拒否と嫌悪と勝利
国の防壁の傍、たった今意識が戻った人物がいた。
津波に流された輪廻だ。
「はぁ………一体何が………?」
力が入らない体を何とか動かして、輪廻はよろよろと立ち上がる。
「は………!?」
立ち上がった瞬間、遠方から凄まじい魔力と殺気を感じた。目を向けると、真っ赤な魔力と、紫色の魔力がぶつかり合っている。
「あれは………」
輪廻が意識したのは真っ赤な魔力。それが誰のものか、輪廻は容易に想像できた。
「悪魔は戻り、阿修羅が押されているか………。ならば………」
輪廻の口元に邪悪な笑みが浮かぶ。輪廻は弱った体を酷使して、阿修羅のものへと向かう。
「殺せると思うなよ悪魔。これより、阿修羅の完全復活を讃えよう。」
輪廻はそう呟いて、ひたすら屋根の上を走っていった。
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「『冥光陣・流星』」
「チィ……」
どこからか光の流星が降り注ぐ。宙に浮かぶメドゥーサは、忌々しそうに舌打ちをして、全ての流星を躱し防いだ。
「ハハ!!すごい力だ!!流石は四大剣将だね!!」
「せぇい!!」
音速で飛来するメドゥーサを、光速で暁が追いかける。
刀が唸り、メドゥーサの体に吸い込まれるように斬撃が舞う。
「『冥光陣・閃光』」
斬撃が飛ぶ。距離を取ろうにも、飛んでくる斬撃がメドゥーサを追いかける。
「邪魔だなぁ!!」
胸の大目玉から光線が放たれた。光の斬撃は、全て等しく石となった。突き抜けた光線は、やがて暁へと到達する。
「ふ…………」
体を左へ傾け、同時に時計回りに体を回した。胸のすぐ側を光線が過ぎ去っていく。
「斬撃でほぼ視界が封じられてたのにぃ。」
「命の危機は、拙者が見ずとも体が教えてくれるでござる。」
「なるほど。第六感って訳だ!!」
狂気的な笑い声を上げ、メドゥーサは一直線に暁へと突撃する。刃を振るい、暁の首を狙った。
「当たり申さん。」
常人には見えないほどの速度だが、暁の視界にはハッキリと刃が映っていた。
「ありゃ?」
「後ろ。隙ありにござるよ。」
「いたっ!?」
刃が首を触れる寸前、暁の姿が消えた。光をも超える速度での飛行は、メドゥーサでさえ視界に捉えることが出来なかった。
後ろへ回り込んだ暁は、容赦なく刀で背中を斬りつける。斬られた瞬間に、メドゥーサは暁から距離を取ろうと飛来するが、またすぐ後ろに回り込まれた。
「チィ。」
「『冥光陣・閃光』」
大量の雨のような斬撃がメドゥーサを襲う。隙間をぬけて、メドゥーサは暁へと光線を放とうとしたが、この行動を読んでいた暁はメドゥーサの真上へ回り込み、その頬に肘を叩きつけた。
想像以上の威力だったようで、メドゥーサは宙に留まることが出来ず、地面に激突して跳ねた。
「貴殿自身も石になれるのならば楽な話でござったが………」
「流石に、自分の能力で、石になるようなヘマはしないさ!!」
「むぅ。」
意地が悪い声を上げたメドゥーサに、暁が頬を膨らませ唸る。飛びかかってくるメドゥーサを刀でいなし、隙をついて突き技を放つ。
「当たってないなぁ!!」
「本気はこれから!!」
刃と刃の打ち合いがいっそう激しさを増す。飛ぶ斬撃が空間を支配し、離れている高谷でさえ指が斬り吹き飛んだ。
「こ、この距離で、反応さえ出来なかった……!?」
高谷は今、目の前の2人の戦いが想像以上のハイレベルな戦いだということを改めて感じた。
「はぁ、はぁ、はぁ!!」
「ッ!!」
メドゥーサの声が、次第に甘味を帯びる。妙な嫌悪感を感じ、暁が眉を顰める。
「いいね。いいよ!!君は凄いよ!!」
「なにを………」
「人間。人間。人間!!今僕は、人間の良さを実感しているよ!!」
「ッ………!?」
刃の速度が上がった。音速から光速へ。打ち合う音はもはや刃に追いついていない。
「好きだ!!僕は君が好きだよ!!もっと斬り合おう!!ずっと戦おう!!君を石にしたい………石にして、僕の1番の……そう!!妻として!!石になってくれよ!!」
「う…………」
不気味で歪んだ愛を押し付けられ、暁でさえ嫌悪感に震えた。たまらずメドゥーサから距離をとる。
