破れた最悪の敵
「ラァ!!」
「ふ…………」
空気さえ引き裂くほどの速度で振り上げられた快斗の足。その攻撃を向けられた輪廻は、残像を残してその攻撃範囲から逃れた。
「今のお前の実力はそれか?」
「あぁ?」
「落ちたものだな。悪魔よ!!」
「ぐぅっ!?」
振り下ろされた草薙剣をクナイで防ぎ、横に流しては回転して、快斗の脇腹に踵を叩き込んだ。
咄嗟に腕で防いだが、威力に押し負け吹き飛んだ。正確に関節を捉えられたため、腕が外れる。
「チ………くあァっ!!」
力なく揺れる自身の右腕を見つめて苛ついた快斗は、雄叫びを上げて右腕を瓦に振るいぶつけた。強い衝撃が腕の内部を走り回り、骨が強制的に元の位置へと戻された。
「いってぇなぁおい!!」
「大体はあなたの荒療治のせいでしょう?」
肩を抑えて怒鳴る快斗の言葉を流して、輪廻は快斗の背後に一瞬で回り込み、鋭い斬撃を放つ。
「ふぅ……!!」
気配に気づいた快斗は、真下から草薙剣で切り上げるように刃を振るう。
2つの刃がぶつかり合い、視界の端で火花と雷が舞い踊る。
「そんなに『剣聖』が心配か?悪魔。」
「あぁ?」
「あんなもの、非力な虫けらも同然。女帝にも、その他の敵にも、奴は勝つことは出来ない。」
「………んだとこの野郎!!」
輪廻の強まる力を逆に利用し、快斗は輪廻を草薙剣の刃の上を滑らせ弾き、その反動で快斗は回転。刃を振るったままの姿勢の輪廻の腹を蹴り飛ばした。
「く………ふぅ………」
「痛み耐えてんのか。俺みてぇに潔く痛がった方が楽だぜ?」
「下賎なあなたとは違います。弱さは表き出しはしない。」
「なんだよそれ。座右の銘、『弱き目に余り、弱き見せるが恥』とかにしてんじゃねぇの?」
煽りを込めた一言を言い終わった途端、輪廻がその場で勢いよく足を振るう。何をしたのかと首を傾げた快斗。次の瞬間、快斗の頬に強い衝撃が走った。
「ぶぁっ!?」
「『亜空間蹴り』」
異空間使いならではの芸当。快斗達がいた世界を維持する必要が無くなった今、輪廻は空間の容量を大量に余している。
「いくらでも、あなたの為に使うことができる。」
「使う必要なんざねぇよ。そんなのさっさとやめて、異空間に引きこもってやがれよ!!」
草薙剣を投げつける。クナイで弾かれた草薙剣が輪廻の真後ろの屋根に突き刺さる。瞬間、快斗が『転移』して斬撃を叩き込む。
「チィ…………」
舌打ちした輪廻は、放たれ続ける斬撃の隙間を潜り抜けて『炎玉』を放つ。
『炎玉』が快斗に当たる寸前、輪廻の視界の上に草薙剣が映りこんだ。
「せい!!」
「んぐ………」
『転移』した快斗が、輪廻の脳天に踵を落とす。両腕を交差して防いだ輪廻。強い衝撃が体内を駆け巡り、骨が振動して力が出ない。
と、輪廻の足元から紫がかった白い腕が何本も出現。輪廻の両足を握りつぶすほどの力で抑えつけた。
「く……これは………」
「余所見してていいのかァ?」
ブレイクダンスの要領で輪廻の腕の上で快斗は高速回転。遠心力の乗った左足を、輪廻の腹へと捩じ込んだ。
「く……ふ………」
瓦をえぐり、煙を上げる屋根の上に転がる輪廻。快斗は手の平に魔力を凝縮。極熱の球体が生まれる。
「ここは一旦引いてもらうぜ。輪廻。俺も行く場所があるんでな。」
「行く場所だと?……既にその場所は消え去っていると、私は予測するが?」
「んなの予測でしかねぇだろ。実際にやってみねぇと、俺は満足しないんでな!!」
「チ………悪魔が!!」
放たれた獄炎は、輪廻が生み出した土壁に阻まれる。熱せられた土が飛び散り、周りの建物を焼き尽くしていく。
迫る火の勢いから逃れようと飛んだ輪廻。その視界に草薙剣が映り込む。
