見守って
『あいつのためだ。お前もついて行ってやってくれないか?この前見つけたエレストの最高級スイーツ奢ってやるからよ。頼む!!』
『おぉ!!言いましたね!!絶対に後でそれ無しとか言わないでくださいね!!いいですやってやりましょう!!』
こんな軽い言葉に乗っかってしまった自分を、ヒナは強く叱責していた。というか、叱責というレベルを超えて、自分に殺意を抱くくらいに後悔していた。
「ひぃ!?ひぃい!!なんですかなんですかなんですかぁ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!!死んじゃいますぅ!!」
「う…………暴れないでくださいヒナさん!!当たっちゃいますよ!!」
雨のように降り注ぐピンク色の魔力弾が、ヒナを抱えたライトに向かって放たれる。
『刃界』が見えないヒナからすれば、ライトと2人を狙って放たれた攻撃は、天地が入れ替わるばかりの景色の中では全く見えなかった。
「あわわわわわわわ!!の、脳みそが潰れりゅぅぅぅ…………」
「ッ!?ヒナさん!?」
見える景色と聞こえる音のタイミングがブレ始め、頭脳を揺すられ、血液が遠心力で脳にたまる。ヒナは鼻血を吹き出して気絶してしまった。
結局のところ、なんのためにライトについて行ったのか。ライトは失笑することしか出来なかった。
「うわっ。」
と、1つの魔力弾がライトの太腿に直撃。その華奢な足に穴を開けた。あまりに呆気なく貫かれた足を見て、ライトは情けない声を上げて倒れてしまう。
「い…………」
貫かれた痛みに悶絶しながらも、ライトは自身の腕の中から放り出されてしまったヒナの身を感じる。
既に魔力弾の雨は止んでおり、ヒナが貫かれる心配はないが、それでもライトはその小さな体が自身の手の届く範囲に居ない事に不安を抱く。
「ぶぁっ!?はぁ、はぁ。ど、どうなりましたか!?」
落ちた衝撃で意識が覚醒したのか、ヒナが勢いよく頭をあげる。一通り辺りを見渡したあと、足から血を流しているライトを見て驚愕する。
「ライトさん!?まさか私を庇って……」
「しくじっただけです。それより、血を……」
ライトがヒナに手を伸ばす。ヒナはハッとしたような表情になると、懐から1つの瓶を取りだした。
その中には、高谷から採取した血液、つまるところ、回復薬が入っていた。
「はい。口開けてください。」
「あぁぁ………」
ライトが開けた口に、ヒナが血を流し込む。
足の穴は再生し、砕けた骨諸共元に戻った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「諦めて投降したかと思いきや、よもや何も成長も何もなしに飛び込んでくるとは…………その女も使い物にならぬなぁ。」
「むむ。」
荒い息を吐きながら立ち上がるライトの背後から、呆れたような女性の声がかけられた。ヒナがその言葉に不満を感じ、声の発生源に目を向ける。
「なんじゃ凡骨。不満か。」
「不満ですよ!!使い物にならないって!!」
「実際なっておらんじゃろ………」
両手を掲げて憤慨するヒナに、女性、零亡は頭を抑えてため息をついた。
「お前らの策は、どうもよく分からん。一体何がしたくてここに戻ってきたのじゃ。」
「あなたを、倒すためです!!」
零亡の問いに、ライトが地面を踏みしめて大声で答えた。嚇怒を表すようなその声音は、ライトの内なる魔力を覚醒させる。
額から角が姿を現し、纏う雷は青緑色の稲妻に変化する。
急変化したライトに、ヒナが驚いたような視線を向ける。
「快斗さんはまた、僕に機会をくれた。ここであなたを倒さないとケジメがつかない。」
「ケジメ…………ケジメか。」
「みんな戦ってる。僕の実母が起こした最悪の事態を収めようと、全力で戦ってくれている。」
「…………ほう?」
「だから僕も、目の前に居る『敵』を全力で倒すって決めたんだ!!」
ライトが強く踏み込み、地面が炸裂して陥没する。吹き上がる噴煙。それをヒナが認知するよりも早く、ライトは零亡に拳を振り下ろしていた。
「りゃぁああ!!」
「ケジメか。くだらん。」
『刃界』の中で、ライトの拳は、零亡の持つバチで簡単に受け止められ、弾き飛ばされた。
「ケジメやらなんやら言っておるが、それは単に、お前の意識の中で、『不安』として残る妾を排除したいという欲求に過ぎん。」
「ちぃ…………」
着地と共に地面を蹴り飛ばし、零亡の周りをジグザグに走り回るライトは残像さえ写す。
文字通りの閃光が何度も零亡を穿ち、その度に抑えきれなかった稲妻が溢れかえる。
「速いだけで全く攻撃の手段は変わっとらん。」
「りゃあ!!」
「どこから来るか。どう放たれるか。どの程度の力加減か。全てが容易に分かるぞ。」
零亡が迫る拳をバチで流し、ライトの左足に足払いをかける。
