零亡との連戦
閃光と雷鳴がぶつかり合い、火花が花火のように大きく舞い散る。
眩い光に包まれた空間を、2人の鬼人が駆け抜ける。拳とバチが激しく交差する。
どちらも光を超えた速度の世界、『刃界』で戦っているのだが、拳を振るう鬼人、ライトは、自身が圧倒的に相手の零亡の速度に劣っていることを感じていた。
全力を持って足を回し、空気さえ追いつけない速度で零亡の頭部を狙うが、ライト以上の速度で動くことが出来る零亡は全く掠らせず、余裕を持ってその攻撃を躱した。
零亡が強く踏み込み、バチがライトの鳩尾を抉るように叩きつけられた。くの字に曲がったライトは血を吐き出すが、吹き飛びはせず、その場に雷の力でとどまった。
「『星雷』!!」
「『紅蓮狐』。」
不規則にねじ曲がった雷がライトの周辺から放たれ、即座に反応した零亡はバチに妖術で妖狐を宿して雷を弾き飛ばした。
雷を打ち消したバチは振り下ろされ、ライトの両鎖骨を破壊する。身体中に響いた衝撃によって内臓が震え、吐く血の量はさらに増した。
「くぅ………」
「ほれどうした。姉を助けるのだろう?」
「ぐ!?」
煽るような声音の零亡は、痛みに必死に耐えるライトの右太腿にバチを突き刺した。
先端が丸く、剣よりも太いバチが肉体を貫いたのは、零亡の魔術なき純粋な力と恐るべき速度があってこそ出来る芸当だ。
バチが引き抜かれた瞬間、噴水のように血が吹き出し、それに伴って激痛がライトに襲いかかる。
「が、ぁああぁぁ………」
「ふむ。今のも反応できないのか。」
零亡は着物を翻して回転したかと思うと、ライトの視界の天地が逆さまになる。
零亡の足払いのせいだ。あまりに速い足払いのせいで、ライトは転ぶどころかその場で回転しているのだ。
「ふぅ。」
「うぐっ!?」
がら空きのライトの腹に蹴りをかまされた。吹き飛んでいくライトの先には、回り込んだ零亡がライトを蹴りあげようと構えている。
「く………『轟雷』!!」
全身から激しい雷が放出された。だがそれは零亡の妖術によって一瞬で抑えられてしまった。
「そんな、、」
真下から迫る零亡の足が、ライトの肋を直撃した。嫌な音がして、続いて強烈な痛みと衝撃が、ライトを突き上げた。
「ん、がは……ぁ………」
「この程度で折れるのか。お前の肋は貧弱よのぉ。」
完全に右側の肋が1本は折れた。内臓につき刺さらなかったのが不幸中の幸いだが、痛みのあまりにライトは右腕が動かせない。
ライトは左利きだが、拳闘士は両腕を揃えてこそ実力を発揮するのだ。片腕を封じられたところで動けないとまでは行かないが、両腕が揃った状況で勝てなかった零亡に、片腕なしで勝てるはずがない。
(あれ?………僕、終わったのかな………?)
