呼び起こされた力
「ぬぅ!?」
「ふ…………」
風龍剣の銀閃が6本の刀の間を見事にすり抜け、その肉に刃を突き立てる。
通常ならそのまま上半身が吹き飛んでいるが、阿修羅は腹に力を入れ、何とかその忍耐力で風龍剣の進行を阻んだ。
「この……ど愚者めが!!」
「『水流陣・波流し』」
風龍剣の切っ先を見つめて動かないヒバリの脳天に刃が振り落とされるが、その間に素早く割り込んだ暁が水を纏った刀で刃を弾き返した。
暁はそれからヒバリに体をわざとぶつけて突き飛ばし、阿修羅の間合いから強制的に彼女を追い出した。
「悪魔!!」
「わーってらぃ!!」
再び阿修羅に飛びかかろうとしたヒバリの足を快斗が引っ付かんで動きを止め、背中の心臓部に最も近い部分に手を当てる。
「引き剥が、せぇぇええ!!」
快斗は自身がもっている因子をヒバリに入り込んだ因子と共鳴させ、快斗の手を通じて魔力の根同士で引き抜こうとする。
「うぉっ!?」
だが、ヒバリに寄生した因子は既にがっしりとその体に深く根を張っており、因子同士を繋げることは出来ても、引き抜くまではできない。
いや、力ずくでなら引き抜くことは出来るが、因子はヒバリの魂の奥底まで完璧に侵食してしまっていて、引き抜いてしまえばヒバリの魂諸共虚空へ投げ飛ばされてしまう。
体という障害があるからこそ魂への侵食は少ないが、もし体から魂が孤立した場合、因子は1秒とも必要とせずに魂を取り込むだろう。
「んなら………」
快斗は因子を引くことをやめ、逆にヒバリの因子の根に、快斗の因子の根を潜り込ませる。
そのまま因子の本体、いわば核まで根を進ませ、ついに心臓に到達する。
そこからヘドロのように溜まったどす黒い魔力を注射針のように吸い取り、快斗の体へ蓄積させていく。
悪魔の快斗は影響がないが、ここまで淀んだ魔力だと、人体には害を及ぼすだろう。因子が自我を持っているかどうかは定かではないが、少なくとも、この魔力の塊は、取り込んだ者自身が因子の支配に打ち勝たなければ、力として使うことが出来ない。
ヒバリは負けたのだ。負けたと言うより、初めから戦っていない、因子の不戦勝と言うやつだ。
「因子とバトルなんて………俺はしてねぇぞ……」
快斗は悪魔で、しかもエレメロ自身に用意された体なのでさほど苦しくはなかったが、普通人からすれば自我を失う可能性がある諸刃の剣と言ったところだろう。
快斗はそこまで考えて、結構軽めに因子をぶち込んだ高谷のことを思い出した。笑顔を見せていたが、実はあれはあれで苦労していたのだろうか。
だが、快斗はこれを「不死だからいいや」と割り切り、ヒバリに集中する。
阿修羅は暁が戦ってくれている。快斗もそう長々とヒバリの因子に時間を取られている場合ではない。
そう思うと快斗であっても焦る。だが今行っていることは快斗しか出来る者がいない。
だからこそ、快斗はヒバリの自我が戻る所まで早めに因子の魔力を吸い取らなければならない。
そして、それが快斗の体に異変が起こる理由にもなる。
「あ?なんだこれ。」
快斗はヒバリの背に当てている手に違和感を感じて袖をまくった。腕には蔓のように黒い魔力が絡んでいて、しかしそれは腕に引っかかることはなく、触っても透けるだけだ。
それが快斗の心臓部、因子が刻まれたところに通じている。
蔓は心臓が鼓動する度に一緒に鼓動を繰り返し、その蔓をヒバリの因子の魔力が伝わり、快斗の魂に直接注がれる。
「あ、ぉう、ぇ………」
それに気がついた瞬間、快斗は凄まじい嘔吐感に襲われる。魂は、因子の魔力を異物として捉えることはなく、奥の奥まで全てを自由とした。
因子の魔力は暴れるでもなんでもなく、ただ魂に取り込まれて力となる。否、因子の魔力自体が力になるのではない。
「あ?」
快斗の魂の最奥、深淵とも言えるほどに深いその場所に到達した魔力は、その場所に沈殿した重く暗い魔力を呼び起こす。
「うぉ………」
快斗の奥底から起き上がるように大量の魔力が流れ出した。快斗を中心に暗黒の柱が雲をつきぬけて立ち上る。
「な、んだ……?」
体が軽くなり、気分が優れ、視界が広がり、魔力が高まる。
これ以上にないほどの絶好調な体調だ。阿修羅に視線を向けてみると、今まで見えなかった動きが見える。
つまりは、ヒバリが因子を取り込んだ瞬間と同じような状態に、快斗はなっているのだ。
だがそれは、因子の魔力を取り込んだからでは無い。
因子が、使われるべきだった魔力を、呼び起こしてくれたからだ。
快斗はすっかり元の姿に戻ったヒバリの背中を撫でて立ち上がる。ヒバリは意識があるようで、快斗に視線を向ける。
