ストレス
「高谷さん!!」
「……ふ…!!」
強い落雷が『酉』の背中を直撃。雷からの直接ダメージはないが、相当な勢いの落雷は、『酉』の体勢を大きく崩した。
そして一瞬動きが鈍った『酉』に、高谷が棘のない顔面にすかさず蹴りを入れた。赤いトサカが揺れ、『酉』が大きく口を開いて悲鳴をあげようとしている。
「よし、ダメージは通って……」
「あー、高谷殿。そいつの叫び声には要注意で………」
痛がる仕草に拳を握りしめて追撃しようとした高谷の後ろから、ヴィクティムが弱めの声で呟いた。瞬間、
「キェェエエエェェェエエェエエ!!!!!!」
「うがっ!?」
「わぁ!?」
嘴の中からは、脳に針を刺されていると錯覚するほどに強い超音波を発せられた。ライトは瞬時に離れたおかげで耳を傷めるに留めたが、真正面からそれを受けた高谷は両耳から血を吹き出し、白目を向いて地面に倒れた。
「高谷さん!!」
「高谷君!!ヴィクティムさん!!もっと早く言ってよ!!」
「いや、あの攻撃来ると思ってませんでしたし、そもそも戦うとか予想外ですし。」
重要な情報を持っておきながら、それを隠すように後々で言い放ったヴィクティムに、原野は憤慨するが、ヴィクティムは何処吹く風で、その憤慨を上手く受け流した。
「それに、高谷殿なら直ぐに……」
「よい、しょ!!」
ヴィクティムがそう言いながら高谷を指さした瞬間、皆まで言わせる前に高谷は地面から飛び起きて『酉』にアッパーを決める。
「う………く……」
「高谷さん、大丈夫ですか!?」
「多分、ね……まだ世界が紫色に見えるけど……」
脳神経がイカれた高谷の感覚は、未だ正常では無いようだ。
「まぁ見えるから問題ないよ!!あと、ライト。」
「はい。」
「あとは俺に任せてくれるかな?試したい技があるんだ。」
「え?は、はい。」
高谷は微笑んでライトを後ろに下げる。それから血を吐く『酉』を見上げて、
「見返りが欲しいや。出来れば、高級鳥の肉、なんかがね。」
そう言って、高谷は魔力を解放。両腕が肥大化して赤い甲羅に覆われ、口元は赤い血のマスク、胴体には縦に裂けるようにして大口が現れた。
「あァ、あぁぁぁ………」
「キェエエエ!!!!」
覚醒した高谷を見て脅威だと感じたのか、『酉』は叫び声を上げて鋭い鉤爪を高谷に振り下ろした。
高谷は予想していたとばかりに剣を引き抜いて鉤爪に投げつけた。剣は青い炎を纏っており、鉤爪とぶつかって文字通り弾けた。
「あ、剣が………」
「イイのさ。モうかなリ無理させてた、カラね。」
割れた剣の破片を浴びながら、高谷は虚ろな声で答える。『酉』は初撃を防がれ、次の攻撃へ移るのが少し遅れた。
「アァアァアア!!」
高谷の殺気が、一瞬で『酉』を囲む。地面が裂け、くり抜かれた地面が、高谷の足踏みで浮き上がって『酉』を打ち上げた。
過去、セシンドグロス王国での覚醒時、自我を失いかけていた時に、溢れる魔力を地面に叩き付けた時に出来た技を、再現したのだ。再現と言ってもただ魔力量を操作して同じように叩きつければいいだけなのだが。
その単純な攻撃方向は、哺乳類や鳥類などの体を切り裂く為には大量に魔力が必要になるため、直接生物に使うことは無いが、地面などに使えば応用ができる。
そして高谷は考えに考えた結果、その技名は、
「『メス・カリバー』。ドウダイ?カッコいいだろウ?」
胴体の大口から声を出して、高谷は浮き上がった地面に手を当てて魔力をぶつける。赤い線が一瞬出たかと思うと、地面が等分に割れ、その全てを高谷が全て『酉』に向かって蹴り飛ばした。
弾丸と化した地面はそれぞれ『酉』の針に切り刻まれてボロボロになってしまったが、打撃としてのダメージは入っている。
