違和感
「『魔術終了』!!」
ピンク色の魔光線が、魔力の紐で椅子に縛り付けられた琉音を撃ち抜いた。
「あ、ぉお……」
琉音は呻き声を上げ、血を吐きそうな程に苦しみながら、少しずつ邪気をその体から消化していく。
「う、……ぁ……?」
何が起こったのか分からないと言った様子で、琉音が辺りを見渡す。べリランダはふぅとため息をついて、
「じゃ、青年大臣君。諸々の説明も含めてあとは頼むよ。」
「はぁ。最後の最後は私なんですね……。ボーナスは期待しますよ。」
「うん。悪魔から女王に頼ませるよ。」
べリランダはひらひらと手を振って青年に琉音を任せ、隣に傷の手当をして座っているフーリエに意識を向ける。
「大丈夫?フーリエ。少し鈍くなったんじゃない?」
「そうですかねぇ。久しぶりの戦いでしたから。少なくとも、もうベリーには届きませんねぇ。」
「そんなことないでしょって。フーリエ以上の魔術師、この世にいないっての。」
「傷を受けていないのはベリー、あなただけですけどね。」
足の擦り傷を回復させ立ち上がるフーリエがベリランダの頭を優しく撫でる。ベリランダは撫でられる感覚を堪能した後、少し拗ねたような表情でフーリエを見上げる。
「みんなそう言うわ。フーリエの方が凄いのに。」
「そう思ってくれてるあなたがいるだけで幸せですよ。」
「そういうものなの?」
「そういうものです。」
フーリエの言い分にベリランダは難しそうな顔をして、
「どうして私しか見ないのよ。みんな。」
「まぁ、それは置いておいて。やっちゃってくださいな。ベリー。」
「……はーい。」
ベリランダは納得がいかないような表情をしていたが、直ぐに頭を振って浮き上がる。
それから、綺麗に並べられた兵士や剣士達の死体に向かって両手を伸ばした。
「?。ベリランダ様は何を?」
「これから分かります。」
青年がフーリエにベリランダの行動の意味を問うと、フーリエは微笑んでベリランダを見るように促した。
ベリランダは薄紫色の魔力を死体の周りにベールのように纏わせ、魔力を高めていく。
すると、黄金に輝く魔力片が幾つも出現し、それがベリランダの手の中で小さなハープが形成された。
「おー。」
青年がハープの美しさに声を上げる。それを見たフーリエは得意げな笑みを浮かべて、
「見ていてください。あれが、ベリーがエレスト王国の王宮魔術師の位を持ち、そして世界一の魔術師と呼ばれる理由です。」
ベリランダがハープに手をかけてゆっくりと弾き始める。耳に優しく響くその音は、聞くもの全てを魅了し、生者も亡者も関係なしに引き寄せる。
そう、亡者さえも。
「イテキナリオサ ドマヨルエヨマタエモシイ」
だれも聞き取れないような早口で呟かれた言葉。その声音に誘われて、ベリランダ以外には見えない魂が天から降りてくる。
「おかえりなさいみんな。そして起きて。」
魂はゆっくりとそれぞれの体に降り入り、傷が修復された体が動き出す。
「死の呪縛から目覚めよ亡者よ。我今1度、汝らに生の機会を与える。」
魂が体に完全に根をはり始め、自由が取り戻され始める。
ベリランダはその兆候を見て頷き、ハープの弦を3本鳴らして最後に小さく呟いた。
「『川飛び帰り』」
言い切った瞬間に、死んでいた兵士達が一斉に起き上がった。
「凄まじい技だ。ベリランダ様は死人さえ生き返らせられるのですか。」
「その感想を持つ割には、あなたは驚いていなさそうですね。」
青年の呟きに、フーリエが苦笑して言葉を返した。それからベリランダをまっすぐ見て、
「流石、私の一番弟子です。」
「そうですね。」
青年は困惑して動かない琉音を縛っている紐を解いて答える。
「ベリランダ様は素晴らしい方です。」
「分かってるじゃないですか。」
青年はフーリエにそう伝える。フーリエは小さく答えてから振り返る。その顔は笑顔で、しかし何故だか暗みがあって、
「それで?私に媚びを売っても、ベリーに売っても報酬は上がりませんよ?」
「えー………」
「もともとのボーナスが高いのですからいいでしょう?」
「私としては、ここで一攫千金。大臣を辞めて一生遊んで暮らすって予定だったんですが……」
「そんな大金、女王様よお気に入りの悪魔でさえ持っていませんよ。まぁ、彼なら女王にお願いをしてお金を貰えるでしょうけど。」
「じゃあ、悪魔と仲良くなればいいんですね。」
「あなたはお金のためならなんでもやる人なんですね……私なりの推測ですが、彼は本気で信頼している人と女性以外、頼み事を聞きませんわよ。」
「えー………。」
「あなた、何故大臣になりましたの………。」
フーリエの言葉一つ一つにやる気のない返事をする青年に、フーリエは呆れたようにこめかみを抑えている。
「一応聞いておきますが、あなたのお名前は?」
「あぁ。そういえば言っていませんでしたね。」
青年は立ち上がり、藍色の髪をかきあげて、
「僕の名前は、ヴィクトリ・ヴィクティム。好きな言葉は『勝利』。座右の銘は『金こそ正義』。何卒よろしくお願いいたします。」
そう言って青年、ヴィクティムは礼儀正しくフーリエに頭を下げた。フーリエは少し苦い顔をして
「ヴィクティムですか。珍しい名前ですね。」
「そうですか?天野快斗の方がよっぽど珍しいと思いますよ。」
ヴィクティムは笑って
「まぁ、よく言われることですけどね。」
「………ふむ。」
フーリエは考え込むようにして顎を抑えたあと、いつも通りの笑顔を向けて、
「とりあえず、琉音様への説明は頼みました。」
「ええ。この俺がどうにかしておきますよ。」
「…………。」
ヴィクティムが琉音に向かって歩き出そうとする。ヴィクティムの話し方に少しの違和感を感じつつ、フーリエは最後に1つ気になったことを問う。
「ところでヴィクティムさん?」
「はい。」
「天野快斗とはどちら様?」
「え?…………あー。悪魔ですよ。エレストを救ったあの悪魔の名前です。」
「何故知っておられましたの?」
「そりゃ……大臣ですから、一応国の英雄ですし、名前程度は私だって知っていますよ。」
「ふむ。そうですか。分かりました。もう行っていいですよ。」
フーリエはヴィクティムを笑顔で送り出す。未だ困惑状態の琉音に、ヴィクティムは少しずつ現状を話し始めた。
やはり話し方に違和感がある。何故だか寒気がする。今まで意識しなかったが、名前を知ってから急に突出したように目の前に現れた。
だが、今はそれどころではない。とりあえず、この邪気をどうにかしておかなければ、快斗達を助け出すことは出来ない。
フーリエはベリランダの方へ歩いていく。ヴィクティムのことを少しばかり警戒して、違和感を小さく吐き出した。
「一人称は、1つにするべきですよ。」