様々な動き
「えーと……えーと?」
「いつまで首を傾げているんだ天野。出口を探すぞ。」
松明が燃える音が響く薄暗い空間。壁、天井、床。全てが石で作られた通路のど真ん中で、快斗は目の前で剣を握りしめて血塗れのヒバリを見て首を傾げていた。
「俺は確か……」
「異空間に飛ばされた。早急に戻らねば、ライトが危険だ。」
自身の傷の痛みを無視して通路を探るヒバリには、明らかに焦りがあった。最愛の弟を奪われ、全身傷だらけにされ尚、諦めることを知らないヒバリを不憫に思った快斗は、同じく血塗れの体を酷使して立ち上がり、ヒバリの手を掴んで止めた。
「焦る気持ちは分かるけどよ。まずは回復するぞ。じゃねーと戻った時にライトを取り戻せねぇだろ?」
「む………」
「頼むから聞いてくれ。傷が痛くてたまらねぇのはお前も同じだろ?一緒に回復しようぜ。な?」
「………………………………………………分かった。」
「めっっっちゃ考えたな。そんなに嫌?俺と回復するの。」
快斗はヒバリの反応に少し心に傷を作りながら、怨力を自身の手のひらに纏わせ、
「『魔技・アンデッドホール』」
空間に新たな異空間が生まれ、その中から2本の回復薬が転がり落ちてきた。
「持続系回復薬。飲んだら徐々に回復するやつだな。」
「戦闘時によく使うものだな。量が少ない割に、回復し続ける時間が長い。」
互いに知識を語り合い、2人はそれを飲み干した。通常の回復薬と違い、傷口が一瞬で消えることはなく、今は痛みと流血が止まる程度だ。
時間が経てば全回復するはずだが、それまではあまり動かない方がいい。両者、狙われたのかは分からないが、両手首が深く抉られている。
「十中八九、大量出血で殺そうとしたみてぇだな。」
「首筋にも傷がある。的確に重要血管を狙ったようだ。」
「ったく、だりぃことしてくれんな。」
快斗は魔力で手首の傷を最優先に修復する。
「にしても、棒っきれで肉を抉るって、相当精度いいよな。全く見えなかったし。」
「私も見えることは見えたが、あの速度は防ぎようがなかった。『刃界』の領域に容易に入り込んでいるぞ。」
「『刃界』?」
聞きなれない単語に、快斗は首を傾げた。ヒバリは壁を背に座ると、
「『刃界』は、戦士なら誰でも目指す超集中空間だ。その領域では時が進むのが遅く、思考だけが速い。ライトならば、私よりも容易く踏み込める。」
「言ってみれば、ゾーンってことか。」
「その認識で間違いはないだろう。だが、戦闘時にその領域に意図的に入ることはそう容易くない。最も、馬鹿のように剣を振る速度が速ければ、踏み込むことも出来るのだろうが。私は入ることが出来るが、女帝は『刃界』入った上で、見極めるのが困難な速度で攻撃を繰り出していた。」
「正に鬼って感じだな。俺らの中で1番戦闘力高ぇヒバリが見極められねぇって、もう勝てねぇ気しかしねぇ。」
ありえない速度で繰り出された攻撃だったということは理解した快斗。だが、今それが分かった所で、かえって絶望が上乗せされただけだ。
快斗は大きくため息をつくと、
「悔しいけど、リドルの言う通りだったっつーわけだな。」
「く………私にもっと力があれば……」
ライトの旅立ちを引き留めようとしたリドルの発言を思い出して、2人は奥歯を噛み締める。
「あいつ、邪魔って言ってたよな。俺らの事。」
「………あぁ。」
「うーん。多分俺らの事殺しにくるよな?」
「そんな殺伐とした世界ではない、と言いたいところだが、女帝の態度から見るに、それは確実として考えた方かいいかもしれない。」
「だりぃ。」
快斗は石壁に手をかけて立ち上がる。足取りはまだ覚つかないが、歩けないことは無い。
「しゃーね。とりま出口を探すっきゃねぇな。それが無理なら、強行突破だな。」
「?」
左の壁を伝って歩きだす快斗。ヒバリは『強行突破』という言葉に首をかしげながら、快斗にゆっくりとついていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ここどこー!!私は誰ー!!」
「うるさいよ原野ちゃん。」
壁を何度も叩きながら、原野は涙目で項垂れる。共にいるサリエルは大きくため息をついて、
「ここは異空間。さっきの輪廻って言う人に飛ばされちゃったんだよ。」
「ええ!?異空間!?ここ異空間なの!?」
「見たらわかるでしょ。さっきとは全く違う場所なんだから。」
サリエルは石壁をぺたぺたと触ってから、通路の奥を見つめ、
「んー。近くに快斗君達の気配は無いなぁ。きっとみんな別々の異空間に飛ばされたのかもしれないね。まぁ、単に距離が遠いだけかもしれないけど。」
サリエルは翼をはためかせ、通路を進んでいく。
