私の敵
「『どったん斬り』!!」
「『交差する星雷』!!」
純粋な魔力と覇気を纏った戦斧が叩きつけられ、それを防いだ両腕が刃の何か(ここからは諸刃と呼ぶことにする)の胴体に、金色の雷が迫り、その体に深い傷を刻む。
「リンちゃん!!」
「分かった!!」
サリエルが諸刃に指を向ける。リンは戦斧に力を込め、その反動で飛び上がる。
その瞬間、
「『炸裂』!!」
体に刻まれた傷が発火。注ぎ込まれた魔力が反応して炸裂する。
いくら外皮が丈夫でも、内側から責められれば脆い。筋肉や骨、内臓が炙られ、全身を繋ぐ肉の筋が切れる。
大部分が機能しなくなった諸刃。しかし瞬く間に再生する。
「やっぱり、あの人を再現してるだけあるね。」
「来るよサリエルお姉ちゃん!!」
黒紫色の炎を纏った刃を振るい、諸刃は容赦なく襲いかかってくる。高速で振るわれる刃を、2人とも紙一重で躱し、隙をついて反撃を入れる。
「ッ!?」
が、その反撃を読んでいたのか、諸刃はその反撃を防ぎ更に反撃を突いた。
「いっ!!」
咄嗟に『天の鎖』を体に巻き付け、刃が体に到達するのを防ぐ。威力が無くなった刃を弾き返し、隙ができたところにリンが斬撃を叩き込む。
諸刃の右肩が深く抉られる。内蔵が丸見えになるほど大きく開かれた傷は、今までよく見た黒い魔力で縫い合わされ、すぐさま元の状態へと戻る。
「快斗お兄ちゃんと似てる!!」
「魔力の波長まで再現するなんてね……!!」
腕に鎖を巻き付け、魔力を注がれたその鎖は発光し光を纏う。
「くらえぇ!!」
声を上げ、サリエルが諸刃の腹に拳を撃ち込む。くの字に曲がった諸刃は、建物を突き破りながら吹き飛んでいく。
「『光剣落下』!!」
上空に光り輝く剣が出現。それはサリエルが手を振り下ろすと同時に、輝きを一層増して落下する。
「穿てぇぇえ!!!!」
光剣は諸刃に見事命中。街の4分の1を巻き込んで爆裂する。
「すごい………」
「まだ来るよ!!リンちゃん!!」
吹き上がる爆炎に見惚れるリンに、サリエルが鎖を構えて叫ぶ。
と、爆炎を掻き分けて1つの黒い魔力の塊が飛来した。
両腕に魔力を纏い、翼のようにはためかせ高速で迫るのは諸刃。刃をおおきく振りかぶってリンに叩きつけた。
戦斧で防ぐ。しかし、その威力は絶大。リンは足場を崩され、瓦礫の山に消えた。
「リンちゃん!!」
サリエルがリンが埋まった瓦礫の山に視線を向けた。瞬間、背後に諸刃が回り込んだ。
「くぅ…………」
何度も振るわれる刃の隙間を飛び回り、斬撃が止んだタイミングで反撃を狙う。が、またもや背後に回り込まれ、肘で顔面をぶたれた。
地面に落ちる。巨大なクレーターを作ってバウンドしたサリエルの腹部に刃が突き立てられる。
「『ぶっ飛べ』ぇぇ!!」
魔力と覇気で瓦礫の山が炸裂。戦斧を抱えたリンが、雄叫びを上げて諸刃に斬り掛かる。
片手刃で受けた諸刃。が、リンの斬撃は諸刃の想像を遥かに超える威力だった。
「ええぇぇえい!!」
「えぇ!?」
怒号とともにリンが諸刃を打ち上げ、その真上に回り込んで、自分諸共地面に直撃した。
戦斧がひび割れ、リンの両腕の骨に衝撃と痛みが走る。
地面が抉れ、隕石が落ちたと錯覚するほどの衝波が吹き荒れ、リンは諸刃の腰を切断。
諸刃の体が、完全に真っ二つに切り離された。
「まだまだぁ!!」
リンが下半身を打ち上げ、上半身を踏みつける。真っ白な外皮は裏腹に、真っ赤な内臓が弾け飛び、原型すら分からなくなるほどに何度も踏みつけた。
「これで………終わりぃ!!『潰れて死ね』ぇ!!」
リンが宙を舞う下半身の真上に移動。またもや隕石の如くその体を戦斧でとらえ、消滅する威力で粉々に砕いた。
瞬間、戦斧が崩壊。砕け散った戦斧の破片が、周囲の建造物を破壊する。
そして砕けたのは戦斧だけではなく、リンの両腕の骨も同様だ。深刻なダメージを負い、手首から肘にかけて複雑骨折。肘から肩にかけてはヒビが入った。
「いっ………」
あまりの痛さに、リンは気を失う。おしゃかになった両腕を見つめて、リンはゆっくりと倒れた。
「リンちゃん!!」
サリエルが倒れたリンの側へ降り立つ。
「大丈夫!?」
「うん………死にはしないと思う……多分……」
「よく頑張ったね……寝てていいよ。後始末は私がするから。」
「分かった………」