「待ってよ……。僕の愛しい人間!!」
「ッ……!!来るな………!!」
滅多に見せない、本気での拒否を表した声を放ち、暁は光の斬撃を雨の如く振り落とした。
だが、もう何度目か分からない同じ攻撃は、呆気なく石へと変えられ、簡単に地面に落ち砕けた。
「君を感じたい。繋がりたいのさ!!」
「う………」
「これほどの興奮は感じたことがないよ!!僕と対等に……しかも空で!!誰にも邪魔されず!!穏やかに!!僕に対抗できた女性なんて君だけだからね!!今までも、これからもさ!!」
「…………むむ?」
降りかかる言葉に気持ち悪さが込み上げていた暁だったが、最後の言葉にふと疑問を感じた。
飛行。対等。女性。対抗。君だけ。今まで。これから。
特に引っかかったのが『君だけ』という言葉。
暁の脳内に、ある人物が映りこんだのだ。自身と同じく四大剣将。飛行可能で美しく、地震と互角レベルで、否、この世界で最も強いと言っても過言ではないその人物が。
「ふぅ………!!」
「え?」
暁の刃の速度が格段に上がった。メドゥーサの右肩が深くえぐられた。
「何が?」
「む。これは……」
メドゥーサが驚愕して動きが止まった。暁はえぐられた肩口を見て、
「すまぬ。彼女を思い出したらつい。」
「き、君は……誰を思い浮かべたのかな……?君をこれほどまでに刺激するなんて……」
「んー………」
暁は頬に指を当てて考える。脳内に浮かぶ様々な人物の名前の中から、答えを探し出すが、
「思い出すのも面倒でござるよ。」
「?」
「ただ覚えてるのは、彼女に対する対抗心と、歓喜だけでござる!!」
刀が振るわれた。光さえ追いつけない。メドゥーサの右肩は呆気なく切り落とされた。驚愕に再び硬直したメドゥーサに、暁は容赦なく斬撃を叩き込む。
「ぼ、僕以上に……君はその人に興奮するのかい!?」
「突き詰めれば、そうなるでござるな!!拙者は、愛すなら男がいいでござるがな!!」
「ッ!!駄目だよ……君は渡さない!!初めて僕にこの感情を芽生えさせてくれたんだ!!どこの誰とも知らない女に渡す訳には行かない!!
ニンゲン!!ニンゲン!!」
メドゥーサの声音が、人間の青年のものから不気味な魔獣の声へと変わってゆく。本性が現れ始めた。初恋を数秒で打ち砕かれたのが、相当応えたらしい。
「僕のぉぉ………妻にぃぃ………」
「拙者が何故貴殿の家内にならなければならないのでござるか。」
暁は少々怒ったような声で、
「貴殿はどう見ても、気色が悪いでござる。拙者は高谷殿の方が何倍も好きでござるよ。」
「え?」
「ッ!!くそぉぉおおおお!!!!」
急な言葉に、高谷が素っ頓狂な声を上げてしまった。メドゥーサは頭を抱えて縮こまったあと、怒りを爆発させたように暴れ始めた。
「要らない!!君はもう要らないよ!!くたばれぇぇぇぇぇぇえええ!!!!」
「断固拒否でござる。」
暁が刀を掲げて目を閉じた。魔力が高まってゆく。手の甲には『斬』という文字が浮かび上がり、刀が強く輝き出す。
暁は目を開ける。羽は消え去った。しかし暁は溢れ出す魔力で無意識に足場を形成。力強く刀を構え、薄笑いをうかべた。
それは、暁の独壇場の準備が整ったという合図だ。今まさに、暁は本当に本気を出すことが出来る。
「な…………」
「いざ、尋常に。」
「ま、待て!!」
メドゥーサの本能が、暁は危険と知らせている。メドゥーサは情けない声を上げて暁を静止させようとするが、1度決断すれば止まらない主義の暁は、そんな言葉に耳を貸すことは無い。
「あぁもう!!やってやるさクソニンゲン!!ここで喰らい尽くして、肉塊を石にして砕いてやるよ!!臓腑も!!骨髄も!!君の墓だって、無垢なただの石に変えてやるぅぅうう!!!!」
メドゥーサが赤黒い魔力を纏う。踏ん張って空間を舞う暁の真正面から、メドゥーサも突っ込んで行った。
高谷は目を見開いていた。2人の力量があまりにかけ離れているからだ。それは自分から、ということもあるが、1番驚いているのは、2人の力量の差だ。
現在のメドゥーサの獄値が8023。
現在の暁の獄値は……………10286。
「あはは………こりゃ誰も勝てないや。」
