解かれた謎
超長くなってしまいました。すみません。
「どう?」
「んー………開かないね。何回も成功手前まで行くんだけど………」
「そっか………。」
原野とサリエルは現在、行く手を阻む巨大な石造りの重厚な扉を開けようと努力しているところだった。
「鍵穴に鎖通して開けようとしても駄目。破壊しようとしても無駄。こじ開けようとしてもビクともしない。」
「こんなの無理ゲーだよぉ……」
原野が頭を抑えて項垂れる。サリエルは空中で一回転しながら考える。
「全力で攻撃を放てば空くかもしれないけど……なんだかそれは駄目な気がするし、この先のために魔力を取っておきたいからなぁ……。原野ちゃんの『死者の怨念』でも開けられないって相当だよね……」
『死者の怨念』は、老若男女どれの怨念であったとしても、それら全てが、人間の限界を超えた力を発揮する。故に、岩程度ならば一瞬で粉砕することができ、言わずもがな、人間の頭など木っ端微塵に出来るのだが、その力を持ってしても開かないとなると、
「力ずくじゃダメってことだね。」
からくりがあるのだろうと読んだサリエルは、必死に頭を回転させる。そんなサリエルを他所に、原野はぺたぺたと扉を触ったり、刻まれた紋章を怨念でなぞっている。
「何でできてるんだろ。これ。」
「さぁね。輪廻って言う人が作ったものだから、少なくともあの人が知っている中で1番硬い素材でできてるのだと思うけど……」
「この世界のいちばん固いものって何?」
「んー。金剛かな。原野ちゃんの世界のとは違って、こっちの世界だと壁とか城とか、敵の進行を阻む壁石として使われることが多いよ。たまに武器にする人もいるけど。」
「へぇ。これって金剛なんだ。」
「見た目もそっくりだし、最初はそう思ったんだけど……」
「?」
サリエルは扉に向かって、唐突に『天の鎖』を叩きつける。が、その扉は破壊されるどころか、傷1つつかない。
「私の能力を過小評価したとしても、この世界の金剛がこんなに硬くて丈夫なはずがないんだよ。せめて傷は着くはず。」
「そうなの?」
「なんだろ。これ本当になんなのか分からないなぁ。」
「サリエルが分からなかったら、私がわかるはずないよ。」
原野がそう言って苦笑する。サリエルも「確かに。」と軽口を挟んで、扉に向き直る。
「んー……」
「なにかヒントないかなぁ。『炎玉』。」
原野が基本の火炎魔術を放った。それは扉に直撃したが、焼け跡を少し残しただけで、影響は何も無い。
「『水華』。」
炎が消え去ったところで、原野は次に水魔術を放つ。扉の広範囲を濡らして、魔力は消え去る。
「『風針』。」
続いて風魔術を放つ。針状の風が一部分を集中的に衝撃を与える。が、全く傷をつけずに魔力を纏った風は消え去った。
「『雷槍』。」
最後に槍状に形成された雷を放つ。扉を濡らした水が雷を帯び、持続的に扉に衝撃を与える。
「駄目だ。全部効かないや。」
「そりゃそうでしょ。そんな簡単な魔術で壊れちゃったら、なんで私ので壊れないのってなるよ。」
「そうだね。」
「ていうか、原野ちゃんも考えてよ。そんな小さな魔術で遊んでないで………待って。」
冗談めかして話を戻そうとしたサリエルが、濡れた扉をじっと見つめる。原野はサリエルが何に気がついたのか分からない。
「これは………?」
サリエルは濡れた壁の一部分、『風針』が直撃した場所に指で触れる。
「ここだけ異常にダメージが大きい?魔術が重なったから……いえ、あんな弱い魔術でこんなダメージを受けるはずない。なんだったら私の鎖の威力の方が高かったはず。ならなんで………」
ブツブツとつぶやくサリエルは、持ち得る知識を全て漁り尽くし、一つの答えにたどり着いた。
「分かった。」
「何が?」
「この扉が何で出来ているかよ。」
サリエルは飛び上がって『天の鎖』を召喚する。4つの鎖は、それぞれが異なる色と魔力を発しながら、ドリルのように回転し始める。
「君は炎に。君は水に。君は風に。君は雷に。」
サリエルは一つ一つの鎖を指さして命じるように言い放ち、右腕をゆっくりと持ち上げる。
「『四属性回鎖貫突』!!」
サリエルは勢いよくそう叫んで、挙げた右腕を振り下ろす。それに答えるように、4つの属性を付与された鎖が、一斉に一部分に殺到する。
「この扉の素材は……アダマント!!『神殺し』との大戦で使われた、神々が作りだした防御用の鉱石!!その歴史は実に4000年!!」
