負けんなァ!!
高谷がヤマノケと対峙した頃、
ライトは『刃界』で零亡と極速の戦闘を繰り広げていた。
「打打打打打打打!!!!」
「りゃあああああ!!!!」
モノクロの世界で、バチと手甲がぶつかり合い、鈍い音が鳴り止まない。
「く………」
互いにダメージは蓄積され始め、そして最初に呻き始めたのはライトの方だった。
零亡とライトなら、力量は圧倒的に零亡が上。気力も実力も差が存在し、対等な物は速さのみ。
だがその功績も、力で押し切られてしまえば意味をなさない。
鈍い音の発生源は、主にライトが着用している手甲。つまり、ぶつかる際の衝撃の大部分はライトに返っているのだ。
どうにかして反撃をしたいライトだが、繰り出す隙が全く見当たらない。
だがそれは、戦うのがライトだけだった場合の話。
「『ネス・サーティア』!!」
ヒナの幼げな叫び声と共に、ライトと零亡の戦闘に横槍が入った。
水を纏い超回転をする矢が、零亡の心臓部を狙って打たれた。
「この、小娘!!」
忌々しそうに叫んだ零亡が、バチで矢を叩き落とした。。矢が向かってきた方向にいるヒナへ妖術を放とうとした。
が、
「上がってください!!」
「うっ!?」
ヒナが思いっきり飛び跳ねて魔力を流す。すると、叩き落とされた矢が動き出し、真上の零亡の右掌を正確に撃ち抜いた。
血が流れる。しかし妖術には回復技もあるようで、掌にできた穴はすぐさま無くなった。
それと同時に隙ができた。
「『界雷流転』!!」
青緑色の雷を纏った拳が零亡の足首、腰、頭を穿つ。衝撃に遅れて音が響き、界雷が頭脳と筋肉を刺激する。
「ち………」
「えぇい!!」
間髪入れずに攻撃を繰り返す。ほとんどがバチでいなされてしまうが、少しずつ攻撃が零亡に届きつつある。
それはヒナがいるからだ。隙を作ったり確実な攻撃を放ってくれているということもあるが、何より1番大きいのは、ヒナが見守ってくれているということだ。
自信がつく訳じゃない。どちらかと言えば緊張してしまう。上手くできるか心配になる。幻滅されないか不安になる。
でもそれら全てをちっぽけにしてしまうような要因がある。大したことでは無い。単に、そう見えたから、という理由だ。
ヒナの暖かい視線が、一瞬だけ姉のそれと重なって見えたからだ。
そして思い出した。昔、『上を向く理由』を聞いてきた不思議な女性。ライトは姉の顔が見たいからなんておかしな理由を言ってしまったことを少なからず後悔した。
それであの人が変われたのだろうかという不安があった。幼い時の記憶は薄れつつあったが、何故かそれだけ妙に引っかかっていた。
実際、ヒナにとっては自身の印象を変える大きな要因となった。感謝しかない。そのことをそれを言った少年に教えようとしたくらいだ。
そのお目立ての少年とたった今共闘していることを、馬鹿なヒナは分かっていない。ライトは確実に、あの時の女性だと分かっているが。
だからこそ、その変化が良い方向に向かったものだと気がついた。周りの雰囲気を明るく変え、皆の落ち着く空間を作り出すことが出来る素晴らしい人。ライトには、今のヒナがそう見えた。
そして、その人に『見守る』と言われた。ライトは思わず笑ってしまった。
どの口が言っているのか。自分よりも弱いくせに。過去に自分が助けてやったというのに。
緊迫し疲れきった精神が、ライトらしからぬ思考を促した。
それと同時に馬鹿らしくなった。実母に真面目に向き合って説得をしようとしていた自分が。ヒナぐらい適当に生きたって罰は当たらないだろう。
だからこう考えた。もっと適当に生きて、自分に正直に生きて、そうしたら罰に当たらない。『バチ』に当たらないのだ。
我ながらにくだらないと思った。ヒナが『見守る』と言った時よりも馬鹿らしくなって笑いそうだ。
けれど、その思考が自身をどこまでを奮起させる。
見守ってくれる『仲間』を守り、そして笑ってくれる顔が見たい。よくやったと褒められたい。幼い欲望が、死地を乗り越える要となる。
そうして生きた人を、快斗を見て、羨ましくなったから。
どこまでも正直に、真っ直ぐに、実母を叩きのめして説教をくれてやる。
これが僕だと胸を張って言うために。一人前の男になるために。ライトは母を乗り越える。
「遅い。」
「ハハ………」
だが、それは今のライトではできない。力量が足りなすぎて実現が不可能だ。
ライトは真後ろに立つ、気配が巨大になった零亡を見る。
その額には美しい2本のオレンジ色の角。『鬼人化』を超える、選ばれし鬼人だけが使えるその能力は、『鬼神化』。
神にさえ届きうる速度を以て、零亡はライトを地面ごと大きく吹き飛ばした。
『鬼人化』したライトですら全く見えない速度の攻撃が、ライトの体を幾度となく傷つけ、大量の傷口から出血する。
噴煙と共に天高くに放り出される。
「あぁ………僕、もう………」
泣きそうな表情で、大きな瞳の端に涙を貯めて、
「戦いたく、ないよ………」
脚色などない、純情な望みを口にした。角に、大きなヒビが入った。
