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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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恨まれたい…………?

「何あれ!?何あれ!?」

「ッ………」


60重塔を黒い魔力が包んでゆく。大地が大きく震え、液体状の魔力が津波のように押し寄せてくる。


「原野ちゃん。リンちゃんを!!」

「え!?うん!!」

「ヒナさん!!掴まって!!」

「は、はいぃ!!」


原野が寝たっきりのリンを抱き抱え、『死者の怨念』で作り上げて大腕の上へ乗って津波よりも上へ。


サリエルはヒナを掴んで引き上げ、間一髪の所で津波から逃れた。


「な……何が…………」

「あ。」


が、岩の下敷きとなって動くことの出来なかった輪廻は、津波に呆気なく呑み込まれていった。


「ま、まずいんじゃ?」

「………まぁ、しょうがない。私達だって助けてる暇はなかったわけだし。」


敵ながら、輪廻を心配した原野に、サリエルは軽く肩をひょいと上げて答えた。


「それにしても凄いですね。一体何が起こってるんですか?」

「分かんない。でもこの魔力は多分………」


原野は60重塔を呑み込みつつある黒い魔力に目を向け、


「快斗君のものだよ。」

「ッ………快斗さんの……?」


黒い魔力は60重塔を呑み込むだけに留まらず、巨大な手を作り出して街を荒らしている。何かを探すように、地面を削り取りながら。


「なにをしてるんだろ………?」

「うーん。分からない………ん?」


原野の問いに首を傾げたサリエルが、ふと、津波の中から感じた小さな魔力反応に気がついた。


その魔力が誰のものか、巨大すぎる快斗の魔力にカモフラージュされて気がつくのが遅れた。


「跳んで!!原野ちゃん!!」

「へ?うん!!」


急な襲撃には慣れた原野。サリエルからの指示を聞き返しながらも瞬時に反応し、『死者の怨念』を足場に飛び上がった。


瞬間、原野が立っていた『死者の怨念』が、高速で迫った何かに一瞬で削り取られた。


「わぁ!?」

「原野ちゃん!!」


落ちかけた原野の足を、間一髪でサリエルが掴んだ。ヒナはサリエルの背中に避難している。


「大丈夫ですか?」

「うん………でも今のは何……?」


宙ずりのまま、原野は津波に侵されていない建物の上に降ろされた。サリエルもそこに降り立つ。


「ありがとうサリエル。」

「うん。気にしないで………」


原野に返ってきたサリエルの言葉には、明らかに力がない。原野は、サリエルが焦っているように見えた。とんでもない失態を犯したような、そんな表情だった。


「ッ………来るよ!!」

「え!?」


原野を狙った何かが飛んで行った方向から、青色の光線が放たれた。流石に原野は反応しきれず、振り向いた時には光線は目の前まで迫っていた。


「『聖防壁バリア』!!」


瞬間、原野と光線の隙間よりも薄い鎖縁の防壁が張られ、一時的に光線を防いだ。


「原野さん!!」

「わぁ!?」


瞬時にヒナが原野を自分と共に弾き飛ばす。割れた防壁の破片が飛び散り、原野がたっていた場所をぶち抜いた。


余波で青い炎が舞い、サリエルと原野、ヒナ、リンが分断された。


「サリエル!!」

「待ってて!!すぐそっちに……ッ!?」


サリエルが『天の鎖』で炎を打ち付け掻き分け、その先の原野達に合流しようとした時、再び光線がサリエル目掛けて迫っていた。


「あ………」


鎖を戻すには時間が足らない。サリエルの視界は真っ白に染まり、続いて全身にとてつもない熱さと苦しさが込み上げた。


太い光線の中、サリエルは徐々に体を焼かれていた。


「サリエル!!『絶手』!!」


原野がサリエルの前に障害を作り出そうとするが、地面から生えた瞬間に『死者の怨念』は焼かれてしまうため、守ることが出来ない。


「駄目!!私だけ守られて……そんなの駄目!!」


原野は趣向を変える。自身の近くに巨大な『死者の怨念』を作り出し、完成した大腕で光線内のサリエルを殴り飛ばした。


強制的に光線から弾き出したのだ。が、相当な力で殴るしか無かったため、サリエルのあばら骨は2本ほど折れていた。


「ごめんなさいサリエル!!」


自身の力不足と思考力の低さを実感しながらも、原野はメサイアでの人命救助の訓練を思い出しながら手あてをする。


「原野さん回復薬は!?」

「リンちゃんにつぎ込んだからもうないの!!とにかく2人を連れて逃げよう!!ヒナさんリンちゃんをよろしく!!」

「了解しました!!」


原野は意識のないサリエルを背負い、ヒナはリンを優しく抱き上げる。


津波の水かさは増して来ている。次に光線がいつ放たれるのか分からない。


リン、サリエルは共に瀕死。ヒナは回復したとはいえ、戦闘になれば長くは持たない。当然、原野は自分の能力に期待できない。


不明だらけの危機的状況。普段回らない頭を高速回転させ、進行方向の右から放たれると思われる光線に気を配りながら原野はここでの打開策を必死に考える。


「ッ!!原野さん!!前!!」

「え………?」


そんな原野の努力を踏みにじるように、光線は原野の予想外の前方から迫ってきた。


「ちょ…………」


時が遅くなる。人間の思考は、死に近くなればなるほど鋭く、深いものとなる。


原野は与えられた一瞬を数分単位の感覚で思考する。考えつくことはただ一つで、


「ッ………!!」