扉に意識を集中させつつ、サリエルは大声で説明を続ける。
「でもこの鉱石の決定的な弱点に、『神殺し』は気がついた。それは、4つの属性全てが同時に1点に集中した場合、アダマントは著しく脆くなる!!」
サリエルが、最後のひと押しと魔力を放つ。一際勢いが増した鎖が連鎖し、遂に扉に大きなヒビを作り始めた。
「あともうちょっと!!」
「原野ちゃん……見てないで手伝って……」
「あ、ごめん!!『死者の怨念』!!」
傍観していた原野が、『死者の怨念』を呼び出して、扉のヒビから根こそぎ破壊していく。
「ええぇぇい!!」
「やぁあああ!!」
同時に威力は最骨頂へ。ヒビが大きく広がり、扉が轟音を響かせて崩れる。
「やった!!」
煙が晴れ、石屑の上に立った原野が歓喜に飛び上がる。
サリエルも『天の鎖』をしまい、原野の隣に降り立つ。
「お疲れ様。」
「サリエルこそ。お疲れ様。」
「うん。よし。これで多分、ここから出られるよ。」
サリエルが壊れた扉の先へ目を向ける。真っ白な光が溢れんばかりに支配し、先はどうなっているのか視認できない。
「どこに出るのか分からないけど、私が守ってあげるから。」
「え、なにその主人公みたいなセリフ。」
「ああごめん。このセリフは高谷君に言って欲しいものだったよね。」
「そ、そんなこと!!な、ない……はず……」
「もう隠す気なくなってきたでしょ。」
曖昧な言葉を返す原野に、サリエルが呆れて頬をつつく。赤面した原野がそれに怒って、
「もう!!行こう!!サリエル!!置いて!!行くよ!!」
「そんなに怒らなくてもぉ~~」
本気で苛つき始めた原野を窘めるように、サリエルがその周りを飛び回る。
原野は苛つきが収まらぬまま、光の中へと走り出す。
「ほら行くよ!!」
「分かったよー。」
原野を追って、サリエルは低空飛行で光へ飛び込んでいく。原野が光に飲み込まれ、その気配が消失したことを確認すると、サリエルは笑顔を消して険しい表情となる。
「どうして………?」
疑問の声を発する理由は1つ。何故、人間が作り出したはずの異空間に、神が作り出した鉱石が存在していたのか。
異空間を作り出すには、その存在の特徴と見た目を全て把握。もしくは記憶しておかなければならない。ならば、世界を渡った高谷達や、神に会った快斗ならその存在を認知しているかもしれないが、この世界から出られない人間達がそれを知っているはずがない。
それにもう1つ。『神殺し』との大戦は、現在から100万年以上も前の話だ。未だその大戦で用いられた鉱石を認知している神すら少ない。
サリエルが何故それを知っているのかと言うと、単にサリエルがその時代から存在している天使だからなのだが。
「警戒しないと………」
輪廻という人物が、今想定する最悪の人物、あるいはその1部ではない事を祈って、サリエルは異空間から現実世界へと戻っていく。
「……はぁ……っ………」
光が晴れると、そこは60重塔の目の前で、当初と変わらぬ様子で保たれている。
「ふぅ………」
サリエルは無事戻ることが出来たという安心感から、地面に無警戒で降り立った。そして、一緒に飛んだ原野を探そうと、後ろに視線を向けた瞬間、
「………え?」
左目の視界が消え、同時に生暖かい液体を感じ、サリエルは思わず飛び上がる。が、そを許さないとばかりに、地面から伸びた何かに足を掴まれた。
「な、何?」
サリエルが足元に視線を向けると、
「ッ!?」
そこには、バラバラに裂かれた、人間の形をした肉塊が大量に落ちており、その中に落ちていた腕が、独りでに動いてサリエルの足を掴んでいた。
「なんなの!!」
サリエルは『天の鎖』を召喚。腕を圧縮して潰し、サリエルの左目を潰した何かをバラバラに斬り裂いた。
「はぁ……はぁ……」
痛む左目に魔力を注ぐ。白い蒸気が上がり、たちまち左目が再生する。
「原野ちゃん……どこ……ッ!?」
原野の身を案じるサリエルだが、そんな心配をする暇も与えられず、サリエルの頭上から刃が振り下ろされた。
「ふ………」
瞬時に戦闘態勢に入るサリエル。鎖で斬撃を防ぎ、回り込んで鎖を叩きつける。勢いよく地面に落ちた何かは、顔はひしゃげても血は出ず、再びサリエルに突撃しようとした。
瞬間、
「逃げるなぁぁああああああ!!」
「ッ!?」
怒声とともに、小さな影が大きな戦斧を何かの腹に叩きつける。くの字に曲がった何かが、壁を突破って吹き飛んでいく。