「行くよ原野ちゃん。ここは嫌な場所だよ。さっさと離れよう。」
「え?ちょ、待ってよサリエル!!」
原野を置き去りにする勢いで飛んでいくサリエルを原野が追いかけていく。
サリエルは1人考える。
輪廻という人物。これほどの異空間を維持出来る人間を、サリエルは数人ほどしか知らない。
ただの異空間能力者、と切り捨てない方が良さそうだ。
輪廻に対する警戒心を高め、サリエルはさらに速度はあげた。
後ろの原野が悲鳴をあげているのに気づくまで、サリエルは思考し続けたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……………。」
風が草木を靡かせ、花の香りが充満する空間に、高谷は1人、剣を握りしめて立っていた。
「……飛ばされちゃったのかな。」
こういったアニメによくある展開を理解している高谷は、現状を素早く分析して答えを導き出した。
「面倒なことになったな。」
頭をかく高谷。眉をひそめ、空を見上げる。ピンクがかった空は雲ひとつなく、不思議なことに太陽もない。
だと言うのに、世界は影がなく、暗い、という概念がない。
「なんだろ。この空間。」
違和感しかない広い花畑の空間を踏みしめ、高谷は直感で適当な方向へ歩いていく。
「皆どこに行ったのかな。こんなに開けた空間なのに見えないってことは、違う異空間に飛ばされたのかな。」
高谷は1人、途方もなく広い花畑を歩いてゆく。風に乗って、どこからか流れてきた花びらが、高谷の周りを囲んで漂う。
なんだか面白くなって笑いながら、高谷は周りを見渡していると、1つ、花ではない奇妙な物を見つけた。
銀色に輝く刃のような形をした突起物が、地面から生えている。
「なんだろ。」
それに近づくと、高谷は小さな魔力を感じ取った。それが、突起物の真下から発せられているということも。
「誰か……いる?…………はァあ!!」
高谷は右腕を肥大化させ、赤い甲羅を纏った大腕で、地面を1発で掘り起こした。
すると、
「ぬわあああ!!!!」
「うわぁ!?」
大きな悲鳴をあげながら、1人の少女が吹き飛んだ。それは何度も回転しながら、地面に盛大に落下した。
「うーむ……。な、なんでござるか!?」
と、銀髪の長髪を持った少女は、勢いよく起き上がって、手に持つ刀を構えた。
高谷は一瞬戦闘態勢に入ったが、相対している相手が誰だか理解して、右腕を元に戻した。
「なんだ。暁さんですか。」
「む。なんだ。不死殿か。」
「ふ、不死殿?」
妙な呼ばれ方に、思わずオウム返ししてしまう高谷。暁は当たり前だろう?という雰囲気で、
「不死殿は不死だから不死殿でござるよ。驚異的な回復力を持つと聞いていたでござる。」
「へ、へぇ。そうなんですかって違う違う!!」
手を振って喚く高谷。
「なんで暁さんがここにいるんですか。」
「?拙者は単に、街の影に紛れたヒビを斬っただけでござる。気がついたら、不死殿に掘り起こされてこのザマでござるよ。」
「ヒビを斬ったらここにいたってどういう事?」
暁が土に汚れた服を叩いて見せる。時空の裂け目に無理矢理入り込んできたという暁の規格外ぶりに、高谷は呆れるしかない。
「不死殿がいなかったら、今頃拙者は土を食べているところでござるよ。感謝するでござる。」
「う、うん。まぁ、いいや。」
「そういえば、不死殿は悪魔達と一緒じゃないのでござるか?他の連中が見当たらないでござる。」
「多分、違う異空間にいるんじゃないかな?」
「異なる空間に別れているのでござるか?」
「あ。暁さんは知らないよね。俺らがこうなった経緯。」
高谷は暁に、60重塔で起こったことを全て話した。暁は最初は普段と変わらない雰囲気だったが、話が進む事に、表情が悲しいものへと変わっていった。
「女帝殿がやってしまったでござるか………拙者の父の形見はどうなるでござるか………」
「ん?」
「なんでもないでござるよ。それにしても災難だったでござるな。あの金髪の鬼人は囚われ、仲間とは離れ離れで、今会ったのは四大剣将の少女のみ。不安尽きない状況でござるな。」
「全くもってその通りだな。みんなと合流したいけど……」
ライトが心配な高谷は、そわそわして落ち着かない様子でいる。それを感じとった暁は刀を撫でて、
「取り敢えず、拙者もこの空間から抜け出すという遊戯をこなすことにするでござる。」
「遊戯って……」
「不死殿の手助けはするでござる。時空の裂け目さえ見つけられれば、拙者の『時空陣』の刀で元の世界へ戻れるでござるよ。多分。」
「確定っていう保証はないんだね……。」
