魔技・穿つ闇柱
振り上げられた拳は、既に生成された分厚いガードを容易に突破し、快斗の鳩尾を捉え、強く地面に叩きつけた。
「ぐあ!!」
『豪拳』の名に恥じぬ力。大気さえ震わせる拳が直撃した快斗は、地面をつきぬけて下へ下へと落ちてゆく。
「ふぅう!!」
3階ほど落とされたところで、快斗は地面に獄炎を放ち、その反動で自身の身体で開けた穴をさらに広げながら上へ跳び、エリメアの頬を強く蹴り飛ばす。
体勢を崩したエリメア。千鳥足を快斗が蹴り上げ、エリメアの視界の天と地があべこべになった。
「ふ!!」
露出したエリメアの腹に拳を入れ、吹き飛んでいくエリメアのゆく地へ先回り。
蹴りあげては蹴り落とし、殴り飛ばしては殴りあげ、天井すれすれの所でエリメアを蹴り落とす。
なされるがままのエリメアの腹に、最後の拳を、快斗はぶち込んだ。
吹き飛ぶエリメアは天井を破壊。上へ上へと60重塔を突き抜けて行く。
「『ヘルズファイア』!!」
掲げた右手から獄炎が放たれる。視界は獄炎で埋め尽くされ、上のエリメアの逃げ道はない。
ただ、逃げ道がないだけで、打開策はある。『攻撃は最大の防御』。つまり、
「『罰鬼剛落』」
魔力を纏ったエリメアの右腕が、獄炎を正面から殴る。獄炎が弾け、効力を失った炎は空間に溶けた。
落下は続く。真下の快斗の鳩尾を捉えるまで。
「チィ!!」
舌打ちと同時に、身を翻してエリメアを躱した。快斗の足元に直撃した拳が、見事に床を破壊。2人は一段下へと落ちる。
「『死歿刀』」
「『滅鬼斬拳』」
闇を斬り裂く獄炎の刃と、鬼を狩り取る拳の刃がぶつかり合う。衝撃波が2人の体を撫で上げ、続いて斬られたような傷が出来上がる。
体から血を吹いた2人は距離を取る。
快斗は右腕全体が血塗れになったのに対し、エリメアはかすり傷が着いた程度だ。
「はぁ……『勇者』パーティーのメンバーの『豪拳』は伊達じゃねぇな………」
口端から滴る血を拭い、魔力が右腕を覆って回復する。
「『魔技・穿つ闇柱』!!」
快斗がエリメアへ手のひらを向けた。瞬間、エリメアの足元から黒い魔力が出現。真下からエリメアを打ち上げた。
「おおぉぉおぉおおお!!!!」
快斗が手を握りしめる。エリメアは黒い魔力に覆われて爆発した。
瞬間、爆風を掻き分けてエリメアが快斗の左頬を殴り飛ばす。予想外の攻撃を防ぎきれなかった快斗は、回転しながら壁へと激突した。
「く………はぁあ!!」
雄叫びを上げ、全身が軋む痛みを無視してエリメアに斬り掛かる。
エリメアは腕に装着された鉄の装備で草薙剣を後ろへ流し、快斗の内臓一つ一つの場所を的確に突いていく。
体験したことの無い苦痛を味わい、血を吐く快斗から魔力が一気に抜ける。
「あ……くっそ………」
この世界の人間には、一般にある臓器の他に、魔力蓄積を可能にする魔力袋が存在する。
人によって場所は変わるが、エリメアはそれらを的確に打つことが出来る。
理由は簡単。彼女の固有能力『全てを透けて通す卑劣な鬼』のおかげだ。
今、エリメアの目には快斗の魔力袋を含め、血管から神経まで、全ての臓器が透けて視えているのだ。
それは極めることが出来れば、相手の思考だって読むことが出来る。それに、筋肉を視ることが出来るため、次にどのような動きを取るのかが手に取るように分かるのだ。
剣を振るうのも、足で蹴りあげるのも。
「ぐ………」
右肋骨を1本へし折られた。内臓に深刻なダメージが蓄積される。痛みで腕が動かせない。
「やべ………」