サリエルは戦斧を担ぐ小さな影を見て、
「リンちゃん!!」
「?あ、サリエルお姉ちゃん!!」
サリエルに気がついた小さな影、リンは、元気よく手を振って笑う。
場違いな無邪気さに苦笑しながら、サリエルは地面に降り立った。
「何があったの?」
「分かんない。ヒナお姉ちゃんとあのおっきな建物の前に居たら、住民達が襲いかかってきた。」
「住民達が?」
「そう。でも、あれは人間じゃない。人の形をした何かなの。」
「それは見れば分かるけど………」
吹き飛んだ何かに視線を向ける。真っ白な体。顔面には3つのギョロ目。腕を両方刃で、明確な殺意が感じられる。
「本当の住民達は何処にいるの?」
「分かんない。まだ見てないよ。」
「そう。もうどこかに避難したのかも。鬼人だから、そう簡単には死なないはず。最低でも、『鬼人化』ぐらいは……」
そこまで話して、サリエルはまた1つの話を思い出した。
過去にもこんなことがあったのだ。全く同じような……
「また大戦中の………なんで………」
サリエルが再び思案しようとしたところで、
「ッ、来るよ!!」
「ッ………!!」
吹き飛んだ何かが、リンに力強く刃を振るう。咄嗟に戦斧で防いだが、想定以上のスピードと威力だったため、リンは家の壁を突破って瓦礫の中に消えた。
「リンちゃん!!この……!!」
サリエルが鎖で何かの首と思われる部を掴み、振り回しては地面に叩きつけるを何度も繰り返し、最後に天高く放り投げ、
「『光剣落下』!!」
神聖魔力を貯めに貯めた光の剣が、何かを打ち砕き、地面へと叩きつけ、光が爆裂する。
「はぁ……!!これって……絶対にあの時の……」
頭に浮かんだ考えは最悪で、サリエル自身、その答えを全力で否定した。それで居ないで欲しかった。だが、そうはいかないようで、
「ッ!!」
サリエルは真後ろに強力な魔力を感じて振り返る。
知っている魔力の波長。その人であって欲しくないと願っていたサリエルの希望は、その瞬間に打ち砕かれた。
「これ……は………」
「…………。」
サリエルの振り返った先には、6本の腕が生えた、真っ白な何かが、腕を組んで佇んでいた。
その気配は、サリエルが知るある者に酷似している。
「やっぱりこれって……」
サリエルは現象が何を意味しているのか、その意味がなんなのか、たった今その答えを確信した。
サリエルの目の前にいる何かは、輪廻がその存在を知っているから現れるのである。そしてこれは大戦の風景。つまり、輪廻はその時代の出来事を熟知している。
輪廻が熟知している理由も容易に想像できた。
そして、それに気がついたサリエルからは血の気が引いていく。
とにかく、再び飛ばされたこの異空間から抜け出さなければ行けない。
そのためにも、
「ここを切り抜けて、原野ちゃんとヒナさんを探す!!」
目標を決めたサリエルは、吹き飛んだリンを探し始める。
更なる試練に、サリエルは何故か独りで挑まなければならなくなった。
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「これをどう見る?天野。」
「そうだなぁ。それを今ととるか、はたまた別物と捉えるか。だよなぁ……」
「真面目に考えてくれ。」
「考えてるっての。」
サリエルが頭を悩ませる一方、快斗とヒバリは、反り立つ石壁の前で頭を悩ませていた。
「どういう意味なんだ?」
「直訳すると……俺が知る限りだと『今』になるんだが………」
快斗が、壁に書かれた文字を見つめて呟く。
壁には3つの文字が書かれており、それぞれ
N、O、w、である。
「なんで『w』だけ小文字なんだ?てか、今ってなんだよ。答えになってねぇ。」
「………私には理解出来ん。」
ヒバリが自身の無力さを噛み締めて拳をにぎりしめる。
快斗はヒバリが思った以上に思い詰めていることを悟り、文字の意味を必死に考える。
「考えろ。今まであったこととかも全部含めて考えろ。えぇっと?今まで通ってきたのは石通路。あった部屋は花の香りの部屋。部屋の数は全部で13。これは関係が……いや、ねぇな。NOWは読み方変えられるか?いや、俺の知ってる限りだと多分ねぇ。えーと、他には………」
快斗は頭を抑えて考える。前世の知識を掘り起こして、見てきたアルファベットを全て思い出す。
「………英語として考えねぇほうがいいな。」
こんがらがる脳内を一旦放棄。新たな思考へと変える。英語以外で、アルファベットを使う強化は、理科と数学。