「まず時空の裂け目が見つかるかどうか、それが問題でござる。まぁ、これほど広い空間を維持、量産という無理をすれば、どこかしら欠陥はあるはずでござる。」
暁は刀を引き抜いて思いっきり虚空へ刀を振るう。すると、空間が揺れ、小さな筋が波のように広がって消えていった。
「限界の1歩手前で維持しているようでござるな。端まで行けば裂け目程度見つかるはずでござる。」
「ふーん。」
「大きな裂け目なら、元の世界に限らず、悪魔達がいる他の空間へ行くことも可能でござるよ。」
「そうなんだ。じゃあ早めに見つけよう。」
「探すとするでござるか。」
高谷は遠くに見える地平線を目指して歩き出す。暁もそれについて行く。
「不死殿。」
「ん?」
暁が高谷の服の袖を掴む。高谷が振り返ると、暁は少し寂しそうな表情で、でも、すぐそれをいつもの無邪気な笑みに変えて、
「ここを出るまで、よろしく頼むでござるよ。」
「………うん。よろしく。」
高谷が思っている以上に、暁にはなにか大きな不安があるようだった。それを誤魔化したいという気持ちがあるのに、高谷は気づいた。
それを高谷は受け止める。自分もそんなこと何度だってしたことがあったから。
不思議な組み合わせの2人は、時空の裂け目を求めて、歩き始めたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「快斗さん達の気配が消失した………!?」
快斗達が異空間に飛ばされたのと同時刻。
60重塔の前で快斗達と別れていたヒナは急に快斗達の巨大な魔力反応が消えたことに焦っていた。
「ヒナお姉ちゃん?」
「ッ、いえ、なんでもないですよ。ちょっと問題が起こったみたいで……まぁでも、直ぐに解決しますよ。快斗さん達なら……」
「そ、そうなの?」
不安げにヒナを呼ぶリン。その大きな目の端には涙が浮かんでいる。リンも魔力の反応を感知することが出来るのだが、快斗の反応が消えたことが余程心配を煽るようだ。
「と、とにかく!!この中に入ってみましょう!!ライトさんの気配はありますし、きっと何かの……そう!!なんか試練かなんとかそんな感じのやつで……ああもう!!何言ってるですか私は!!」
全く不安を取り除ける言葉が見つからず、ヒナは頭を掻き毟ってヤケになる。
「取り敢えず上に行きましょう!!そこでこれの今がわかるはずですし!!」
「ヒナお姉ちゃん。」
「大丈夫です!!心配は無用ですよ!!快斗さん達の気配は急に消えましたけど、死んだわけじゃないと思いますから、」
「そうじゃない。ヒナお姉ちゃん。周り見て。」
「へ?周りって……え?」
言葉をなんとか並べていたヒナに、リンが警戒した様子で周りを見るように言った。ヒナが周りを見渡すと、住民達がヒナとリンを取り囲むようにして、目を大きく見開いて2人を見つめていた。
「な、なんですか……?」
「ヒナお姉ちゃん。今すぐ弓を構えて戦闘態勢になって。」
リンが背中に背負っていた戦斧を取り出して構える。ヒナは言われるがまま弓を取り出して構える。
真顔で迫る住民達は、感情を感じさせない表情で2人に近づいていく。
と、1人の住民が手を挙げた。そして、
「ッ!?お姉ちゃん跳んで!!」
「ええ!?はい!!」
ヒナはリンに言われた通りに天高く飛び上がる。と、遥か下の地面で、先程手を挙げた住民の手のひらから、紫色の炎が吹き出していた。
「ええ!?なんですか!?なんなんですか!?」
「りゃあああああああああ!!!!」
大声を上げながら、リンがその住民を、頭から股にかけて一刀両断。住民は真っ二つになって絶命した。
「ちょ、リンちゃん!?」
「ヒナお姉ちゃん!!この人達はここに住んでる人達じゃない!!人間じゃない何かだよ!!」
リンが戦斧を振り回して、次々と人の形をした何かを切り飛ばしていく。
様々な魔術を放ってくるが、リンは戦斧を今日に使って重心を変えたり、飛び上がったりして全てを躱す。
下から切り上げ、思いっきり叩きつけて、横凪に降るって、大きく回して投げつける。
切り裂かれた何かから血は出ない。真っ赤な断面が覗くだけだ。ヒナは急に起こった出来事に追いつかない頭を必死に回しながら、襲ってくる何かを弓矢で打ち抜く。
「全く……なんなんですか次々と!!」
「えぇい!!りゃあ!!ふん!!えい!!やぁあ!!」
「はぁ……!!快斗さん達……早く戻ってください……。こっちは大変なことになってます!!」
ヒナは何も無い虚空にそう話して、迫る何かを次々と撃ち抜いて行く。長く伸びた耳で音を聞き分け、攻撃を躱し、隙間に弓矢を打ち込んでいく。
こんな攻防がいつまで続くのかと、ヒナとリンはそんなこと考えずに、一心不乱に襲い続ける何かを殺し続けた。