斬りたい。
もうちょっと書こうと思ったんですけどね、時間が無くてこれしか書けなかったんですよ。
許してください………
「ふん。」
「チィ………」
暴風が吹き荒れ、刃と化した風が阿修羅の体躯をとらえ、何度も斬撃が直撃するが、その体を傷つけることは出来ない。
「弱い。弱いぞ『剣聖』。」
「……………。」
いやらしく笑う阿修羅の言葉を無視して、ヒバリは放たれる打撃の隙間をぬけては切りつける。
阿修羅はその大きさに似合わぬ速度で斬撃を躱し、ヒバリを翻弄する。目の前から真後ろへ。真後ろから真上へ。常軌を逸した動き。ヒバリの剣は空を切るばかりだ。
「そんなものなのか。『剣聖』。私に剣は届いていないぞ。」
「…………『絶技』。」
挑発気味な阿修羅の言動に集中をかき乱される。一旦原点に戻る為、ヒバリは自信に喝を入れる。『絶技』を放って。
「『夜風、吹き抜ける頃に』。」
緑色の聖風。あらゆる角度から風のように滑らかに斬撃が放たれる。剣を降れば降るほど、その速度が増し、阿修羅の動きに追いつき始める。
「ほう。」
阿修羅は感心したような声を上げ、眼下に迫る刃をはたき落とした。まるで虫を殺めるかのように簡単に。
「…………。」
眉を顰め、ヒバリは出来る限り死角から刃を振るう。が、
「死角から刃が来ると分かれば、死角に意識を向ければいいだけよ。」
寸前で刃を掴まれたり、剣身を打ち上げられ軌道を狂わせられたり。阿修羅はヒバリの斬撃を容易く素手で受け止める。
傷1つつけることが出来ず、ヒバリは目の前の敵の強大さに畏怖の念を抱いた。
いやらしい目付きや言動に反して、その動きは戦士の頂点に位置するにふさわしい能力である。どれほどの鍛錬を重ねた結果なのか、ヒバリはそれ程の時間と体力を戦いに捧げた目の前の敵を、今すぐ斬り裂いてみたい。
『剣聖』の感覚が疼く。硬く、速く、切りにくいものほど、『剣聖』はそれを斬りたくなるのだ。
剣に取りつかれたヒバリ。武に自身を捧げた阿修羅。互いに持つ武の魅力を、互いに披露し合う。ヒバリはこの時、少しばかりこの状況を楽しいと感じた。
「はぁあ!!」
「ぬ………。」
『絶技』の術時が消える頃、最後の大段切りを受け止められたヒバリは、その手を斬り裂こうと体を回転させる。刃が高速で同じ場所を直撃し、阿修羅はこの時、初めてヒバリに体を斬られた。
そう、斬られたのだ。
「そうか。」
「ッ!?」
阿修羅は小さく呟くと、今までの動きを更に越す、究極の舞踊を持ってヒバリを突き飛ばした。
壁を抉り、ヒバリが血を吐く。肋骨に深刻なダメージを負う。
「く…………」
「足掻け『剣聖』。私はまだ、掌を斬られた程度だぞ。」
阿修羅が、全ての腕を伸ばす。端から端まで、およそ3mほど。背も1層高く見え、阿修羅の巨大さがよく分かる。
と、ヒバリはある部位に違和感を感じた。阿修羅には6本の腕があるはずだが、伸ばされた腕の数は5本。最後の1本が見当たらないのだ。
ヒバリは、阿修羅の体の左脇腹に巻かれたさらしを見つめる。中途半端に盛り上がったその部位は、まるで、何かに無理矢理切り飛ばされた腕のようで……
「ッ!?」
「よそ見するでないわ!!」
阿修羅が掲げた腕を、ヒバリの真上から叩きつける。尋常ではない速度と威力。風龍剣防いだヒバリの足下が陥没する。
「せぇあ!!」
「ぐ………」
残り、あと3本。そのうちの1本がヒバリの鳩尾に捩じ込まれ、ヒバリは苦痛に跪く。
「はぁ………『暗技』……」
「ほう?」
「『霧斬り舞』!!」
風龍剣の柄を握りしめ、ヒバリは超高速で回転。ヒバリが生み出した風と霧が、阿修羅を包む。
阿修羅の五感が使用不可になり、霧に紛れたヒバリの位置を全く掴めなくなった。
「ッ。そこか!!」
阿修羅は自身の死角からの殺気に反応して右腕を2本打ち込む。が、空を切るだけで、そこには何も無かった。
「ッ!?」
と、阿修羅が自身の索敵能力を一瞬疑った時、阿修羅の右足に傷が着けられた。剣で切り裂いたと容易にわかった。
「ほう。なるほど。霧に同化するか。やるではないか『剣聖』。それに加えて五感を強制的に封じるとはな。大したものよ。だが………」
阿修羅は5本の腕を周りに伸ばして広げ、その掌を外側に向けると、
「『乱魔滅殺』」
掌が青白く輝き、その炎のような魔力が霧に引火。阿修羅を除く生き物全てを焼きつくそうと一瞬で火の手は広がった。
「あ……く………」
強制的にヒバリの位置が、言葉通りに炙り出される。左肩に火傷を負うが、何とか火の範囲から抜け出し、風龍剣を構える。
「効いたか?『剣聖』。」
「はぁ………はぁ………」
「その息のあがりよう、弱者が強者に怯えるものと同様よ。『剣聖』とて、やはり元は人間か。」
阿修羅がヒバリの真後ろに一瞬で移動。気がついたヒバリは咄嗟に放たれた打撃を風龍剣で防いだが、ヒバリは威力に耐えることが出来ずに壁へ激突。盛大に血を吐き出した。
「私は『剣聖』如きが勝てる相手ではない。なんと言っても私は、」
阿修羅は5本の腕を伸ばして笑い、
「邪神の従神、阿修羅なのだから。」
傲慢に、慢心した様子で、ヒバリにそう言い放った。
その言葉を疑い馬鹿にするほどの余裕が、今のヒバリにはない。足と掌を軽く引き裂いた。ここまで戦ってまだその程度なのだ。
かつてないほどの強敵。ヒバリはその強敵を前に、場違いな喜びを感じた。
全力で件を振るいたい。この強敵に、自分の鍛えてきた剣技全てを叩きつけたい。その一心で、ヒバリは風龍剣を地面に突き刺して立ち上がる。
「従神阿修羅か。」
ヒバリが虚空を見つめる。湧き上がる興奮に、ヒバリの魔力が高まる。
「『風神』」
全身から透き通った緑色の魔力が溢れ、ヒバリが覚醒。風龍剣がヒバリの魔力に反応して威力を増す。
「私は、あなたを斬る。いや、斬りたい。斬りたくてしょうがない。」
ヒバリが剣を力強く構える。阿修羅は瞠目したあと、ため息をついて、
「お前は既に、剣に支配されているということか。」
その呟きと同時に、阿修羅の頭上に青白い炎の塊が出現した。
「覚悟しろ『剣聖』。この私に剣先を向け、あまつさえ『斬りたい』と戯言を語った事を後悔するがいい。」
「するはずがないだろう。私は1度、神を斬りたいと望んでいた!!征くぞ!!」
ヒバリが飛びかかる。青白い炎の塊が、風龍剣を打ち据える。激しく風が吹き荒れる。
ヒバリは目の前の敵を斬らんと剣を振るう。それが何よりも楽しくて、思わず笑ってしまうくらいに剣を振るう。
しかしその思考の端では、最愛の弟をどう助け出すか。その大きな悩みが、ヒバリを支配してした。