化学式に当てはめる。wは存在せず、Oは酸素、水、二酸化炭素などに用いられ、Nは窒素、二酸化窒素、一酸化窒素などに用いられる。
「種類多すぎだな。次。」
理科の思考を切り捨て、数学脳へと切り替える。数学でのアルファベットを用いる場面は多々あるが、その中でも有名なのは、
「ギリシャ文字。」
ギリシャ文字に当てはめる。Nはニュー。Oはオミクロン。wは……
「あれ?ない?マジかよ……詰みなんだが……」
何度も何度も数学で使われるギリシャ文字を思い出して声に出す。
「アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イータ、エータ、シータ、テータ、オメガ、ゼータ、ツェータ……ダメだな。やっぱりねぇ。」
こうなると、もう快斗には使える知識がない。
「くっそ。マジかよ……。」
快斗は壁に書かれた文字を見つめ直す。何度見ても、やはりその文字は変わらず、N、O、w、のままだ。
「なんで『w』は小文字なんだ?やっぱりそれだけがおかしいんだよなぁ……」
と、快斗はここまで呟いて、ギリシャ文字がもうひとつの書き方があることを思い出した。それは、
「小文字!!」
快斗は縋るように知識を漁る。『w』、または『w』に似た形の物。その中で真っ先に頭に浮かんだのは、
「イプシロン!!その小文字は『ε』!!」
すぐさまその言葉を並べる。
「考えろ。末の文字は……『ー』と『ん』が2つ。だからなにもねぇ。なら頭文字は……」
Nの頭文字は『ニ』。Oの頭文字は『オ』。
εの頭文字は『イ』。
つまり、
「答えは匂い。だから、花の匂いがしたあの部屋のどっかが出口だ!!」
「ほぅ。」
叫ぶ快斗の言葉に、ヒバリが感心したように声を上げる。
「問題はどの部屋が正解かなんだが……って、いった!?」
「ッ……なんだこれは。」
快斗が新たな疑問に直面した瞬間、何処からか飛んできたナイフに手首を切り裂かれた。
深く切り裂かれた動脈から、大量の血が流れ出す。
「めっちゃ、『血』でるじゃん!!痛てぇし!!回復薬!!」
「『血』?……そうか。分かったぞ。正解の部屋が。」
「あ?ちょ、ヒバリ!?」
召喚した回復薬を使おうとした快斗の手を強引に掴んで、ヒバリは走り出す。
「天野が流す『血』は、『悪魔の血』!!そして『匂い』が関係しているなら、十中八九花が関係しているはず。そして、花と言えば、花言葉!!つまり、向かうべき部屋は……」
「なるほど!!リムスレムの部屋か!!」
快斗が納得したように頷く。前に通ったリムスレムの部屋を目指し、快斗とヒバリは全力で走る。
「着いた!!ここだろ!!」
「あぁ。間違いない!!そして、あれが何よりの証拠だな!!」
ヒバリが部屋の中央に現れた容器、盃を指さす。快斗は手首を盃の上に翳す。滴る血が盃の中央に集まり、やがて消えていく。
と、その盃を中心に、部屋全体が緑色に輝き出し、突如、強大な邪気と魔力が充満する。
「な、なんだ!?」
「振動している?これは……天野!!」
ヒバリが快斗の服のフードを掴んで引く。快斗の体が浮き上がり、瞬間、快斗が立っていた場所が、地面から湧き出した黒い瘴気に埋め尽くされた。
瘴気は盃を飲み込むと、快斗とヒバリを求めるように、不規則な動きで迫り来るう。
「なんだこれぇ!!」
「とにかく走るぞ!!あれからは嫌な魔力した感じられない!!」
「チィっ!!次から次へと……!!」
快斗は元来た道を戻り走る。後ろからは瘴気が追いかけてくる。いくつかの部屋を超え、再びあの石壁の前へ来ると、
「壁が消えてる……?」
「飛び込むぞ!!」
「ちょ、そんな無警戒に!?」
ヒバリが消えた壁の先に見える光の中に飛び込んでいく。快斗は我武者羅になった思考に従い、ヒバリに着いていった。
光に入る瞬間、快斗が振り向くと、すぐそばまで迫った瘴気が人型になって手を伸ばしていた。そして、
「ルゥゥシィイファァァアアアアア!!!!!!」
「おおぅ!?うるせぇ!!」
聞き慣れていたような、初めて聞いたような、妙な感覚になる大声を聞いて、快斗は耳を塞ぐ。
そして、強まる光に飲み込まれ、快斗は異空間から消えていったのだった。
最近暑いですよね……皆さん熱中症に気をつけてください。俺が言うなんて烏滸がましいですが……え?俺は大丈夫なのかって?絶対に大丈夫ですよ。だってずっと家に居るから!!