バランスを崩したライトは、その速度のまま地面に倒れていく。
「すぅ………」
零亡は静かに息を吸うと、バチを握る力を今までよりも強めた。
「打打打打打打打打打打打打!!!!」
独特な掛け声とともに、細いバチが唸りを上げてライトの身体中を叩き潰す。時間が止まったかと錯覚するほどの速度の攻撃は、ヒナは勿論ライトさえ見ることが出来ない。
「打!!!!」
最後の掛け声が聞こえた瞬間、零亡はライトの鳩尾に鋭い蹴りを入れ、ライトを吹き飛ばした。
途端、やっと脳にたどり着いた神経からの信号が、全身の痛みを訴える。
骨が砕けそうなほどの威力を全身に浴びて、ライトは吹き飛びそうな意識を必死で引き繋ぐ。
着地をしてから、再び零亡に突撃をしようとした。しかしあまりの痛みに、地面を蹴る力は微力そのもので、その場から少し進むことしか出来なかった。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
「お前は荒い息ばかり吐いておるのぅ。」
零亡は動けないライトの目の前でしゃがみこんで、
「良いか。お前がどう妾に反抗したとて、妾が負けることは絶対にない。」
「うぅ………」
「悪魔など、凡骨以下の低俗で邪悪な、糞にも等しい存在じゃ。人類悪、というのが正しいか。お前は何故やつに従う?」
「従って……るんじゃ………ない……」
「ほう?ならなんじゃ。なんだと言うのじゃ。言ってみろ。」
窘めるような口調の零亡は、ライトの瞳をじっと見つめている。その瞳の奥に、怒りとはまた違う感情があるのを感じて、ライトは少し、怯んでしまった。
「なんじゃ。早く答えんかライト。」
「ぼ、僕は………」
ライトは形のいい眉を逆はの字にして、弱く睨めつけるような視線を零亡に向けて、
「僕は、快斗さんの、仲間だ!!」
強い口調が叩きつけられ、零亡の耳と脳を震わせた。
言ってやったと、小さく芽生えた反抗心に報いたことに、ライトは少しだけ歓喜した。
しかし、その感情はもう一度顔を上げた瞬間に消え去った。
零亡は、今にも泣きそうな、悲しそうな表情だった。
「…………そうか。ならば、」
零亡は立ち上がり、バチを振り上げて、
「少し教養する必要が、あるようじゃなぁ!!!!」
妖気を纏わせた一閃を、ライトの背骨目掛けて振り下ろした。ライトは来る衝撃に耐えるため、体に力を入れて目を閉じた。
が、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。
それは何故か。ライトが目を開けると、零亡は自身の手を見つめて震えていた。ライトも零亡のその手を見て目を見開いた。
掌のど真ん中に、光り輝く弓矢が突き刺さっていた。
「ふぅ。使え物にならない者呼ばわりは、これでなくなりますかね。」
「ッ…………お前………!!」
零亡が睨みつける先には、弓を零亡に向けたまま笑っているヒナがいた。
「何故だ。矢が妾には見えんかったぞ。」
「私の能力ですよ。私が打った瞬間に時空を捻じ曲げてあなたの手まで一瞬で移動させました。」
零亡は悔しそうに手から矢を引き抜いた。流れ落ちる血と、地面に落ちた瞬間に消え去った矢は、光を撒き散らして輝いていた。
「ふ………!!」
その瞬間に、ライトは両腕で自分を真後ろへと突き飛ばし、零亡から距離をとる。ヒナが駆け寄ってきて、ライトに高谷の血を渡した。
ライトは瓶を口の上で割って中身だけを吸い取るように飲み干すと、身体中の痛みはたちまち消え去り、魔力循環が正常に働き始めた。
「ヒナさん……。」
「はい。何とか見えますよ。『耳長族化』すれば、私のステは爆上がりですから。」
長くなった耳を撫でて、ヒナがそう答えた。ライトは頷くと、零亡に再び向き直って構えをとった。
「ち…………面倒な輩を連れて来おって………だが女よ。妾を射抜けるのは今だけよ。ここからは油断せん。」
「あらぁ。ライトさん。私使い物にならないかもしれませんねぇ。」
「…………居てくれるだけでいいです。見守ってくれてる人がいると、やる気は出ますから。」
ライトがヒナに微笑んだ。稲妻で光輝くライトの微笑みは、ヒナの目にハッキリと焼き付けられた。
ヒナは思い出す。快斗に『ついて行ってやってくれ』と言われたことを。『ライトのために』と言われたあの言葉を。
目の前の美人な男の子を見守る理由はできた。なら、ヒナがやることは、
「いいでしょう。ずっと見守ってあげますよ!!私、全く役に立ちませんけど!!」
「ありがとうございます。」
ヒナが大きく声を上げてライトの背を押した。ライトは決心したような表情で零亡に飛び込んでいく。
その表情は少し、苦しそうな曇ったものだったが、早すぎるライトの顔など、誰一人として見えなかった。