エリメアが視界から姿を消し、続いて後ろから殺気を感じた。振り返る前に、脳天に踵が落とされ、快斗は下へ下へと床を突破って落ちてゆく。
「んぐ……ぐお……んが……く……そが!!」
獄炎を真下に放つ。爆風が快斗を巻き込み、その反動で追いかけてきたエリメアの顔面を蹴り飛ばした。
自由落下をしていた分、真逆の方向からの攻撃の威力は倍増する。
鼻血を撒き散らし、エリメアが回転する。
「『魔技・死滅の魔塊』」
エリメアの周辺に真っ黒な魔力玉が浮かび上がり、灼熱へと変わるそれぞれが爆発した。
同時に闇を放射。エリメアが闇に囚われて落ちる。
「せい!!」
動かない右腕を放棄。草薙剣を口に咥え、快斗はエリメアを蹴りあげる。
「んぁあああああ!!!!」
草薙剣に邪魔されて動かない下のせいで不可思議な声になってしまうが、快斗の気合いをあげるには十分。
エリメアの顔面に膝を落とし、落ちゆくエリメアの横から回転しながら攻撃を何度も加える。
エレストからの移動中に身につけた、
『ヒバリ流、風磨連弾』
右腕が動かない分攻撃数は減るが、魔力を纏う一撃一撃が、骨に損傷を与える程の威力をもちあわせている。
「んんん!!」
最後の一撃、最低階の石造りの地面に、引っ掴んだエリメアの頭を、勢いのまま叩きつけようとした。
が、
「んが!?」
快斗の視界がひっくり返る。天と地が逆さまになった瞬間、快斗の目には、エリメアの額で光り輝く、1本の角が見えた。
「『鬼人化』か………!!」
凄まじい衝撃を受け、地面が割れる。瓦礫の中を突き進み、快斗は2度目の落下を体験した。
「ぶ………お………」
当たり所は良かったようで、幸い死にはしなかったが、右腕は完全に使い物にならなくなった。肘からぶら下がる肉は、既に役割を放棄し、ただのお荷物となった。
「くっ……そ………あ?」
近づいてくるエリメア。瞳は相変わらず無機質なままで感情を宿しているようには見えない。
先程と何ら変わらないエリメアを見て疑問の声を上げた理由は、実はエリメアに対するものでは無い。
エリメアとは別の、巨大な嫌な気配。それとぶつかり押し負け吹き飛んできたひとつの気配。
快斗の真横に勢いよく落下し、鮮血を撒き散らして動きが止まった。
「お………」
快斗が首を回してそこに目を向ける。
その人物の顔は見えないが、髪と雰囲気で察することが出来た。血反吐を吐いて尚立ち上がるその人物は、
「ヒバ………リ………」
「はぁ………?天野か……?どうした、そんなに………瀕死で……」
互いに正体を確認。剣を軸に立ち上がったヒバリは、快斗を見るなり体から力が抜けた。
再び倒れてしまう。快斗が使えなくなった右腕を必死に伸ばして、ヒバリの頭が地面に落ちるのを防いだ。
肘から下がちぎれた。今まで以上に血が流れてゆく。
「は………要らぬ……気遣いを……」
「るせぇ……美女を傷つかせるわけにゃ行かねぇ……だろうがよぉ……」
「今更……言うことではあるまい……」
薄れゆく意識の中、快斗はヒバリからの軽口に応えた。
ヒバリはゆっくりと体をかたむけ、近づいてくる巨大な気配に目を向ける。
「終わりか『剣聖』。私はまだかすり傷程度しか着いてはおらぬぞ。」
「……チィ…………」
5本の腕を今日に動かして、リストカットのような浅い傷が所々につけられた阿修羅が、笑いながらヒバリを見下ろしている。
「あぁ?」
ヒバリを見下ろせば、必然的に快斗も視界に入ることになる。阿修羅は、快斗を見るなり、乱暴に頭を掴んで持ち上げ、