「天野………。」
「あ………。」
弱々しい声音で呼ばれた快斗はなんと答えるべきか分からず、意味の無い声を上げるが、1度咳払いするとヒバリにまっすぐ視線を向けて、
「ん。因子はどうにかしたからよ。お前は少し休んでろ。なんか力が湧いてくんだ。よく分からねぇけどなァ。」
快斗が手を握ったり開いたりして体の動きを認識する。ヒバリは快斗のことを見ながら怯えたように体を竦める。
「大丈夫だ。いい加減に片付ける。暁も流石に体力切れ見てぇだしなァ。」
快斗はそう言うと空を見上げる。闇の柱が雲に空けた大穴は、月の光を地面に届けさせる。
その神秘的な景色を見ながら、快斗は呟いた。
「すっげぇ、楽しいぞ。こりゃあよォ。」
ヒバリはその姿を見て、なけなしの力で少し後ろへ下がった。快斗がヒバリに視線を向けて首を傾げると、ヒバリは恐怖するように快斗に告げる。
「天野、お前、何故そんなに笑っているんだ………?」
「………あ?」
快斗は自分の顔を触って、自身が笑っていたことに気がついた。そして、その笑みをさらに深くして、
「なんだ。そんなことかよ。」
「ッ………。」
その言葉には少しのイラつきが混ざっていた。ヒバリは体を震わせる。快斗の暗い魔力が色濃くなったからだ。
快斗はヒバリの指摘を受けて、過去にエレジアに同じことを言われたことを思い出した。が、そんなものは関係ないと考え、快斗はその時の記憶を切り捨てる。
「ま、いいか。せっかくのいい気分を台無しにしたくない。このままあいつを殺してみんなを助ける。」
左目を中心に十字架が描かれ、『赤』が発動し、髪色が黒くなる。
快斗が阿修羅に視線を向けると、阿修羅と暁は2人して戦闘の手を止めて快斗を凝視していた。
「き、さま……その、力は!!」
阿修羅が耐えられないとばかりに刀を快斗に向かって獄速で振り下ろした。さっきまでの快斗なら見えなかったであろう速度だ。
だが、今は違う。なんだか分からないが、力が湧いてくる。
「ん。」
「な………何!?」
快斗は振り下ろされた刃を簡単に片手で受け止め、横にねじるようにしてへし折った。
それから阿修羅の顎を蹴りあげ、顔面を掴んで地面に叩きつけた。
「この、力は………まるで、あの、ころ、の……」
うわ言のように呟きながら立ち上がる阿修羅の横っ面に、快斗が容赦なく拳をぶち込んだ。転がる阿修羅は瓦礫に激突し、盛大な噴煙を上げながら倒れた。
「んぉ。力が戻ったか?お前を一方的にやってた時の力がよ。」
「チィ………忘却の果てに捨てられた仮初の力………小僧、貴様が使うという事が!!」
阿修羅は強い口調で言い放ち、その姿を消す。快斗が何処にいるのかと気配を探ると、阿修羅は快斗の真後ろに居た。
「最も、危ういのだ!!」
阿修羅が刃を振り下ろす。それを快斗が理解するよりも早く、体が本能的に動いた。
「知らねぇよ。」
快斗は刃の到着点、左肩に降りてくる刃を指で挟んで受け止める。
「んなっ!?」
「なんか久しいなァ。こうやって刃を手で受け止めたのは………」
快斗が刃を掴んだまま横にねじると、先程折った刀と同じように半ばからへし折れた。
それから地面を最小限の力で蹴り飛ばし、阿修羅の後頭部まで一瞬で駆け抜けた。ヒバリには、その動きがあまり見えなかった。
「何年、ぶり、だろォなァ!!」
快斗の膝が阿修羅の首を撃ち抜き、阿修羅は地面に頭が埋まるほどの強さでぶつかる。
「頑張れよ。阿修羅。」
「く………。ちく、しょうめが…ぁ…!!」
阿修羅が地面を強く握りしめ、歯を音がなるほどに強く噛み締めた。
急激に強くなった快斗を睨んで、だいたい予想できるその理由を考えた。
きっとそれは闇なんだろう。負の感情の塊が、彼の奥底に眠っている力の1部を呼び起こし、今に至るのだろう。
ヒバリが因子に侵食されたのは、闇の耐性が低いのだろうか。誰も知らないことだ。
ただ、快斗が抱えている闇は、誰もが思うよりもずっと深く、それこそ深淵と言えるほどに奥深いものであるのだろう。
その1部をかいま見たような気がして、阿修羅は1部に翻弄される自分の弱さに怒りを覚える。
そして、心のどこかで諦め始めてしまっているということに、それをさせてしまう快斗、否、快斗が使うその体の真の使い手は、どれほどの力だったのかと恐怖した。
「闇が世界を支配する。」
それは、快斗の口から零れた、快斗のものでは無い誰かの声だった。
めちゃくちゃすぎる出来事の連発に、誰もが頭を抱えてしまう。暁も、ヒバリも、阿修羅も。そして、快斗自身も。