そんな思考が脳内を過ったライト。一瞬体に諦めたような脱力感を覚えた。そんなライトの背中に、強く踵が捩じ込まれた。
勢いよく落ちてゆくライト。視界は赤く染まり、世界は回り続けて見え、何が何だかわからず、方向感覚さえ失ったライトに、もう一度強い衝撃が伝わった。
また違う方向へと飛ばされる。その先でも衝撃を受け、また別へ飛び、また衝撃を受ける。
何十回何百回と繰り返され、ボロボロになったライトはついに衝撃の嵐から開放された。と同時に、勢いよく地面に落ちて血を吐いた。
「んが…………」
肺には押し出されたように空気が足りず、血塊で塞がった喉は酸素を吸い込もうと鼓動を繰り返す。
「しぃっ!!」
ライトは痛いのを承知で自身の腹を殴り、血塊を無理矢理吐き出した。
通り道が出来た喉いっぱいに酸素を取り込んだ。肺が活動を再開し、全身に酸素が行き渡り始める。
「げほ………げほ……」
ライトは全身の痛みを耐えて立ち上がる。左腕は肋の痛みで上がらない。感覚がない右手の人差し指はひしゃげ、あらぬ方向へ折れ曲がっている。
淡麗な顔は何故だか傷つけられていなかったが、身体は生命をつなぎとめるので精一杯だった。
「我が息子よ。」
「あぅ………」
立ちくらみがするライトを、暖かい何かが優しく包み込んだ。近くから発せられた声音からして零亡だろう。
「分かったか?これがお前の力量じゃ。『鬼人化』さえしていない妾に勝てないのじゃ。」
「あぅ………」
「妾はお前に無駄死にして欲しくないのじゃ。お前はまだ生きていないといけない。」
零亡はライトをゆっくりと近くの岩の近くへ座らせた。ライトは意識がどんどん闇へと沈んでいく。
「ようやった。少し寝ておれ。妾が悪魔を鎮めてこよう。ついでに姉も探す。」
「あ…………」
ライトは零亡を引き留めようとしたが、体に力が入らず、小さなうめき声をあげることしか出来なかった。
零亡は着物を翻し、激戦区へと歩んで行く。と、零亡は思い出したように振り返り、
「忘れるところじゃったが、」
零亡がバチとバチをぶつけ合い、甲高い音を立てた。瞬間、どこからか大きな気配が迫り、ライトのすぐ横に降り立った。
ライトが顔を上げる。横に降り立った気配が誰なのかは、縮まる視界に収めたことで正体を掴んだ。
「師匠…………」
虚ろな瞳をもつエリメアだった。額には1本の立派な角が生えている。今のライトなら一瞬で殺されるだろう。
「お前が何をするか分からないのでな。見張り兼護衛として此奴を置いておこう。それとライトよ。」
零亡はライトの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「妾が悪魔を殺そうとする理由は、決してお前に悪影響が出るからという訳では無い。まぁ、その理由も少しはあるが、愛息子が大切にする仲間なのなら、悪魔でも構わないと最初は考えた。しかし、妾はそれ以前に、奴を殺さなければならない。」
零亡はライトに笑いかけ、
「妾は、『狂神因子』を取り込んだのじゃ。」
「え………」
「故に、悪魔は妾の敵な訳じゃ。殺らなければ妾が殺られる。それは嫌なのじゃ。妾は今の今まで、お前にあったのは出産の時だけだったのでな。こんな自分可愛さからの理論だが、どうか理解して欲しい。」
零亡はライトの頭を優しく撫で、
「ここで、待っていてくれるか。愛息子よ。」
「…………。」
ライトにはその問いに答える余力がない。既に意識は途絶え、電源の切れた機械のように動かない。
零亡はそれを確認し、エリメアに一瞥をくれると、覚悟を決めたように戦場へと向かっていった。
「不甲斐ない母親を………どうか許してくれ。」
儚い呟きは、戦場の音にかき消され、誰の耳にも、その言葉は届かなかった。
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零亡が去ったのと、高谷と暁が異空間から脱出したのはほぼ同時だった。
「んぶっ!?」
「むっ。」
空中に投げ出された2人は仲良く落下。高さは案外高く、頭から落ちれば死ねる。メドゥーサを倒した時と同じ高さだ。
だが、片方の人間は『不死』であり、どんなに傷ついても再生する。故に、
「すまぬ。不死殿。」
「ひ………酷すぎない……?」
高谷は暁の下敷きとなり、回転していた暁の刀が右目を貫いた。