完全にリンの意識が切れ、体から力が抜ける。気絶した。サリエルはリンをそっと寝かせたあと、諸刃の肉片から滲み出る瘴気の塊を睨みつける。
「ああぁぁがぁァアア!!!!!!」
「あなたには恨みがあるようね。あの人に。」
黒い瘴気から悲痛な叫び声が響く。サリエルはそよ瘴気に向かってゆっくりと語りかける。
「あの人……あの人………あ、あぁ……………。」
「こんな世界を作り上げて、こんな結果を考えて。想像して、創造した。」
サリエルが浮かび上がる。瘴気と同じ高さまで。
「この結果は実現していない。あなたはそれが無性に嫌なようね。」
「………………」
「彼は世界を救おうとしていたのよ。壊そうとしていたのは、むしろ私達。」
サリエルは自身の胸に手を添える。
「騙されちゃいけないわ。彼のように、何事も恐れず、人間を、動物を、植物を、魔獣を、時空を、空間を、世界を、地獄を、天国を。皆を救おうと立ち上がるべきだったのよ。」
「……………」
「『神を殺す』。一見して、我々の敵であったことは間違いないわ。でも、本当のあくはどっちだったの?信仰する人間達を狂わせ苦しませ、生きる動植物達を枯らし殺し続け、魔獣なんて変異種さえ生み出して……それであの方達を本当に神と呼んでいいの?」
「……………」
「あなたの意思は、思考は、意図は、私には読めないわ。自由にしたらいいの。でも私は、彼について行く。あの人の意志を次ぐ、彼に。この命が尽きるまでね。」
「あぁ…………」
「私にこれを殺させたのは、私があの時、あなたの味方をしていたら、そういう世界なのよね。でもこんなの妄想に過ぎない。どうしたって過去を変える術は存在しないの。」
サリエルは『天の鎖』に魔力を注ぐ。
「こうしていたら。ああしていれば。そんな『結果論』、求めたってどうにもならないのよ。」
「あ……あ………」
瘴気がバグのように無機質な声を不規則に出す。サリエルは悲しげな表情をしたあと、
「今の私達にとって、あなたは敵よ。」
「……………」
「首を洗って待ってなさい。阿修羅。戻ったら、あなたを殺すわ。私は、堕天使サリエル。『神殺し』に味方した、反逆者なのだから!!」
サリエルが『天の鎖』に命じる。『天の鎖』は分裂し、3つの輪を作り、黒い瘴気を囲うように配置される。
それぞれが特有の魔力を纏い、瘴気にその矛先が向けられた。
サリエルはゆっくりと口を開き、そして唱える。
「『破滅の心』。」
1つ、灰色の魔力が溢れ、輪の中心に剣が浮び上がる。
「『消滅の呪い』。」
1つ、黒色の魔力が溢れ、輪の中心に矢が浮び上がる。
「『壊滅の兆し』。」
1つ、白色の魔力が溢れ、輪の中心に槍が出現する。
サリエルは左を挙げ、瘴気を見つめて語りかける。
「じゃあね。ここであなたは死ぬ。私達の勇姿を、その目で見ていなさい。」
サリエルは左腕を振り下ろし叫んだ。
「『3つの滅亡』!!」
輪の中心から放たれた剣、矢、槍が瘴気を貫く。滅亡の光が炸裂し、瘴気が消えてゆく。
消えていくさなか、瘴気がサリエルに向けてこう言った。
「…………死ね。」
「死ぬ訳には行かない。まだやることがあるもの。」
その言葉に怒るでも悲しみでもなく、サリエルはただ真顔で、無機質にそう返した。瘴気は諦めたように体の制御を手放し、光に飲まれて消えていった。
瘴気があった場所には、時空の裂け目が出現していた。
サリエルはリンの華奢な体を持ち上げ、ゆっくりと時空の裂け目の中へ飛んでいく。
「待ってて原野ちゃん達。今そっちに帰るから。」
光が溢れる。暖かいその光を全身に感じながら、サリエルは時空の流れに身を任せた。
絶対に離すまいと、リンの体を強く抱き締めたまま。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「キャハハハハ!!」
「む。」
花びら舞い散る穏やかな世界で、暁は放たれる絶死の光線の間を掻い潜って、メドゥーサと交戦していた。
「ほらほらどうしたのさ四大剣将!!それでも斬嵜家の14代当主なの?」
「ッ………無駄事を慎め。」
真っ赤な瞳に怒りを宿し、暁はメドゥーサへ急接近。懐へ潜り込み、右斜め上に切り上げた。
メドゥーサの胸の巨大な目玉が裂ける。が、それは瞬く間に再生し、再び暁を捉えようと不気味に動きだした。
「なんとも気色の悪い………」
