異空間へ
「あと………なん……階……登るんだろ……?」
「分かんねぇ……死にそう……いやマジで……。」
木でできた階段をギシギシと鳴らしながら、快斗一行はゆっくりと登っていた。地獄のように続く階段を。
「1階上がるだけで6mぐらい高さあるんだが?最後まで行くとなると360m?こりゃ飛んだ方が楽で速えぇな。」
「そうだね……。」
調子に乗って歩いて登ると希望したサリエルが血を吐くのではないかと思うくらい荒い息で登っている。
快斗は肩に乗って寝ているキューに少なからず怒りを感じながら、重い足を必死に上げて登っていく。
「足腰に来るものがあるな。骨が軋む。」
「ひ、ヒバリさん……よくそんなに……余裕、だね……」
快斗達と同じスピードではあるものの、体力にはまだまだ余裕があるヒバリが、足を摩って呟く。
既に限界を超えている原野が、床に突っ伏してしまった。
「おいおい。まだ20階分あるってのに……」
快斗は右の壁に目を向ける。大きな木でできた重厚な扉。その扉には、『四十階』と書かれている。
「も、もう……無理……」
「はぁ……しょうがない。」
「わっ!?」
「お。」
見ていられないと頭を抱えた高谷が腕を肥大化させ、真っ赤な甲羅を纏った大腕で、原野を持ち上げる。原野の顔が赤面している。
「まさか……これを狙って……!?」
「狙ってないよ!!」
高谷に持ち上げられたくて疲れた振りをしたのではないかと疑った快斗に、原野が喚いて反論する。
その元気を歩くことに使わないのかと呆れながら、快斗は痛む足を酷使して立ち上がる。
「しっかし、女帝に会おうとしたやつってみんなこうなるのか?女帝ってここ出る時どうするんだ?」
「なにか、行き方があるとか?」
「あるのかね?」
快斗は扉をぺたぺたと触り、深く掘られた『四十階』を指でなぞる。
「なにかからくりがあったりとか……あ?」
「あれ?」
快斗がそう言って『四十階』をなぞり終わった途端、扉が自然に開き、新たな階段が出現した。
「なんだこれ。隠し通路?」
「これは……妖気?もしやこれは、女帝の妖術か。」
扉に充満する妖気を感じ取ったヒバリが、階段を登っていく。快斗達もそれに続いて登って行く。
長さは今までの階段と同じく、1回往復して、高さは6m。サリエルはもう面倒くさくなったのか、白銀の翼をはためかせて階段の上を飛ぶ。
「お?」
急に止まったヒバリに快斗が突っ込んでしまい、拍子抜けの声を上げてしまう。
柔らかい感覚から抜けて、快斗はヒバリの先を見る。
「また扉か?」
「妖気を感じる。この扉の先は、正直何があるのか分からない。」
「開けてねぇものの中に何が入ってるかなんて、誰だって分かるはずねぇ。とにかく、開けてみようぜ。」
快斗は扉のくぼみに手をかけ、右にゆっくりと引くと、
「………お?」
「なんじゃ。遅かったでないか。何処で寄り道しておった?」
畳の上にグダった姿勢の零亡が、お弾きで遊んでいた。
「………。」
「?何を突っ立っておる?こっちへこんか、悪魔よ。」
「おいライト。お前の母親があんなに妖艶って聞いてねぇぞ!!やべぇ!!鼻血出そう!!」
「………何をしておるのじゃ。」
鼻を抑えながらライトに問う快斗を呆れた表情で出迎えた零亡は、ゆっくりと起き上がって、ズレた着物の胸元を正すと、
「騒ぐな。悪魔よ。」
「ぶっ!?」
しなやかで美しい太ももの間を探り、その中から取り出した木の太い棒を、快斗の頭目掛けて投げつける。見事に快斗の後頭部を撃ち抜き、壁と棒に挟まれた快斗の頭から血が吹き出す。
「ふむ。うるさいものが黙ったな。さて、お前ら、妾の前へ来い。よく見えん。」
零亡は取り出した扇子で一行を招いた。撃沈した快斗を除いて、全員は横一列に、零亡の前に並ぶ。
快斗は回復されながら、高谷に背負われている。
「ふむ。」
零亡は全員をゆっくりと見つめ、
「ライトよ。」
「ッ………、はい。」
ライトの前に移動し、その名前を呼んだ。ライトが肩を跳ねさせ、顔を上げる。
零亡と目が合う。ライトよりも背丈が頭1つ分ほど高く、眼光は鋭い。
と、零亡がゆっくりと動き出す。ライトが反射的に目を瞑ると、次の瞬間、
「んむ?」
全身を柔らかいものに包まれる感覚。目を開けると、目の前に優しげな感情を宿した零亡の瞳が見えた。
瞬間、ライトは自分が抱きしめられていることに気がついた。零亡はライトの頭を穏やかに撫でる。その感覚がくすぐったいような感じがして、しかし安心感があって、ライトはそれに身を任せた。
「大きくなったものだ。我が息子よ。」
零亡はそう言って、ライトの頭から手を離すと、
「ぐっ!?」
ライトの鳩尾に、強烈な打撃を撃ち込んだ。
腹を抑えて、ライトは悶絶する。
「う………はぁ………」
「じゃが、弱く貧弱な鬼人は、我が血脈には不要。条約のために孕んだ子とて、強き者に縋ることは許されん。」
「ッ……!!」
「てめぇ!!」
「待って!!」
「駄目!!」
