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2話 客人

 この時代の人間、ではない? 突然突きつけられた言葉に思考が止まる。


 しばし、沈黙が室内を支配した。


 やがて頭の中でひとつの結論を導き出して、手を打ち鳴らした。


「ああ、聞いたことがあります。古代、いまよりも発達した文明が存在したとかいう説があるのですよね。ということは、こちらは古代の文化遺産ですか。わあ、はじめて拝見しました」


「なんでそうなるんだ!」

「違うのですか?」

「当たり前だっ」


 予想はそうそう当たらないらしい。自信があったのに、少し残念だった。


 仕切り直すようにシャルは目前のグラスに入った水を飲み干し、言った。


「これはいまの時代よりも未来のもので、オレは言わば未来人って奴なんだよ」

「まあ。未来の方でしたか」


 古代ではなく。どちらにしろ、現在とは違う時代の人やものが目の前にあるという。怪盗以上に滅多にお目にかかれないものだ。


 シャルの顔をまじまじと見ていると、つっこみが入った。


「驚いてねえだろ、お前」

「驚いているに決まっています。それで十年後ですか、それとも百年後くらい?」

「もっと先だ。一世紀後だよ」

「世紀?」


 また知らない言葉だ。シャルはどれだけ、ミローディアの知らないことを知っているのだろう。


「あー、この頃ってそういう概念自体がなかったんだっけか。とにかくいまよりずっと後、ってことだ」

「それで未来の方がどうしてこの時代に?」

「時空の渦に巻き込まれた」

「時空……?」


 あー、とどう説明したものかといった調子でシャルは言葉を濁し、しばらくしてから続きを言った。


「事故でこの時代に来ちまって、帰れなくなった。異邦人にして放浪者ってわけだ」

「だから怪盗をして生計を立てていらっしゃるということですね」

「いや、まさか。金を稼ぎたいだけならもっと堅実にいくさ」

「でしたら何故?」


「響奏を録音して盗もうとしたのは、この時代で助けてくれた人たちにお礼をするためだよ」

「助けてくれた方は、もしかして」

「そう、平民ですらない、貧民街の人間だ。彼らが音楽を聴き、響奏の効果を少しでも得るには、こうするくらいしかないだろう」


 貧しい人間には、音楽を聴く金銭的余裕も時間的余裕もないのだから。街中の人、世界中の人のことを想って歌っても、彼らに届くことはない。――いや、なかった。


 だけど彼の奏音機を使って録音したものなら、聞かせることが可能だ。


「素晴らしいです、シャルさん! 貴方が貧しい方々に音楽を、響奏を届けてくださったのですね!」

「はあ?」

「怪盗というより義賊ですね。さすが未来の方はやることが違います」


「いや、だからそんなたいしたもんじゃ。それにいいのかよ。お前は響奏を歌うのが仕事だろ? それを勝手に無断利用してる、って聞かされて」

「構いませんよ」


 むしろ積極的にやればいいと思う。


「お前がよくてもここのお偉いさんが許可しないだろ。響奏で金を取ってるんだから」

「細かいことを気にしてばかりでは大物になれませんよ」


 そういう問題じゃなくてだな、とシャルは息を吐き出した。


「ではこういうのはどうでしょう」


 人差し指を伸ばし、提案する。


「私がシャルさんの恩人さんのもとへ行き、直接響奏を聞かせるというのは」


 はっ、とシャルは肩をすくめた。目の前の少女が口にした突発的な思いつきなど信じていない態度だった。


「それこそ無理じゃねえか。歌姫様が金にもならない仕事を受けるわけが」

「ですから仕事ではありません。私がやりたいからするのです」

「……あのなあ」

「怪盗を名乗るからには、歌姫のひとりくらい盗めないといけませんよ」


 ミローディアの提案に、シャルは苦虫を噛み潰したような顔を返した。




「今日はご機嫌のようですね、ミローディア様」

「あら、そう見えます? ラトさん」


 音楽会後の夕食会で、ミローディアは奏楽団の客人である青年に笑顔を返した。


「なにかあったのですか?」


 黒髪に黒い正装をまとった長身の客人は、優雅にグラスを傾けながらそう問いかけてきた。


「ええ、面白そ――いいことがありました」


 できればこの話し上手な異国より来た客人に、今日あったことを全部話してしまいたかった。彼が奏楽団に来てからというもの、各地で仕入れたという興味深い話をいろいろと聞かせてもらったのだから。