「ここで寝てもらわねぇと困る。」
「な………」
『転移』。回転。踵落とし。輪廻は地面に下半身が埋まった状態になり、その上から燃えた瓦礫がなだれ込んだ。
「『滅切』!!」
轟轟と響く炎の音を掻き分けて響いた言葉と同時に、瓦礫が全て切り裂かれ、崩れ、吹き飛ばされた。
「調子に乗るなよ………悪魔ぁぁ!!」
「乗ってねぇよ。調子こくほど余裕ねぇし。」
翼を広げて空に浮かぶ快斗に怒号を上げ、輪廻がクナイを投げつける。容易に全てを弾き躱した快斗は、輪廻の顔を掴んで地面に叩きつける。
「ここで寝てろ。」
「『剣聖』の元へ向かうつもりか。」
「そ。でもお前を起こしとくと原野達が危険だしよぉ。だからお前を拘束して眠っててもらう。」
「く……何をする……!?」
快斗は輪廻の背中を踏みつけ、地面に怨力を散布し唱える。
「『魔技・恨みの引きずり』」
「こ、これは………」
地面から一斉に生えのびた白い腕が、輪廻の体を強く拘束する。一応ということで、快斗は自分が持てる最大の大きさの岩を輪廻の背に乗せた。
「悪魔……めが……!!」
「だから、それ俺にとっちゃ悪口じゃねぇんだって事実だし。てか、何度も同じ悪口だと飽きるんだが?俺はそういう類のものにゃ耐性があるからな。」
三日月のように口を歪めて笑う快斗。輪廻は煽りが含まれたその言葉に更に感情を赤に染めていく。
「この程度なら……直ぐに……」
「わーってるよ。こんなの直ぐに突破されるってな。だから、原野ー!!」
「うん。来てるよ。」
快斗が空に向かって声を上げると、建物の隙間から原野がゆっくりと顔を出した。
「怨念でこの岩ごと抑えつけておいてくれ。それならできるだろ?」
「う、うん。」
「岩の上にヒナを置くなりなんなり、やり方は自由。お前に任せる。あと、手出して。」
「え?わかった。」
原野が手を差し出す。その手のひらを、快斗は何かを描くように指でなぞり、最後に魔力を込めて、
「『魔技・死人と約束』」
原野の手の平に紋様が浮かび上がる。淡く光るそれを眺める原野に、快斗は説明をする。
「一定以上の魔力を込めれば、俺がここに転移する。その一定を超えなくても、原野が俺を呼んでることは分かるから。」
「そ、そうなの?」
「ん。だからここは頼むぜ。俺はささっとライトを連れ戻しに行ってくる。」
快斗が草薙剣を鞘に収めてウィンクした。原野はふっと笑って、
「ささっと行ける?」
「善処するつもりだ。まぁ、期待はするなよ。」
「分かってるよ。快斗君。計画性ないもんね。」
「俺っていつからそんなイメージ持たれてたんだ?」
心外だとばかりに頭を搔く快斗。原野はそんな快斗の背を押して、
「ほら!!早く行って!!ヒバリさんが単身で行ってるんでしょ?これ助けたら惚れられるかもしれないよ?」
「は……!!確かに!!盲点だった……ちょ、行ってくるわ!!輪廻は頼んだぞ!!」
「うん!!分かったぁ!!」
手を振って原野の前を去っていく快斗に、原野もまた大きく手を振って叫んだ。振り返って、『死者の怨念』が岩の上に運んだヒナの顔を眺める。
原野は少し放心した後、ヒナの弓をぎゅっと握りしめて、
「大丈夫。これくらいなら、私だってできるから。」
そう自分に言い聞かせ、不安を消そうと努力したのだった。
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「く………動け!!」
痛む足を罵倒しながら、ヒバリは60重塔の階段を駆け上がっていた。
現在は38階。ここに来るまでに数十体の何かを斬り殺した。
左目の上からは血が流れ、剣を握る手の平は擦れて血塗れだ。