腕の中にいたサリエルを左へ。後ろにいたヒナを乱暴に蹴飛ばして右へ。


光線の攻撃範囲内には、原野だけが残った。


「『絶s………』」


気休め程度の防壁を貼ろうとしたが間に合わず。原野は光線の光に呑まれていった。


ヒナの視界には、光に消えてゆく原野の姿が写った。


手を伸ばすが届くことはなく、ただただ1人の仲間が死に近づいて行くのを眺めるしか無かった。


「待って………」


消えないで、とヒナは小さく願う。サリエルでさえ瀕死になるもの、原野が耐えられるはずがない。ヒナには分かりきっていることで。


原野は覚悟を決める。近づく死の気配に抗おうと、光線の攻撃で降りかかるであろう痛みに耐えようと身構えた。


しかし、いつまで経っても光線は原野を呑み込むことは無かった。いくら思考が爆速になっているからと言っても遅すぎる。


原野は閉じていた目を開ける。そこには、光線を素手で受け止め弾く白髪の少年が1人、こちらを振り向くことなく立っていた。


「へ…………?」

「消えろ。」


少年は手を振り上げる。すると、極太の光線が、紙吹雪のようにバラバラになって消えていった。


原野は、少年が一瞬誰だか分からなかった。


髪型、声、身長などは、完全に快斗のものだった。ピアスだってついている。しかし、今の快斗が着ている服装が、いつものとはまるで違うのだ。


赤紫色の半ズボン。上は指が隠れるほど袖があるというのに、へそが出るほど裾は短い。


少年はゆっくりと振り向いた。その顔は見慣れたもので、原野はそれを見た瞬間に安心感が込み上げた。


「快斗君………」


原野は座り込んだ。全身から緊張感が抜け、疲れがどっと出た。


「はぁ………サリエル。」


倒れたサリエルを抱き抱え、原野は快斗に視線を向ける。何も言わない快斗は、原野の視線を真っ直ぐから受止めた。


「どうして黙ってるの?」

「……………喋る必要があるのか?」

「え?」


返ってきた言葉は少し意外なもので、原野はつい声を上げてしまった。


「あぅ………」

「快斗君……?」


瞬間、快斗が額に手を当て苦しみ始めた。原野がその場に駆け寄る。


「大丈夫!?どうしたの!?」

「うぐ………ん………はぁ………」


途切れ途切れの息をつなぎ止めているような、快斗の状態があまり良くないということに、原野は今更になって気がついた。


「あ……………」

「快斗君?快斗君!!ねぇ、どうしちゃったの!!」


途端、小さな声を上げ、快斗は動きを止めて目を閉じた。 体を摩っても揺らしても、快斗が起きる気配がない。


原野の希望は、一瞬にして闇に沈んだ。


「快斗さん!!どうしたんですか!?」


原野に抱かれる快斗を見て、ヒナが驚いた表情になる。原野は必死に快斗を起こそうとするが、やはり効果はなく、首や腕に力が入っていない。


「どうして……なんでなの……どうしたらいいの……」


続けざまに襲いかかる不安に、精神が滅入りそうな原野は既に許容量をオーバーした頭脳を更に酷使する。


「ん………」


鼻血が出た。巨大なプレッシャーに耐えきれなかった為に、血管が破裂したようだ。


原野は鼻血を拭い、快斗をゆっくりと抱き上げる。


「に、逃げないと……」

「3人も持てますか?私達にはもう無理な気が……」

「そんな事言わないで!!『死者の怨念』でどうにかする。津波だって、私にとっては痛くも痒くも……」


要らぬ強がりを見せ、原野は快斗を怨念に預けようとした。その時、快斗の口から一言、搾り取るような小さな一言が発せられた。


「………げろ………。」

「え?」

「逃げろ………俺から…離れろ……原野ォ!!」

「きゃ!?」


声は次第に怒声に変わり、快斗は鬼のような形相で原野を投げ飛ばした。続いてサリエルを投げ飛ばし、ヒナには足払いをして体勢を崩し、リンと纏めて投じた。


「はぁ……はぁ………ぁあぐ……!?」


呑まれて行く。何か水のようなものに呑まれていく。意識は闇へ、視界は黒へ、体は底へ。


苦しむ快斗は、快斗を求めるように降りかかった津波に引きずられ、黒い水の中に沈んでゆく。


そして、沈めば沈むほど、心が痛くなる。何故だか分からないが、怒りが湧く。


「あ……くぁ…………んく……」


何かに引っかかれ、何かに蹴られ殴られ、何かに罵倒され、何かに恨まれた。


何が何だか分からない快斗に、1つの言葉が浮かんだ。それは、『怨念』。


「あぁ………なるほど……。」


快斗は、こんな危機的状況であるにも関わらず、その口を三日月形に歪めて笑った。


「俺、何かに恨まれてるんだな!!」


そう思った途端、全身に力が漲った。先程までの苦しみがうそのように消え去り、今ではすこぶる調子がいい。


話は変わるが、悪魔にはいくつか強くなる条件というものがある。


例えば魂を食らったり、自身へ捧げられた人間を喰らったり。


しかし、この条件の中で最も力を増やすものがある。それは、『恨まれること』。


「いいぜ。どこにいる堕神阿修羅。探し出してぶっ殺す。」


津波は不思議なことに、全域から消え去った。津波に流されていた原野達は地面に落ちた。


快斗は笑いが止まらないといった様子だ。


狂ったように笑い声を上げながら、街を破壊していくその姿に、原野は息を飲んだ。


「快斗君……どう、したの……?」


凶悪に染まる友を見て、自身の無力さをまた感じて、原野は1人、涙を流していた。


腕の中で眠る、サリエルだけは守ろうと、抱く力を強めながら。

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