十二支幻獣『酉』
出発してから1週間。ちょうど高谷達が出発した日の夜、
「♪~~♪~~♪~~!!」
「ふむ。」
特に名前のついていないただの丘の上で、浴衣姿の快斗は寝転がって夜空を見上げながら歌っている。
隣には同じように浴衣姿のヒバリが、穏やかな表情でその歌声に耳を傾けている。
旅の合間、快斗は自分が思いつく限りの機嫌取りと話し合いを重ね、今ではヒバリと以前のように話ができるようになっていた。
自責も少しは落ち着いたようで、移動中も遠い目をすることも無くなった。
「落ち着くな。その歌は。」
「だろ~~?俺が好きな歌だからな~~……それにー、俺が歌ったら、最高に、なるのは、必然!!、だからな~~。」
「自意識過剰もいい所だな。」
「キュイキュイ。」
「なっ。お前まで頷くことないだろ~。」
ヒバリの言葉に同調したキューを抱き上げて、快斗は酔っ払ったようにキューを振り回す。
実際、快斗は酒を既に大量に摂取しており、耳まで真っ赤になるほど赤面している。ヒバリは酔いにくい体質のようで、快斗と同じ量は飲んだというのにこれっぽっちも酔った様子がない。
「天野。あまりキューを虐めてやるな。」
「えー………なんで~~……」
「ふむ……特に理由はないが、キューはそれを楽しんでるわけではないようだ。離してやったらどうだ。」
「ヒバリが言うなら~……しゃーねーか。」
酔って幼児退行してしまった快斗がヒバリの言葉に従ってキューを離そうとした。が、立ち上がる瞬間、足から力が抜けた快斗が正座しているヒバリの足の上に勢いよくキューを叩きつけてしまった。
「キュイ!?」
「う………ッ」
キューにはダメージは大して無かったが、ヒバリは少し驚いて声を上げってしまった。
「………天野。」
「あ?」
ヒバリはキューを抱いて立ち上がる。快斗は真上から向けられる絶対零度のような視線を感じて、一気に酔いが覚めた。
「…………。」
「あ、いや、すまん、ごめん、なさい……。」
「………私は部屋に戻る。」
「お、俺も行く。あと、キューを……」
「今日は私が面倒を見よう。天野は心配せず、1人で寝ていて構わない。」
「ちょ、なんでそんなジト目で俺を見てくんの!?なぁ!!ちょっと待ってくれよォ!!」
今まで築き上げたヒバリの快斗への信頼のような物が一挙に崩れ落ちた。そのことを痛感して、快斗は涙目でヒバリを追いかける。
対しヒバリは、快斗に見えぬよう、快斗から顔を背けて微笑んでいた。崩れ落ちたと言っても、信頼が信用になった程度。ヒバリは快斗を嫌いではない。
キューを胸に抱き、快斗をある程度無視しながら、ヒバリは上機嫌で宿の部屋へと戻って行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「悪魔~~~!!!!」
1週間後、快斗とヒバリは、無事に『鬼人の国』に到着していた。
入口の門の前では、流音と暁が待っており、暁は待ちきれないとばかりに大きく手を振って大声で快斗を呼んでいる。
未だ本名で呼ばれない快斗は溜息をついて、
「お前、大声でその名前で呼ぶの辞めろよな。」
「?何故にござる。」
「いや、あんま悪魔って、いい響きの言葉じゃねぇだろ。」
「??」
純粋な暁は快斗を悪魔としか捉えておらず、それ以上でもそれ以下でもないようで、それ以外の名で呼ぶのは嫌なようだ。
「いくらなんでも酷くねぇか……。」
「………ちょうどいいのではないか?むしろ足りん。」
「なんか最近ヒバリ俺に当たり強くね?」
辛辣な言葉を発するヒバリに、快斗は驚いた様子で視線を向けた。ヒバリは顔を背けて、快斗と目が会わないようにした。
「まぁ、いいや……。んで?呼び出した理由は?」
「うむ。それは移動中に話すでござるよ。」
「は?まだ移動しなきゃ行けねぇの?」
「当たり前でござるよ。」
既に足が限界を迎え始めている快斗は、暁の言葉に目を見開いて驚いた。暁は背負っている刀を背負い直して、
「では行くでござる。流音。話し相手になってくれて感謝するでござるよ。」
「はい。行ってらっしゃいませ。」
「え?急展開急展開。女帝とか挨拶しなくていいのか?」
「それは………しない方がいいでござるよ。」
「あ?」
暁は珍しくどんよりとした空気で言い、流音もそれに賛同しているようだ。
「零亡様に快斗殿が会いに行くと、息子殿を思い出してしまうので……」
「何?思い出したらなんかあんの?」
「息子殿がよほど恋しいようでして、会ってしまえばきっと、連れてこい呼んでこいと喚くことが予想されまして……」
「そんな子供なのあいつ。え。イメージ崩れる。」
高貴で崇高な、とは言ってもほぼ壊滅していた零亡のイメージの崩壊が加速化したところで、暁はじれったく感じたようで、快斗の手を取って走り出した。
「おいちょ、待てよ!!」
「行くでござるよ!!立ち話は飽きたでござる!!」
「お気をつけて!!ヒバリ殿も、お気をつけて。」
「あ、あぁ。」
開始早々面食らったヒバリは曖昧な返事を返して、暁と快斗の後を追う。
そして、門をちらと振り返り、
「く………うどんが、食いたかった………!!」
らしくないコメントを残して行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一方、サリエルとヒナはというと、
