操られているようです。ええきっと。
大軍、とは言い難い人数を連れて、ベリランダは再び『鬼人の国』に『瞬間移動』した。
「どう思うフーリエ。この邪気!!狂気!!私怖くて近づけなぁい!!」
「喚かないでくださいベリー。でも、確かにこれは酷く濃いものですね。」
ベリランダの隣には、背の高い品のある女性、フーリエが頬に手を添えて邪気と狂気で出来上がったドームを見つめる。
見つめる、と言ってもそれが見えているのはベリランダとフーリエを入れた数人の魔法使いのみで、他の剣士や兵士は全く異変がないように見えている。
だがやはり素人ではない剣士達も、その濃い邪気と狂気を感じ取ることはできるようだ。
「どうしますかベリー?」
「どうもこうもないわ。住人は何故これに気が付かないか疑問だけど、この国の武士とかなんかそういう感じの人達に頼んで避難させるべきよ!!」
ベリランダはドームに入るのを躊躇いながらも、ゆっくりとそれに入っていく。フーリエ達もそれに続いていく。
「うぇ……なんか気持ち悪ぃ……」
「まぁこんな邪気の中なら仕方ないですね。」
「そうよね……て、なんであなたは平気なのよ……」
ドームに入った瞬間にどんよりとした雰囲気に包まれた一行の中で、1人の青年だけがなんともないようにベリランダに声をかけた。
その青年は、ベリランダがルーネスを探す時に話しかけた大臣である。諸々政治事はちんぷんかんぷんなベリランダが、ボーナスを報酬に仕事から引き抜いてきたのだ。
ちなみに、青年は最初は消極的だったが、ボーナスをチラつかせた瞬間について行くと男前に言いきった。ベリランダからの好感度を少しだけ下げてしまった。
そんな青年は、ベリランダに問われると首を傾げて答える。
「そう問われても、私には分かりかねますね。邪気と狂気の耐性でもあるのでしょうか?」
「知らないわよ……まぁいいわ。この空気に惑わされる奴なら速攻城に帰していたし、ここの外務担当との話は頼むわよ。女王にはこの事を一応話していないし。」
「了解しました。女王に話さなかった理由はなんでしょう?」
「変に兵隊を連れていくとか言ったら心配を拡大させてついて行くとか言い出すでしょ。だから言わなかったのよ。」
「なるほど。」
くらい空気に慣れてきたベリランダが溜息をつきながらそう言うと、青年は何度も頷きながらメモをとっている。
ベリランダはなんのメモか気になったが、覗こうとした瞬間に殺気の籠った視線を向けられたため辞めた。
「ベリー?歩くのも面倒ですので『転移』したいのですが。」
「分かったわフーリエ。はいはいみんなぁ!!集まって!!」
ベリランダの声掛けで、全員はフーリエを中心に集まった。
フーリエは琥珀色の瞳を、遠くに見える60重塔の麓に向ける。
空高くにそびえ立つ、その塔の麓に。
「『転移』。」
フーリエが穏やかに呟くと、全員が塔の麓へ『転移』した。
「やっぱりフーリエのそれ便利ぃ。私もそれ使えたらいいのに。」
「あなたは『瞬間移動』が使えるじゃありませんか。私のものよりも1段階上の高等魔術ですよ。」
羨ましそうに呟くベリランダに、微笑みながらフーリエが言葉を返す。
フーリエが使う『転移』と、ベリランダが使う『瞬間移動』は、一見すると同じように見えるが全く違う能力である。
フーリエは、自身の視界範囲のどこでも一瞬で移動することが可能で、クールタイムなるものは存在しない。その能力を使えば、何キロ離れていようがその場所を見ることが出来れば一瞬で飛べるのだ。
ベリランダは、自身が訪れた事、または通過したことのある場所に移動ができ、クールタイムは10秒ほど。フーリエとは違い、記憶を頼りに飛ぶ術なので、仮に閉じ込められた場合でも脱出することが出来る。
「まぁ、今はどうだっていいでしょう。ここの外務担当の大臣は確か………」
「確か『鬼人の国』では流音という人物だったはずです。」
「やっぱ君役に立つね。連れてきてよかった。」
ベリランダはポンポンと青年の頭を叩いたあと、面倒くさくなったのか流音探しと諸々の報告を全て青年とフーリエに丸投げし、邪気と狂気を調べ始める。
「ボーナス、弾むと考えてよろしいですか?」
「君って結構お金好きなんだね……。まぁ、いいよ。女王の私金から出すから。」
ベリランダが適当に青年に言うと、青年は強く頷いて塔の中へと進んでいく。戦闘能力のない青年にはフーリエを付け、ベリランダは2人を送り出した。
「さぁて、このドームは一体、なんのために出来たのかな?」
ベリランダはドームに干渉するために目を閉じ集中する。確かな魔力の繋がりがどこかへ通じている。ひび割れた時空の割れ目の隙間を、忌々しい魔力の紐が通っている。