落ちた衝撃でそれは更に深く刺し込まれ、脳を直接切り裂いてしまった。とは言っても、再生するので関係ないが。
「不死殿は不死故、つい。」
「びっくりしたんだよ。落ちてると思って上見たら刃が迫ってきてて、あろうことか頭脳まで引き裂くなんてね。」
笑みを浮かべる高谷だが、流石にご立腹のようだ。察した暁はからかうのを辞め、刀を鞘に収めて立ち上がった。
「ともかく、現状がどうなっているのかが気になるところ。何やら強大な気配を2つ感じるでござる。」
「まぁ確かに。それに、何だか近くにとても衰弱してる気配が………」
高谷がそう言って辺りを見回すと、
「あ!!」
「不死殿?」
高谷が立ち上がって、燃え盛る瓦礫の中へ突っ込んでいった。
「ふ…………」
片腕を肥大化させ、瓦礫を全て打ち上げた。
落ちてくる前に、その中で眠っていた人物を引き抜いて飛びず去る。瓦礫が地面を直撃して火の粉が舞う。
追いついた暁が、高谷が抱いている人物を見て目を見開いた。
「その方は………」
「ヒバリさん!!しっかり!!」
肌が黒焦げになった、意識のないヒバリを、高谷は脈を測りながら必死に起こそうとする。
「しょうがないか。」
高谷が手首を切り裂いて、ヒバリの口にゆっくりと流し込む。全身の傷が蒸気を上げ、徐々に塞がって行く。
「よし。脈は安定してて、息もある。あとは疲労による睡眠だね。寝かせてればいつか………」
「驚いたでござるな。不死殿は医者でござるか?」
「俺は血液恐怖症だから、医者にはなれないかな。まぁ、自分の血なら大丈夫何だけど。」
ヒバリを背負い、高谷は安全地帯を探す。暁は刀を背負い、護衛のような形で高谷について行くことにした。
と、高谷が立ち上がった瞬間、すぐ側に強い魔力を感じた。それがどこにあるのか、暁は刀を引き抜いて構えた。
ふいに、緊迫状態の2人に声がかけられた。
「なんじゃ。暁か?何故ここにおる?」
「む。女帝殿。」
声が発せられた方を見ると、そこにはバチを緩く持つ零亡が佇んでいた。雰囲気からして、殺意は今のところないようだ。
「お前は招いていないはずだが………メドゥーサの反応が消えたのと関係がありそうじゃな。」
「メドゥーサなら、拙者が斬り申したでござるよ。あまりいい生物ではないと思うでござる。」
「ふ。そうか。相変わらず、お前は異常者であるな。」
零亡は馬鹿らしいと鼻で笑って、姿を消した。
「ッ!!」
「『妖狐乱舞』」
と、暁の足元から赤黒い正気でできた狐が4匹出現し、暁を襲おうと殺到した。
「『火炎陣・炎海』」
暁の髪が赤く染ったかと思うと、優雅に一回転した暁の周りから大きな炎が出現し、狐を全て焼き払った。
「さて、どういうつもりでござるか女帝殿。」
「ふむ。お前がいると面倒事が増える。妾ではお前には勝てないが、お前に勝つことが出来る者はいる。奴と戦わせる前に、体力を出来るだけ奪うだけよ。」
暁がバチを高速で振り下ろす。高谷には全く見えないが、暁にははっきりと見えているようで、ほぼ止まって見えるほどの速度でバチを躱している。
「女帝殿がその気なら、拙者もそれに応えるべく力を振るい申すが………良いのでござるな?」
「お前とは良好な関係を持っていたかったが、どの道いずれ殺す予定だった。ここで殺したとて支障はない。」
零亡と暁がぶつかり合う。高谷は戦闘に巻き込まれないために、2人から距離をとった。
「暁さん!!俺はヒバリさんを連れて逃げるけど、いい!?」
「構わぬでござるよ!!『剣聖』のために行くでござる!!」
「ごめん!!」
高谷が暁にそう伝えて瓦礫をとびこえてゆく。零亡は高谷に背負われたヒバリを見て少し笑うと、
「あれが『剣聖』、か。口ほどにもない。」
「む。」
「まぁ、よい。」
零亡がバチを暁へと向ける。
「勝負じゃ暁。いつか、お前とは全力でぶつかり合いたいと思っておった。」
「………見え透いた嘘は不要。」
笑って告げる零亡に冷酷に言い放って、暁は魔力を高める。
「行くでござるよ女帝殿。貴殿にはなにか恐ろしい考えがあると見て、ここで捕らえるでござる。四大剣将として、友として。」
「そうか。なれば全力で征くとしよう。」
零亡はバチを構え、
「来い。暁。」
「いざ、参らん」
連戦続きだと言うのに、暁には疲れた様子がない。むしろ、零亡との戦いに心を躍らせていた。
が、同時に、『いずれ殺すつもりだった』という言葉が、思った以上に暁の心を抉りとったのは、誰一人として知ることは無かった。