「行ってきますね師匠!!」
「行ってきますルーネスさん。」
「はい。行ってらっしゃいませ。」
サリエルの鎖に支えられて宙に浮くヒナと、自身の翼で浮かぶサリエルが、エレスト城の王の間の巨大な窓の外から手を振っている。
何故こんな出発の仕方なのかというと、特に理由は無く、単に飛んで行く方が速いからである。
何だかおかしな話だが、ヒナは満足しているようなので、サリエルはそれでいいと思っている。
「気をつけて。お酒の作り方や注ぎ方を忘れては行けませんよ。」
「分かってますよ師匠!!何があっても忘れませんって!!」
「本当でしょうか……?」
ヒナの言葉を若干疑いつつ、ルーネスは強くうなづいて2人を送り出した。
2人はそれを見たあと、目的地を目掛けて飛び去った。
地図の斜め左下、フレジークラド王国。
エルフが多く住んでいる王国。希少な植物や鉱石が大量に採掘され、初心者冒険者らがこぞって金稼ぎのために訪れる国だ。
ルーネスは少々心配になりながらも、ヒナが上手く成長してくれることを願って、仕事に取り掛かるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
快斗とヒバリが『鬼人の国』に着いた頃、高谷達は砂漠地帯の道を馬車で進んでいた。
「けほ、けほ………砂砂砂砂!!もうっ!!うんざり!!」
「確かに、それだけ砂嵐が多いと嫌になるな……けほ。」
一行は、川市で買い揃えた、砂防止の服装を来ているのだが、度重なる砂嵐のせいで、服の中も外も砂だらけになっていた。
「原野殿。怨念でどうにかしてくださいよ。」
「そんなに簡単に言わないでくれる!?あれ操るのは特に難しくないけど、ここを抜けるまで維持するのは無理!!ていうか、出す度に気持ち悪い声聞かなきゃならないんだから嫌よ!!」
「そんなわがままを……」
「何?じゃああなたやって見なさいよ!!」
「いや、僕にはその能力ないですし……」
うんざり顔のヴィクティムが原野に『死者の怨念』を使って砂を防ぐことを求めたが、原野は全力でそれを却下した。
「『竜の都』って言うぐらいだから緑豊かな土地を想像してたんだけどな………」
「『竜の都』は岩と砂の国ですよ。大抵の竜人は度重なる砂嵐に対応して行ったみたいですけど、対応しきれなかった竜人達は東方向の緑が残っている土地に暮らしているらしいです。翼が残っていて、飛べるのはそっちの方だけとか。」
「ふーん………」
ヴィクティムの解説を聞いた高谷は興味無さげに小さな声を上げる。
その様子を見て、原野は少し不思議に思った。珍しく高谷が嫌そうな声を上げたからだ。
原野はヴィクティムを好いていないだけで特別嫌いという訳でもないが、瞳の色を見るに高谷はそうでも無いらしい。
嫌いと言うことを表に出さず、内に隠しているように感じる。好き嫌いは人それぞれだが、何故だか尋常ではない殺気を、高谷が一瞬放った気がした。
と、そんなことを考えていた時、
「あれ?何か迫って………」
ライトが右を見て首を傾げた瞬間、馬車に大きな衝撃が走り、只事ではないということを全員が瞬時に察知した。
「原野!!」
「わっ!?」
高谷が馬車の左の壁を躊躇なく破壊して出口を作り、原野を横に抱いて馬車から飛び出した。
「な、何?」
原野が立ち上る砂煙の中、馬車に響いた衝撃の正体を確認しようと目を開けると、潰れた馬車の上に、巨大な魔獣を見つける。
「な、何あれ……」
「ふぅ、ライト!!」
「大丈夫です!!馬は逃がしました。後で拾いましょう!!」
高谷の横に着地したライトは、背中にヴィクティムを背負っている。高谷は馬が死んでいないことを確認すると、馬車を啄む魔獣に目を向ける。
その魔獣は鶏に酷似した見た目の鳥魔獣で、巨大な体には羽毛に見える真っ白な針が大量に生えており、嘴の隙間からは鋭い牙が見える。
「あの魔獣、なんだと思う?」
「魔獣というより、多分幻獣だと思います。」
「え、てことはつまり………」
「はい。」
ライトが高谷に視線を向ける。瞳には焦燥の念が伺えた。
「9月の十二支幻獣、『酉』です。ここで会うなんて運がないですね。僕達は。」
至って冷静なライトの言葉に、原野と高谷が息を呑んだ。
「気をつけてください。あの羽毛は、触れただけで肌が切れます。あと、魔力攻撃も効きません。あの羽毛で弾かれてしまいます。」
ヴィクティムが詳しく説明する。なかなかに有力な情報を得て、ライトと高谷は大方戦い方を考えついた。
「あっちは敵意むき出しだし、戦うしかないみたいだね。他にここを通る人をいなさそうだし、多分大丈夫だよね。」
「えぇ。そうですね。」
原野を離した高谷が剣を引き抜き、ヴィクティムを下ろしたライトが魔力を手甲冑に流して電撃刃を生成する。
「じゃあ、始めましょうか。」
「狩りを、ね。」
幻獣が叫び声をあげる。それを合図に高谷とライトが飛び出した。
原野は『死者の怨念』を用意して援護に回る。そしてふと、原野は1つの違和感を感じた。
無意識に視線をヴィクティムに向けたが、ヴィクティムはその視線に気づくと首を傾げた。
その違和感の正体が分からぬまま、戦闘は開始された。