剣を引き抜こうとしたヒバリと快斗を、高谷と原野が必死に引き止める。零亡は俯くライトの顎を手で押えて上げると、
「故に、妾が鍛え直すことにした。」
「はぇ?」
「リドルには任せておけんな。鬼人をここまで落ちぶらせるなど……さて、輪廻。」
「は。」
零亡が何も無い虚空へと言葉を発すると、空間がズレてブレ、その隙間から1人の女、真っ黒な衣装を纏ったくノ一が出現した。
「輪廻よ。この者達を………封じろ。」
「承知。」
「な、なんだ?めっちゃ嫌な予感……!?」
輪廻と呼ばれたくノ一は、鋭い眼光をライト以外の一行へ向け、小さく呟いた。
「『幻封郷』。」
「うおお!?」
「わぁ!?」
「な!?」
輪廻が手に持つ小さな刀を横凪に振るう。空間が裂け、黒いヒビが快斗達を飲み込む。強烈な暴風が吹き荒れ、ヒビの中心に吸い込まれるように体が引かれる。が、
「せい!!」
ヒバリが剣で勢いよくヒビ割れた空間に衝撃を与えた。それに応えるように、ヒビは先程とは逆方向の風を発し、全員が壁まで吹き飛ばされる。
「く……!!」
「チッ……面倒な。」
快斗は壁から飛び出してヒバリと並んで草薙剣を構え、零亡は忌々しげに舌打ちをする。
「女帝、零亡殿。私達を幻空に閉じ込めようとした理由を求める。」
「邪魔なのじゃ。」
零亡が股下から取り出した木の棒を投擲する。速度はかなりのもので、ヒバリは最低限の動きで全てを躱す。
快斗は木の棒の隙間を見定め、草薙剣を投げつける。零亡の頬をかすり、壁に突き刺さる。
「そんなものが当たると………」
「『転移』!!」
「なるほど。」
『転移』した快斗に即座に反応し、零亡は振るわれた草薙剣を木の棒で受け止める。
「ぐ……!?」
「弱く、忌々しい悪魔よ。………失せろ。」
「は……。」
零亡が両手に木の棒を持つ。瞬間、奇妙なことが起こった。
先程まで健全だった快斗が、いつの間にか血塗れで宙を舞っていた。
「ばはぁ……」
「弱い。あまりにも弱いぞ。」
零亡の持つ棒には、快斗の血が大量にこびりついている。
零亡は快斗を蹴り飛ばし、
「次はお前じゃ。ヒバリ。」
「ッ………」
視線を向けられたヒバリの肩が跳ねる。強大な殺意を感じたからだ。ヒバリは自身を叱るように、風龍剣を強く握りしめる。
「ハァア!!」
「ふむ。」
『刃界』で弧を描いてゆっくりと零亡に迫る刃。それを割り込んだ棒が受け止めた。
「遅い。」
「な…………」
気がつくと、ヒバリも快斗同様、血まみれになって床に叩きつけられた。
「ぶ………は………?」
「輪廻。」
「は。」
輪廻が再び刀を振るう。空間が裂け、それぞれがヒビに吸い込まれていく。
「ぐ……くそ……!!」
「ライト!!」
「姉さん!!」
高谷と原野、サリエルは、なんの抵抗も許されずに吸い込まれ、床に爪を突き立てて耐えていた快斗も吸い込まれた。
「姉さん!!姉さん!!」
「はぁ……はぁ………」
必死にヒバリに手を伸ばすライト。が、その手が届くことはなく、ライトは輪廻に捕まえられて床に押し倒される。
それを確認した零亡は、ヒバリの顎を持ち上げて、
「さらばじゃ、『剣聖』。」
「ッ!?」
最後の衝撃が、ヒバリを撃ち抜いた。盛大に吐血しながら、ヒバリはヒビに吸い込まれていく。力の限り伸ばしたヒバリはの手は、ライトに向けられていたが、それは一瞬で消え去った。
ヒビが消える。風も止み、部屋には静寂が舞い戻る。
「あ………」
「さて……調教を始めようかのぅ。」
力なく声を出すライトに歩み寄り、零亡は優しく微笑んだ。
その表情に、悲しみと狂気を感じたのは、ライトだけだったのだろうか。
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「うどん♪うどん♪うどん♪」
街中を陽気に跳ねながら、暁はまだ見ぬ美味なうどんを売っているうどん屋を探して歌っている。
「んむ?」
と、暁は不意に違和感を感じた。右方向に目を向ける。店と店の間。裏路地と呼ばれる小さな道に、なにか不穏な魔力を感じとったのだ。
「なんでござるか?」
気になった暁は、なんの警戒もなく裏路地へ入っていく。すると、
「おお?」
裏路地の中に浮かぶ、小さな空間のヒビ割れを発見した。
それは、少しずつ修復され、今にも消えそうな程に小さい。
「これは……」
と、暁はそのヒビの奥から感じとった魔力を気づいて刀を引き抜いた。
「『時空陣』」
小さく呟いた暁の髪色と瞳が銀色に変わる。纏う魔力は銀の粒子となり、ヒビに反応して光だした。
「ちょうど暇していた頃。暇つぶしがてら、この空間に飛び込んでみるでござるか。」
頭の悪い暁は、躊躇なくヒビに刀を叩きつけた。衝撃にヒビが広がり、空間が割れ、暁は開いた隙間に吸い込まれていく。
「いざ、未開の土地へ!!」
1人、そんなことを叫びながら、暁は刀を握りしめて、異空間へと飛んでいった。
次の部からは、零亡の読み仮名外しますね。