「『メス・カリバー』。『メス・カリバー』。」
次々と地面を隆起させ、高谷は『酉』を押し潰したり打ち上げたりを繰り返してダメージを負わせていく。
「キェエエエ!!」
「お?」
だが、『酉』もやられてばかりではない。高谷が認識できない速度で突き出された嘴が高谷の左目を潰した。当然血が流れ、『酉』の嘴は血で染った。
「アァ、こノ方法モあるジャなイか。」
それを右目で捉えた高谷は『酉』の嘴を掴んで自分から嘴に顔を近づけて傷を広げ、『酉』の顔全てを血で染めあげた。
「キエ?」
「死にナ?『血炎』。」
手を叩いて微笑んだ高谷の左目は既に再生した。そして、血染めを食らった『酉』の顔面は血から発生した炎に包まれ、『酉』の視界が赤で支配された。
「クァァアアア!!!!」
「黙っテ。『メス・カリバー』。」
高谷は自身の後ろの地面を丸く切り上げ踏みつけ、てこの原理で浮き上がった地面を燃える顔面に叩き付けた。
「イチイチ喚くナ。騒々しイ……。なァ!!」
叫び散らかす『酉』の血塗れの顔面は、高谷が叩き付けた地面の鋭い破片がいくつか突き刺さっている。
その杭のような破片を、高谷が更に踵で深く押し入れた。『血獣化』した高谷の基本ステータスは全て底上げされているため、その杭は『酉』の頭蓋に大きくヒビを入れた。
「ギ、エ………」
痛々しい傷を負った『酉』は上手く鳴き声すらあげられない。肌もなかなかに硬いものだったのだが、今の高谷に破れないものではなかったようだ。
「あとは………消スだケだネ?」
高谷は両手で『酉』の顔面を掴んで引っ張り、眉間に強い飛び膝蹴りをキメる。嫌な音が響いたかと思うと、『酉』は見にくく歪んだ顔を振り上げて高谷を突き上げ、それから棘が生え揃った背中を押し付けるように飛び上がった。
「オッと……?」
棘を避ける手段がない高谷はそのまま棘に包まれ豆腐のように裂けて崩れてしまう。が、
「イミもないのさ!!」
一瞬で回復した高谷は、『酉』の弱点の頭を掴んで背中に背負う。
「ラァァアア!!」
「キェェエエ!!」
抵抗しようにも、空中に浮いてしまった『酉』は高谷の力に抗えず、強く地面に叩きつけられた。
内臓がひっくり返るような感覚を感じ、『酉』は声にならない声をあげる。
「『メス・カリバー』。」
地面を強く踏みしめる。隆起した地面がぐったりとした『酉』を打ち上げ、砂が舞う。
皆が空に力なく浮かぶ『酉』を見上げる中、原野はじっと高谷のことを見ていた。既に『血獣化』を解き、姿は元に戻っている。
だが、なんだかその佇まいに、戻らなくてはならないのに戻らない何かを感じた。
「『真・安楽の崩御』。」
両手を掲げ、小さな声で呟いた高谷。両手の間には青い炎の玉が出来上がり、青いスパークを放つ。
「それじゃあ、ね。」
その強力な魔術を、高谷は勢いよく蹴りあげて『酉』に当てる。
爆発が起こり、砂漠の砂がそこを中心に遠くへ吹き飛んでいく。
爆煙が晴れると、そこには『酉』の姿はなく、完全に消滅したように見えた。
高谷はしばらく空を見上げたあと振り返って、いつも通りの笑顔で、
「終わったよ。さぁ、行こうか。」
と爽やかに言ってのける。ライトは角を消し、庇っていたリンを抱き上げ、ヴィクティムは爆風で倒れてしまった馬車をあさりに向かう。
原野はというと、その場から動かず、ずっと高谷を見つめている。当然目が合い、高谷は苦笑して目を逸らした。
原野もそれで見つめ続けるのを辞めたが、やはり何か嫌な予感がするのだ。それを誰かに相談することは無いのだが。
違和感に嫌な予感に、原野は多くのストレスを抱えながら、高谷の元へ歩いていくのだった。