「貴様………」
「………なんだお前……」
鬼の形相で快斗を睨みつけた。快斗はぼんやりとする視界の中に写るその顔を見て、肌で感じる力量に震える。
「てめぇ……が……ヒバリを……」
「…………ふん。」
快斗が自身の頭を掴む阿修羅の腕を、左手で引っ掻いた。阿修羅は顔を顰めたあと、快斗の腹に拳を捩じ込んだ。
「ぐ………」
「前ほどの力はないか。これだけでは復讐心は満たされん。」
阿修羅は快斗に顔を近づけ、
「出てこい。中にいるのは分かっている。『神殺し』………!!!!」
阿修羅の掴む強さが強まった。
怒りの籠った呟きだった。その呟きを聞いた途端、快斗の体の内側から何かが漏れだした。
「う……あ………?」
傷口から、目から、口から、鼻から、耳から、身体中から、真っ黒な墨のような液体が流れ出し始めた。
地面に流れ落ちると、それは導かれるようにヒバリのことを包み込んだ。
「なん………」
ヒバリが何かを言おうとする前に、液体は完全にヒバリをその中に封じた。
阿修羅がヒバリを包んだその液体に目を向ける。その瞬間、
『みらのよま うべにか てのもがい すあ
いをたしま をちいの なずきを
にのれて すおろさ げさべ』
どこからか少年の声が聞こえ、続いて泣き声が響き始めた。
「なんだ………なんをしている!!」
阿修羅は快斗を投げ飛ばし、怒号を上げた。
泣き声は1人のものではなく、何人もの子供達が集まって泣いているようだった。
何かを貪る音がする。何かを踏みつぶす音がする。何か、醜い笑い声が聞こえる。
『ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキ、ルキルキルキルキルキィーーーーーーーーー!!!!!!』
甲高い声と共に、快斗の体が完全に真っ黒な液体に覆われた。
液体は腕となり、快斗の背中に寄生するように生えのびた。
快斗はゆっくりと顔を上げる。眼帯が取れ、傷ついた左目が顕になった。
そっと右目も開いた。下から見上げるように阿修羅を見つめる瞳は、真っ赤だった。
「幸せか。幸せか。幸せか。幸せか。」
快斗はうわ言のように繰り返す。『幸せか』という問いを、阿修羅にかけ続ける。
「なんだ貴様は!!私に何を言いたい!!答えろ『神殺し』!!」
「幸せじゃないなら、」
激昴する阿修羅と裏腹に、落ち着いた様子の快斗は阿修羅に手を向ける。亡くなったはずの、右腕を。
「死ね」
「な………」
地面が真っ黒に染まった。瞬間、死の予兆が気配が、阿修羅の全身を襲った。
巨大な闇は、エリメアと阿修羅を飲み込む。
快斗は無機質な声を上げて、闇の中から連れてこられたヒバリを抱き上げる。
「ごめん………」
「天野……?」
急すぎる展開についていけないヒバリを他所に、快斗はエリメアと阿修羅に向けた手に魔力を集中させ、今放つことの出来る最大の攻撃を放つ。
「『魔技・穿つ闇柱』」
自身を巻き込む闇の柱。快斗は守りたいと思ったヒバリをさらに強く抱きしめて、阿修羅とエリメアと共に闇に吹き飛ばされて言った。
意識は遠のいた。内側から湧き出したそれに、意識を奪われてゆくような感覚だった。
「殺れ。あの神を。」
聞いたことのある、そう、いつだって、どんな時だって聞いていたその声に、願うように言われたその言葉に、快斗は小さく口を動かして応えた。
意識は途切れた。しかし、ヒバリを抱く力は弱まらず。それは、闇が消えるまで弱まることは無かった。