心臓が鼓動するように何度も膨らんでは縮むを繰り返すその紐を見つけたベリランダは、吐き気を催しそうな程に気色の悪いそれを断ち切るかどうか迷う。
「この先に悪魔達がいるかもだし、かと言ってこのままにするのも気分が悪いわね……どちらにしろ、確実性がない以上、私がどうこうできるようなものではないわ。」
ベリランダはドームへの干渉を辞め、ふぅ、と溜息を着いて目を開けた。それから兵士達に
「異常の根源は発見したわ。あれを断ち切るために魔術宝剣の準備をお願い。でもすぐに切ってはいけないわ。根源が時空を超えてどこかへ通じている。そこに悪魔達がいるかどうかだけ確認しないといけない。」
早口に述べるベリランダ。その言葉をしっかりと理解した兵士達は、1本の金色の剣を用意し始める。
魔術宝剣。呪いの類の魔術を根こそぎ消し去る、メサイアの『不動の糸』を発動する救石と同等の強力な魔具である。
呪術と呼ばれる魔術には必ず紐が存在し、その紐がもつれたり切れたりすると、呪術は自動的に解除される。呪具を使われた場合は、発動する前に破壊、もしくは無力化すれば無効にできるが、発動してしまえば止める手段はない。
「かなりの術式だけど、維持するのは相当な負担と莫大な魔力がいるはず………媒体はどこにあるのかしら。」
ベリランダは浮かび上がり、媒体を探すと兵士達に告げて飛び回る。
街の所々には、小さな時空の裂け目が幾つか出現しており、消えたり出たりを繰り返している。
「そりゃあ、この街まるまる飲み込むほどの魔術だし、欠陥が出ることはあるわよね。」
頷くベリランダは、『鬼人の国』で媒体となり得そうな物を考えながら、ふと、ある違和感に気がついた。
「そういえば、ここの住民を見ていないわね……」
ベリランダがなんとなしに周りを見回した。その瞬間に、違和感が嫌な方向へ一気に傾いた。
「待って。待って待って待って。商店にも大通りにもどこにもいないってどういうことよ。」
ベリランダの頭の中に、最悪な状況が思い浮かんだ。半ばそれを否定するように、ベリランダは住宅のドアを強く叩いた。
「ねぇ!!誰かいない!?返事して!!」
大声でそう叫んだが、中からの返事はない。表情を蒼白に染めたベリランダは、勢いよくドアを開け、中を確かめた。
「は………」
そこには、衰弱して干からびた家族と思われる4人の鬼人が寝転がっていた。
「嘘……でしょ……ここの女王は何をしているの!!」
その隣も、その隣の家の中にも、衰弱しきった鬼人達が寝転んでいた。
ベリランダは強い憤慨を隠すことが出来ず、家から勢いよく飛び出して兵士達の元へ飛んでいく。
「ねぇみんな!!まずいことになってるわ!!媒体は住民で……みんな?」
ベリランダは叫び声を上げ、兵士達にこのことを伝えようとした。しかし、そこには身体中に大きな傷を付けて死んでいる兵士達が転がっていた。
「ちょ、嘘でしょ……?か、完全に死んでるんですけど……。な、なんで……」
「ベリー!!」
絶句したベリランダの背後から、大きな声がかけられた。ベリランダがその声に振り返るよりも早く、その矮躯を誰かに掴まれ、その場から一瞬で『転移』した。
「はぁ……フーリエ!?それと、若大臣君!?」
「ベリー。気をつけてください。」
「え?」
ベリランダを抱いたフーリエは、頭から血を流し、メイド服は所々敗れていて、ベリランダとは逆の腕に青年を抱いている。
「ど、どうしたの!?」
「まずいことになりましたよ。外務担当の流音という人物はいたのですが、どういう訳か角を生やして追いかけてきたんですよね。フーリエさんに助けてもらいましたけど、あれはきっと操られてますよ。ええきっと。はぁ、お金を求めると、なんでこんなに嫌なことばっかり起こるんですかねぇ。」
「君、結構逞しいね………。」
逆側に抱かれた青年の言葉に、ベリランダは溜息を着いて一言青年に言った。フーリエはベリランダを離したあと、青年を抱き直して塔に視線を向けた。
「ベリー。分かりますわよね?」
「ええフーリエ。あの強い魔力は……」
と、塔の入口が大きな音を立てて炸裂し、飛び散る瓦礫の中から、美しい2本の角を生やした着物姿の女性、流音が現れた。
「止めますわよベリー。あの方は操られているようです。」
「確かに嫌な感じね。いいわ。やってあげる。」
ベリランダは自信満々にそう答えたあと、魔力を高めて戦意を示した。
それから、黒ずんだ空を見上げて、
「なんだか面倒なことになったわね。早めにみつけてあげるわヒバリ。あなたの弟のためだもの。」
ベリランダのその言葉をきっかけに、フーリエ&ベリランダvs流音の戦いが始まった。
その端っこに投げ出された青年は、溜息を着いて、ベリランダに着いてきてしまったことを猛烈に後悔するのだった。