流血が激しい。貧血気味になってしまい、視界が揺らぐ。身体中の感覚が鈍り始め、動きは徐々に遅くなってゆく。
「だが………止まる訳にはいかない!!」
そう喝を入れて、ヒバリは再び階段を駆け昇る。血が減る。血が減る。だが止まらない。
風龍剣を握りしめ、40階に到達したヒバリは、『四十階』と書かれた扉を見て止まった。
「あれか………」
ヒバリは、ゆっくりと『四十階』の文字を指でなぞる。途端、妖気が滲みだし、扉がゆっくりと開いた。中は階段になっており、それが最上階へと続く道だということを理解しているヒバリは、迷わずその階段を登り始めた。
1度曲がって再度登ると、小さな扉が視界に映った。
「ここだな……」
ヒバリは扉に手をかけ、一瞬戸惑った。
ここで快斗を待つか。単身で乗り込むか。
快斗は、異空間から出た瞬間に、
『先行ってろ。原野とヒナを助けてからそっちに向かう。それまで死なないでくれよ。』
と言っていた。時間的には既に60重塔を登り始めた辺りだろうか。
ヒバリは悩みに悩んだ。その結果は、
快斗を"待たない"という選択肢だった。
「済まない。天野。ライトを前に、留まることなど、私には出来ないようだ。」
ヒバリは扉をゆっくりと開ける。妖気が霧のようにヒバリを覆う。ヒバリは、前回とは少し違う雰囲気を不思議に思い、踏み出した1歩を後ろへ戻そうとした。
しかし、
「どこへ行く?」
「なっ!?」
その体が扉の先に吸い込まれていく。何かの引力が働いているような錯覚が起こり、ヒバリは扉の中へ引きずられて行った。
「ぐぅ………」
濃い妖気に痛み頭を抑え、ヒバリはゆっくりと立ち上がった。その空間は、零亡がいたあの部屋ではなく、石でできた無機質な空間だった。
零亡がいる部屋に繋がらなかったことを不思議に思い、ヒバリはもう一度扉を開けて戻ろうとした。
と、その瞬間、ヒバリの背筋が凍りつくほどの覇気が感じられた。
反射で剣を構え、自身の後ろに視線を向けた。すると、
「ッ…………」
「来たか『剣聖』。待ちわびたぞ。」
2mはありそうなほどの大男が、腕を組んでヒバリを見つめていた。
その瞳は真っ赤で、表情は無機質で感情を感じられない。
そして何より不思議なところは、
「貴様………」
「?あぁ、これを見て不思議に思ったか?それはそうだ。腕が6本ある人間なんているはずがないからなぁ。」
大男は通常よりも多く生えた腕を掲げて見せた。その腕は1本1本が全て隅々まで鍛え上げられた立派なもので、太さはヒバリの胴体と同じほどである。
「私を見てどう思う?『剣聖』。」
「貴様は誰だ。私はそれを問う。」
「ふむ。私を見て思うのはそれか。」
大男は自身の顎をゆっくりと撫で、「ふむ。いいだろう。」と答え、
「私の名を知りたいのなら教えてやる。」
「ッ…………」
大男は高圧的な態度でヒバリに問いかける。ヒバリは警戒して件を握りしめた。大男はそれを見て笑い、大きな声で答えた。
「私は阿修羅。『神殺し』に殺されかけた、1人の武神だ。」
「………阿修羅……?」
予想し得ない最悪な相手に、ヒバリは恐怖に硬直してしまった。
(済まない……天野!!ライト!!この部屋に踏み込んでしまった私を許してくれ……!!)
ヒバリは覚悟を決め、剣先を阿修羅へと向けた。
阿修羅はニヤリと笑い、
「ほう。やる気か。いいだろう。
『剣聖』、私とどう戦い抜くか、私を楽しませられるか。期待しよう。」
阿修羅は懐からナタを取り出して構える。2人の闘気がぶつかり合う。
ヒバリは息を整え、阿修羅へと切りかかって行く。
心の中では強く、ヒバリは快斗が早く来てくれることを願っていた。