同時に涙こぼれた。いつまでも、どんな生き方でも、自分は弱いと知ったから、誰かが助けてくれないと生きていけないと気づいた。
全身から力を抜いて、重力に任せて飛んでいく。ヒナの叫び声が聞こえた気がした。
それも次第に小さくなり、諦めるという選択肢に、ライトの足が向かっていく。
そうして、地面に落ちていくその時、
「光ーーー!!!!」
「ッ………」
はっきりと脳内に響く大きな声。なけなしの力で視線を下に向けた。
そこには高谷が立っている。手にはライトが知らない『何か』を持っている。
必死づいた表情でこちらを見つめる高谷を見て、ライトは申し訳なさでいっぱいになった。
無様な姿を見せてしまった。快斗が考えたこの配置にどのような意味があったかは分からないが、それでも負けて吹き飛んでいるのはライトの方だ。
期待され、見守られて、それでも勝てない自分に反吐が出る。
「はぁ………」
項垂れる。落ちる感覚さえ感じないほどに、自分の負の感情の中へ落ちていく。現実全てを見たくないと思うほどに深く。
だが、現実はそれを許しはしないようだ。
「光!!」
再度呼んできたその声に、ライトは目を開ける。高谷はライト目掛けて、手に持つ『何か』を投げ渡そうとしている。
表情は、何故か笑っている。
ライトを許すように、もう一度機会を与えようとしている。
それは、紛れもない、本物の『信頼』だ。
ライトは苦笑する。
そんなものを見せられたら、また立ち上がりたくなってしまうからだ。
それを後押しするように、高谷の口から、最後の一言が叫ばれる。
「負けんなァ!!!!」
「ッ!!」
口先だけの言葉に、ライトは便乗する。その言葉にどれほどの深い意味があるのかは知らない。だが言葉の意味を自分なりに解釈するのは自由だ。
ライトは、『負けなければいい』と解釈した。
勝たなくていい。負けなければいいのだ。
ただ、今この瞬間だけはどうしても勝ちたい。負けたくない。引き分けも認めない。絶対の絶対に、自分の実母に勝ちたい。
「らァ!!」
地面から高谷が『何か』を投擲した。不思議な感覚を誘うそれを、ライトは決心した表情で受け取る。
掴んだ手の中で輝くそれは、ライトの存在を確かめたあと、ゆっくりとライトの中に浸透していく。
「あ、あれは………!!」
それを見た零亡が地面を強く蹴った。この世の誰をも超える速度で、零亡はライトに手を伸ばした。
「それを、受け取るな!!」
ライトは必死にライトを引き止める零亡を見て、高谷が渡してきたものが何かを理解した。
そして同時に、覚悟を決める。どんな苦境が訪れようと、『負けること』だけは認めないと。
「ライト!!」
「………母さん。」
ライトは高谷から渡された、『鬼神因子』を全身で受けいれ取り込む。
莫大な力が全身を駆け巡り、ライトの力を底上げ。そして欠けた角が再生し伸びる。
「僕は負けない!!あなたに負けない!!自分にも負けない!!何があっても、絶対に負けない!!」
叫んだライトが魔力を高めた。たった今、ライトは零亡と同等のフィールドに降り立った。
『鬼神化』が発動する。ライトは神に届く速度を手にした。
「な、なんという……」
零亡は絶句する。ライトのあまりに美しい姿を見て、文字通り固まってしまった。
鬼とは言えない鮮やかさと、男とは思えない可憐さが、ライトの美しさを引き立てる。『界雷』がベールとなって纏われ、一切の攻撃を弾く防具と化す。
「我が、息子よ………」
「………。」
零亡は俯き、無言のライトにゆっくりと視線を向ける。頬には涙が伝っており、表情は晴れやかな笑顔で、ライトにこう言った。
「綺麗に、なったな。」
「ッ………。はい。」
零亡はそう告げたあと、魔力を高め、バチを強く握り直す。
「息子の晴れ舞台じゃ。主役を引き立てるのが親の役目と言えよう。」
零亡は着物を大きく揺らして構え、ライトに鋭い眼光を向ける。
「かかれライト。妾を超えてみよ。さすれば、妾はお前を1人前と認める。」
「はい。」
「悪魔について行くのも、認めよう。」
零亡はバチに魔力を纏わせる。今度こそ本気になったようだ。ライトも拳を構える。
「頑張ってくださいライトさん!!」
遠くからヒナが大きな声援を送った。ライトは笑顔でそれを受け取り、零亡に視線を戻す。
「征くぞ!!」
「行きます!!」
自身を叩き起すかのように大声をあげ、その瞬間に2人は同時に地面を蹴る。
『刃界』すら超える速度でぶつかり合う2人の武器。衝撃と音は全く発生しなかった。
「打打打打打打打打打!!」
「りゃあああああああ!!」
音が発生しないこの空間では、2人の声だけが響き渡る。目に映る光景とはかけ離れた現状に、高谷は笑ってしまう。
あの2人は、どれほどレベルの高い世界にいるのかと。
「頑張れ。ライト。」
小さくそう告げて、高谷は地面に倒れてしまう。体ではなく精神に負荷がかかりすぎた。
薄れていく意識の中で、高谷は最後までライトを激励していた。