが大声を上げた。
それからじっとヒナを舐めるように見回し始め、ヒナは気持ち悪そうに、特に視線が酷いカリムに
「な、なんですか?」
「いや。耳長族って巨乳のお姉さんって言うイメージだったから。」
「なぁんてこというの!!」
「いっでぇ!?」
カリムがそう言った瞬間、その頭をインが勢いよくぶった。それからヒナに顔を近づけて、
「あの馬鹿は気にしなくていいよ?僕は君みたいなちっちゃい女の子嫌いじゃないし、むしろ大好きだし!!」
「おい待てロリコン!!」
「それ以上近づくのはダメでしょ。」
性癖が暴走しかけるインを、トリックが服に着いたフードを掴んで持ち上げた。
「はぁ……」
「………騒がしい。」
「アハハ……ごめんなさいね……」
かなり癖の強いメンバーに若干引いた様子のふたりに、ノヴァが苦笑しながら謝罪をする。
「ところで2人は冒険者なのかい?」
「ううん。そういう訳じゃないわ。ちょっとヒナの修行のためにね。」
「えぇ。私、強くなりたいんです!!」
「へぇ。その歳でか。凄いね。」
ノヴァが腕を組んで感心したようにヒナを見下ろした。勘違いをしている様子のノヴァに、サリエルは真実を伝える。
「ちなみにこの子20歳超えてるよ。」
「え……意外と……」
「ちょっと露骨に引かないでくれますか!!身長小さくたっていいじゃないですか!!」
「ま、まぁ、俺らの世界にも、そういう先輩とかもいたしね……」
「?。俺らの世界?」
サリエルがノヴァの気になる発言に聞き返す。ノヴァは頷くと、
「俺らは地球ってところで生活してた社会人でさ。この4人はネッ友だよ。よくゲームとかして遊んでた。」
「地球って、快斗君とか原野ちゃんとかが元いた世界ね。」
「最近は俺らの元いた世界と同じところに住んでた人間が国を救ったって話が広まっててさ。俺らの話を信じてくれる人も増えてきたよ。」
「ふーん……」
確かにこの世界でも異世界というのは現実逃避に過ぎないとされ続け、神が住む世界はあっても、同じ人間が住む世界はないと真実づけられていた。
その概念が今、快斗によって打ち砕かれ始めているようだ。
「なんでこの世界に?」
「俺はブラック企業で過労死。トリックは筋トレ中にダンベルを頭に落として出血死。インは食品サンプルを食べて喉に詰まらせて窒息死。カリムは紙で指を切って驚いて倒れて頭打ってよろけて階段から落ちて立ち上がってタンスに足の小指ぶつけてショック死。みんな転生してこの世界に来たのさ。」
「カリム君だけ想像以上に悲惨な死に方だね……」
壮絶な過去を持つ4人を憐れむような目で見たサリエルとヒナに、カリムとインは苦笑した。
「まさか転生するとは思ってなかった。異世界転生なんて、架空のものだと思ってたからよ。あと、あんな死に方するなんて思ってなかった。」
「ね。呆気ない死に方だよねカリム。」
「いやお前ほどじゃねぇよ。なんで食品サンプル食べて喉につまらせんだよ。」
「だってお腹すいてたんだもん!!」
「ちゃんと噛んで食べないから喉に詰まらせたんだよ。」
「筋肉!!お前は少し黙ってろ!!」
再び始まる言い争い。いい加減ノヴァも止めに入ることをせず、サリエル達に向き直った。
「修行するなら、俺らもついて行っていいかな?ちょうど、俺達も修行と金儲けのためにフレジークラドに向かってたからさ。」
「どうするヒナ?」
「私は構いませんよ!!皆さん面白いですし!!」
「じゃあ、いいよ。」
「ありがとう。このメンバーだけじゃ不安だったんだよ。」
「えー!?ノヴァさん不安だったの初耳学なんだけど!?」
こうしてこの4人との同行が決まり、ヒナは楽しい旅になりそうだとワクワクし始めた。
そして出発間際に、サリエルは一言、
「ノヴァ君のほうが、リーダーらしいじゃん。」
「えぇえ!?サリエルさんちょっと酷すぎん!?」
「間違ってないでしょ。」
「ちょおい!!インてめぇ!!」
やはり、楽しい旅というより、大変な旅になるようだ。