暁とメドゥーサの距離が縮まる。マッハの世界での斬り合いだ。勝負は1度きり。
どちらが斬り殺されるか。それだけだ。
「アァアアアア!!!!」
「せぇええええい!!!!」
互いにあげた雄叫びは、覇気となってぶつかり合う。吹き荒れる激昴の中、メドゥーサが空間を斬り裂く轟速の刃が、暁の首目掛けて振るわれた。
真正面から飛び込む暁は、それを交わすことが出来ない。構えた刀を首に添えるには距離がありすぎる。
メドゥーサが勝利を確信したその時、
「『時空陣・透過』!!」
「はぁ!?」
暁の瞳と髪は銀色に染まり、今の暁は時空を操ることが出来る。暁は、自身の首を一時的に異空間へと飛ばし、刃をすり抜かせた。
暁だからできる芸当だ。メドゥーサはそんな暁のありえない技に驚愕が隠せない。
「そんなの………反則だろぉぉおおお!!!!」
メドゥーサの悲痛な叫び声が響き渡る。それは心の底から、死を恐れているというサインだ。
暁は、刃を振り上げる。輝く刃は、今まさにメドゥーサを捉え、体を斬り裂こうとしていた。
「い、石になれぇ!!」
「む。」
メドゥーサが胸の大目玉から光線を放った。
『時空陣』は間に合わない。クールタイムが長すぎる。暁は必死に頭を回転させる。このままでは、石になってしまう。
すると、光線が暁に直撃する寸前、空間に明瞭な声が響き渡った。
「『強制走馬灯』。」
その声が呟かれた瞬間、暁と光線の隙間に、2人に引けを取らない程の速度で、何かが割り込んだ。
「ギリ………セーフ!!」
「不死殿!!」
「お、お前ぇぇえええ!!!!」
それは、腕を肥大化させ、暁の代わりに石になろうと飛び込んだ高谷だ。
「フォローは限界だよ。」
「面目ない。」
「いいよ。あとは任せた!!『こっから先は一方通行』さ!!」
「合点承知!!」
勢いを制御しきれず、少ない会話を終えて、魔術が解けた高谷は吹き飛んでいく。
暁は真っ直ぐ、忌々しい大目玉を睨みつけ、メドゥーサに、刀を振り下ろす。
「こんなの…………ありかよぉぉぉおお!!」
「貴殿の生、刈り取り申す。」
刃がメドゥーサの左肩に触れる。メドゥーサの体が、嘘のように簡単に切り裂かれていく。神経を痛みがつたるより早く、暁はメドゥーサを真っ二つに斬り裂いた。
波動が生まれ、巨大な魔力激がメドゥーサを飲み込んだ。
「あか、ツキィィイイイイイイイ!!!!!!!!」
「さらば怪敵。拙者はそなたを………」
暁は目を瞑り、その後すぐに笑って、
「歴代最も気持ち悪い敵として覚えておくでござるよ!!」
「く、アァァァアアアアアァァアアア!!!!!!」
メドゥーサの体は崩れ果て、灰となって消えていった。
同時に、暁の足場が消える。溢れんばかりの魔力は、全て放出してしまった。
地面へ真っ逆さまだ。メドゥーサが死んだことにより、草原は元の見た目へと戻り、石はどこにも存在しない。
だが、この高さで頭から落ちれば、流石の暁でも死ねる。
「あ………」
一時的な魔力不足のせいで、暁の視界が闇に染る。地面との距離感が掴めない。
死は目前。暁が本気で焦っていると、その華奢な矮躯を、何かが優しく受け止めた。
「う………」
「大丈夫?」
羽が生えた高谷が、暁の顔を覗き込んで微笑んでいた。
暁は安心したように全身から力を抜いて、
「高谷殿……。」
「あれ。急に名前で呼んでくれたね。どうしたの?」
「なんでもないでござるよ。それよりもあれを。」
「え?あぁ。」
暁が上空を指さす。それは、メドゥーサが崩れ去った場所で、空間にヒビが入っていた。
「あそこに入れば、元の世界へ行けるのか。」
「行くでござるよ。裂け目がいつ消えるかは定かではないでござる!!」
「分かってるよ!!」
高谷は翼をはためかせて裂け目へと飛び込んだ。
青白い光に包まれ、2人は浮遊感と共に視界を光に支配された。
「むぅ。」
暁は不満といった声を上げた。
なぜその声を上げたのか、自分でもよく分からない。だが一つ思い当たるのは、前にもこんな景色を見た、ということだ。
そんな疑問はどうでもいいと、暁はそう切り落とした。
そして、流れゆく光の先に、何があるのかと警戒心を強めた。
刀は光を反射して、いつまでも輝いていた。