 もっともいくらお返しをしたくても、奏楽団に入った泥棒を見逃してその上歌姫がここを抜け出そうとしている、なんて話はできないが。


 シャルとは明日落ち合うと約束を交わした。というか、無理やり約束を取り付けたというべきか。


 とにかく、明日は待ち合わせ場所である奏楽団の裏手に行くつもりだ。そこにシャルが来てくれるかどうかはわからないけれど。


 懸念はひとつ。見張りの目をどうやり過ごすか、まだ考えはまとまっていなかった。明日は休日でどこかに赴く予定も誰かと会う予定もない。本来なら自主稽古の日で、抜け出す時間だけなら有り余っているのだが。


 シャルには本当に抜け出せるのか、と再三再四確認された。これで駄目だったらどうしたものか。


 そんなことを脳裏で考えながら、挨拶をしてくる来客たちに会釈を返していると。


「そうか、今日だったか。ということは――」


 不意にラトがそんなことを漏らした。


「なにか予定でもありましたか?」

「いえ、お気になさらず」


 咳払いし、ラトは懐に手を入れてなにかを取り出した。


「ではミローディア様。これを差し上げましょう」

「そんな、いただけません」


 突然のことに、ミローディアは戸惑って辞退しようとした。しかし差し出された手が戻されることはなく。


「そうおっしゃらずに。きっと役に立つはずです」


 彼はミローディアの手をとり、布に包まれた小さな箱のようなものを乗せた。


「役に立つって……なんですか、こちらは」

「魔法の箱ですよ。世界を旅していると申し上げましたよね。さる国で入手したものなのですが」


 声を潜め、ミローディアの耳元に口を近づけて、ラトは言った。


 姿を消すことができるのですよ、と。




「お、早かったな。というか本当に来るとは……」

「当たり前です。私が言い出したことではないですか」


 翌日、奏楽団の裏手に約束の時間通りに現れた少年の意外そうな言葉に、ミローディアは平然とそう返した。昨日、シャルと別れてからどうやって抜け出したものか悩んでいたことなど、おくびにも出さずに。


 それにしても、まさか本当に姿を消すなんてことができるとは思わなかった。ラトからもらった箱を教えてもらった通りに操作したら、姿が鏡に映らなくなった。自室から出て使用人や衛兵、見張りとすれ違っても誰も気づかなかった。


 ラトは話に聞く魔法使いではないかと思ったことがある。それをまたしても、強く感じた。相手の悩みを聞いてもいないのに、最適なものをくれたのだから。


 こんなにうまくいっていいのだろうか。なにかに騙されているのではないか。かえって心配になるほどだったが、奏楽団から出てここまで来ても、特に不具合はなかった。


 やはり教えられた通りに操作して、姿を現してしばらくしたところで、シャルが現れたというわけだ。


「で、どんな手を使ったんだよ。まさかその変装であっさり騙されたわけじゃないだろうに」


 馬車に乗って移動する途中、シャルはミローディアの服を指差してそう質問した。


 ミローディアはいつも着ているようなドレスではなく、街を行く娘が着るような簡素な服を着ていた。信頼でき、我侭も聞いてくれる使用人に頼んで用意してもらったものだ。


「ええ、実はさるお方に便利な道具をいただいたのです」


 話したところで問題はないだろうとラトのことを教え、もらった箱を取り出した。


 シャルはそれに目をやり、目を見開いてミローディアの手ごと、箱を持ち上げた。


「なっ……これ、もらったって――」

「不思議ですよね。本当に魔法の道具なのでしょうか」

「魔法? そんなもんじゃねえし、大体魔法っていうならこの時代の響奏のほうがよっぽど――って、んなことはどうでもいい」


 シャルは御者に聞こえると思ったのかそちらを窺い、声を潜めて言った。


「これはオレの時代のものだ」


 そういえば、操作をしたときになにかに似ていると思ったが、やっと合点がいった。簡単な操作ですぐさま願った効果を及ぼすなんて、シャルの奏音機と同じではないか。


「ということは、ラトさんもシャルさんと同じ未来人?」

「まさか、いや可能性としては……そうだ、これだけが時空の渦に巻き込まれて現地人に発見されたとかか?」


 箱を凝視しながら考え込んでいる。シャルにもはっきりしたことはわからないようだ。やがて箱を指差し、向かいに座る少女の目を覗き込んできた。


「あのさ、これしばらく借りていいか? 調べてみたいんだ」

「構いませんが。あ、でも奏楽団に帰るときにまた使いたいのですけど」

「あー、言いにくいんだけど、もう使えないぞこれ」


 ミローディアは耳を疑った。


「はい?」

「充電が切れてる。お前が使ったので最後だったんだろ。充電器も設備もないんだから、諦めるんだな」


 それは困った。仕方がない、いまのうちから説教される覚悟をしておこう。シャルに箱を渡し、馬車に揺られながらそう決意した。


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