普段の元気はどこへやら。流石の暁でも、メドゥーサの容姿には嫌悪感を抱くようだ。メドゥーサはケラケラと笑い声を上げ、
「そんなこと言わないでくれよ!!僕の見た目はそう終わられるような見た目だけど、それを本人の前で言うなんて失礼じゃないか!!『石となれ』!!」
「ふ…………」
目玉から放たれた光線。刀で受けずに避けるのは言うまでもなく、刀が石化してしまうからだ。
どんなものでも、刀と同じような長さのものなら武器として扱える暁だが、今回はそれを拒んだ。それは、メドゥーサの石化の能力が卑劣なせいだ。
メドゥーサの固有能力は『石の呪いを与える忌み子』。その能力は誰しもが予想できる。相手を石化させるのだ。
しかしメドゥーサの能力の効果はそれに留まらない。
メドゥーサが石化させた物体に触れた者。その者は瞬く間に呪いが全身を駆け巡り、石となってしまう。
要するに、メドゥーサが石化させた物に触れてはいけないということだ。
暁とメドゥーサがいる花畑の大部分は既に石と化し、暁の踏める足場は徐々に減りつつある。
(さて、どうしたものか………)
暁が戦略を考え始めた頃、メドゥーサは歪んだ口元を更に歪めて、
「そろそろいいかなぁ?『石壁』!!」
「ッ!?」
暁が花畑の足場を踏んだ瞬間、周囲の石となった地面が隆起。暁を囲んで逃げ場をなくした。
狭い路地裏のような石壁の中、メドゥーサは暁に目玉を向ける。
「もう逃げ場はないよ。さて、どうするのかなぁ!!」
「むぅ。」
煽り気味なメドゥーサを無視して石壁を見つめる暁。
石壁は容易く破壊できる強度ではあるが、その石壁を作り出したのはメドゥーサだ。触れれば石となってしまう。
魔術を放って破壊する手もあるが、飛び散る破片を躱すことが出来るほどの広さが、今の暁には与えられていない。
何もしなければ触れることは無いが、そうすればメドゥーサの光線でどの道石と化してしまう。
上も下も右も左も、全方位を防がれた暁に逃げ場はない。
「じゃあね。四大剣将。君は実力派だったみたいだけど、実力じゃ生まれ持った能力には勝てないみたいだね。」
目玉から光線が放たれる。暁は自身の感覚を信じて、その光線と壁の間を通り抜けようと、光線に向かって走り出し、
「オオォォオオォオオ!!!!」
「ッ!?」
「な、なに!?」
と、暁と光線の間に、真っ赤な甲羅を纏った不思議な物が割り込んだ。それは石壁を盛大に破壊し、光線を受け止め、降り注ぐ破片から暁を守った。
「大丈夫?暁さん。」
「む。本物の不死殿でござるか。」
優しげな声が響き、暁が目を開けると、高谷が笑って立っていた。
「ッ………不死殿。腕が………」
「ん?あぁ、これね。」
暁が石化しゆく高谷の腕を見つめる。高谷は「大丈夫だよ。」と微笑んで剣を引き抜き、
「ふ………く………!!」
石化する腕を切り落とした。
「なるほど。切り落とせば本体は石化しないのでござるか!!」
「これできるの……俺だけな気がするよ……」
切り落とされた腕を見つめて目を輝かせる暁。高谷は一瞬で再生した腕を回して、驚きを隠せないメドゥーサに振り向いた。
「あなたの能力は、俺が盾になればどうとでもできる。」
「へ、へぇ。その覚悟が、君にあるのかな?僕が光線を放つ度に、君は体の一部を失うことになるんだよ?」
「別にいいさ。暁さん。僕が盾になってる間にあいつを斬って。出来るだけ早くね。」
「合点承知!!」
高谷が走り出し、暁がその後ろに被さるように走る。
「ま、待ちなよ!!痛みを無視するなんてさぁ!!」
「うるさいなぁ。もう俺はここまで来てるよ!!」
「く……!!面倒だなぁ!!君ィ!!」
戦況をひっくり返され、余裕がなくなったメドゥーサが癇癪を起こして地団駄を踏む。
高谷は口元を歪め、
「行け。暁さん。」
「『水流陣』!!」
暁を前に押し出す。暁の刀が美しい弧を描いてメドゥーサの肩を抉った。
「いっ……たいなぁ!!」
「そりゃ痛いでしょ。抉られたんだがら。」
「あぁもう!!しょうがないなぁ!!」
メドゥーサは2人から距離をとる。それから今まで通りにケタケタと笑って、
「いいよいいよぉ!!2人とも相手してあげるさ!!かかってきなよォ!!」
両手を上げて叫んだ。どの角度から見ても気色の悪いその雰囲気に、高谷は静かに固唾を飲んだのだった。